一子相伝の専門家
ヘルとブリュンヒルデの二人から衝撃の、しかし嬉しい告白を聞いて帰還した俺は、何をしなければならないか分からなくなって取り敢えず女性陣を風呂に促した。
軽いパニックになってアタフタとし、十分以上も滑稽な姿を晒し続けていた。女性陣を風呂へと促していなかったら、まず間違いなく盛大な黒歴史になっていた事だろう。
まぁそれから暫くして、俺は冷静さを取り戻すと何をすべきかを思い出し、テイム用の魔方陣がある部屋へと移動する。そしてそこには、ヘルとブリュンヒルデとは違って冷静に事態を受け止めている様子を見せたダークエルフとダークドワーフの二人が、生足をわざと見せ付けるかのような座り方で床に腰を下ろしていた。
スリットが裾から骨盤辺りまで入っていて、そこから上は横腹辺りから再びスリットが入っており、胸元も大きく肌が露出していて目の遣り場に困って仕方ない。
それを自分達も意識しているからか、わざと妖艶なポーズを取る二人。まさに二人を見た最初のイメージ通り、小悪魔ではなく悪魔そのものだという印象が強い。
スキルのせいで理性が限界ギリギリな今の俺には効きすぎるその光景に、俺は思わず抵抗するように目を閉じて話し掛ける。
「えぇと、状況は理解してるよね?」
「ウフフ。そうね、充分理解してるわよ」
「僕達を手玉に取るなんて、中々やるじゃん」
実に軽い感じの口調に拍子抜けするが、ここまでテイムされた時の様子が違うと此方が戸惑ってしまう。まるでヘルとブリュンヒルデとは全く異なるリアクションには、心底予想外だったと言わざるを得ない。
俺はその意外さによって性欲が収まるのを感じ、それと同時に彼女達の余裕っぷりに驚いたのもあって咄嗟に閉じていた瞼を開く。
「あ〜、随分余裕そうだけど……」
「こういう性格なのよ、ワタシ達」
「そうそう、いつもこんな感じだからねぇ」
「そ、そうなんだ。……まぁそれはそれで有り難いかな?」
親の仇を目の前にしたかのように威嚇されるのは辛いので、この反応が有り難いのは事実。無論、軽すぎる口調には少し違和感があるが、それでも精神的にくるリアクションを取られるよりは確かにマシだ。
「まだ名付けが終わってないから、二人はそこから出られないんだよ。だから、先ずは名付けを終わらせるね?」
二人とも何を考えているのか分からない妖艶な微笑みを浮かべ、クスクスと笑いながら頷いた。
それに刺激されて再び性欲が増したのを感じて、俺は咄嗟に目を閉じて考えに耽る。性欲に対する精一杯の抵抗であった。
すると今度は何が可笑しいのか妖艶な笑いとは違う本当に純粋そうな笑い声を上げ始める二人に、俺の抵抗は敗北寸前へと追い込まれるが、頭を左右に大きく振って煩悩を退散させると二人に相応しい名前を考える。
それから二分程して漸く閃いた名を告げるべく、俺が瞼を開くとそこには何故か下着姿となった二人が心底エロいとしか言えないポーズを取っていた。
「は?! ちょ、ちょっと!?」
下着は中世時代の文明とは思えない紐だけの代物で、それを見て盛大に狼狽えた俺の反応に対して、二人はカラカラと笑い予想以上だったねと言い合っている。殆ど紐で出来た下着の布面積が小さすぎて、今にも零れ落ちそうなそれから目が離せない。
中世時代の下着と言えば、それで連想するのはカボチャパンツとかだったりするのだが、彼女達二人の下着はセクシー過ぎて駄目だ。
しかしながら、どうやら遊ばれているのだと察して正直ゲンナリしてしまった事が幸いして、若干だが確かに視線を逸らす事に成功すると負けじと咳払い一つして口を開く。
「と、兎も角、銀髪さんの方は三美神から名前を取って、アグライア。茶髪さんの方も同じく三美神から名前を取って、タレイア。
これから宜しくね、アグライア、タレイア」
