初めての長期遠征
新加入したヘルとブリュンヒルデのレベル上げを始めてから五日間が経過しているが、レベルはまだそこそこでしかないものの技量の高さによって一回の戦闘時間は短いし、殆ど無傷で戦闘を終わらせている事には素直に驚いた。
勇者と同じく彼女達も剣術や槍術を習っていたらしく、それが理由となってレベル以上の動きを見せているのだ。
ただし、姫様という立場であったからなのか、ヘルより騎士隊長であったブリュンヒルデの方が圧倒的に強い。槍術がメインだというのに、剣術でも遥かにヘルを凌駕しているのだから凄まじい。
まぁそれは兎も角、俺はヘルの古代魔法がずっと気になっていたのだが、それを見せてくれと頼んだら快く見せてくれて、それによってどういう魔法なのかが理解出来た。
古代魔法を簡単に説明すると、属性魔法とは大きく違っていて、魔力で出来た剣状の物を標的目掛けて射出するとか、魔力のレーザーと思わしき光線を射出するとか、つまり魔力をそのまま攻撃用に呪文で加工して敵を倒すというのが古代魔法になるようだ。
使い勝手としては呪文を唱える時間が絶対に必要なので、かなり攻撃するまでの時間がかかってしまうというデメリットがあり、相当使いどころに迷う代物だった。
だが、威力については凄まじいの一言で、五階層や六階層ではオーバーキルもいいとこであり、或いはミノタウロスすら一撃で倒せるのではと思った程の威力だった。
しかし、その凄まじい威力を有する古代魔法には、呪文を唱えなければならないという事実より更に大きなデメリットがあったのだ。
それは一発の魔法を放つだけで、ヘルの魔力が枯渇してしまうという事なのである。
レベルを上げれば身体能力が当然上昇するので、それに従って魔力量も自然と増えていく。となれば先々の事を考えると古代魔法も充分使える魔法となるのだろうが、少なくとも現状では使いどころが殆ど無い魔法というのが俺の受けた印象だ。
せめて威力の調節が出来るならまだいいのだが、それが出来ないとなると厳しいと言わざるを得ない。
何はともあれ、そうやって新たなスキルを理解したりしながらのレベル上げは順調に進み、俺達は再び十一階層の攻略へと乗り出した。
今回は軽く周辺を見て歩くというのではなく、姫様の故郷であるブリッツ国の西へと歩を進めるつもりで、そこに存在する造船技術の高いベネン国を最終目的地としている。
勿論、そこに辿り着くまでに一ヶ月以上は歩きっぱなしとなるらしいので、野営に必要そうな装備をパソコンの物品売買で事前に購入しているし食料だって沢山買っているので問題ない。そして、帰路の事を考えて予め帰還の杖も購入しているので、帰る時は一瞬である。
ここまで用意周到に準備してベネン国を目指す理由は、いずれは別の大陸へと進まねばならないだろうと推測しているからだ。
大陸から大陸へと移動する為には船が必要になるのは当然で、その船を入手する方法が略奪か造るかの二つの選択肢しかないので仕方なく後者を選択した訳であり、それには造船技術を持つ者が必然的に必要という事になったので造船技術を持つ者をテイムしたい訳だ。
無論、次への階層が絶対に現状で自分が立っている大陸に存在しないと決まった訳じゃないのだが、それでも先々の事を考えて今から準備しておけば尚更いいのは間違いない。要は効率の問題である。
そう思っての旅が始まってからまだ一日目なのだが、既に俺の心は挫けそうになっていた。
何せ、遭遇するモンスターが非常に多いのだ。姫様の故郷であるブリッツ国の軍勢とオークの軍勢が争っていた時は、その大規模な群れ同士の争いによって様々なモンスターが静かにしていたらしいが、それが無くなって再び活発にモンスターが動き始めた結果、俺達は鴨ネギの如く襲撃を受けているのだ。
まぁモンスターを倒してレベルが上がるのは素直に嬉しいのだが、それにしたって襲撃回数が異常過ぎる。まだ旅の初日なのに、既に二十回は襲撃されており、その襲撃者の中にはそこそこ強力なモンスターも居たりして、決して油断出来ないので精神的にもかなり疲れる現状なのだ。
これでは挫けそうになるのも当然で、せめて知っているモンスターであれば精神的負担も軽く済むのだろうが、未知の敵ばかりなので終始緊張状態が続いている。
そして挫けそうになっている理由がもう一つあって、それはモンスターの解体だった。ヘルやブリュンヒルデの二人から、このモンスターは薬術で使える、このモンスターは錬金術で使える、とかって感じで言われるので倒す度に解体しなきゃならないのは時間を食うし何より疲れるのだ。
それで殆ど移動していないのにも関わらず、既に日が暮れ始めていた。
モンスターの解体自体は別に気持ち悪いとか思わない。魚の解体や猪の解体をした事もあるし、鶏の解体をした事だってある。それ故に解体自体は別にいいが、その作業に体力と時間を持っていかれるのは非常に困る。
