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娯楽

 また始まった十一階層での探索だが、今回は特に目的というものを定めてはいない。それと言うのも、何かしら重要な情報を得た訳でもないので、特にこれと言ってやらなければならない事などが思い付かなかったからである。

 それなので、今回の探索は本当に自由だ。好きにブラブラ探索して、貴重な植物やモンスターの素材などを得るのもいいし、ファンタジー特有の不思議な土地を巡るのもまたいい。

 そんな感じなので、ただただ自由にあちこちを野営しながら探索している。無論、そんな自由な探索でもちゃんと戦闘をこなしているので、戦術や戦闘技術そのものがメキメキと上がっているのを実感していた。


「おぉ、釣れたぞ! マスター、この魚は旨いのだろうか?!」


「いや、俺に聞かれても分かんないよ。俺が住んでいた世界に、そんな海老なのか魚なのか判断出来ないヤツは居なかったし」


 ヘルが地球産の釣竿で釣り上げたのは、海老と魚が融合したような見た事も無い魚だった。それを片手に尋ねられても、俺は答えようが無い。

 その代わりに、ブリュンヒルデが微笑みながら教えてくれた。ヘルが釣り上げた魚の名は、甲冑魚というらしい。


「甲冑魚は、最大で二メートルを越えるとか。漁師の間では網を破る外道として有名で、非常に嫌われている魚となりますね」


「それで、美味いのか?!」


「姫様、残念ながら不味いそうですので捨てて下さいませ」


「何だ、不味いのか」


 ショボンとした様子で50センチを越える甲冑魚をリリースするヘルだが、再び擬似餌のルアーを川に投げ入れ、次の標的を直ぐにでも釣らんとしている。

 現在の俺達は、気分転換も含めてのんびりと釣りをしているのだが、釣りという文化が存在しなかったらしく、皆が釣りにハマってしまった結果、もう既に三日間も釣りをし続けていた。


 そのメンバーの中でも一番釣りにハマったのが、ヘルだ。釣っても釣っても飽きたらない様子で、朝から晩までずっと釣竿を離さない。

 その次にハマってしまったのがハルちゃんとナっちゃんで、彼女達は釣った小魚を餌にして泳がせ釣りをしている。そしてその泳がせ釣りで、昨日は三メートルを越える巨大な魚を釣り上げてしまった程で、それを見たヘルが負けじと釣り熱を高めているのだ。

 俺が何気なく釣りを教えたのが原因なのだが、ここまでハマるとは思いもせず、少し困っているのが現状である。


「そろそろ移動する?」


「何を言うのだ、マスター。ワタクシはまだ川の主を釣り上げてはおらんのだぞ」


 川や池にはその主が居て、それを釣り上げるのがロマンだとドヤ顔で説明したのは俺だが、この世界の淡水魚や海水魚の事については赤子同然に知らないのだから、何を基準に川の主なのかを判別する方法が無いので実際に釣り上げたとしても分からない。それ故に、仮にこの目の前の川の主を釣り上げても俺には全く分からない。

 だと言うのに、ヘルはキラキラと目を輝かせて主を釣り上げてみせると意気込んでおり、俺としてはその意気込みに水を差すのが憚られる訳で、だからこそ困っているのが現状。


 それを理解しているからか、ブリュンヒルデは終始苦笑しつつヘルが釣り上げる度にその魚の説明をしていて、アグライアとタレイアもそれに付き合っている。

 因みに、アキとフユは既にお腹一杯に魚を堪能しており、そのせいで腹を見せて寝転がっていた。


「が、頑張って釣ってね」


「勿論だ。川の主を釣り上げて、ワタクシがこの川の主となってみせよう」


「は、ははは。……まぁ、楽しんでくれたら何よりだよ」


 この世界に娯楽が少ないらしい事は、ハルちゃんとナっちゃん相手にチェスやオセロを教えた時点で予想はしていたが、それでもその事を甘く考えていた俺が悪かったのだ。

 まさかここまで釣りという娯楽にハマるとは思いもよらず、安易に釣りを教えた俺が本当に浅はかだったのだろう。


「ミャ〜」


「ッワフ」


「はいはい。毛繕いさせて頂きますよ」


 撫でろと言いたげに頭を擦り付けて来る二頭に、俺は苦笑しつつそれに応じる。

 そして撫でられご機嫌な声を響かせる二頭の呻き声をBGMに、皆が釣りをする光景を眺め続けた。

 まぁこれはこれでリフレッシュにはなるし、俺も見ていて楽しいのは事実。悪い気はしないので、もう数日はこのまま釣りを続けていてもいいだろう。


 そう思い釣りをするメンバーを眺めていると、ヘルの竿が折れんばかりに曲がった。日本で売られている竿では最強の百号竿なのだが、それが折れんばかりに曲がるなど俺の認識ではサメぐらいしか思い至らない。

