造船技師
奴隷商が滞在する宿屋の噂を頼りに進んでいると、三階建ての宿屋に辿り着けた。そう、三階建てだ。中世時代の文明でも馬鹿に出来ないなと、そう思わせられる程には立派な建築物だった。
中世初期から中期のど真ん中くらいの文明だと認識していた俺には、三階建ての建築物が存在する事が驚きである。更に驚かされたのは、建築物に継ぎ目が無い事だった。宿屋の壁を見る限り、素材は石なのだが何処にも継ぎ目が存在しないのだ。
魔法という超常の力がそれを可能としたのかもしれないが、流石にこれには素直に驚き、その凄さに感嘆した。恐らく、土属性魔法を行使して建てられたのだろう。
「スッゲェ。これなら地震にも強そうだ」
「地震とは何ですか?」
「地揺れの事だよ。大地が揺れる事とかあるでしょ?」
「大地が揺れる? あの、そんな天変地異は聞いた事が無いのですが?」
「へ? もしかして地震が無いの?」
四人が四人共に小首を傾げているのだから、本当に大地が揺れるという事象を経験した者は居ないのだろう。生前の記憶を使い魔になった事で取り戻して尚、地震の事を知らないのだから地球とは違う環境下なのだろうと察せられる。
日本人が聞いたら心底羨ましがるだろうなと、そんな事を考えると三階建て云々の驚きが薄れたような気がした。
「ま、まぁその話は拠点に帰った時にでも説明するよ」
「分かりました……」
「それより、これからどうしよっか? 此処に奴隷商が居るのなら、当然奴隷落ちしたドワーフの娘も居る訳で、でもその娘をどうやってピンポイントに見付け出すかが問題だね。
探すのに時間が掛かってると、それだけ俺達の事が露見するリスクが高くなるし。そしてバレたら当然戦闘になって、そうすると超越者が駆け付ける可能性も高くなっちゃうからね」
「それなら問題ないと思いますよ。高級な宿屋の場合、奴隷には奴隷専門の部屋が割り当てられるのが普通ですから」
「うんうん。それで此処の宿屋を見る限りで言うと、明らかに高級宿屋って感じの外観だし、そうなると奴隷は地下に居る筈だよ。これは僕達の暮らす地底国でも同様の処置だからねぇ。先ず間違いない筈さ。
ね、アグライア?」
「そうね。ワタシ達の国でも同じ扱いだったもの」
「なるほど。それじゃあ真っ直ぐ地下へ進めば大丈夫って訳か。地下へと続く階段が何処にあるのか分からないから行き当たりばったりって感じになるけど、正面突破って事で突入する?」
「いえ、それも問題ありません。通常、地下へと続く階段は建物の外に造られるのが普通ですので、恐らく裏に回れば階段があるかと」
常識を知っているメンバーが居るというのは実に有り難い。こういう時にそれを実感出来る。
「へ〜、そうなんだ。それじゃあ俺達の事がバレるリスクも少ないね」
「はい。ですが、奴隷が逃げぬように宿屋側が雇った者が居る筈ですので、それだけは気を付ける必要があります。それと、場合によっては奴隷商の者が雇った者も念の為に配備される事もありますね」
「なるほど。それはやっぱり、それなりの実力者って認識でいいんだよね?」
「はい。特に奴隷商の者が雇うとなったら、かなりの強者という認識で間違いないでしょう」
「奴らは商いで稼いでおるからな。商品の為なら尚更出し惜しみはせんだろう」
彼女達の説明を聞いていると、これはかなり気を引き締めねば不味いかもしれないと思える。超越者がこの町に居るらしいので尚更だ。
「分かった。それじゃあ最初から全力全開で出し惜しみ無しの本気で行こう。相手の出方を窺うとか迂遠な手法は無しでね」
「「「「了解」」」」
相手が戦闘体制に入る前に全力の一撃を加えれば倒すのは容易だ。それがどんなに強者であろうとも、油断しているところにナイフで喉をかっ切ればそれで終わる。ゲームじゃないんだから当然だ。
