森に仮の巣を
ベネン国内へと入ってからの旅路は、未開拓地を進む時とは大きく違って実に素早く歩を進める事が出来た。
その大きな原因は二つあり、一つは道が存在する事で歩き易くなっているという単純な理由で、もう一つはモンスターとの遭遇率がグッと減少した事にある。
どうも未開拓地帯とは異なってモンスターの数が非常に少ないらしく、それに従って遭遇率が下がっているようだ。
それで俺達の歩く速度が飛躍的に早くなったのだが、これには三日間の休息もその役の一助となっているのだと察せられる。完全な休息を続けて三日も取ったのは間違いでは無かったのだと認識させられたと言えるだろう。
ともあれ、そうして漸く俺達はベネン国の王都へと辿り着けていて、その王都を一望出来る丘の上で作戦会議を行っていた。
「王都は海沿いに造られていて、それで造った船を簡単に海へと浮かばせられるようになってるんだね。良く出来た街だなぁ」
「ワタクシも初めて来たが、確かに見事なものだな」
「はい。私も初めて来たのですが、本当に感動する程に見事ですね」
海沿いに出来た王都は、街中にも海へと続く大きな川が幾つも存在していて、その川沿いに大きな建物が沢山あるのが見て取れた。
恐らく、その大きな建物が全て造船所なのだろう。造船の為に機能性を考えて造られた街だというのが察せられる。
その街を囲うようにして、巨大な壁が聳え立っていた。街を、そして街中に暮らす住民を守る為の壁だ。
「まぁ感動するのはこれくらいにして、どうやって目的を果たすかが問題だね」
「そうだな。マスターの目的は造船技術を有する技術者をテイムする事と、薬術や錬金術に詳しいエルフをテイムする事の二つ。いや、出来れば薬術と錬金術の専門家であるのが望ましいな。
そうなると、あの壁の内側に侵入しなければならんが……」
「はい、それは困難を極めるでしょうね。王都に入るには正門の他には貴族専用の二つの門だけです。そこを通過するには、兵士達の目を潜り抜けねばなりません」
「だよね。普通に考えたら無理だ。
二人は何か案があったりする?」
「侵入する方法か? どう考えても無理だろう」
「私も姫様と同意見ですね」
「やっぱりそうだよね。どう考えても無理だもん。
ハルちゃんやナっちゃんはどう?」
「……………」
「……………」
「やっぱり? そりゃそうかぁ」
ヘルとブリュンヒルデの二人同様、ハルちゃんとナっちゃんも首を横に振って無理だと告げた。
アキとフユには尋ねなくとも分かる。興味無さそうに欠伸しているからだ。
ならばどうするかと考えていると、欠伸していた二頭が警戒するように鋭い視線で今いる丘の横を睨んだ。
その場所は海沿いに出来た王都の両横に存在する大きな森で、その森へと続くたった一つの道がそこにはあった。
「どうかしたの?」
「ミャン」
「ッワフ」
まるで見ていれば分かると言いたげな二頭に、俺は素直に従って黙って森へと続く道を見詰め続けた。
するとどれくらいの時間が経過した頃なのか、俺達が立つ丘の上から百メートルは先にあるその場所に、五人組が疲弊した足取りで姿を現したのだ。
「アキとフユの索敵は素晴らしいですね。私も身に付けたい技術だと常々思わされます。
ところで、あの五人組は恐らく冒険者でしょう」
「見ただけで分かるの?」
「マスター、装備を見れば分かるのだ」
「姫様の仰る通りで、装備を見れば一目瞭然ですね」
「装備?」
此処からだと距離があってはっきりとは分からないが、恐らく色から察するに革鎧と思われる装備で統一されてある。そして武器は、大きな斧か鎚に見える代物を肩に担いでいた。
「斧か鎚に見える武器と革鎧?」
「はい。剣術や槍術というのは、素人には難しい部類になります。それ故、冒険者の多くは技術を必要としない斧や鎚を使用するんです」
「あ〜、それで見れば分かるって訳ね?」
「うむ、分かり易いだろう?」
「ははは、確かに分かり易いね」
成る程なと、そう素直に納得して笑った次の瞬間、ビビっと脳裏をある考えが過り、その途端に俺は二人へと尋ねた。
「冒険者ってのはモンスターの素材とか薬草とかを集める依頼を受けるんだったよね?」
「それがどうかしましたか?」
「その依頼を出すのって素材を必要とする人な訳で、ともするとそれが薬師だったり錬金術師だったりするんじゃない?」
「まぁ、そうとも言えますね」
「絶対にそうとは限らんが、確かにそういう依頼人も居るのは間違いないだろう」
「それじゃあさ、冒険者に依頼を出さずに自分で素材を取りに行く人も居たりするんじゃない?」
最後の質問で俺が何を言いたいのか察した二人は、納得したようにして大きく頷いた。
そう、冒険者に依頼を出せない者の中に薬師や錬金術師などが居たとするなら、きっと自分の力で素材を得るべく王都から出て来る筈だ。
