観光万歳4
洞窟内部は意外な事にモンスターの影一つなかった。コウモリ型のモンスターだったり虫型のモンスターだったりがウヨウヨしているイメージだったのだが、それは全くの杞憂だったらしい。モンスターに襲われる危険もなく、洞窟内部も複雑な構造になっていないので実に歩き易く、心底快適に歩を進められている。
その代わりに気温が外とは違って極端に低いので、それだけが辛い。季節は辛うじてまだ夏と言える程なのだが、何故か洞窟内部は凍える程に寒いのだ。
それで俺達は仕方なく冬に着ていた厚手のマントやらインナーやらで身を保護し、なんとか寒さ対策をして進んでいる状況だった。
「指とか耳とか気を付けてね。たまに揉んだりしないと凍傷になりかねないから」
「皆寒いのに弱いよねぇ。僕とアグライアは地底国出身だからへっちゃらだけどさ」
「そうね。地底国の寒さは厳しいから、地上の寒さはまだマシに感じるわ」
ガタガタ震えていないのはアグライアとタレイアだけだ。いや、アキとフユも全然苦にした様子はない。毛皮が寒さをシャットダウンしているのだろう。
寒さを苦にしないというのは素直に羨ましく思える。とは言え、嫉妬する程ではない。寒さを苦にしないという事は、それだけ緊急時にも平時と変わらず動けるという事なので、仲間として頼もしいくらいだからだ。
しかし、やはり羨ましいと思ってしまうのは仕方なく、震えながらそう思い進んでいると、ハルちゃんが突然足を止めた。別に分かれ道になっているという訳でもないし、何やら奥の方から物音がした訳でもない。だが、ハルちゃんは何やら感じ取った様子で、頻りに首を傾げてはブツブツと小さな声で呟いている。
「どうかした?」
「うん……匂いが濃くなってるのは近付いてるからだと思うんだけど、でも妙に濃すぎるような気がするの」
「濃すぎる? 臭いって事?」
「いや、そうじゃなくて………どう言えばいいのか分かんないんだけど、匂いというか存在感? そう、そんな感じのものが物凄く濃くなったような気がするのよ」
「……アキとフユはどう?」
ハルちゃんの言ってる意味が正直に言うと理解出来ず、それでアキとフユに尋ねてみた。匂いや物音に敏感な二頭なら何か分かるかもしれないと期待しての質問である。
しかし、二頭は俺の質問に対して首を傾げるばかりで、そもそもハルちゃんの言う匂い自体がしないらしい。ハルちゃんが鬼人になって匂いに敏感になったと考えていたが、元々匂いや音に敏感だったアキとフユが気付いていないというのは変な話だ。更にもっと言うなら、ハルちゃんよりも匂いや音に敏感なのがアキとフユなのだから、ハルちゃんよりもその匂いを深く感じ取っていなければおかしいのだ。
だが、その二頭が匂いも何もしないと言うのだから、明らかにハルちゃんの体調に異常が出ているとしか思えない。それはつまり、追跡者に気付いたとハルちゃんが言い始めた時からその異常が出ていたという可能性がある。或いは、鬼人となったハルちゃんの種族に関係する特殊な能力によって、彼女しか分からない何かを感じ取っているという可能性もある。
そういう事実を一つ一つ丁寧に口に出して説明し、一旦退く事を提案してみた。俺としてはハルちゃんが少し心配だったのだ。鬼人という種族には謎しかないので、大事を取って様子見するべきだと思ったからの提案である。
しかし、それならその可能性を確かめる為にも進むべきだと言われてしまい、それが確かにその通りなので何も反論出来ず、結局はそのまま洞窟の奥へと足を進める事になった。
そうして、暗い中をアグライアが錬金術によって造ってくれていたアイテムによって周囲を照らしながら進んでいると、洞窟内部が少しずつ物理的に大きく変化する。高さ二十メートル、横幅二十メートルだった洞窟は、今やその倍近くにまで大きくなっていた。
当然それに驚くが、それよりも驚くべき光景を更に進んだ場所で目撃する。その光景はまさに別世界であり、ヘルとブリュンヒルデが確信を持って一度は見るべきだと言っていたのも道理だと思える程だった。