そう意気込んで立派な外観の宿屋の裏へと回れば、馬車や馬が繋がれている厩舎があった。そしてその厩舎の横に地下へと続く階段がポツンと存在しており、その階段には雨避けの為だろう簡単な作りの屋根が主張するように建てられてあった。
俺はその階段を見ながら、周囲へと視線を向ける。見張りが居ないか、宿屋の従業員が居ないか、それを警戒しての行動だ。
幸いそれらしい人物は誰一人として居やしなかった。と言うより、馬の世話をしているような者も見当たらず、本当に誰も居ない。
しかし、そうは言っても注意するに越した事はない。地下へと続く階段を視界に入れつつ、俺は警戒しながら接近して行く。
「俺がメインの盾役だし、俺が先行する形で突入する。ここからは時間との勝負だから、全力疾走するよ」
地下へと続く階段を目の前にして皆に言うと、無言で頷く事で理解したと返答してくれた。
それを見て、俺は一呼吸した後に全力で駆けた。階段も数段飛ばしで素早く駆け降り、その途中に居た警備の者だろう男を最短の手順で剣の腹を駆使して容赦なく殴り倒す。そこで足を止めたりはしない。そのまま全力で階段を降りきる。
すると、辿り着いた地下には薪を燃やす為の暖炉が目に入り、それが赤々と地下室を照らし暖めていた。そしてそこには五人の屈強そうな男達が居て、その背後には鉄格子が存在し、その中には殆ど裸同然の姿を晒す女性が一人ポツンと地面に座っていた。
男達は何が何やら理解していない様子で、俺達が勢い良く地下室へと足を踏み入れた事に戸惑っているようだ。まだ目深にフードを被っているし、声も発していないので敵認定されていないらしい。
これは幸運だった。そしてその幸運を手放すような阿呆は一人としておらず、男達を視認するや否や、メンバーの一人一人から容赦の無い魔法の一撃を食らって全員が昏倒した。
「よし、誰か鍵を持ってる筈だから、各自調べて」
俺がメンバーに指示を出した直後、鉄格子の中に居る黒髪の女の子が敵意剥き出しの表情を見せた。俺が発した声を耳にして、敵認定されたのだ。このシステムを構築した神様が少し憎くなる瞬間であり、可愛らしい女の子に初対面にも関わらず毛嫌いされるという寂しい瞬間でもある。
何はともあれ、その女の子は無手だ。裸同然だし、武器を隠し持つ事すら出来ないのだから、毛嫌いされているだけで警戒する程でもない。注意するなら魔法だが、奴隷に落ちると契約云々で主人の同意なしには魔法が使えないらしいし、そう言った理由でも彼女に警戒する必要は殆ど無い。
なので地上に続く階段から誰かが入って来ないかを注意するだけでいい。その見張りは俺だ。他のメンバーには鍵を探して貰ってるので当然の配役である。
「あ、鍵があったよぉ」
「お手柄じゃんタレイア」
「ふふん。それ程でもあるよぉ」
背を反って胸を強調するタレイアから鍵を受け取ると、俺は躊躇なく鉄格子を開けた。
するとその瞬間、タレイアと同身長のドワーフの女の子が低い姿勢で駆け出したかと思えば、俺の喉元目掛けて噛み付いてきた。殺意充分の噛みつき攻撃だが、それで殺られてしまう程に弱くはない。
上体を反らして攻撃を避け、それと同時に腹部への一撃を加減しながら放つ。拳が女の子の鳩尾に命中すると、苦悶の表情で踞った。
かなり苦しい筈だ。手加減したとは言っても、既に俺の身体能力は普通の地球人を遥かに凌駕しているのだから、この世界の住人であっても悶絶ものなのは間違いない。
「テイムさせてもらうよ」
少しの罪悪感が胸をチクリと刺すが、俺はそれを無視してテイムスキルを発動させ、女の子の背中に優しく手を押し当てる。暖炉に薪がくべられているとは言え、裸同然の状態で地下室に居る女の子の体は冷たく感じた。奴隷に落ちたと言っても、これではあまりに酷い処遇だ。
俺はその事実に不愉快な気持ちになり顔を顰めるが、女の子を拳で殴っといて何を考えているのだと理性が訴え、その頓珍漢な状況に思わず苦笑する。
そうして一人心の中で自身に突っ込んでいる間に、ドワーフの女の子は光と共に消え去った。




