多対一
何やら経験値均等化とか言うスキルの発見により、攻略スレが尋常ではない程に活性化していた。
その経験値均等化のお陰で、使い魔を育てるのが楽になったらしく、二階層をクリアする者達が一気に増えたのだ。
そして二階層をクリアした者達は、進んだ先で新しい使い魔をテイムする事に集中し始めたようで、攻略スレとは別に使い魔の情報交換を旨とした専用のスレッドが立てられ、まるで八十年代の日本のように迷宮バブルとでも表現出来る程まで挑戦者達の心は沸き立っていた。
だが、そんな中であっても俺はと言えば、相も変わらず一階層でレベル上げの毎日であり、特に日常に変化らしい変化はなかった。
しかし、その変わらぬ日常も昨日までの事で、今日からは大きく変わる時が来たのだ。
そう、とうとう俺のレベルが目標の10レベルに到達したので、二階層へと足を踏み入れるべく意気込んで迷宮探索を開始したのである。
そして何一つ問題は発生せずに一階層を駆け抜け、俺は二階層へと続く階段に辿り着いた。
「レベル10になるまで20日間も掛かっちまったな。ちょっと予想を上回るレベルで時間が掛かったのは辛かったけど、それはまぁ自分で考えた通りにやってきた結果だから仕方ないんだが」
恐らく、二階層に未だ入っていないのは俺くらいだと思うし、ここまで準備万端の状態で二階層に入るのも俺くらいだろう。
しかし、そのお陰で不安は少ない。全く無いとは言わないが、今日までの日々が不安の多くを払拭してくれるのもまた事実だ。
背後からモンスターに急襲するのをやめてからというもの、俺は正々堂々と正面からの戦闘に拘った。白兵戦を沢山経験する為であり、その技術を学ぶ為でもある。
それ故、今の俺はスケルトン相手にパニックになって額を切り裂かれた当初とは大きく違っており、まともに剣で打ち合っても冷静に判断して斬り倒す事が出来るようになっている。
まぁ剣道家からするとチャンバラにしか見えないのだろうが、素人が短期間での修練の結果と考えればそれでも大きな進歩だと言えるだろう。
「よっしゃ、行くぜぇ!」
気合い充分に階段を踏み締めながら、俺は一歩一歩軽快に足を進めた。
そして二階層へと辿り着き、そこから見える光景に思わず息を飲む。
モンスターの姿は見えないし、一階層と変わった様子は何一つ無いのだが、それでも言い知れぬ恐怖が俺の背筋を冷たくした。
言葉に出来ない、第六感のような不確かな感覚。それによって、まるで巨大なモンスターの口の中にこれから侵入するかのような幻想を抱き、俺の理性が警戒信号を発しているからこそ背筋が冷たくなったのかもしれない。
「おぉ………めっちゃ怖いわぁ」
掲示板で様々な死に方をした挑戦者達のコメントを読んでいたせいか、事ここに至って急にそれを思い出して最初の意気込みが思わず萎んでしまった。
しかしこれでは良くないと考え、俺は自分自身を鼓舞する為に両頬を強く叩いた。
敵を過大評価するのは悪手であると言った格闘家が過去に居た。そしてその者は、敵を過小評価する事も悪手であると言っていた。
その理由は、自身の最高のパフォーマンスを発揮出来なくなるからだそうだ。
「……俺は俺。今日まで俺なりに努力してきた成果を試す場なんだから、ビビってちゃ話にならん! なぁに、死んだって復活出来るんだ! 男なら当たって砕けてナンボだ!」
実際、当たって砕けたら非常にマズイのだが、これくらいの覚悟で丁度いい筈だ。
そう思えば自然と笑みが浮かび、身体から無駄な力が抜けたような気がした。
それで漸く冷静さを取り戻した俺の視界には、これまでと何ら変わらない迷宮通路だけが見えた。
「オーケー。いっちょやってやるか!」
さぁ行くぞと気合いを入れて、俺は改めて二階層を進み始める。
そうして進んでいると、掲示板に書かれていた情報通りに二階層からはモンスターとの遭遇率が確かに上昇しているようで、直ぐに複数体のモンスターと遭遇した。
ゾンビ二体とスケルトン一体の構成で、ゾンビ二体にはまだ気付かれていないらしいが、視線からしてスケルトンには此方の存在が既に気付かれているようだ。
俺はそれを察して、ゾンビ二体がスケルトンと同じく此方に気付く前にと駆けだし、剣の間合いに入るなりスケルトンの脊椎を両断するかのように剣を横薙ぎに振るう。
それでスケルトンの身体は見事上下に切断する事に成功し、その時の音で漸く此方の存在に気付いたらしいゾンビ二体の内の片割れに目掛け、俺は剣を再び横薙ぎに振るった。
「しゃらぁっ!」
ゾンビに振るった剣はゾンビの喉を切り裂き、俺は続けざまにもう一方のゾンビに向けて前蹴りを放つ。
それで間合いを確保すると、蹴りを食らわせたゾンビにトドメの一撃を叩き込む為の剣を上段から一気に振り下ろした。
「まだまだぁ!!」
