造船
両腕と喉が完全に再生するまで暫くの時を要したが、それももう問題無い。全て元通りと言った具合で、以前のようにピアノだってギターだって弾けるだろう。
問題があるとすれば、俺の尊厳が一つ失われた事だ。少し考えたら分かるだろうが、両腕が無いのだから当然トイレで困る訳で、逸物を振る事も出来ないし尻を拭く事も出来なかった訳で、全て彼女達に補助してもらわねばならなかった訳で。
つまり俺が何を言いたいのかと言葉にすれば、次に会ったらその時が貴様の命日だ、と言う事だベルセルク。絶対に容赦しないし手加減など微塵もせん。
そう、俺は復讐者になったのだ。俺の尊厳の仇だ。リベンジャーとなった俺の恐ろしさを骨の髄まで刻み付けてやる。
「マスター、どうかされたのですか?」
「完全回復したというのに、随分な顰めっ面だったぞ?」
「あ、いや別になんでもないんだよ。は、ははは」
小首を傾げながら煎餅を齧るヘルとブリュンヒルデの二人は、購入したばかりの40インチテレビに釘付けだ。腕の無い俺の日常を補助してくれたメンバーに感謝の印として買ったテレビなのだが、ハマったのは彼女達二人だけ。他の面々は最初こそ興味津々だったが、二週間もすると飽きてしまったようだ。
「それ、面白いの?」
「見ていて飽きん程には面白いぞ」
「はい。マスターの世界の事が分かりますしね」
テレビのチャンネルは一つだけで、放送されている内容は地球の歴史のみ。しかも日本を舞台とした歴史なので、俺としてはそれほど面白みは感じない。因みに、今は平安時代の事を延々と説明している映像が流れている。
「まぁ楽しんでくれてるのならいいよ。高い買い物だったしね。
それは兎も角、俺はテティスの様子を見てくる」
テティスというのは、奴隷落ちしたドワーフの娘の事。ギリシャ神話に登場する海の女神から名前を貰って名付けた。船を造ってもらう気マンマンでテイムした娘なので、丁度いいだろうと思い名付けたのだ。
そのテティスはと言うと、最初は記憶を取り戻して盛大に取り乱していたが、二日もすると冷静になり、造船に必要な施設を購入して見せれば狂喜乱舞して早速作業を始めてくれた。まぁ最初に始めたのは木の伐採からだが。
俺はまだ両腕が治っていなかったので、十一階層に出られるように最低限のレベル上げをヘル達のサポートでこなしてもらい、その後は十一階層に出て皆でひたすら伐採作業の日々だった。樵の人がどれだけ苦労していたのかを充分に理解出来た日々だったと言えるだろう。
その甲斐あって、大量に伐採した木を魔法で乾燥させ、それからはテティスに造船工房で頑張ってもらっている。
「おーい、作業はどんな感じ?」
見たところまだまだ船の形どころか何も無い。ただただ一面に加工される前の材木が並んでいるだけだ。
「マスターマスター! こっちですよー!」
「うわぁ………一旦掃除したら?」
「それは後でやりますぅ! それより、図面見て下さいよー!」
沢山の木屑の山からチョコンと顔だけ出して俺を呼ぶ声からは、もうすっかり此処の生活が慣れた事を察せられて、それには本当にホッとする。ドワーフ特有の真っ黒な髪をお尻の付け根まで伸ばし、発育のいい中学三年生って感じのテティスの当初は、今とは違って酷く怯えっぱなしだったのだ。まるで触れてしまえば壊れてしまうような、ガラス細工を間近にしたかのような、そんな繊細な印象だった。
それで俺は生前の記憶を取り戻したせいで、そして死の恐怖でそうなっているのではと思って心配した。悲惨な最後だったのなら、そうそうその最後の恐怖を払拭出来ないと思えたからの心配だった。
が、少しずつ話すようになって全く違う理由で怯えていた事を知る。彼女は奴隷落ちしてはいたが、どうやら自身のした借金で奴隷落ちしたのではなく、友人に騙されて奴隷落ちしてしまったらしい。そのショックで酷く怯えっぱなしだったのだ。目にする全ての人が敵にしか見えなかったのだろう。
