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上には上が居る

 テイムに成功した後は、当然その場に留まる必要など無い。と言うより、寧ろ出来る限り素早く逃走するのが理想的だ。

 だからこそ俺達は全力で駆けた。勿論、フードを目深に被って敵対関係にならないよう努めながらの全力疾走であり、その甲斐あって町中を何故全力で走ってるんだろうなぁと、そんな不思議そうな視線を町民から向けられるだけに済んでいる。


 酔っ払いや主婦や冒険者など、色々な人達が居る道を縫うようにして駆け続けていれば、視線の先に町を囲う壁が見えてきた。高さ三メートル程の壁で、それくらいの高さなら飛び越えるのも苦ではない。

 メンバー全員が横一列に並んで、それを横目にしつつ壁を一斉に飛び越える。そして、着地と同時に再び全力疾走を開始。待機組のハルちゃん達と合流するまでは決して気を抜く事はない。


 その思いはメンバー全員に共通するもので、誰一人として油断など微塵も無かった。そう、全く油断していなかったと断言出来る。

 しかし、ふと自分の左腕が、肘の周辺が異常な熱を感知して、その異変に疾走しながら気付いた俺が自分の左腕に視線を向けて見ると、肘から先が消えていた。本来はある筈の腕、いつも装備していたラウンドシールド、それが何も無い。真っ赤な血煙を撒き散らしているだけで、本当に肘から先が綺麗さっぱりと無くなっていたのだ。


「は?」


 今の俺達が全力で走った場合、だいたい時速六十キロ程で駆け抜ける事が可能だ。熊と同等の速度で走れる訳だ。そうなると当然、視界に映る光景は車に乗っている時のようになる。

 それなのにも関わらず、左腕の異常に気付いた途端からまるでスローモーションかのような光景に変わり、思考速度だけが空回りしたかの如く様々な可能性ばかりが浮かぶ。罠としてピアノ線が張ってあってそれに気付かず切り落とされたのかとか、何かの呪いで腕が消失したのかとか、他にも自分が気付かぬレベルで何者かに腕を斬り落とされたのかとか。


 そうして考える内に、俺の脳裏には超越者の存在が浮上した。そう、この町に偶然滞在している事が判明した超越者という存在だ。

 その超越者に気付かぬ内に斬り落とされたのではないかと考えた瞬間、俺は反射的に背後へと視線を向けていた。そして俺の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべる一人の男だった。

 ゾッとした。背筋に氷を当てられたとかそんな次元ではなく、まるで水温が零度の水の中に飛び込んだかのような感覚で、心底ゾッとした。


「に、逃げ━━━!?!?」


 メンバーに向けて逃げろと、そう叫ぼうとしたが、男との距離が十メートル以上もあるのに、何故か喉を切り裂かれていて叫ぶ事すら出来なかった。男はただ壁際で佇んでいるだけなのに、どうやって俺の喉を切り裂いたのかは分からない。

 だが事実として、俺の喉は切り裂かれており、盛大に血煙が吹き出している。左腕、そして喉、その出血量は死を連想させるには充分だった。


 明らかに流れ過ぎている事を理解し、最早回復薬の類いではどうにもならない事を理解し、俺は走るのをやめた。決して自暴自棄になったのではない。仲間達が立ち止まった俺に気付く前に、死ぬ気で立ち向かう事を決めたのだ。

 仲間に死の恐怖を与えたくは無かった。彼女達は生前の記憶を有しており、皆が何かしらの理由によって死んでいる。無論、それは俺も同じだが、しかし彼女達には再び死の恐怖を味わっては欲しくなかった。


 焼死、溺死、刺殺、撲殺、餓死、圧殺、絞殺、銃殺、自殺。彼女達がどんな理由で、彼女達がどんな死に方をしたのか、俺は何も知らないし聞いていない。これからも聞くつもりはないし、少なくとも自分から聞く事はしないだろう。

