姫様の思惑
新加入したアグライアとタレイアのレベルが10に到達したので、十一階層に出る事を決めた。
とは言え勿論、レベル10ではまだ十一階層での活動が満足に出来る訳ではないというのは充分に身を持って知っているので、アグライアとタレイアのサポートをこなしながら十一階層を探索するつもりだ。
恐らく、十日も十一階層で探索していれば充分なレベルに到達していると思われるので、それまでのサポートになるだろうと思われる。
とまぁそんなこんなでの予測の下、俺達はタレイアが求めてやまない鉱石を標的に定めて山々の聳え立つ歩くには厳しい場所をひたすら進んでいた。
鉱石を採掘する場所を探す方法は特に無い。鉱物のせいで水が汚染されているなどの現象が発生していれば特定するのも簡単だが、そんな事が頻繁に起きているなど通常は無いので、ひたすら歩いて所々で岩を砕き、その中に鉱石が含まれていないかを調べるという気が遠くなる作業を繰り返すしかないのだ。
これがまだ鉱石探しに集中出来るのなら問題無いのだが、岩を砕く作業で盛大に響く音のせいでそれはもう頻繁にモンスターが襲って来るのだから堪ったもんじゃない。
しかし、倒したモンスターを解体して得られる素材でアグライアの気分が鰻登りで良くなるもんだから、一長一短と言った感じだ。しかも、鉱石を探しての道中で採取出来る植物も重要らしく、薬術や錬金術の分野では充実した幅広い素材が集まっていた。
そう、そんな感じでひたすら鉱石を探して歩を進めていると、十日を過ぎた頃から植物の生えていないエリアまで到達していたらしく、ゴツゴツと目立つ巨岩ばかりが存在する殺風景な場所で会議を開く事になった。
流石に十日間以上も探索して収穫無しなのだから、一度帰還してはどうだろうかと話が持ち上がったからの会議である。
「国の方針として鉱石を求めて沢山の人員を投入した事もあったが、やはりそう簡単には見つからなんだ。まぁ紆余曲折あって結局は鉄が採掘出来る場所を発見する事は出来たが、それでも三年の時を要し、それで見付けたのがただの鉄だからな。
希少な鉱石を求めるのは当然であるが、そうそう都合良くはいかんものなのだ。それを踏まえて一旦ここらで帰還するのも悪くなかろうと思うのだが、どうだ?」
ヘルが自身の経験から小難しそうな表情を浮かべて提案すると、ウルウルと瞳を潤ませ始めたタレイアが会議の行方を見守る中、意外にもブリュンヒルデから反論が出た。彼女が姫様の言葉に反対意見を述べるのは稀なので、俺はその事に面食らって成り行きをタレイアと同じく黙って見守るしかない。
因みに、アグライアは自身の満足出来る次元で充分に素材を得ているので、殆ど興味無さそうにしながら一応は輪に加わっている感じだ。
「姫様、それは少し性急過ぎなのでは? 何を急いでらっしゃるんですか?」
「ブリュンヒルデ、そなたも知っておるだろう? 鉱物資源を得る為の苦労を」
「勿論です。長い時と強い心が必要となりますね」
「うむ、その通りだ。それ故、焦って探しても目的の代物を絶対に探し当てられるとは限らんのだから、ここらで帰還して休息しつつ次の探索場所を絞るのもいいと思うのだ」
ヘルの言いたい事は充分に理解出来た。つまりヘルは、鉱石を探すのはマラソンのようなものであり、短距離走ではないと言いたい訳だ。
素晴らしい含蓄ある言葉だと思い俺が心底納得していると、しかしそれでも納得出来なかったのか更にブリュンヒルデから反論の態度が示された。本当に珍しい光景だ。
「姫様、現在マスターは特に鉱石探しを焦っている訳ではありません。この迷宮の探索も然り、マスターは地に足を付けた非常に現実的な考えで行動してらっしゃると思います」
「う、うむ。そうだな」
「その逆で、姫様は何を焦って帰還を促しておられるのですか?」