野球場の三倍近くはあるだろう広い空間に、緑色に輝く水晶が壁という壁に敷き詰められたかのようにビッシリとあり、その存在をこれでもかと主張している。薄い緑色、濃い緑色、丁度その中間くらいの色、それはもう様々な色の濃さで、大きさも様々な水晶が、天井も壁も地面も一切関係無く、ところ狭しと鋭い水晶がニョキニョキッと生えていた。
「いやいやいや、これは凄すぎでしょ。これ、なん、いや………これが自然に出来た物なの?」
驚くべき光景に、思わず口に出た疑問。しかしその疑問には誰も答えない。全員が唖然としているのだから当たり前である。
大きな水晶では長さ三メートルはあるだろう。小さい物だって五十センチ程はあるようだし、その重量もそれなりにはなる筈だ。
そんな緑色の水晶が、地面や壁や天井から植物のように鋭い先を伸ばして生えており、それが視界一杯にあるのだ。これで驚かない者など居やしない。これで感動しない者など居やしない。
「話には聞いていたが、想像の遥か上を行く光景には言葉も出ないな」
呆気にとられていた面々の中で、誰よりも早く冷静さを取り戻したのはヘルだった。次いで、そのヘルの言葉に同意するようにブリュンヒルデがそっと呟く。
「姫様、これは確かに一度は見るべきものであるのは間違いないですね」
「うむ。ワタクシはこれ程に何かを見て感動した事はないな」
「私もです。これが伝説のドラゴンが棲んでいた場所なのですね」
ヘルとブリュンヒルデが心底感動した様子でその感想を言い合いし始めると、それを皮切りに皆それぞれに感動を口にし始める。頬を盛大に赤くし、興奮を隠しもせず言うその姿からは、紛れもなくこの場所を見て楽しんでいるのだと分かった。
「この水晶は初めて見る種類だよ。僕としては全部取っていきたいところだけど、幾つかに絞って持って帰ろうね。全部取っちゃったら後々来る人に悪いし」
「そうね。錬金術にも使えそうだし、少しだけ採取しましょうか」
「ふふふ。気持ちは分かるが、この水晶を採取する事は禁じられておるのでな、諦めろ」
「ええっ!? 何でだい?! 別に全部採る訳じゃないんだよ?!」
「アイリス国では、この場所を聖地として定めている。伝説のドラゴンが棲んでいた場所だからな、聖地と認定するのは不思議な話ではなかろう? それ故に、その聖地の物を外部に持って行くなど言語道断という訳だ」
「それなら仕方ないわね。錬金術の材料になるか調べて見たかったけど、聖地として大事にされてるならしょうがないわね。
ほら、タレイアもそんなにガッカリしないで。この旅の最中に珍しい鉱石を採取出来たのだし、それでいいじゃない」
「確かにそうだけど……。でも、もしかしたら鍛冶で有用な新たな材料になるかもしれないじゃん」
「希少なミスリルとか採取出来たじゃない」
「でもでも、それだって一キロも採取出来なかったし」
「ウフフフ。駄々っ子になっても駄目なものは駄目なのよ。諦めなさいな」
「……うぅ〜」
俺としてはゴッソリ採取して帰ろうとか考えていただけに、彼女達の道徳観溢れる会話を聞いていて何も言えなくなった。と言うよりも、居たたまれなくなったと言う方が正しいだろう。
何せ、俺達は正体がバレると襲われる側なのだから、もう法律も何も関係無くゴッソリ根こそぎ持って行ってもいいんじゃないかと思うのだが、そう考えるのは俺だけだったらしい。薬師としても錬金術師としても有能で、その素材を求めて止まないアグライアでさえも自重し、あのタレイアですらちょっとだけの採取で済ませようと考えているとは思いもせず、まるで自分だけが悪党になったかのような感じで、心底居たたまれなくなった。
それでその気持ちを誤魔化すように、視線を彼女達から自身の前方へと移す。さも感動していて話を聞いてませんでしたと、そんな感じで。
するとそんな俺の視界の先に、先程まで誰も存在しなかったこの空間の中心に、いつの間にか一人の女性がポツンと佇んでいた事に気付いた。




