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無言の者2

 人生とは何があるのか分からないものじゃ。一寸先は闇、とはよく聞くが、本当に人生とはそんなものなのだと常々思うようになったわ。

 生前の妾は一国の女王じゃった。幼き頃より厳しい教育を受け、上に立つ者としての英才教育を日々叩き込まれておった。

 そんな日々に嫌気が差すのは当然で、庶民のように自由気ままに過ごせたらと毎夜願う事もしばしば。庶民が聞いたら贅沢な願いだと呆れてしまうのじゃろうが、それでも願わずにはおられんかった。


 そんな日々を乗り越え成人した妾は、名を幼名から改め、女王としての名を受け継ぐ日が来ると覚悟を決める他なく、ほどなく儀式を終えて女王として一国の頂点に君臨する事となった。

 それから三年間、恙無く国を治めていたと思う。少なくとも妾自身では問題無く平穏無事に統治出来ていたつもりじゃ。

 自然には決して敵わぬと考え、不足の事態を想定して歴代の女王統治より遥かに質素倹約に勤め、国庫を潤し、また災害が起きた時を想定して灌漑事業を歴代の誰よりも重要視して民の安寧を図り、ただひたすらに女王という責務に励む日々。

 女王になってからの三年間という時間は、長いようで短い激動の日々であったと言えるじゃろう。その反面、民の為に励む日々は楽しくもあった。


 しかしその後は雲行きが怪しくなり始め、貴族の中に妙な動きを見せる者達が現れ始めた。別に反乱とまではいかないが、しかし疑問に思う程には妙な動きで、決して無視出来ぬ一部の貴族達の動向。

 当初は妾の王配になるべく何やら画策でもしておるのじゃろうと考えておったのじゃが、それが浅はかであったと気付いた時にはもう手遅れであった。女王になってから五年後の、妾が二十歳を迎えた年の事じゃ。


 革命。言葉にすればたった二文字の単語、革命。世の変革と言えば聞こえはいいものの、その根本は権力を欲した俗物どもが動いた証である革命じゃった。

 質素倹約で勤めた女王の妾や側近の貴族達は、その質素倹約が仇となって満足に抵抗も出来ずに俗物の貴族達に捕まり投獄されてしもうた。

 一部の貴族に裏切られた事も少なからずショックではあったが、何よりも辛かったのは民が俗物の言葉に従い妾を糾弾した事。


 何故じゃろうか?


 一心に民の為にと過ごした妾が、何故にその民から糾弾されなければならないのじゃろうか?


 分からぬ。考えても考えても考えても、どれだけ考えても答えに辿り着かぬ。

 決して答えの見えぬ問答を繰り返す日々がどれだけ過ぎたのか、牢獄の中に閉じ込められてからどれだけの日々が過ぎたのか、妾自身でも判然とせぬ程に時間の流れが曖昧になった時、ふと気付けば数々の悲鳴や怒声が響いておった。

 牢獄に入れられた当初は、妾と同じく投獄された貴族達が拷問される悲鳴などが聞こえておったのじゃが、それも久しく聞く事はなくなっていた。それが再び始まったのかと思った。


 妾も当然、何度も何度も何度も何度も繰り返し拷問を受けた。妾の側近達は、悲鳴からして恐らくは鞭打ちやそれに類する苦痛を伴う拷問じゃろうと思う。しかし妾の受けた拷問は、肉体と精神の破壊を狙った拷問じゃった。

 妾の血は歴代の王族が繋いできた由緒ある血筋で、特殊な魔法を持つ血族。故に革命を起こした主犯の男は、妾との間に子を望んだ。無論、最大限抵抗したがの。妾が受け継ぐその魔法は、自身が心から望まなければ、例え強制的に孕まされてもその子には魔法が受け継がれないという特性があったのじゃ。


 故に妾は未だに処女じゃった。投獄されてから長い時が経った筈の今でも尚。いや、或いはそんなに時が経っていないのかもしれないが、それでも処女であったのは事実。革命に成功して王を名乗るようになった男も、魔法を受け継がせられないと知っていて抱くつもりは無いのじゃろう。

 それ故に、妾の拷問は妾を屈服させるものに固執したものじゃった。どんなものかと説明すれば、孕むのに必要な子宮には一切触れず、尻を性器の代わりに執拗に犯すというものじゃ。毎日毎日毎日、飽きる事なく沢山の男達が妾を罵倒しながら尻を犯し、その中に汚ならしいものを吐き出していく。

 妾の屈辱を最大限にする為、わざと汚ならしい見目の者を用意し、妾を便器だとか奴隷にも劣るだとか罵倒しつつ尻穴を犯し尽くす。嘲笑されながら犯される日々が、いったいどれだけ続いたのかは妾も記憶に定かではない程には犯された。