 生前の苦しみを忘れて欲しいから。辛い過去を引き摺って欲しくないから。だから聞かない。ただ笑っていて欲しいのだ。笑顔を見せ続けていて欲しいのだ。


 故に死神を連想させる男と単独にて向かい合い、俺は魔法を発動させた。俺が死ねば全員が拠点に強制転移させられる。それはつまり、俺以外のメンバー全員が死を経験する事なく帰還出来るという事。

 魔力を練りに練った全力全開での火魔法が発動し、直径一メートル程の火球が顕現。それを死神に向けて躊躇なく放つ。

 自分自身をも火球の熱によって火傷を負いながら放ったそれは、火事場の馬鹿力とでも表現すべき威力と速度で男へと迫る。しかし、男の目前に迫った瞬間、霞の如く放った筈の火球が消失してしまった。


 意味が分からない。男はピクリとも動いていないのに、どうして火球が消失してしまったのか、それがまるで分からない。

 危険だ。あの男は危険過ぎる。あまりにも恐ろし過ぎる存在だ。


 出血量が危険水域にまで到達した事で眩暈を感じるが、それをグッと堪えて再び火魔法の火球を放つ。ただし、先程とは違って30センチ程の火球であり、それを複数同時に、しかも連続で放つ。

 三発、六発、九発、十二発、十五発、三発ずつ連続で放つ間に仲間が気付いたのか、俺を呼ぶ声が聞こえた。アキやフユの唸り声も同様に、火球を放ち続ける俺の耳に確かに聞こえた。

 それを理解した瞬間、チャンスだと思った。逃げるチャンスだ。今しかないチャンスだ。メンバー全員が近くに居るのなら、俺を含めて全員無事に帰還する事が可能だ。


 俺は魔法を放ち続けながら、アイテムボックスから帰還の杖を取り出す為、右手に持つ剣をついでとばかりに死神に目掛けて投擲。次いで直ぐ様に帰還の杖を取り出し、俺はその杖を片手に強く念じる。拠点への帰還をひたすらに強く念じる。俺達にとって安住の地となる家への帰還だ。

 すると杖が俺の願いに答え、光輝いた。これで誰も死ぬ事がなく帰還出来ると、そう思った。確信していた。


 しかし、ふと気付けば杖を持ったままの右腕が宙を舞っていた。光輝いた杖を握ったまま、宙をクルクルと回転しながら腕が舞う光景は実に奇妙で、現実感が全く無かった。

 あれ、何で俺の腕が、とそう疑問に思う俺の視界の端には、十メートルほど離れた距離で火魔法の弾幕を浴びていた筈の男が、満面の笑みで俺の横顔を見詰めながら剣を振りかぶっていた気がする。一瞬の事であり、そのせいではっきりとは分からないのだが、確かに剣を振りかぶった死神が俺の横に居た筈だ。


 だが、それに気付いた次の瞬間には、俺は拠点に居て、両腕を失った状態で仲間と共に帰還していた。両腕と喉から吹き出していた血が、今や完全に止まっていた。どうやらギリギリ帰還の杖が発動したのだと理解したのは、仲間が俺に抱き付いて来てから数秒が経過してからの事だった。

 皆が幼子のように泣きじゃくる姿には、素直に愛らしいと思えた。彼女達に死の恐怖を与える事なく済んだのだと思うと、心の底からホッとした。


「っ……だ……」


 泣きじゃくる皆に向けて、大丈夫だよ、と声を掛けて上げたかったのだが、血は止まっていても傷はそのままなのだから当然喋れず、ただ激痛がするだけで声を発する事など不可能だった。当たり前だ。拠点に居る限り、瀕死の状態でも死ぬ事はないし徐々に回復するのだが、一瞬で治癒する訳ではないのだから。

 両腕と喉の激痛に苛まれながら、俺は拠点の特性を思い出しつつ意識を失う。あまりの出血量に、とうとう限界を迎えたのだろう。

 彼女達の温もりを感じながら意識を失う俺は、こんな状況だけど確かな幸福を感じていた。

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寧ろ出来る限り素早く逃走するのが理想的だ。  だからこそ俺達は全力で駆けた。 帰還する杖使えばいいのに
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