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地底国の調査4

 手が冗談かと思える程に震えているし、奥歯が上手く噛み合わないし、常日頃から意識せずに出来ていた呼吸すら満足に出来ない。それもこれも、氷結の覇者と呼ばれる超越者の殺気が尋常ではないからだ。恐怖という言葉が陳腐に思えてくるくらいには怖すぎる。

 こうして面と向かった状態で、俺は初めて理解出来た事があった。恐らく、ベルセルクは俺相手に殺気すら出さない状態で戦っていたのだろうという事だ。本気になるまでもない相手と認識されていたのだろう。


 何故今になってそんな事を考えているのかと言えば、氷結の覇者が俺に対して凄まじい殺気をこれでもかと向け放ちながら威嚇してきているからだ。思わず膝を屈してしまいそうになる程の殺気である。

 額から吹き出す汗が自身でも異常だと思うレベルだが、俺はそれを無視して目前の氷結の覇者へと真顔で口を開く。


「よぉミオン。俺とタイマンで戦ってくれや」


 発音が間違っていなければ、超越者にちゃんと伝わった筈だ。この挑発の言葉は、メンバーから教えられたものになる。


「何者だ……? いや、何者なのかを問う必要は無いな。本能が貴様を敵だと認識しておるわ。

 何故こうも初対面の人間に虫酸が走るのか不思議だが、それはまぁいい。喜べ、貴様の願いを聞き届けてやるぞ」


 嫌悪感剥き出しの表情で何やら長々と喋っているが、俺は先の一言以外はこの世界の言語を喋れないので、超越者の発言内容も分からなければ返答する事すら出来ない。しかし、超越者が武器を構えた事で、俺の挑発の言葉がちゃんと伝わったのだという事だけは理解出来た。

 超越者が武器を構えた事で、更に殺気が濃厚になった気がする。レベル差にしてざっと三百程になるが、それ以上に差があるような気がしてならず、正直に言って怖くて怖くて仕方がない。


 だが、俺は敢えてニヤリと嘲笑するように嗤うと全速力で走った。無我夢中で、それはもう必死に駆け出した。走る方向は、狭い通路が存在する後方。

 挑発しといて一目散に駆け出した俺を見て暫し何が起きたのか分からず呆然とする超越者だったが、何やら憤慨した様子で叫びながら俺を全速力で追って来た。


「貴様も私を馬鹿にしているのか! 長老どもの前に貴様の首を斬り落としてやるわ!」


 凄まじい殺気と形相で俺を追う超越者の速度は、チーターより速いかもしれない。いや、確実に速いだろう。俺が全速力で走って八十キロ程になるが、それよりも圧倒的に速い。

 心臓がバクバクと嫌になる程に五月蝿く感じる。ただでさえ相手の方が足が速いのだから、追い付かれぬようタイムロスを出来るだけ排除する為に前だけを見て走らねばならないというのに、余りの殺気にチラチラと背後から迫る超越者を気にして視線を向けてしまう。

 その集中しきれていない自分にチッと舌打ちしてしまうが、その仕草すらも集中出来ていないからこそのものだと思うと更に自分に腹が立つ。


「通路まで集中して走れよ……走りきれよ馬鹿野郎」


 自分自身に向けて小さく呟くと、俺は姿勢を前傾姿勢へと変更して走る事のみに意識を没頭させる。走り始めた瞬間、超越者は暫し呆然としていた。短い時間だが、その短い時間があれば充分に間に合う筈だ。

 一心不乱に俺が走る方向に、細い通路がその姿を露にした。人間が三人横並びになるのが精一杯な細い通路だ。


 通路まで三十メートルも無い。もう少し、後もう少しだ。


 二十メートルを切った。馬鹿みたいに心臓の音が響いている。


 十メートルを切った。俺の背を追う超越者の息遣いが聞こえる気がする。


 狭い通路に到達し、その中に入って更に十メートル進んだ瞬間、俺は背後へと体全身を向けて盾を構えた。予定通りに予定通りの場所で予定通りの行動を取ったのだ。


「中々に鍛えていたようだが相手が悪かったな! 死ね!!」


 全て作戦通りだったが、超越者が放った突きは予定以上だった。チーター以上に速い移動速度の状態を維持したまま放たれる突きは、更には槍を捩じ込むようにして放たれる事によって尋常ならざる威力を要していた。まるでスナイパーライフルから放たれた大口径の弾丸だ。

