スニーキングミッション
未開拓地を進むのとは違って、人類の生息圏を進むのは非常に安全で楽だ。勿論、この世界はダンジョンであって当然の如くモンスターが跳梁跋扈しているのだから、地球と比べるべくもない程に危険なのは間違いないが、それでもまだマシであると言えるだろう。
人が歩き易いように道と言える程の物が一応は出来ているし、人の踏み固めた大地は本当に歩き易い。時折陥没している箇所などがあるのは仕方ないし、人そのものが襲って来るのも仕方ないので、それを抜きに考えれば素晴らしい速度で移動出来る。
そんなこんなのお陰で、俺達は先ずブリッツ国内の関所を闇夜に紛れて通過した後、目的の奴隷落ちしたドワーフの娘が居るであろうベネン国内の関所に辿り着けていた。
もう冬も間近に迫る事が原因となり、雪がちらついていて非常に寒い。ベネン国内の関所がある場所が山の中腹に存在する事も要因の一つなのだろうが、本当に寒くて指先の感覚が麻痺する程だ。
この環境下では、恐らく長期間の張り込みなど危険だとしか判断せざるを得ず、俺達は到着するなり関所と町が一体となった場所へ早々に潜入する決断を下した。
警備が手薄なのは事前の情報で知っているし、特に問題は生じないだろうとの考えで潜入した訳なのだが、その予想は外れる事なく平穏無事に潜入自体は成功した。
顔を見られれば即敵認定されるのは確認している。声を聞かれただけでも即敵認定されるのも確認している。
よって俺達はフード付きのマントを着用して、目深にまで被ったフードにより顔を見られないようにし、尚且つ決して声を発しないようにしての潜入であった。
まるで忍者や某国のスパイにでもなったかのような心境になり、胸の高鳴りを感じながら奴隷商の滞在する宿屋を探し回る。もっとも、探すとは言ってもそれはこの世界の言語を理解出来るメンバーに任せているので、俺はあくまでも彼女達に着いて行くだけだ。
酔っ払いどもの会話、冒険者達の会話、買い物でもしているのだろう主婦達の会話、職種や人種に関係なくあらゆる者達の会話を盗み聞きしながら町中を移動していると、ヘルを筆頭に何やらゴニョゴニョと内緒話をしたかと思えば、それを見て疑問に思う俺を細道へと力ずくで連行されてしまった。
「何々? どうしたの?」
「マスター、少し厄介な事になったかもしれん」
「厄介?」
「うむ。ハルやナツ、それにアキやフユを町の外に待機させたのは悪手だったかもしれんぞ」
「いや、いくら変装しても誤魔化しきれないって言うから待機させた筈じゃん。それなのに、何でそういう話になるの?」
「戦力が足りない可能性が浮上したのだ」
ヘルが小難しい顔を見せながら言い放った言葉に、俺は口をポカンと開いてアホ面を晒してしまう。何せ、予想外過ぎる言葉を耳にしたからだ。
十一階層のモンスターは確かに強力な奴が多いのは事実。今の俺達でも逆立ちしたって勝てないモンスターが沢山居て、そういう存在からは徹底的に逃げに徹する程には情けなくも逃亡した事だって沢山ある。
しかし、それは知的生命体以外の話。ヒューマンやエルフなどで、そんな強い個体を見た事は決してない。戦った事も無い。
つまり何が言いたいのかと言うと、人類を相手に限定した場合では、俺達が圧倒的に強者という立ち位置にいると言いたい訳だ。
「あ〜………此処に配備されてる警備兵の数が尋常じゃないとか?」
可能性があるとしたら、戦える人数差。どんな強者も視界一杯に存在する蟻の大群に襲われれば一溜まりもない。
それ故の問いに対して、ヘルは大きく首を左右に振った。
「マスターの考えは手に取るように分かる。抱く疑問も分かる。ワタクシの愛する男の考えだ、理解出来ない訳がない。
その上で言うが、確かにマスターを含め強くなったワタクシ達も圧倒的強者だというのは否定しないが、世の中には更に上という存在が居るのだ」
「姫様の仰る通りです。気を悪くされるかもしれませんが、現状の私達でも………メンバー全員が揃った状態でも決して勝てない強者達が居るのです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか、その勝てない奴ってのがこの町に居るの?」
ヘル、ブリュンヒルデ、アグライア、タレイア、四人が四人共に俺の問いに無言で頷いた。皆の表情が物語っている。決して冗談の類いではないのだと。