「ウフフフ。宜しくね、マスター」
「タレイアかぁ、綺麗な響きの名前だねぇ。うん、気に入ったよ」
「そう……それは良かった。それで、早く服を来てくれると助かるんだけど?」
「ワタシ達の初めてを無理矢理奪ってもいいわよ?」
「うわぁ、僕達二人の初めてを一度にって贅沢なマスターだねぇ」
予期せぬ二人からの言葉に、俺は思わず噎せてしまって反論一つ出来やしない。
そんな俺を見て、二人は下着姿で大きく胸を揺すってカラカラ笑う。その仕草が性欲に火を点けて炎上させようとするも、俺はなけなしの理性を壁にして耐えきり、もう一度服を着てくれと頼んだ後はそそくさと部屋を移動してリビングで寛いでいたアキとフユに駆け寄った。
すると二頭がどうしてそんなに焦ってるのと言いたげに小首を傾げながら出迎えてくれ、俺はその純粋な反応に癒されながら内心で感謝しつつ二頭を撫でる。火照った脳をクールダウンさせるには最高の存在だ。
「うんうん、アキもフユも偉いね」
「ミャン」
「ッワフ」
当然ですよと、そんな風に受け取れる二頭の返答を見て、ますます癒された俺は更に感謝しながら口を開く。
「二頭とも偉くていい子だから、それに敬意を評して今日も一杯洗ってあげるからね」
「ミャ!?」
「ッワフ!?」
「いやいや、遠慮しなくていいんだよ? 沢山シャンプー使って盛大に洗ってあげるから心配無用さ」
「フシャー!」
「ヴゥゥウ!」
「あれ? いい子は唸ったりしない筈だけど?」
「ミャ〜」
「クゥ〜」
「いやいや、甘えて見逃して貰おうだなんて、いい子がする筈がないよね?」
何を言っても駄目だと理解したのか、二頭はグッタリと項垂れた。まるで駅のホームで項垂れるサラリーマンのようだ。
アキとフユよ、許せ。性欲を抑える為にからかった主人を許してくれ。
そう内心で呟きながら項垂れる二頭の頭を撫でていると、服を着てリビングへとやって来た二人がクスクスと笑っていた。どうやら俺と二頭の遣り取りを見ていたらしい。
「仲がいいのね」
「やっぱりウィルダーネスパンサーとフォレストウルフだ。珍しい種族の子達だねぇ」
二人はリビングにやってくるなり裸足で畳の上に上がると二頭を撫で始め、そうしながら俺へと微笑みを見せる。
それに対してどう接すればいいのか分からず、間を作るまいとして何気なくテイムしていた時の事を尋ねるべく口が動いた。
「男達八人に襲われてたようだけど、あれって何があったの?」
「あぁあれね。あれは商人に雇われた男達で、ワタシ達から地下の国へ続く侵入口を探りだしたかったのよ」
「そうそう。ダークドワーフの国やダークエルフの国は、両国ともに地上の国々との交易をほぼしてないから、もし両国と……ううん、どちらかの国だけでもいいから取引が可能となれば、それで大儲け出来ると考えた商人が無理矢理僕達から情報を得ようと画策したみたいだねぇ」
「成る程。……その口振りからすると、もしかしてよくある事だったりするの?」
「そうね。ワタシ達の種族が地上に出る事は稀だし、そうなるとワタシ達のように地上を出歩いてるとしつこいくらいにはあるわ」
「まだ地上に出て半年だけど、一週間に一回は襲われてるよねぇ」
随分な頻度で襲われている事になるが、彼女達からは悲壮感というのが感じられない。別にどうでもいいと言いたげな様子だ。
それに不思議な印象を受けるものの、彼女達の戦闘を見た後なのだからその余裕も理解出来る話だと言えるだろう。強者であるからこその貫禄とでも言えばいいのか、それ故に弱者が群がって来ても特に何も感じないのかもしれない。
「あ、それはそうと、アグライアは薬師であって錬金術師なんでしょ?!」
「そうだけど、何故それを知ってるのかしら?」