 その突きは、俺の盾を貫いた。これは完全に予想外だった。黒鉄の盾を容易く貫くとは予想だにしなかった。

 盾を貫いた槍の穂先が、俺の胸すらも貫通した。胴鎧など盾と同様に容易く貫いたのだ。


 熱い。左胸が火傷を負ったと勘違いする程に熱く感じる。

 しかし幸いな事に、槍の穂先は鎖骨辺りを貫通しており、決して致命傷ではない。左腕はピクリとも動かないが、直ぐに死ぬという事はないだろう。

 それを察して、俺は少し余裕が出来たのかクスッと笑みが零れ、その笑みを携えたまま右手で体を貫く槍を全力で握り締める。そしてそんな俺を見て困惑する超越者を視界に入れつつ、全力で叫ぶ。


「これ以上のチャンスは無いぞ! 全力で攻撃しろ!」


 狭かった通路の壁が、俺の叫び声に反応して盛大に罅が入り、次いで砕け落ちる。そして土煙が通路に充満し、そのせいで超越者の姿は視認出来なくなってしまったが、その代わりに超越者の苦痛に耐える小さな声が耳に届いた。

 それを認識しながら、俺は血を吐いた。どうやら鎖骨だけではなく肺も若干だがヤられていたらしい。


 地下であるから当然であるが、元々暗い視界だったのに血を大量に流した事で意識が朦朧として更によく見えなくなってきていた。最悪だ。

 しかし、状況は少し分かる。超越者は俺が槍を掴んでいたので槍を手放したらしく、今は魔法と素手による戦闘をしているらしい。だが、狭い通路で威力の高い魔法を使用出来ず、更には主武器を手放して素手の状態では満足に戦う事も出来ないのだろう超越者は、俺の仲間からの攻撃に苦戦しているようだ。


「グッ……糞っ! 何者だ?! 何のつもりで私に武器を向けている?!」


 言葉は理解出来ないが、焦っているのは声音から判断出来た。相当苦戦を強いられているのだろう。

 どうやらレベル400の俺達の攻撃でも通用するようだ。勿論、奇襲の上に罠に嵌めて主武器を封じるばかりか派手で威力の高い魔法すらも封じた上での事であるが、あの超越者の一人を相手に戦えているという事実が今は大事なのだ。


「グアッ……! ギッ……グッ……く、糞ったれぇぇえええ!! 弱者のクセに調子に乗るな!!! こうなったら道連れだぁあああ!!!!」


 地下でもスキル故に辛うじて見えてはいたが、大量の出血のせいで最早自身の目には何も見えない。意識を失わないようにするのでやっとだ。

 そんな中、一際大きな声で超越者が何やら叫んだかと思えば、その途端不思議なくらいに静かになった。そしてその静けさに疑問を感じていると、ハルちゃんの声が響いた。


「マスター! 寸でのところで間に合い氷結を倒したよ! 辛うじて息はあるからテイムを早く!」


 おいおい、化物をテイムするとは聞いてないぞ。意識を失わせたら逃げる手筈になっていただろう。

 そう言いたくなったが、もう声を出す気力すら無い。いや、より正確に言うと、それをしたらテイムする気力が残らないので出来ないと言った方が正しい。そう、予定とはかなり違うが折角なので、テイムをするつもりになっているからこそ声を発する事をやめたのだ。


 俺は殆ど見えない視界に戸惑いながら、ゆっくり立ち上がりハルちゃんの声がした方向へと歩を進め始めると、メンバー全員の悲鳴が聞こえた。

 それに驚き何があったのかを問おうと思うものの、メンバーが必死に俺の身体を気遣う言葉を口々にし始めた事でその悲鳴の意味を理解し、俺は苦笑しつつアイテムボックスから帰還の杖を取り出しながらテイムの呪文を唱え、メンバーの補助を受けつつ超越者をテイムした。そしてその次には、死ぬ前に間に合えと念じながら帰還の杖を発動させた。

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