「な、ななな何を言っている?! わ、ワタクシは別に焦ってなどおらんが?!」
いつも姫様であるヘルの意見を尊重するブリュンヒルデなのだが、そうそういつもヘルの意見に従う訳ではないようだと現状を見ていて理解したが、どこか会議の行方が不穏な流れになってきていると気付いて、このままでは二人の仲が悪くなのではと危惧せざるを得ず、俺は仲裁に入ろうとして口を開く。
しかし、そんな俺の視界内で何やら訳知り顔でニヤニヤするアグライアが居て、紙とペンを持って頻りにその紙に何やら書いてクスクス笑い合うハルちゃんとナっちゃんの三人を見、思わず俺はそれを不思議に思い仲裁する為の言葉が出なかった。
すると俺が不思議に思い見詰める中、未だにニヤニヤ顔を続けるアグライアが、ハルちゃんとナっちゃんが書いた紙を受け取り、それを全員に見えるように掲げる。
それぞれの紙には一言ずつ記されており、片方には『愛』、もう片方には『性欲』という単語が意外な程に達筆な文字で記されていた。
それを見たヘルは、大きく取り乱してアワアワし始め、それはもう茹で蛸のように真っ赤に顔色を変化させた。
それで姫様が焦って帰還を促していた理由に思い至ったブリュンヒルデは、大きく咳払い一つして言葉を続ける。
「姫様、お気持ちは分かります。心と体を許した殿方が身近に居て、しかし旅の最中であるからして肌を合わせる事は出来ないという悲劇。それは姫様と同じく私もマスターに心身ともに全て差し出した身ですので、重々理解致しますとも。
で・す・が! タレイアもマスターの大事な仲間であり、私達使い魔にとっても大切な仲間なのですよ? そんな彼女は友のアグライアと二人で地底国から出て地上へと出て来る程に、鍛冶師として欲しかった鉱石を求めているのです。
その仲間の為に、肉欲に溺れるのは拠点内のみにして、ここはタレイアの為にも探索を続けようではありませんか。でないと、罰としてマスターとの逢瀬は私が独り占めにしますよ?」
「ちょちょ、ちょっと待て! どさくさ紛れに何を言っておるのだ?!」
「姫様と私には主従関係がありますが、愛に主従関係は関係ありません。チャンスとあらば、その幸運を逃さないように食らい付くのも当然です」
「なっ………!」
最後の言葉がなければ最高の言葉であったが、その最後の言葉によって、そして更なる追撃の言葉によって、姫様は愕然とした様子でニヤリと笑むブリュンヒルデを悔しそうに見詰めている。
それで自身の圧倒的優勢を感じ取ったタレイアが、更なる爆弾を投下した。
「うんうん、これは罰が必要だと思うんだぁ。自分の肉欲を満たす為に、大切な仲間の願いを断じるなんて駄目駄目だよねぇ」
「やはりタレイアもそう思いますか?」
「うん。拠点に帰ったら、三日間はブリュンヒルデがマスターを独占してもいいと思う。
それで、四日目は僕に頂戴ね?」
「貴女もマスターに?」
「うん、旅をしている間に決めたんだぁ。マスターって本当に仲間思いで、レベルが低い僕とアグライアをいつも気にしてくれるし、こうやって鉱石を探して旅を計画して実行してくれるし、もう僕の全部を上げちゃってもいいと思える程には最高の雄だと思うんだよねぇ。
あ、因みに、五日目はアグライアに上げてくれる? 彼女も僕と同じで、本気でマスターに惚れたみたいだから」
「分かりました。それでは、会議の結論を言います。
姫様は拠点に帰還した際、マスターとの夜の逢瀬を五日間禁止とします!」
未だに愕然とするヘルとは裏腹に、爽やかな笑みを浮かべる者達は、それぞれに初めての時は痛かったのかやマスターは優しかったのかをブリュンヒルデに問うていて、それについてブリュンヒルデが勝者の笑みを浮かべて答えていた。
俺は怒涛の展開についていけず、罰を言い渡されて泣きそうなヘルに優しくキスをして上げる事しか出来なかった。弱い主人を許してくれ。