俺は甘く考えていたのかもしれない。既に自分達は人類の限界を越えた先に居るのだと、敵になり得るのは人語を解しない化け物だけなのだと、そう決め付けていたが、彼女達の言葉が真実ならば浅はかな考えでしかなかったのだろう。
「どれぐらい強いの?」
「面識はありません。全て聞いた話になります。先ずはそれをご理解下さい」
「わ、分かった。眉唾の情報でもなんでもいいから、知ってる事を教えて欲しい」
「分かりました。理解し易いよう内容を限定して話します」
「う、うん」
「ブリッツ国やベネン国、そしてコンシア国など、この周辺諸国で活動している冒険者の中に、四天、レギオン、ベルセルク、エンペラー、七陣と呼ばれる別格の強さを誇る冒険者パーティーが五つ存在しており、その者達は一人で万の兵士達と同等の戦力を有していると聞き及びます。人類が太刀打ち出来ぬ化け物を容易く屠り、弱者ならば視線を合わせるだけで意識を失う、そんな強すぎる者達。あまりにもなその強さに敬意を評し、いつしか超越者と呼ばれるようになった猛者達です」
「ワタクシは四天となら面会した事がある。ブリッツ国内で一時期活動しておって、その時に丁度ワタクシの誕生会パーティーをしていてな、それでそのパーティーに出席した四天と顔を会わせたのだ。
剣、鎚、槍、弓、とそれぞれの武器術に特化した四人で、その腕は凄まじいというしかない程の強者達だったと記憶しておる」
「ワタシ達は地上の俗世に詳しくないんだけど、旅をしていてもその超越者達の噂は何度も耳にしたわ」
「うんうん。聞くところによると、とても同じ人類とは思えない次元の話ばかりだったよぉ。
例えば、昆虫のモンスターで群れを形成するタイプがスタンピードを起こした際、ベルセルクって呼ばれる一人の冒険者が、二千以上もの大群を悉く蹂躙したとか。他にもそんな逸話が耳にタコって感じで聞いたねぇ」
どう考えても眉唾物だとしか思えない。どんなモンスターかは正確に分からないが、二千のモンスターを相手にたった一人で立ち向かって蹂躙し尽くすとかあり得ないだろう。
しかし彼女達が嘘をついているとは到底思えず、ならばその話も真実だと考えるべきだ。噂には尾ひれが付いてなんぼだし、彼女達が嘘を吹き込まれているという可能性もあるが、相手を過小評価して痛い思いをするのは馬鹿のやる事だ。
だが、額面通りに受け取るのも馬鹿のやる事。冷静に判断するべき事柄だと言えるだろう。
普通に考えるなら、俺達はスキルを購入して強くなれるという裏技があるので、どう考えても強者足り得る。その反面、普通の人達は運が良ければ生まれながらに一つか二つくらいスキルを持っている。となれば、その超越者と呼ばれる者達が運のいい部類に入る者達なのだろう。
だがそう考えたとしても、たかが一つや二つのスキルを持って生まれただけの事であり、俺達からしたらどれ程の事でもない。何せ、俺達はそれぞれに十を楽に超すスキルを既に所有しているのだ。スキルの優位性では明らかに此方へと軍配が傾く筈。
すると、必然的に懸念すべきはレベルだ。スキルレベルと個体としてのレベルの二つ。そのレベル差が超越者達と俺達でどれだけの違いがあるのか、そこに注視するべきだ。
「う〜ん……。レベル差が大きかったとしても、スキルの優位性で上回っている筈だし、その部分で埋められる差かどうかだよなぁ」
こればっかりは相手を見て、相手の戦闘を見て、その上で判断するしか方法はない。相手のステータスを見れるスキルなど現在のところは確認されていないし、こればっかりは仕方ないだろう。
ともすれば、ここは前に進む選択がベストなのだと思う。危なくなったら帰還の杖を使用すればいいし、言う程の危険は無い筈だ。
「分かった。危険な奴が居るというのは理解したよ。でも、それでも今回は行動しようと思う。反対意見はある?」
「マスターが進むというのならワタクシ達も進むまでの事。意見はするが、マスターの意思に反対はせんよ」
「「「右に同じ」」」
皆が俺の意見を尊重してくれた。力強く頷いて同意してくれたのだ。
危険があるかもしれないが、帰還の杖もある。撤退の準備は万全なのだから、過剰な程に臆する必要は無いだろう。
俺はメンバー全員に視線を向け頷くと、ヘルの案内で奴隷落ちしたドワーフの娘が居る宿屋までの道中を自信を胸に抱きつつ進んだ。




