ダンジョンに住む者達の隠された事実
絶世の美女二人が魔方陣の真ん中で威嚇し続ける時間が非常に長く、俺は食事やら飲み物をその場に置いて冷静になって貰うのを待つ事にした。
と言うか、他にどうしようもない程に威嚇されまくっているので、本当にそれ以外には何も対策が思い付かなかったのだ。
それで暫くしたら食後のお茶を出したり、暇だろうからハルちゃんとナっちゃんのお気に入りであるオセロとチェスを説明書付きで渡したりして、一定の距離を保って接していた。
魔方陣から出すには、テイムしたモンスターに名付けをしないと出られない仕様になっているので、こうするより他無かったのだ。
「もうかなりの時間が経過した訳だけど、どう思う? 無理矢理名付けしてもいいかな?」
「……………」
「……………」
「ハルちゃんとナっちゃんは無理矢理名付けるのに賛成するって事ね? そんじゃあアキとフユはどう思う?」
「ミャ〜ミャミャ」
「ワフッ、ゥワフッ」
「アキとフユも賛成って事?」
「ミャン」
「ワフッ」
「そっか〜。……よし、それじゃあ取り敢えず名付けてくるよ」
メンバー全員が無理矢理名付ける事に賛成したのは、恐らく今のままでは埒が明かないと考えたからだと思う。
確かに、現状では名付けしていないせいで魔方陣の中から出られないので、その状態では落ち着いて話さえろくに出来やしない。
そう考えると彼女達の考えは野蛮とは言えず、寧ろ現状においては手っ取り早く冷静になってもらう手段としては間違っていないと言えるだろう。
経験者ならではの彼女達の発想に頼もしさを感じながら、俺が魔方陣の部屋に入ると変わらず威嚇する絶世の美女二人が此方を睨んでいた。
「えぇと、兎に角この場所じゃ話も出来ないんで、そこから出て貰う為に名付けを終了させるね?
ん〜金髪さんの方は、姫様らしいから女神の名前から取ってヘル。そんで赤髪さんの方は、ヴァルキュリアって部隊の隊長さんらしいから、それにあやかってブリュンヒルデ」
ヘルは死の国の女王の名で、ヴァルキュリアが死者を云々って伝説なので赤髪さんの上司としては相応しい名前だと思い決定。そして赤髪さんには、ヴァルキュリアの中で勝利に関する者の名が縁起がいいと考えた結果、ブリュンヒルデに決定した。
俺にしては真面目に考えた末の名付けだったので、自分自身ではそこそこ納得している。無論、名付けられた彼女達は威嚇状態なので気に入ったのかどうかは不明であるが。
「……それじゃあもうそこから出られる筈だから、取り敢えずはリビングに来てくれる? パーティーメンバーの皆も待ってるしね」
「……………」
「……………」
ハルちゃんやナっちゃんと違って本当にただの無言であり、ジェスチャーすらないので何も反応が無い事が寂しく感じてしまう。
しかしそれでも俺は意識して微笑みながら、彼女達二人をリビングへと爽やかに招く。若干頬が引きつって変な笑みになっていたかもしれないが、それは威嚇され続けているので仕方ないところだ。
そうして漸くリビングへと場を移せたと思った次の瞬間、アキとフユの姿を見たブリュンヒルデが小さく悲鳴を上げ、再び魔方陣のある部屋へと引っ込んでしまった。
恐らく、テイムする時の戦闘で二体にコテンパンにされた事がトラウマになっているのだと思われるが、これには本当に困って苦笑するしかない。正直言ってもうお手上げだ。
だが、そんな俺に代わってヘルがブリュンヒルデの肩を抱いて落ち着かせると、それでやっとこさリビングへと場所を移す事に成功した。
ここまでで帰還してから既に八時間は経過しており、本当に長い戦いだったと感慨に耽るのも無理からぬ状況で、俺は心底から安堵してホッと胸を撫で下ろしたくらいだった。
「俺達はいつも、このテーブルを囲むようにして寛いでるんだよ。あ、下に敷いてあるのは畳って呼ばれる物なんだけど、香りや座り心地がいいから落ち着くと思うよ」
「……………」
「……………」
「いや、そんな距離取らなくても……」
爽やかさを意識して微笑みながら説明しているが、若干頬が引きつっているからなのか二人の座った位置は少し遠い。明らかな拒絶を感じさせる反応だ。
それに少々傷付くものの、出来るだけ顔には出さないようにして応対し続ける。
「テイムが終了したから此方の事はそれなりに理解出来てる筈だけど、どうかな?」
「……少し冷静になった今は、現状を正しく理解しておるつもりだ。つまり、ワタクシ達はそなたの使い魔になったという事なのだろう?」
「ヘルの言う通りで間違いないよ。それで君達二人をテイムした理由は、仲間になって欲しいからなんだ。十一階層の地理についてや文化や風習など、他にも知らない事ばかりだから教えて欲しいって事だね」
