力を求めて2
これまでよりも広く拡張された空間にギッシリと団子状態になっているトカゲ達の姿は、元々一匹一匹が巨大な事も相まって更に大きく見えた。互いの体温で暖めあっているのだろうが、その光景は非常におぞましいもので、思わず鳥肌が立つ。
「これは……想像以上にくるね」
ゴクッと生唾を飲み込む音が洞窟内に響く。俺が唾を飲み込んだ音ではなく、メンバーの誰かが飲み込んだ音だ。
「火魔法はトカゲの体温を上げて動きを活発にさせてしまうだろうから、ここは水魔法で冷水をぶちまけよう。そうすれば動きを抑えつつ有利に戦える筈だから」
変温動物としてのトカゲの習性を利用しての作戦を告げると、全員が無言のまま頷いて了承してくれた。勿論、普段は素知らぬ振りをしているアキとフユでさえも、戦闘に関する提案には真面目な様子を見せるので、この提案に二頭も反論などないようで了承してくれている。
それを見て安心した俺は、先ずは土属性魔法を用いて団子状態になっているトカゲ達を囲むように壁を造った。これで冷水を浴びせても簡単には逃げられないし、こちらに襲い掛かるのも容易ではない筈だ。
注意するべきは、一体一体の大きさが規格外な事。俺達が今まで戦ってきたモンスターとは大違いな体躯であるのを考えれば、きっと予想外な事も当然発生するだろうと思える事だ。
油断は決してしない。しかし、敵を過大評価もしない。そんな心積もりで俺達は一斉に水魔法を発動させ、冷水をトカゲ目掛けて放つ。
まるで地獄絵図だ。冷水に反応して阿鼻叫喚になったトカゲ達は、身を盛大に捩って動き回り、その際に長く太い爪で仲間を引っ掻いている。中には怒りによってなのか、トカゲ同士で噛みつき合っている個体も居て、瞬く間に一面がトカゲの流す大量の血によって真っ赤に染まっていく。これを地獄と言わず何を地獄と表現するのだろうか、とそんな風に思ってしまうのが当然かの如く凄まじい光景だ。
「よし、次は風魔法で攻撃しよう! 威力は一番弱いけど、洞窟へのダメージを最低限に抑えつつモンスターだけにダメージを与えるのなら最適な魔法だ!」
風属性魔法は攻撃に関しては非常に期待出来ない。どちらかと言えば、土を舞わせて視界を封じたり、毒が空気中に漂っていればそれを吹き飛ばしたり、そんな風に使用する事で活躍するのが風属性魔法である。
しかし、全く攻撃が駄目という訳でもない。目には見えない風の刃を発生させる事で、少しだが敵へのダメージを期待出来るし、長期戦を考慮するならそれで怪我させた後は出血死を待つという策もある。
今回の作戦がまさにそれだ。巨大なトカゲモンスターを真正面から正々堂々と戦うのは悪手でしかないし、変温動物であればこれで一層動きが制限される訳で、そんな状況なら出血死を待つのが何よりも穏便な戦闘方法だと言える訳だ。
「水魔法と風魔法を各自の判断で切り替えながら攻撃を続行! くれぐれも手を止めて様子見とかはやめくれよ!」
一体ずつならまだ正々堂々と戦っても充分に戦えるだろうとは思っているが、目の前でのたうち回っているトカゲの数は三十を越える。白兵戦になったらとてもじゃないがまともに戦えるとは思えない。容易く蹂躙されて食われるのがオチだ。
それ故に決して攻撃の手は緩めないし、様子見など許されない。俺達はまだまだ弱者なのだ。超越者には勝てないし、目の前のトカゲ達にも勝てない。だから容赦なく攻撃を続けるのが最良の手なのだ。
しかし、やはりと言うべきか、数体のトカゲが傷だらけになりながらも壁を乗り越え始めた。幾ら身体機能が寒さで鈍っているとは言え、あくまでも弱者ではないのだから反撃しようとしてくる個体が居て当然なのだ。