 王となった男も久しく見ていない。最初こそ甘い言葉を妾に囁きながら何度も何度も何度も妾の尻を犯しておった男じゃったが、妾が決して靡かぬと分かればさっき説明した通りになり、それからは何度か妾が犯される姿を見ながら興奮して逸物を舐めろと顔に擦り付けて来たが、その時に食い千切ろうとして噛み付いたのを最後にとんと見なくなった。

 気色の悪い男じゃった。あの男は、妾に本気で惚れておったらしい。まぁ自分で言うのもなんじゃが、妾は歴代の女王で最も美しいと言われた程で、他国からは傾国の美女と評される程じゃったのだから、妾に惚れるのも分からぬではない。

 しかし、何故に妾が屈服すると考えたのかが心底分からん。妾は何をされても決して屈服せぬというのに、それが分からぬとは真に阿呆な男じゃ。


 あぁ、収監されてからの事を思い出している内に、どんどん悲鳴や怒声が近付いて来た。また性欲の捌け口にされるのじゃろうな。

 そう思うものの、悲鳴や怒声の中身が拷問とは違う事に気付いた。明らかに囚人が責められているのではなく、どう考えても看守が襲われる立場になっておるようじゃ。


 何が起きておるのか全く予想が付かない内に、見た事も無い防具を揃って身に付ける集団が現れた。少なくとも、妾の国の兵士が身に付ける装備ではない。

 殆ど裸同然の妾を見たその見慣れぬ兵士達はどよめくが、みなが憤怒の表情を見せたかと思えば看守から奪ったのだろう牢獄の鍵で扉を開く。


 妾を助けに来た兵士であろうか?


 何処ぞの貴族が拵えた私兵であろうか?


 幾つもの疑問が浮かび、それを払拭させんが為に尋ねようとして、そこで気付く。声が出せない。もうどれだけの日々を無言で過ごしていたのか分からない程に喋っていなかった事が災いして、全くもって声を発する事が出来なんだ。

 パクパクと口を開け閉めする妾を見た兵士は、もう大丈夫ですのでご安心下さいと言い、自力で立てぬ妾を抱き上げた。滑稽な話だ。声もそうだが、自力で立てない事にも今になって気付く程に精神的に追い込まれていたらしい。


 そこからは記憶が曖昧で、自身でもよく覚えておらん。後々の事じゃが、妾の世話役として付いていたメイドの話では、助け出されてから二年もの長きに渡って意識を失っていたそうじゃ。

 それは兎も角、妾を助け出した謎の兵士達の詳細は、その意識を取り戻してから直ぐに判明した。隣国の兵士達じゃった。


 妾が投獄されてからというもの、どうやら隣国とあの簒奪者との間で激しい戦争が勃発したらしく、多くの民と兵士が悉く粛清という名の下に殺されたようじゃ。粛清の大義名分は、妾という女王に対して私利私欲で反乱したからというものであり、簒奪者であるあの気色の悪い男とそれに迎合した民も、全てが隣国の主導で処刑されたと聞かされた。

 それを聞いても何も感じなかった妾は心が壊れていたのじゃろう。決して愉快痛快とも思わず、あれだけ熱心に民の為と考えていた妾が大切じゃった筈の民の死に悲しむ事もせず、何も感じる事も無いままに、ただそうかと思うだけ。


 そんな妾に対して、隣国の王と王女は殊更に優しくしてくれた。無論、妾を救う為という大義名分で起こした戦争故に、革命という名の反乱を起こされた愚かな元女王を手厚く扱っておるのだろうとは察しておったが、上にも下にも置かぬ扱いで妾に接してくれたのは間違いない事実。

 故に妾は全ての権利を放棄し、隣国の王にその権利を譲渡した。戦勝国という事もあるし、妾の国が敗戦国という事もあるのだし、何より手厚く扱ってくれてもいるのだし、それにもう何もかも手放したかったのも事実であるし、それ故に妾は全てを隣国の王に譲ったのじゃ。


 その提案に対して、隣国の王は本気で戸惑っていたように見えた。余程に演技が上手いのでなければ、あれは本当に驚いていたように少なくともその時の妾にはそう見えた。

 まぁ今となってはどうでもいい事じゃ。演技にせよ演技ではないにせよ、どの道妾は疲れ果てておったのじゃから。


 そうして妾は本格的に女王の座から退く事となり、その席を隣国の王の息子へと譲る事になった。するとその瞬間、不思議と憎悪が溢れ出したのじゃ。裏切った貴族に対して、俗物に迎合した無知蒙昧の民に対して、妾を執拗に犯した外道どもに対して、言葉に出来ない憎悪を確かに抱いたのじゃ。