俺の言葉にいくらか冷静に答えつつも、それでも何やら心此処にあらずって感じで話すヘルには疑問を抱いてしまう。何をそんなに戸惑っているのかと。
ハルちゃん達がそうであるように、テイムしたなら俺の情報が脳内にインプットされている筈だ。勿論、俺の人生や地球の事などは情報として強制的にインプットされている訳ではないのだろうが、それでも表面的な情報はしっかりと入っている筈である。
それがあるからこそ、ハルちゃん達はパソコンを怖がったりしないしキッチンの事とかを気味悪がったりはしないのだ。
だが、ヘルとブリュンヒルデに関しては異常に困惑してるのが伝わってくる。その困惑が何に対してのものかは分からないが。
「なるほど。そなたはワタクシ達の事をまだ理解しておらぬのだな?」
「は? ……それはどういう意味なの?」
「ワタクシ達は全員、死者なのだ」
「へ?」
「文字通りの意味だ。ワタクシ達は別の世界で一度生を受け、そして様々な理由により死んだ。その後、神によって黄泉の世界を漂っていたワタクシ達は偶然選ばれ、この迷宮内で目覚めた」
「それって………」
「そう、そなたと似たような境遇なのだ。しかし、全く違うとも言える。
ワタクシ達は完全に黄泉の世界へと身を移した存在であるからこそ、生者との絆がなければ再び迷宮内のモンスターのようになるか黄泉の世界へと戻るかしか選択肢は無い。しかし黄泉の世界に居たくないからこそ、そう思って心底から願っていたからこそ、こうやって神に幸運にも選ばれ迷宮内にて目覚めた。
その事実をずっと忘れていたのだ。ワタクシ達は迷宮内が本物の世界であり、ワタクシ達は本物の生きる人なのだと思い込んでおったのだ。
だから戸惑っておった。思い出してしまった故に混乱しておった。狼狽しておった。
しかし完全に思い出したのだ。故に神との約定通り、マスターに忠誠を誓う」
ヘルとブリュンヒルデの二人は、意を決したと言いたげな表情で片膝を立てながら粛々と頭を垂れた。その姿は二人の美しさもあって一枚の名画かと見紛う程だった。
だが、今はそんな事より色々と物凄い事情を知って驚愕せざるを得ず、俺は鯉のように口をパクパクとさせるしかない。滑稽な反応としか思えないだろうが、彼女達のバックストーリーが壮大過ぎたのだから仕方ないだろう。
「えぇと……と、兎に角、此方こそ宜しくね?」
「うむ。マスターの願いなら何でもする故、ワタクシ達を好きに使ってくれ」
「いや……う、うん、そうさせてもらうよ。……それで、生前の事を覚えてたりするの?」
「勿論だ。ワタクシの生前は迷宮内と同じく姫という立場であった。エルドラドと呼ばれる世界の小国の姫。
ブリュンヒルデはどうだった?」
「私も今と同じく騎士隊長という立場でした。ただし姫様とは別の世界であり、その世界にはまだ名もありませんでしたが」
彼女達の言い分からすると、迷宮内にて存在する全ての人類が様々な世界で生まれ死んだ者達であり、そして黄泉の世界でそれぞれに願う何かがあったからこそ神に選ばれ迷宮内にて新たな仮初めの生を授かったと言うことなのだろう。
そしてその事を全員が忘れていて、迷宮内を本当の世界だと思いながら日々を暮らしていた結果、現状に繋がると。
この情報は挑戦者達にとって一大事だ。使い魔にしたモンスターを粗雑に扱っていた者もいたようだし、この事実を知ったらきっと後悔する筈だ。いや、後悔しない訳がない。
何故神様は最初に説明してくれなかったのかと文句を言いたくなるくらいには重大な情報だ。これは早く掲示板に書かなければならないが、出来ればこんな重い情報は他の人が書き込んで欲しいと願うくらいには精神的にくる情報だと言える。
勿論、モンスターを粗雑に扱ったと言っても残酷な扱いをした者など存在しないし、そこまで言う程には粗雑に扱っていた訳じゃないのも知っている。掲示板に書かれたコメントを見ているのでそれは間違いない。
だが、テイム契約を切った者が居たりするのは本当で、そういう人達はショックを受けるだろう。
「と、取り敢えず二人の事は大まかにだけど理解したよ。ちょっと用事が出来たんで俺は離れるけど、皆と自己紹介とかしててね。あ、ハルちゃんとナっちゃん用に紙とペンを渡してるから、意志疎通の方は気にしないでいいよ」
かなり慌てて早口で言ったからか、ヘルとブリュンヒルデだけでなく他の面々も不思議そうに小首を傾げていたが、俺はそれに構っていられる余裕など微塵も無く、急いでパソコンへと向かった。