しかし、だからと言って倒したモンスターをそのまま放置するのは勿体無い。十階層までとは違って、十一階層では倒したモンスターがアイテムを残して消える訳でもなし、ちゃんと解体していないと稼ぎがゼロになってしまう。
いや、確率でDPが自動的に入手出来る事もあるので本当に稼ぎがゼロになる訳ではないが、それでもこれまでよりは稼ぎがゼロに近くなってしまうのは間違いない。
それは本当に困ってしまうので、こうやって倒す度に解体しながら進んでいるのだが、そのせいで殆ど移動出来てないし既に日が暮れ始めているのは看過できない事実である。
「ねぇねぇ、明日からは少し解体するモンスターの種類を絞ろうよ」
テントの設営や火熾しを済ませ、一段落ついたところでメンバー全員に告げると、全員が不思議そうに俺を見詰めていた。折角の稼ぎなのにどうしてそんな勿体無い事をするのだと、そう言いたげな視線ばかりで、アキとフユに至っては倒した獲物を食べないとか有り得ないよと言いたいらしく左右に大きく首を振って必死に拒否している。
「マスターはどうして突然そんな事を?」
「いや、そりゃ解体に時間が掛かり過ぎてるからとしか言えないけど………」
「ふむ。しかしDPとやらが必要になってしまうのなら、解体して素材を持ち帰る事は大事なのでは?」
「それはそうなんだけど、目的地に辿り着くまでこれじゃあ二ヶ月は掛かりそうだからね。予想していた倍の時間も掛かるのは辛いかな」
「なるほど。……しかし解体する獲物を絞ると言われても、どれもこれも高級素材として有名で、とても優劣つけられんしなぁ。
ブリュンヒルデはワタクシよりも詳しかろう? どうだ?」
素材の詳しい希少価値を知っているかとブリュンヒルデに問い掛けるヘルには悪いが、俺はヘルの言葉が気になって身を乗り出しながら問う。
「今日解体して得た素材は全部高級なの?!」
「う、うむ。どれもこれも高級素材で間違いないぞ。
なぁ、ブリュンヒルデ?」
「はい。姫様の仰る通りです」
驚く俺に戸惑うヘルと微笑むブリュンヒルデの意見は、二人揃って高級素材で間違いないというものだった。
それならば、帰還した後でDPに変換する時は非常に期待出来る。もしかしたら、一度に大量のDPを稼げるかもしれない。
そう思うと獲物を絞って解体するというのは勿体無いと思えてきて、何故彼女達が不思議そうに俺を見ていたのかが理解出来た。もっとも、アキとフユは別枠であるが。
「今日倒した全ての魔物は、通常容易く倒せる存在ではありません。マスターやハルちゃん達が強いからこそ倒せた魔物だと言えますね。
なのでマスターには面倒なだけの印象しかないのでしょうが、世間一般では危険生物ばかりであり、その魔物の素材は希少価値の高い物ばかりになります」
「へぇ〜、そうだったんだぁ」
「ブリュンヒルデの言う通りで、非常に高い価値があるのは間違いないぞ。
だが、素材のままよりも加工して出来た代物の方が遥かに価値が高くなる故、薬師か錬金術師の手によって完成された物をDPに変換するといい筈だ」
「なるほどねぇ。二人は薬術とか錬金術に詳しかったりする?」
「ワタクシは駄目だ。詳しい知識など持ち合わせてはおらんからな」
「私も姫様と同様ですね。薬術や錬金術などは一子相伝の技ですので、専門の者をテイムするしかないでしょう」
何事も上手くはいかないという事なのだろう。得た素材を活用して更に希少価値の高い品へと昇華させるのは中々に困難なようだ。
そう悟ってガックリした俺を察してか、ブリュンヒルデが微笑みながら口を開く。
「ベネン国は造船技術が高いと以前にお伝えしたと記憶していますが、薬術や錬金術に詳しい者達が多く居る事も有名だったりするんですよ。
ですので、もしかしたら詳しい知識を有した者をテイムするチャンスがあるかもしれません」
「確かにそうであったな。ベネン国にはエルフの国から来た者達が多く居るのはワタクシも聞いた事があったぞ」
「それはつまり、薬術や錬金術に詳しいってのはエルフってこと?」
「はい」
「うむ」
これは実に素晴らしい情報を得られたと言っても過言ではない。エルフなら見た目で判別出来るし、それっぽい者をテイムすれば高い確率で専門の知識を持っている可能性があるだろう。
エルフの耳はヒューマンと変わらない長さだが、耳の先が細く尖ったような形になっているらしいし、全員が例外なく金髪なのだそうだ。それ故、見たら直ぐに分かると二人から教えて貰っている。
「うっし! そんじゃあ造船技術を持ったヤツだけじゃなくて、薬術や錬金術の知識を持ったヤツも狙っていこう!」
俺が期待に胸を膨らませながら宣言すると、ヘルやブリュンヒルデだけでなくハルちゃん達も全面的に同意してくれた。
皆も出来るだけ多くのDPを稼げればそれに越した事はないと考えているようで、ハルちゃんやナっちゃんにしたら稼げば稼げるだけ拠点内が更に快適になると理解しているだけに、ヤル気満々な様子だ。
そんな皆と同様に俺もヤル気満々で、その高まる気分のまま次の朝を迎えた。