「俺とハルちゃんは盾役としてトカゲの注意を惹き付ける! その間に壁を越えた敵を先ずは集中して始末してくれ!」
俺とハルちゃんはずっと盾役として戦い続けている。それは戦闘の役割として決めていた事であり、これまでその役割で戦ってきた大事な役割分担だ。
だからこそ、今回もメンバーの前に出て壁を越えて来た敵と向かい合った。そうするとますますトカゲの大きさが理解出来る。見上げる程にデカいトカゲの顔が、ギラリと鋭い目を此方に向けていた。
俺はトカゲの注意を惹く為、敢えて剣での一撃を加えた後はひたすら避ける事と盾でガードする事に努める。そうしていれば、鬱陶しい俺にトカゲの注意は向く事となり、そこにトカゲの隙が出来る。その隙をブリュンヒルデが見逃す訳もなく、トカゲの喉を真横から槍の一撃にて貫き、致命傷となる怪我を負わせた。
これまで以上に血の匂いが濃くなったのを感じる。目前のトカゲは少なくとも死にグッと近付いたのは間違い。
それを感じてチラリと視線をハルちゃんの方に向けると、そちらの方も似たような戦況だった。どうやら冷静に戦いを進めているらしい。
俺は再び目の前のトカゲへと視線を移し、最早死に体の姿を晒しているトカゲの目を狙って剣を突き立てた。それでチェックメイトだ。
目前でドシンッと音を立てながら倒れたトカゲから剣を抜き、また壁を越えて来たトカゲの注意を惹くべく同様の行動を取る。まだまだ敵の数は多いのだ。気を抜くには早い。
そうやって戦闘を続ける事一時間程、流石に体力の限界が近付いた時だった。血に含まれる鉄分のせいで、噎せかえる程に鉄の匂いが濃くなったこの場所には、俺達以外には自分の足で立っている存在は皆無になっていた。
メンバー全員が息を切らせている。肩を大きく上げ下げしている姿は、心底疲労困憊なのを察せられた。俺も同様の姿を見せているのだろう。
疲れた。地面は血で染まっているが、それを気にせず座ってしまいたいと思う程には本当に疲労困憊だ。握力も限界に達しているらしく、剣をまともに握っていられないし、何より剣が重たくて持っている事すら億劫に感じられる。
こんなに疲れたのはいつ以来だろうかと、そう考えながらメンバー全員へと視線を向ける。肩で息をしている以外は別に怪我も無いようだ。それはレベル50だったテティスも同様で、しかし一番疲労困憊なのはそのテティスであり、彼女は既に立っていられない程に疲れているようで真っ赤に染まった地面に座り込んでいた。
「ハァハァ……テティス、大丈夫?」
「だいじょばないですぅ」
「ふっふふふ、はっはっはっはっ! そう言える余裕があるなら大丈夫だね」
「笑いどころじゃないですよー。……本当に死ぬかと思いましたー」
手を動かす気力も体力も無いようで、口だけで辛さを言い募るテティス。余程に疲れているのだろうと察せられるが、そこまで言える余裕があるのなら心配無い。それもこれも、メンバー達が戦闘中であってもテティスを庇っていたからだ。一番レベルの低いのがテティスなのだから、サポートするのは当然である。
しかしそれがあったからこそ、メンバーが余計に疲れている理由でもあった。俺もそうだ。パーティーリーダーとして細かく注意していて、何度か危ない時はフォローしていたのだ。
だが、そんなフォローも敵が寒さで鈍っていなければ気を回す余裕すら無かったのは間違いない。暖かい季節ではなく今の季節に此処へと来たのはたまたまだが、それが功を奏したと言っても過言ではないだろう。
襲う標的の生態を事前に知っておく事が何より大事なのだと理解出来たいい例だ。ただレベルを上げて戦うだけが戦闘じゃないのだと、そう肝に命じておこうと思う。