 しかも、サメと言っても300キロを容易く越える重量でなければ、百号竿があそこまで盛大に曲がる事などあり得ない。


「おいおい、ヘルは何を釣るつもりなんだよ」


 俺は折れそうになって悲鳴を上げている百号竿を見てドン引きになりつつ、何が釣れるのかを見守り続けた。

 仕掛けはワイヤーを使用しておらず、PEラインというカーボン製の糸なので、魚の歯が鋭かったり鱗が鋭かったりすると簡単に切れてしまう事も度々ある。

 それ故に、百号竿が折れるか先にラインが耐えられず切れるかの二択になるだろうと思い眺めていると、その予想に反して魚影が見える距離まで魚との戦いは長く続いた。


 そしてまさかと思い眺める俺の目前で、ヘルが300キロを越える巨大魚を釣り上げてしまったのだ。

 それには流石に俺も興奮したが、しかしここからが更に俺の予想外であった。

 ヘルが釣り上げた魚が、見た目は日本三大怪魚として有名な赤目に似た魚が、陸地に上がった瞬間に鱗と思われる物を飛ばして攻撃してきたのだ。


「ちょちょちょ、ちょっと待てよ! 何なんだよこの魚!」


 余りの出来事に困惑する俺を他所に、ブリュンヒルデは無言で鱗を避けながら槍を突き入れた。

 その一撃は魚のエラに見事に命中し、それで容易く命を奪う事には成功。ただし、俺は放心状態である。


「まさかキングリッチを釣り上げてしまうとは思いもしませんでした。流石は姫様です」


「これがキングリッチなのか?! ならばコヤツがこの川の主に違いないぞ!」


「えぇ、恐らくそうでしょう。幻の魚として重宝されているこの魚は、大変に美味であると聞き及びます。これは間違いなくお手柄ですよ、姫様」


「うむうむ、そうであろうそうであろう! マスター、早速食べようではないか!」


 魚が鱗を飛ばして攻撃してくるという異常事態に放心する俺とは違って、何やら訳知り顔で喜ぶメンバー達。釣り上げたヘルやキングリッチとやらを仕留めたブリュンヒルデに限らず、他の面々も満面の笑みだ。

 その中で俺だけが驚いている訳なのだが、空気を読めない訳ではないので包丁の代わりに大きめのナイフをアイテムボックスから取り出し、それをブリュンヒルデに渡しつつ疑問をぶつける。


「そのキングリッチって何なの? ただの魚じゃないよね?」


「そうですね。学者の間でも意見が分かれているのですが、現状はモンスター扱いが主流かと思います」


「だよね。メチャクチャ攻撃してきたし」


「漁師の間では恐れられている存在で、キングリッチを目にする機会など非常に稀です。何故なら、目にした漁師の殆どが死んでしまいますからね」


「うわぁぁ………さっきの様子を見たからそれは頷ける事実だね。それで、コイツって美味しいの?」


「殆どの漁師が死んでしまうので食べられる機会などそうそうありませんが、その希少さから稀に陸上げされた時には王公貴族に差し出される事があり、その時には高級魚として振る舞われます。私は口にした事はありませんが、味なら姫様がご存知の筈」


「うむ。大変美味であるぞ。マスターもきっと気に入るであろう」


 得意満面と言った感じで胸を張るヘルに、俺はなんと言えばいいのか分からない。俺としてはモンスターを食べるのかと言いたいし、食べて本当に大丈夫なのかという疑問しかないからだ。

 しかし高級魚として食べられているのなら、大丈夫ではあるのだろう。実際、ブリュンヒルデが解体するキングリッチを皆が囲んで嬉しげなのだから、味もいいのだろうし食べても体に異常無いのは察せられる。


 だが、モンスターを食べるという事が初めての俺からしたら、少し遠慮したいのが本音。勿論、釣り上げたヘルを悲しませるつもりなど微塵も無いので、キングリッチとやらは食べるのだけど。


 そうして俺だけが躊躇する中、ブリュンヒルデに見事に解体されたキングリッチは、そのまま調理され晩飯となった。そして全員に見守られながら食べた感想は、カジキマグロに似ていて美味であるというものであった。

 これなら確かに高級魚扱いされるのも分かる。キングリッチを狙ってもう少し釣りを続けてもいいかもしれない。

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