スケルトン一体とゾンビ一体は倒したが、喉を切り裂いただけのゾンビは辛うじてだが未だ立っている。
それ故、俺は振り下ろしたばかりの剣を勢い良く振りかぶり、最後のゾンビ目掛けて再度振り下ろした。
これで、二階層での初戦闘は無事に終了だ。
「ハァハァ……は、ハハハハ、俺って結構やるじゃん!」
掲示板では二階層の攻略が非常に難しいと書かれたコメントで溢れていたが、これならまだまだ一人でも充分に探索出来ると確信して、俺は息切れしつつも自然とガッツポーズを取っていた。
自惚れなどではなく、一階層でのモンスターとの戦闘方法が正しかったからこそ、こうやって大きな成果として表れたのかもしれない。
きっと他の挑戦者達は、背後から襲う事しかしなかったのだろう。
或いは、正面から戦っていても、ノロマなゾンビとスケルトンを相手に力任せで一方的な戦いしかしておらず、戦い方の技術や戦術を磨くという事はしなかったのだろう。
そんな挑戦者達と俺の違いがこの現実なのだとしたら、実に誇らしい気持ちで一杯だ。
「よしよし、油断さえしなければイケるぞ!」
確信した今では、最早二階層など恐るるに足らない。
「この調子で次も行ってみよう!」
アドレナリンがドバドバ出ているのを感じるが、決してそのせいで強気になっている訳ではない。
確かに冷静とは言い難い程に気持ちが昂っているのは認めるものの、それでも理性が大丈夫だと告げているのだ。
それ故に探索続行を選択した俺は、その後も二階層での戦闘を幾度も経験し、拠点に帰還した時には今までで最も多くの戦利品を持ち帰る事に成功していた。
そして肝心要のレベルはと言えば、驚愕の結果をパソコンのモニターが映しており、それは正直言って一階層での日々が何だったのかと思える程だった。
★★★★★★★★
level:12 +2
名前:久遠湊
性別:男
種族:ヒューマン
ギフト:テイム、アイテムボックス
スキル:無し
武器:銅の剣
盾:無し
頭:無し
胴:布の服
腕:布の服
足:布の服
装飾:無し
★★★★★★★★
レベル5を越えてから非常に上がりづらくなり、連日のダンジョン探索で漸くレベル10になったっていうのに、今日一日だけで2レベルも上がっていた。
この事実には素直に驚くものの、それと同時に小躍りしたい程には嬉しかったのもまた事実だ。
しかし、明らかに異常な速度でのレベル上昇であり、冷静に考察する必要があるだろうとも思えた。
「なかなか上がらなくなっていたレベルが、二階層へと進んだ今日は簡単に2レベルも上がった。……これには理由がある筈だ。その理由を知る事が出来れば、効率良くレベル上げが可能になるかもしれないぞ」
一階層とは違って二階層ではモンスターとの遭遇率がかなり上昇しているし、そもそもそんな二階層では単独じゃなく複数体で行動するモンスターとの戦闘が基本なので、一階層だけでレベル上げをしていた時より遥かに倒したモンスターの数は確かに多くなっている。
それでレベルが2も上がっているのかと一瞬考えたが、しかしそう考えたとしても、やはり不自然にレベルが上がっているように感じられた。
ともすれば、何かその理由がある筈だ。
「単純に考えれば、モンスターを倒して得られる経験値が増えたって事だろう。しかしそう考えた場合、モンスターの強さが一階層よりも強くなってなきゃおかしい。でも二階層のモンスターは、一階層のモンスターと大して強さは変わらなかった」
モンスターの強さが関係ないとなれば、倒す為の難易度しか思いつかない。
一階層では単独行動のモンスターを相手に戦闘し、二階層では複数体のモンスターを相手に戦闘する。その違い以外は全く思い至らない。
「同じ強さの同じモンスターだとしても、それが単独と複数での戦闘なら貰える経験値が違うって事か?」
一度そう考えると、他に答えとなりそうなものが思いつかず、俺は思わず渋面を浮かべる。
何故なら、もしも推測が正しいとするならば、効率良くレベル上げが出来るかもしれないって可能性は消える事になるからだ。
一階層でやっていたこれまでの活動は、今日二階層に足を踏み入れて自分の力量なら問題ないと判断出来たので、どのみち活動の主体は難易度の高い二階層に移す気だったからである。
つまり、自分の行動に劇的な変化は起きないし、結局は難易度が高い二階層に挑戦し続けるという事で、効率云々などは不可能だという結論に成らざるを得ない。
「ハァァ、何事も上手くは行かないって事かよ。何か都合のいい感じで効率良くレベル上げが出来るかもとか期待したのになぁ」
ガックリと項垂れるが、しかし二階層で自分の力が通用すると分かったし、レベルだって2も上昇したのだ。
今日はそれを祝って、酒は高級すぎて無理だがちょっと贅沢して高い食材を購入するのもいいだろう。