標的の知識層
戦が終わったとして、それでさて帰りますかとはならない。疲弊した兵士達は休まなくてはならないし、治療もしなくてはならないのだから当然だ。
それ故に薪となる木を戦場の周辺からかき集め火を熾し、沢山の兵士達が火の周りで思い思いに過ごしていた。治療を受ける者や単純に休む者など様々である。
それを遠くから眺め続ける俺達の視線の中で、他の兵士達とは違う動きを見せる者達に気付いた。
通常の歩兵と思われる兵士達とは違って、何やら天幕を張る少し身なりのいい兵士達が居る。
そしてその制作途中の天幕の側には豪華そうな馬車があり、その馬車の周囲は明らかに装備の質が違う兵士達が陣取っていた。
「絶対お偉いさんじゃない? どう思う?」
「……………」
「だよね? どうせテイムするなら、一杯情報を持ってそうなお偉いさんがいいと思わない?」
「……………」
「オッケー。そんじゃ標的は、あの馬車の中に居る人物って事で」
ハルちゃんも同意見らしく、小刻みにウンウンと頷いてくれた。どうせ仲間にするなら有益な情報を少しでも多く持つ者を仲間にするのは間違いないので、そこは反対するつもりは全く無いようだ。
ただし疑問もあるらしく、それを伝えようとジェスチャーで問い掛けてきた。
「何々? あ〜、馬車の護衛をしてる奴らの強さが心配って言いたいの?」
「……………」
「それで間違いない? う〜ん、それは襲撃方法によるんじゃない?」
「……………」
「いや、別に難しい話じゃないよ。今襲うのは沢山兵士達が居るから出来ないけど、移動し始めて歩兵とかから距離が離れたら襲えばいいんだ。馬車と歩兵じゃ進む速度が違うからね。
それでその後は、戦を終えて疲弊した兵士から逃げるのは難しい話じゃないと思わない?」
「……………」
「でしょ? だから、今は無理せず動くのを待ってようよ」
恐らく、華美な馬車は充分な休息を取った兵士達と共に出発する筈だから、戦を終えたばかりの今日は完全休息となるだろう。
なので、多分明日かその次の日に行動し始めるのではと考えられる。
つまり、俺達が馬車を襲撃するのは、明日以降に移動を開始した後、歩兵と馬車の移動速度の違いによって孤立気味になったところを狙うのが吉だという訳だ。
「何? え、今から襲撃してもいい?」
俺は論理的に考えて一番リスクの低い方法を考えたつもりであったが、それにハルちゃんは了承するもののナっちゃんは今から襲撃しても問題無いとジェスチャーで反論した。これには正直驚いた。
あまりにも大胆に過ぎるその提案に、俺はポカーンと呆ける。敵は疲弊しているとは言っても軍勢規模なのだから、とても安易に手を出さない方が無難だと思うのが普通だ。
それなのにも関わらず、ナっちゃんはジェスチャーで更に独自の意見を伝えてきた。
「え? ちゃんと合戦を見てたかって? いやいや、ちゃんと見てたって。凄い光景に圧巻されてビックリしてたよ」
「……………」
「敵の強さ? あ〜………そう言えば、個々人の実力は低かったかもね」
「……………」
「俺から見た感想? ……まぁスケルトンよりは強いかなぁ、ってくらいだったと思う。三階層の豹と比べたら、恐らく兵士三人で豹一体と同等じゃないかな?」
「……………」
「ぅん? それなら余裕って言いたいの? いや、確かにそうかもだけど、オークの中でも一際大きかったオークはメチャクチャ強かったけど結局は軍勢に飲まれて死んじゃったし、俺達もそうなりかねないよ?」
「……………」
ナっちゃんは俺の意見に納得出来ないらしく、頻りに首を右に傾けたり左に傾けたりして疑問を持っている事を体現して見せている。
しかし俺としては、個々人の実力は兎も角として、二千人規模の軍勢を相手に戦うなど無謀だと思うのだ。とても生きて帰れる気がしない。
どんなに強い生物も、辺り一面を覆う大量の蟻に集られたら堪ったもんじゃないと思うだろうし、目の前の軍勢に手を出したらそうなりかねないとしか思えないので、俺としては安易に襲うというのには否定的な立場だ。
だがそれでも、やはりナっちゃんは全然納得がいかない様子で、しかし一応はパーティーリーダーである俺の意見を尊重してくれたらしく渋々であるが了承してくれた。
今回の事でナっちゃんはイケイケの性格であると分かった訳だけど、これは少し注意して見ておかねば無謀な事をしてしまわないか心配になる。勿論、個人行動をしてしまうような勝手をする程に自分本意な姿勢を見せる事は無いが、それでも一応はという意味だ。
ともあれ、そんな風に少しの意見が食い違う事があると理解してからは、互いに色々な状況を想定して自分だったらどうするかなどを話し合い時間を潰した。その会議と言ってもいいような話し合いでは、アキとフユも当然ながら参加している。
そして日が暮れ、その後は互いに仮眠しつつ朝日を待つと、日が昇ると同時に何故か馬車が単独で動き始めた。
とは言っても、勿論護衛も一緒での行動だが、しかしそれでも沢山の軍勢を置き去りにしていたのは見て明らかだ。
その謎の行動には本当に疑問しかなく、後を追いつつ仲間内で話し合うと、一応のそれらしい結論へと辿り着けた。
つまり、戦場となった合戦場まで軍勢での移動をして来た訳なので、来る途中の道程では既に安全を確保しているのだから帰る時はお偉いさんが乗車する馬車とその護衛だけで充分危険は無いと判断しているのだろうと考えられる。