理由は貧乏だったり節約する為だったり、或いは冒険者より実力が高い故に自分で足を運んだ方が手っ取り早いとか思っている人物なら有り得る話だろう。
エルフというのはヒューマンよりも三倍寿命が長いと聞くし、なればこそ戦闘技術が高い者が多く居るのだそうで、可能性としては非常に高いと考えられる。
「ふむ、マスターの言いたい事は察した。しかし、都合良く出て来るとは限らんぞ?」
「まぁそれはひたすら待つしかないよね」
「かなり時間が掛かりそうですね。運の要素が強いですし」
「待っている間は、森の中でレベル上げ兼素材集めでもしとく? そんで休める場所も同時に見付けといて、そこを土魔法で上手く仮拠点を造って過ごすってのはどう?」
「普通なら正気を疑うが、マスターは強いからな」
「そうですね。マスターもそうですがハルちゃん達も強いですし、森の中で過ごすのも大丈夫でしょう」
ヘルとブリュンヒルデの二人が賛成してくれると、ハルちゃん達も賛成してくれた。反論する気は全く無いようだ。
それで早速森へと入ってから丁度良い場所を見付けたので、その洞窟とも言えない洞窟を少し拡張して仮の拠点を築くと、レベル上げや素材集めの日々が始まった。
勿論、そうは言ってもレベル上げや素材集めに全力を投じている訳ではない。森へと来る者達を監視して、エルフであれば言葉の分かるヘルとブリュンヒルデが会話を盗み聞きし、薬師や錬金術師ではないと分かると次のターゲットを探し、その合間合間にモンスターを倒してレベル上げや素材集めをするという感じだ。
この森は未開拓地とはまた違っていて、現れるモンスターの種類が少ないものの非常に対人戦闘の経験を積むのに効果的だった。その大きな理由が、人類のように二足歩行で行動し武器すらも駆使するモンスターが多かったからである。レベルで言えば恐らく50程度の適度なモンスターばかりで、多種多様な戦術を意識して戦っていると此方の問題点や改善点が明確になり、かなり戦闘においての技術を磨けたと言えるだろう。
そうやって過ごす日々が十日を過ぎた頃、最初は名案だと思えたこの作戦にも流石に諦め気分が強くなってきていた。何せ幾ら戦闘技術を磨けるとは言っても、当初の目的すら一切達成出来る目処が立たないからであった。
最初こそ時間の問題だろうと楽観視出来ていたが、それも十日も過ぎてしまえば流石に諦めた方が無難なのではと思ってしまっても仕方ないだろう。十日間の内に何度かエルフを見掛けたが、そのエルフ一行が話す内容から察してとても薬術や錬金術の専門家ではなかったし、何より造船技師ですらなかった時の落胆具合と言ったら結構精神的にキツいものがあった。
それ故、もう作戦を変更するか一旦諦めて拠点に帰還するべきかを提案しようかと思ったその時、褐色で銀髪という女性と同じく褐色で茶髪という女性の二人組を遠目から見たヘルとブリュンヒルデの二人が、至極真面目な表情でいきなりテイムしろと言ってきた。それもかなり緊迫した様子で。
これには当然の如く大きな疑問符を脳内に浮かべる俺は、提案しようとしていた事を脇においてその理由を問うべく小声で疑問を口にする。
「会話の内容も聞いてないのに、何でテイムしろって言うの? 造船技師かどうかも定かじゃないのに……」
「マスター、あれはダークエルフとダークドワーフだ。ただのエルフでもただのドワーフでもない」
「初めて聞く人種だけど……そうじゃなくて、いや、そうだとしてそれが何か関係あるの?」
「マスター、私からもテイムする事を強くお薦めします。その理由は、ダークエルフもダークドワーフも両者共に非常に珍しい種族であり、地下深くに暮らす彼らと話をする機会は王公貴族ですら殆ど有り得ないからです。
きっと貴重な情報を沢山持っている筈ですので、この機を逃すべきではありません」
「そ、そんなに珍しいの?」
「珍しいなどと言う次元の話ではない。少なくとも、ワタクシの国では二百年以上は誰も両種族を見た者さえおらんのだ」
「地下に国を持つ両種族は、地上に出る事が非常に稀です。それ故、遭遇する事など一生に一度あるかないかという程なのです。
それに、地下の国へはどの国の者でも、どんな身分の者でも決して入れないらしく、その入り口も一切が謎とされています」
「っはぁ〜、そりゃ凄い話だねぇ」
「呑気に言ってる場合ではないぞ」
「そうですよ。このチャンスを逃せば二度と無いかもしれません」
二人から物凄い勢いで凄まれた俺は、半ば強制的にテイムする事を決めざるを得ず、当初の目的度外視でその希少とされるダークエルフとダークドワーフの女性二人へと静かに接近を試みるしかなかった。絶世の美女二人から一斉に詰め寄られると、その迫力に屈するしかなかったのだ。
しかし、そんな理由で標的の二人との距離が近くなって気付いたのだが、ヘルとブリュンヒルデの二人に負けないくらいの美貌を持つ事が分かって、俺は思わず見惚れてしまう程だった。