「仲間が君達二人の会話を聞いてたんだよ。俺は君達の言語が理解出来ないから、その仲間に通訳してもらったって訳。
それはそうと、アグライアに頼みがあるんだ。仲間になって早速仕事を頼むのもなんだけど、いいかな?」
「構わないわ。ワタシ達は既にマスターの物なんだものね?」
「そうそう。だから無理矢理してもいいんだよぉ?」
「そ、そういうのはいいから!」
からかうように妖艶な微笑みを向けて自分達を物だと言いのけたアグライアに乗っかって、タレイアも妖艶な笑みでとんでも発言してくるが、少しずつ慣れ始めた俺には最早その程度では効かない。彼女達の下着姿を見て耐性が付いたのだと思う。
それは兎も角、俺はそんな二人を無視してパソコンに向き合うと、薬術用の施設と錬金術用の施設を購入し、実際に拠点を拡張してそこに購入したばかりの二つの施設をワクワクで設置した。
そしてそこに二人を案内し、今回の旅で得た素材をアイテムボックスから取り出して買ったばかりのテーブルの上に乱雑に置いていくと、それを見て二人が揃って目を丸くしていた。
「凄いわね………! これは流石に驚いたわ!」
「どれもこれも高級素材ばっかりだよぉ!」
「二ヶ月に及ぶ旅だったから、得られた素材も相当あるんだ。まだアイテムボックスの中に山のようにあるくらいで、だからこれらを好きに使って片っ端から色々造ってよ」
「それは本当に何でもいいのかしら? ワタシの好きにしても本当にいいの………?」
「じゃんじゃん好きに造ってよ。俺は薬術とか錬金術の事は全く分かんないから、造りたい物を造りたいだけ造って好きにしてくれて構わないからね」
目を丸くさせて若干両手を震えさせながら驚きを露にするアグライアに、俺は満面の笑みで宣言した。素人がその道のプロに偉そうに言える事などないし、そもそも俺が素人故に何かを注文するような知識すらないので当然の事。つまり、俺としては他意などなく当たり前の事を言ってお願いしただけのつもりであったのだ。
が、そう思っていたのはこの場でお願いした俺だけだった。その証拠に、次の瞬間にはアグライアの顔が急接近したかと思えば熱烈なフレンチ・キスをされてしまったのだ。舌をこれでもかと絡ませてくるキスには、頭が真っ白になってしまって無抵抗になるが仕方の無い事だと言わざるを得ない。
何せ、余りにも予想外過ぎる反応で避ける事さえ出来なかったし、もう既に一分は経過しているのにそれでも熱烈なキスは続行されているのだ。頭が真っ白になったとて仕方ないだろう。
「ハァァァ………最高だわ。タレイア、ワタシ達最高のマスターを得られたみたいね」
「そうみたいだねぇ。アグライアが初めてのキスを無意識に捧げちゃうとは、やり手だねぇマスター。
ま、それは兎も角、硬直してるマスターに聞きたいんだけど、いいかなぁ?」
「………ど、どうぞ」
「僕達はそれぞれに欲しい物があったから地上に出たんだよ。アグライアは薬術と錬金術の素材が欲しくて、僕は鉱石が欲しかったんだ。
何故か分かるかい?」
「……ウム……アム…」
「うんうん、アグライアは少し落ち着いてねぇ。沢山の高級素材を無造作に渡して好きに造っていいよって言われて興奮してるのは心の底から分かるんだけど、そのお礼にそんな熱烈なキスをしてたらマスターが喋れないでしょ?」
「ハァハァ………ごめんなさいね。余りにも嬉しくって、取り乱してたわ」
「うんうん。それで、マスター? 聞いてる?」
「……き、気いてますですよ?」
「うん、それじゃあ話を続けるねぇ。つまり僕が鉱石を求める理由は既に察してると思うけど、僕が鍛冶師だからなんだ。
ここまで説明すればマスターなら分かるよねぇ? 僕に渡す鉱石は? それとこの見事な程に豪華絢爛な薬術と錬金術の為の施設と変わらないくらいの鍛冶の施設は?