事実、朝まで監視していた俺達はモンスターに襲われる事も無かったのだし、それを考慮すると充分あり得る話だ。
しかし、それは兎も角としてこれは絶好の機会であるのは間違いない。護衛の装備はそこそこ質がいいとは言え、数は八人だけだしこれなら俺達だけでも充分襲撃可能な戦力だ。
それは俺だけでなくとも他のメンバーも同様に考えていたようで、ハルちゃんとナっちゃんからはいつ襲撃するのかと質問があった。
俺はその質問に、休息中の軍勢と二キロ離れたら襲撃しようと答え、その後は黙々と周辺の警戒をしながら馬車の後を追った。
そしてその二キロ地点が近くなると、一番足の早いアキとフユを馬車よりも更に先の道のど真ん中に陣取らせ、俺達三人は馬車の後方から襲撃する形で、アキとフユに気付いて馬車が止まるその時をひたすら追いながら待つ。
それから二分か三分が過ぎた頃、恐らくアキとフユに気付いた事で止まったらしい馬車を見て、さぁ行くぞと声を張り上げ三人同時に駆け出した。
馬車を襲撃するという非日常感に溢れる現実に高揚しつつ、彼我の距離が二十メートルを切る瞬間に、未だ此方に気付いていない護衛達の背後に目掛けて三人で火魔法をほぼ全力で放つ。
俺とハルちゃんは援護要員ではなく盾役の為、魔法スキルのレベルや魔法の運用技術が低いので放つその火球はショボいが、スキルレベルが高く技術も高いナっちゃんが放つ火球は凄まじい。
それによって護衛六人が死んではいないものの完全に戦線離脱という状態になり、火魔法に反応して背後に居る俺達三人に視線を向けた生き残りの護衛二人は、アキとフユから無防備な背後に強烈な噛みつきを食らって倒れ伏した。二頭に攻撃された護衛二人も、勿論死んではいないが完全に戦線離脱状態だ。
本当にあっという間の出来事だったのだが、襲撃はこれ以上はないと断言出来る程の成果として終わったと言えるだろう。
しかし、まだ本当に終わった訳ではない。馬車の中にはテイムの標的であるお偉いさんが乗っているし、馬車を操る御者だって存命なのだ。
それ故、俺達は油断する事なく馬車に乗る人物が降りて来るのを注意深く待った。
すると、警戒し続ける俺達の前に、絶世の美女と表現しても過言ではない美しい御者と、同じく絶世の美女である騎士然とした風貌の二人が武器を片手に構えながら姿を現した。
心底から見た事が無いと言えるくらいの美女二人を目にして、俺は思わず口をポカーンと開けて呆けてしまう。何せ現実感が無くなるくらいの美女だったのだから、この反応も致し方ないだろう。それに、俺は馬車の中に居るのがゴツい大男だとばかり思っていたのだから尚更である。
だが、そんな俺に気付いたハルちゃんから脇腹を小突かれる事でハッと現実に立ち返り、俺は反射的に声を張り上げる。
「アキとフユは赤髪の方を引き付けてくれ! 俺達三人は金髪の方だ! 赤髪、金髪、両方をテイムする!」
大雑把な指示ではあるが、それだけでも俺のパーティーメンバーにとっては充分だ。
アキとフユは華美な装備を身に付ける槍を持った赤髪の女性を相手に、上手く立ち回って自分達の俊敏さを巧みに利用して付かず離れずの距離で金髪から引き離してくれる。
そうとなれば金髪は孤立して当然で、俺達三人は此方も華美な装備が目立つ剣を持った金髪女性に襲い掛かった。
先ず最初に攻撃を仕掛けたのは、メインの盾役である俺に代わってハルちゃんが金髪女性の背後から襲い掛かり、主に足を重点的に何度も攻撃を加えた。
そして、そのハルちゃんの攻撃の合間合間にナっちゃんの放つ弓矢が、金髪女性が身に付けた鎧の関節部分である膝や肘に突き刺さる。
金属製の防具を身に付けていたとしても、どうしても関節部分は露出するのが当然であり、弓矢で狙うならそこを狙わない筈が無い。
それで痛みに呻き地面へと倒れたのを見て、今がチャンスだと判断して俺はテイムスキルを発動させた。
するとこれまで通り、テイムスキルによって金髪女性の身体全身が光った次の瞬間には、いつもと変わらずその姿を忽然と消していた。
先ず間違いなく、拠点の魔方陣へと転移したのだと思う。
「よし、後はもう片方………だけど、そっちは既に終わってるね」
金髪女性をテイムして赤髪女性の方へと視線を向ければ、そちらは既にアキとフユによって両手足を負傷させられていたようで、もう完全に戦意を失っていて大の字で泣いていた。
悔しそうに泣きながら此方を睨む絶世の美女には、正直言って罪悪感が半端じゃない。
既にもう一人の絶世の美女をテイムしてしまっているし、この御者は見逃そうかと思ってしまう程には本当に罪悪感が凄かった。
だが、情報が何よりも欲しかったので一人より二人からの方がより情報が沢山入るだろうと考えられるし、それに俺だって男なので絶世の美女を二人もテイムする機会があるのならそのチャンスを逃したくはないとも思う。
なので罪悪感を必死に無視しつつ、俺は再びテイムスキルを発動させながら標的に手で触れ捕縛と念じた。
因みに、現場を立ち去る前に意識を失って戦闘不能となっていた護衛八人については、回復薬(中級)を一人につき一本使用して傷の治療をしている。回復薬(中級)の効果なら御釣りが出るくらいの怪我でしかなかったので、恐らくは五時間から六時間もすれば完全に治癒するだろう。




