お家事情
テイムして名付けが終わった瞬間から、氷結の覇者として名を馳せた超越者は文句ばかりを口にし始めた。やれ異常に身体が重いやら、やれ身体が鈍いやら、やれもっとポテトチップスを食べさせろだとか、前半に限っては個体レベルやスキルレベルが初期化されているので仕方ないものの、後半に限ってはただの我が儘だ。テイムされて生前の事を思い出して戸惑うとか、或いは慣れない環境に怯えるだとか、そんな素振りが皆無な彼女には逆に此方が戸惑ってしまう。
心底悪態ついた後、ポテトチップスやらピザやら見ていて胸焼けする程に食べ尽くしたら漸く彼女は口を閉じた。そして、警戒など微塵もせずリビングで爆睡である。
「超越者って皆こんな感じなのかな?」
リビングの中央にあるテーブルをメンバーで囲みながら、俺は抱いた疑問を口にした。素直な疑問であり、現実逃避も多分にある呟きだった。
それに対してのメンバーからの返答は、沈黙である。誰一人として何も口にせず、皆が頬を引き攣らせるだけ。
「凄い口が悪いよね。エルフって礼儀正しいイメージだったけど、彼女みたいに荒くれ者って感じのエルフも居るもんなんだねぇ」
染々と呟いた言葉に、やはり誰も答えない。皆が困惑しているのが手に取るように分かる。
因みに、超越者の名前は本人の希望もあったのでそのままの名前とした。ミオンである。まぁ、彼女からしたらその名前に愛着がある訳でもないらしいのだが、新しい名前を付けられても慣れるまで時間が掛かるだろうし、それまで違和感を感じるのは否めないだろうからそのままでいいと言った感じで、名前など別にどうでもいいと言いたげな雰囲気だった。
そんなミオンはマジで爆睡中だ。超越者と呼ばれるだけの実力があるからこそ無警戒なのか、それともそう見えるだけで実は密かに警戒しているのか、俺には全く分からない。
ただ単純に図太い人なのかなと、そう内心で結論付けた直後、ヘルが苦笑しながら口を開いた。
「戦っている最中、長老をぶっ殺す云々と言っていたのは何だったのだろうな。祖国の村長と確執でもあったのかもしれんが、とても穏やかな話ではなさそうだ」
「そんな事を言ってたの?」
「うむ。少なくともワタクシはそう聞いた」
「まぁその事はソッとしておこう。誰しも何かを抱えて生きてるもんだしね」
「ふむ……そうだな」
生きている限りは色々と嫌な事や嬉しい事や悲しい事を経験するものだし、思い出したくない事も往々にしてあるものだ。それ故の聞かなかった事にしようという俺の提案に、全員が頷く。
しかし、寝ていた筈の張本人がその決断に待ったを示した。
「余計な御世話だ。と言うか、私のマスターになったんだから当然手伝って貰うぞ」
寝ていた体勢から胡座へと移行させたミオンは、甲冑を脱ぎ散らしながらそう言い、殆ど裸同然の姿で更に言葉を紡ぐ。
「あの糞どもは害悪だ。ずっと昔の長老達はそれはもう立派な人間だったんだろうが、今や民の足を引っ張る愚図と成り果てている。いっぺん殺してしまうだけじゃ足りないくらいの愚図加減だ」
「待て。何故妾達が……いや、マスターには成さねばならない事があるのじゃ。記憶を取り戻した今のミオンになら分かるじゃろう? マスターはこのダンジョンをクリアせねばならん。
なのに何故お主の事情を手伝う義務がある? 神に黄泉の国で言われた筈、テイムされたら主人の成さねばならぬ事を手伝えとな」
「はんっ! 勿論手伝うさ。手伝いはするが、その前にテイムした奴の憂いを払ってくれてもいいだろうさ」
「お主は神と契約した身じゃと言っておろうが。マスターの手足となる代わり、再度の生きるチャンスを貰ったのじゃ。それが神との契約。それを違える気か?」
「だぁかぁらぁ、マスターの手伝いはするって言ってんだろうが! マスターのやる大事の前に、私の小事を手伝えって言ってるだけだっつうの!」
「ミオン、お主も分からん奴じゃのう。妾達は━━━」
「ストーーーップ! ちょっと待って! ヒートアップし過ぎだから!」
ミオンと会話を繰り広げるナっちゃんだけじゃなく、他の面々の目も段々据わってきているのを察して、俺は盛大に焦って両者の熱がこれ以上にならないようにとストップを掛けた。このまま進めば目も当てられない事態に陥るだろう雰囲気だったので、かなり本気の制止である。
「えぇと、ミオンの抱える事情って何? 先ずはそれを聞かせてよ。俺に出来る事なら手伝うのも吝かじゃないし」
ミオンとナっちゃんがバチバチに睨み合う中、俺が穏やかな口調を意識してそう言うと、大きく溜め息を吐いたミオンが視線を俺へと移し口を開く。
「私はエルフ国出身の生粋のエルフなんだよ。ヒューマンや獣人やドワーフ、他にもダークエルフとかダークドワーフとかの血が一切混じっていない純潔種。そういうエルフは意外と少ないんだ」
「そりゃ見れば分かるよ。他の人種の特徴が無いからね」
「あ〜………そうか、マスターはヒューマンしか居ない世界の出身なんだったな」
「そうだけど、それがどうかした?」
「例えばエルフの私とドワーフの男との間で子供が産まれたとしよう。するとその子供はどうなると思う?」
「は? いや、そりゃエルフとドワーフの間に産まれた訳だから、両者の特徴を持った子供になるんじゃないの?」
「それは魔物とか動物だけの場合だよ。人間の人種間でハーフなんてのは産まれないのさ」
「え!? マジで?!」