 しかしその反面、既に隣国の王が粛清という名の下に悉くを処刑しておった事もあって、胸のすく思いもした。陳腐な言葉にすれば、ざまを見ろ、という感じじゃろうか。


 その後の人生は、隣国の王が妾に用意してくれた城で静かな余生を過ごした。まぁそうは言っても、二年しか生きられなんだが。体が食事を受け付けず、徐々に衰えた結果の死であった。世話役のメイドが必死になって工夫した食事を用意してくれていたが、本当に申し訳ないとしか言えんな。

 ともあれ、そうやって黄泉の世界で安らかな眠りについておった妾は、漸く全ての苦しみから解放され、真実満足出来る眠りについておった。決して裏切られる事もなく、決して屈辱を与えられる事もなく、ただひたすらに安らかな眠り。


 そんな妾に、謎の声が問いを投げ掛けてきた。唐突な事で心底驚かせられたと記憶しておる。

 謎の声は言う。もう一度生きてみる気はないかと、生きて幸せを感じてみないかと、慈愛に満ちた声でそう問い掛けてきたのだ。

 死者である妾を生き返らせる事が出来るという意味だと察し、それはつまり神なのだろうとも察し、しかし妾はその問い掛けに否であると答えた。苦しいのはもう嫌じゃ。尊厳を踏みにじられるのはもう嫌じゃ。ただただ安らかな眠りだけが今の妾の救いなのじゃ。


 しかしそれでも神と思わしき声が更に問い掛けてくる。慈愛に満ちた声で、妾のささくれ立った心に染み渡るような優しい声音で。

 きっとそなたの心と体を癒してくれるだろう。きっとそなたを震える程の幸福で満たしてくれるだろう。そんな者に会いたくはないかと、そう問い掛けてきたのだ。そして更に、この黄泉での眠りはあくまでも逃避でしかなく、真に苦しみからの脱却ではないとも付け加えて。


 妾は悩んだ。あの牢獄で何度も何度も何度も繰り返した答えの出ぬ問答のように、ひたすら悩んだ。真剣に悩んだ。どうするべきかを必死に悩んだ。

 あの苦しみから本当に脱却出来るというのなら、考えるべくもない。しかし到底あの苦しみから脱却出来るとは思えない。それほどに辛く苦しく、そして屈辱的な日々だった。

 だが神は言った。神は宣言した。慈愛と優しい声音で言い放った。妾を救う者に会いたくはないかと、そう言ってのけたのだ。

 例え神であろうとも最早簡単に信じられる程には妾の心に余裕は無い。しかし、この言い尽くせぬ苦しみから本当に脱却出来るというのなら願わずには居られなかった。


 故に言ってしまった。会いたいと言ってしまったのだ。


 言って直ぐに後悔した。逃避であろうとも安らかな眠りを捨てるなど、どう考えても馬鹿馬鹿しい。妾はこれ程に馬鹿な人間では無かった筈じゃ。

 しかし、時既に遅し。もう会いたいと言ってしまった後の後悔であり、妾はその後悔を胸に記憶は途切れる。


 それからどれだけの時をダンジョンで過ごしたのかは分からん。長い時を過ごしたようでいて、短い時でしかなかったような気もする。

 ふと気付けば、妾は魔方陣の真ん中にポツンと立っており、目前には変わった容姿の男が独り。優しい笑みを携えた男で、スケルトンと成り果てた妾にナツという名を付け、これから共に頑張って迷宮を踏破しようと言っておった。


 変わった男じゃ。スケルトン相手に意見を聞いてきたり、優しく誉めてきたり、ほんに変わった男じゃ。

 だが、いつしか男との生活が楽しく感じておった。バラバラになった心が、ズタズタになった心が、コナゴナになった心が、男の一挙手一投足によって修繕されていくのが分かる日々。少し治る程に幸せが増し、また更に治る程に大きく幸せが増すのを感じる。

 あぁ、いつまでもこの男と変わらぬ日々を過ごしていたいと、そういつの間にか思うようになっておった事に心底驚くが、それが擽ったくもあり居心地がいい。決してこの男から離れたくはない。


 そう思う自分に気付いてからというもの、あれだけ嫌悪するようになっていた性交にも忌避感が薄れ、出来るなら妾の初めてをこの男に捧げたいと思うようになった。しかし残念ながら、今の妾には肉体が無い。妾は骨だけのスケルトンなのじゃ。

 男が笑う度に、チクリと胸が痛む。肌を交えられないという事実に、妾の胸が小さな痛みを感じる。

 神よ、妾に肉体を与えてはくれまいか。男を愛せるように、男から愛してもらえるように、願わくば妾に肉体を。

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