ねぇマスター、早く案内してよぉ。そして山のような鉱石を僕に頂戴よぉ」
心底興奮しているらしく、タレイアは捲し立てるような早口で説明しつつ、これでもかと瞳をウルウルさせ腰をクネクネとさせながらお願いしてきた。その姿は実に可愛くて、アグライアからの突然のキスによって理性が吹っ飛びかけていた俺は、思わずタレイアに抱き付きキスしてしまいそうな程だった。
だが、タレイアにこれから言わなければならない事を思うと、流石に冷静さを取り戻す。何故なら、タレイアにとっては悲しい事実となるからだ。
「えぇとね、タレイアには悪いんだけど………」
「僕にだけ施設が無いとか言わないよねぇ? そうだよねぇ?」
「いや、施設は直ぐに用意出来るんだ。だからそれは大丈夫。勿論、最高の施設を用意出来るよ」
「本当かい? それじゃあ僕の初めてを今直ぐに奪ってくれてもいいんだよぉ?」
「いや、うん………。あのね、施設は用意出来るんだけど、鉱石は無理かなって」
「なん……でだい……?」
「旅の道中で鉱山とか無かったし、あっても素人の俺達は鉱山だと気付けないだろうし、そりゃ鉱石を得られる訳が無い訳で……」
「い・や・だぁ! 僕も山のような鉱石が欲しい! 欲・し・いのぉ!」
物凄く妖艶なプロポーションと雰囲気を持っているのは確かだが、今だけはそのなりが引っ込んでいる。大きく文字通りの地団駄を踏むタレイアは、抱き締めて慰めたくなる可愛さで満ち溢れていた。
それ故に思わず無意識にタレイアを抱き締めてしまった俺は、その無意識な行動に自分でも驚きながらそれを取り繕うように語りかける。
「あ、えぇと、だ、大丈夫だよ。俺も武器とか装備とかが欲しいし、だから鉱石とかも直ぐに採りに行くからさ。
それまでは革を鞣しててくれない? 今回の旅で得られた素材の中には、防具に使うような革も沢山あるからね。ほら、金属装備の下地に革を使ったりするでしょ? 俺達は革の鞣し方も分からないから頼むよ」
「グスッ……本当に採りに行くのぉ?」
「嘘は吐かないから心配しなくていい。アグライアとタレイアのレベル上げや、充分な休息を取ったら鉱石を採りに行こうよ」
「本当? ただの鉄鉱石じゃダメダメだよぉ?」
「勿論、希少な鉱石を探して色々探索するつもりだから」
「マスターは嘘吐かない?」
「勿論さ、言ったろ?」
「……エヘヘヘ。それじゃあ暫くは我慢して上げてもいいんだよぉ」
瞳をウルウルとさせる姿に、妙な可愛さを感じる俺はタレイアの頭を優しく抱き締めたまま撫でた。まるで本当に小さな子供を相手にしている気分になるが、タレイアの身体はまさに大人顔負けのプロポーションであり、ドワーフという事で身長が低いせいで子供を相手にしている気分になったに過ぎない。
なので決して犯罪ではないと俺は誰に対して心の中で叫んで言い訳しているのか分からないが、必死にそうしながらタレイアに口付けしてしまった。
キスまでするつもりは無かったのだが、これもアグライアのキスのせいなのだと思う。少し自分でも驚くが、こればっかりは仕方がない。二人の現実離れした容姿も相まって、とても抗えなくなり始めていた。
それに気付いた俺は、性欲に抗うように再びリビングへと戻ってタレイアの為の鍛冶施設を購入すると、それ用に拠点を拡張させて実際に買ったばかりの施設を設置する。
と、そこに丁度良く風呂から上がって来た女性陣達を見て、俺はリビングで素知らぬ振りをするアキとフユの二頭をグッと掴むと、必死に抵抗する二頭を引き摺りながら風呂に入った。