「何これ?」
「何って船の図面に決まってるじゃないですかー」
「これが? 家の図面じゃなく?」
「アハハハ、これが家に見えるだなんて可笑しな事を言いますねー」
「いや、これは家にしか見えないんだけど?」
「これが家だったら、全ての家が船になる………あ、これは本当に家の図面だった。
え、エヘヘ。こ、こっちですよ、こっち!」
このやり取りで充分に理解出来ると思うが、そう、何を隠そうテティスはおっちょこちょいな一面がある。戦闘していた時はそうでもないのだが、それ以外の時には少し心配になるレベルでおっちょこちょいなのだ。
船で外海に出た時、本当にテティスの造った船で沈没しないのかと若干不安に思うが、もう彼女をテイムしてしまっているのでどうしようもない。信じるしかないだろう。
「ヘェ〜、こりゃ凄いね」
「エヘヘ。全長30メートル、帆柱は二つ、追い風にも向かい風にも充分に対応出来る船です!」
「追い風と向かい風のどっちかで本領を発揮するんじゃなく、その真ん中でって事か。あらゆる場面で一定の結果を出すには最良だね」
「ですです! そうなんです!」
「完成を楽しみにしてるよ。でも、ちゃんと休憩を取る事も忘れないようにしててね」
「はーい! お任せですぅ!」
元気溌剌とした性格はいいのだが、おっちょこちょいな一面と何かに没頭すると時間を忘れてしまうという一面があるので少し不安だ。まぁ俺が気にしていればその都度注意出来るし、今は元気に楽しく過ごせている事を何より大事にするべきだろう。
とは言え、何も造船だけで日々を過ごしてもらう訳でもない。俺と一緒に十一階層の探索もしてもらうつもりなのだから、戦闘技術の方面にも力を注いでもらう必要がある。
そんな彼女の戦闘方法は、今までメンバーには存在しなかった鎚を主武器とする戦闘員としてスキルも付与していて、まさにドワーフと言ったらという感じになっている。これは彼女の父が冒険者として鎚を使っていたらしく、それが理由として彼女が鎚を使いたいと希望したのでこうなった訳だ。
彼女は俺と似通っていて、戦闘技術など何も無い一般人だった。喧嘩もした事が無いというところまで一緒である。
なので当然ながらレベル上げ当初は、悲惨の一言。彼女の戦っている姿を見て、あぁ俺もこんな風だったわ、と思う程には酷い戦闘だったと言えるだろう。
しかし、レベルが20を越える頃には立派なドワーフの戦士へと変貌していた。飲み込みの早さは俺以上で、重量20キロのハンマーをブンブンと勇ましく振る姿はかなり様になっている。これならもう充分にメンバーとしてやっていけるだろうと太鼓判を押せる程、現状の彼女は戦闘に関しては信頼出来ると言っても過言ではない。
「それで、テティスの夢の船ってのはこれなの?」
「違いますよー。この図面にした船は、世間一般の船を改良しただけの代物ですぅ」
「そんじゃあテティスの思い描く船ってどうなの?」
「エヘヘヘ。それはまだ秘密でーす。トップシークレットってヤツですぅ。でも、いつかはマスターにも教えて上げますよー」
「秘密にされると気になっちゃうじゃん。ま、期待して待つってのも嫌いじゃないけど。待つ価値のある凄い船って認識で間違いないんでしょ?」
「ですです! 落胆はさせませんよー!」
「分かった。テティスが満足出来るよう好きにやっていいからね?」
「はーい! 此処にこれて私は幸せ者ですねー!」
幸せだと思ってくれているのなら、それが何よりだ。俺はその現状を維持できるよう頑張らなければならない。それが出来ていれば、皆が笑顔一杯で居てくれるだろう。
俺はテティスの満面の微笑みを見ながらそう思いつつ、気持ちを新たに強くした。