驚愕の事実にメンバー全員へと視線を向けるものの、全員が肯定するように頷くものだから、それが真実と知って更にビックリする俺。本当に俺以外は平静であり、驚いているのは俺一人だ。
「産まれる子供はどっちかの種族になる。これは天の配剤だからどちらの人種になるのかは運次第。だから外見だけでは純潔種かどうかは分からないんだよ」
「へぇ〜………不思議な話だねぇ」
「私達からしたらそれが普通だから、マスターの考え方が変なだけだけどね。魔法も存在しない世界とか、ヒューマンしか存在しない世界とか、マスターの世界は色々とぶっ飛んでるよな。この強制的に植え付けられた知識が嘘なんじゃねぇかって思っちまうくらいには不思議過ぎる世界だよ」
「まぁ、そう言われると俺の世界とこのダンジョンと繋がる君達の世界とは相反する世界だもんね。そりゃ色々と大きく違って当たり前か」
「それで話を戻すけど、祖国の中では私みたいな純潔種は何かと制限があるんだよ。純潔種の女は他人種との性交自体駄目だし、妊娠するなどもっての他って感じで、勿論他人種との婚姻もアウト。まぁそれはエルフの伝統や血を護る為の処置だから文句は無いんだけどね。
問題は、国の上層部が純潔種の婚姻を都合の良いように扱う事さ。私利私欲で純潔種の男女問わず物のように扱い、婚姻相手と時期を勝手に決めちまう」
「ぅん? エルフの伝統や血を護る為だから仕方ないって納得してるんじゃなかったの?」
「ある程度は仕方ないと思ってる。だが、権力のある純潔種が気に入った純潔種を物同然に好きに扱うってのが許せねぇって言いたいのさ。
純潔種の血を護るという政策は、国が国としての形が出来たと同時に作られた制度。最も古き制度の一つなんだよ。だからこそ、女王ですらその制度を破る事は許されない。それ程に重く決してぞんざいに扱ってはならない制度。
そしてその制度を維持する為、それだけの為に生まれたのが長老制。国の中でも純粋な暴力に秀でた純潔種達を集めて出来た集団、それが長老達なんだ」
厳めしい表情に変化したミオンは、そこまで喋って苦虫を噛み潰したかのように渋面で一旦黙った。そして大きく息を吐くと、重い口調で再び喋り始める。
「最初こそその長老制によって上手く純潔種制度が維持されていたんだが、代を重ねる毎に状況は変化していった。最初はただの暴力に秀でた………良い言い方をすると、武や魔法に秀でた長老達だったんだが、代を重ねる内に国の中で高い権力を持つ者も現れ始めたんだ。戦争で武功を得たり、内政で功を得たりした事で出世した訳さ。
とは言っても、それは当初より少し権力を持った程度だったんだけど、それが更に代を重ねるにつれて状況は一変。いつの間にか女王でも安易に口出せない程に高い権力を持つに至った長老達が現れたんだ。まぁ、それでもその長老達が己を律して純潔種制度を護る務めに励んでいる内は問題無かったんだけどね。
でも、その高い権力を持つに至った次代の長老後継者が、その長い歴史に影を落とし始めたんだ。私利私欲で、時には多額の資金を有する純潔種を自身の嫁として強制指名、或いは婿としてその対象の純潔種の感情は無視して無理矢理指名するとか、ただ単純に外見が気に入ったからという理由で指名するとか、既に純潔種の嫁や婿を迎え入れているのにそういう事をし始めたのさ」
親の七光りで悪さするっていう典型的な話だなと、そう思いながら耳を傾けていたが、よくよく考えてみればその馬鹿な後継者が実際に権力を握ったら堪ったもんじゃないと気付く。その証拠に、ミオンの表情がその事を示唆していた。
「つまり、その馬鹿な後継者が既に権力を握っちゃってる訳?」
「あぁ、そういう訳さ。見て分かると思うけど、私はエルフの中でも珍しい巨乳だろ? それに、家が金持ちって訳でもなかったから無理矢理嫁にさせられる事はなかった。不幸中の幸いってヤツだね」
「巨乳だと何かあるの?」
「エルフの中では、胸が大きい女は人気が無いのさ。服を着ている時に胸がデカいと不恰好だからって理由でね。だから純潔種ではあっても人気の無かった私は自由に冒険者なんてやれてる訳さね。
でもね、そんな私が超越者と呼ばれ始めた最近になって事情が変わっちまった。現代の長老は弱者ばかりが目立つ、特に好き勝手やってる長老達がそうさ。そんな長老達が、私の暴力に目を付けた。私を嫁に迎え入れれば純粋なる強力な力も手に入るってんで、権力と昔のような暴力を手中に収めて更に国の中での立場を強大にしようと画策した訳だ。
それで私の家が圧力を掛けられ、当然の事だけど私はそれにプッツン。地底国に行って武者修行した後、奴らが欲しているこの私の暴力で根絶やしにしてやろうと思ったんだが………」
「あ〜………その武者修行中に俺達と━━━」
「そういう訳さ」
巡り合わせが悪かったと言ったらいいのか、それともその反対なのか。何とも言い難いタイミングでテイムしてしまった訳だ。
話を聞いた事で、俺だけじゃなくメンバー全員の顔色が先程よりも攻撃的ではないのが察せられる。同情的、というよりも罪悪感と言った感じだ。
「これは仕方ないんじゃない? 無理矢理テイムしたんだし、手伝うのもいいんじゃないかな?」
事情が事情だからという事で提案してみると、ミオンの態度が気に食わないと言いたげだが一応は全員が了承してくれた。本当に渋々と言った感じで。




