短距離走ではなく長距離走
迷宮を踏破する為に始めたこの日常も、今日で10日を迎えた。流石にモンスターと戦うのにも慣れてきており、昨日からは背後を狙うのではなく正面から戦いを挑んだりしている。
それと言うのも、いつまでも背後からの急襲をしていたのでは成長しないと考えたからだ。勿論、背後からの急襲でモンスターを倒しても、或いは正面から戦って倒しても、それで得られる経験値に違いはないのだろうが。
しかし、何れは強敵と遭遇するかもしれないので、それを想定して今の内から戦闘というものに慣れる必要があると考えたのだ。何事も事前の準備が大事だと言うのだから、この行動も決して無駄にはならないだろうと考え頑張っている。
それから、これは戦闘とは全く関係ない事なのだが、俺は拠点施設の拡充を旨にほぼ全てのDPを注ぎ込んでいた。
最初は使い魔用の施設を買う為にDPを稼いで貯めようと考えていたが、一階層でレベル上げをしている限りはソロでも別段問題無いという事に気付き、それならば現状不満のある拠点を改善した方が無難だろうとなった訳だ。
やはり精神衛生上、戦ってばかりで疲れた心を拠点で癒すとなったら、そこは快適でないと話にならないと気付いたのである。
いつまでこの拠点で過ごすのか判然としないが、いつまで過ごすのか分からないだけに心地好い空間を造った方がいい。
そういう訳で、現在の拠点は最初と比べれば天と地ほどの違いとなっている。
当初はリビング兼寝室だった部屋も、今では寝室は寝室で拠点を拡張して別にしており、その寝室の大きさは畳八畳ほどになっている。そしてその寝室にあるベッドは藁束のベッドではなく、今やちゃんとしたベッドでありダブルベッドを設置した。
それから、リビングは少し拡張してキッチンを増設し、一番安いのが竈しかなかったので仕方なく竈を設置したのだが、しかしその竈の存在のお陰で様々な調理が出来るようになったので食事は大きく改善した。
ただし、竈を購入したら竈の材料だけが出て来た時は目が点になったと言わざるを得ないだろう。
中古品ですらなく、材料が出て来るとは正直言って予想外すぎた。
まぁ説明書が付属されていたので、それを読みながら一応は完成したのでこれ以上の文句は言うまい。それに、竈を造っている時は少し楽しかったと言えば楽しかったし。
あぁそれから、洗面所の横を拡張して風呂も造っておいた。勿論、一番安いのを購入したので五右衛門風呂であり、それも材料だけが出て来たので自作の五右衛門風呂である。
竈と同じく風呂も薪を必要とするので、薪代のDPが地味に掛かるものの苦になる程ではないので問題無しだ。
薪を使用しての火加減というのは経験が無かったので四苦八苦していたが、要領を得ると案外苦労とは思えないくらいだったりする。
それよりも、風呂で一日の疲れを癒す事が出来るので、それが何よりも素晴らしい。
これが俺の10日間となるが、何故か生前よりも生きている実感に満たされており、不思議とこの状況を楽しんでもいたと言えるだろう。
口にする料理も何故か生前より旨く感じるし、場所が違えば味覚も変わると言われるが、これが正にその言葉通りにそれを証明しているのかもしれない。
そんな俺の現在のレベルは、8を漸く越えたところだ。勿論、探索している場は一階層。
安全を最大限意識してのレベル上げをしている俺にとってはまずまずの結果である。
しかし、掲示板の攻略スレを見ていると驚愕せざるを得ない。
何故ならば、勇者と呼ばれていた挑戦者は、もう既に三階層を踏破しており、その次の四階層まで足を踏み入れているからだ。
剣道五段の腕前だと述べていたが、剣道家というのは本当に凄いのだなと心底感服する思いだ。
因みに、勇者は既に四階層で遭遇した狼を使い魔にする事に成功しているらしい。
その他に勇者以外の挑戦者も三階層まで行けた者も少なからず存在しており、その者達は三階層で遭遇するモンスターの豹を使い魔にするべく苦心していると攻略スレに書いてあった。
そんな凄い活躍を見せる挑戦者達だが、しかしその挑戦者達というのは極一部でしかない。
俺を含めた武術経験皆無の挑戦者達は、全員一階層と二階層でまだレベル上げに努めているのが殆どであり、大概が二階層で足止めを食らっている。
その原因が、二階層の嫌らしさにある。
一階層では単独行動をするモンスターが基本だったのだが、二階層からは複数で行動するのが基本となり、しかも遭遇率が高まっているらしいのだ。
この事実によって、武術経験皆無の者はその多くが悉く二階層で初めての迷宮内での死を経験している。
多対一というのがそもそもキツいし、どう対処していいのか分からず、その結果パニックになって死んだという書き込みが非常に多かったと認識している。
その対策として現在挑戦者達の間で話し合われているのは、やはり向こうが多数なら此方も多数で対抗するのが良策だろうとなっており、その意見が主流となってからは全員が使い魔用の施設を増設する為にDPを稼いでいる。
俺とは正反対を行っている事になるが、俺はこの迷宮探索を短距離走とは考えず長距離走だと考えて取り組んでいるので、特にこの違いに焦りはない。
俺は俺で、俺のやりたいようにやる。それが俺を俺として形作る確かなものであり、そうでなければ精神衛生上よくないと考えているからこそ余計に焦ってはいないと言えるだろう。
ともあれ、拠点は一応快適に過ごせるだけの空間となったので、これからはDPを貯蓄して、また、レベル10を目指して頑張っていこうと思う。
そして10レベルに到達したならば、その時は二階層へと進み、多対一の戦いを経験して自分の力量を確かめるつもりだ。
それで一人での探索が無理だと思えたら、使い魔用の施設を増設して仲間を増やすのがいいだろう。
ただし、ゾンビは臭いしグロいので絶対に仲間にするつもりはない。スケルトン一択である。