戦争
山を降りてそのまま一直線に歩を進めていると、モンスターに遭遇する事なく二つの群れが睨み合っている場所の近くまで辿り着けた。
これは恐らく他のモンスターが、二つの巨大な群れが存在するのが原因で危険を察知し、その結果この周辺にはモンスターが一切居ないのだと思われる。生命の危険を察知して逃げ出したのだろう。
それが容易に理解出来る程には、巨大な群れ同士が睨み合っているプレッシャーの余波が此処まで漂っていた。
「片方は人っぽいね。もう片方も………一応人っぽくはあるんだけど、やけに肥満体の人ばかりに見えるなぁ。肥満体が国民の十割近くを占める特殊な文化形態とか?」
フィールドダンジョンで特殊な文化形態を形成したとかって可能性もあるのだが、そうすると総じて国民の寿命が短そうな気がしないでもない。肥満体だと色々な病気を発症するリスクが高くなるし、寿命が短くなってしまうのは避けられない筈だ。
そんな詮のない事を考えて小首を傾げていると、ハルちゃんに肩をつつかれて意識をそちらに向ける。
するとハルちゃんが何やら真剣な様子で、必死にジェスチャーで何かを訴え始めた。
「ぅん、ん、何々? 犬? 違う? 猪? あ、それも違うの?」
「……………」
「う〜ん………もしかして、豚?」
「……………」
「正解? え、肥満体の方が豚ってこと? は? 二足歩行だし武器とか鎧も着てるけど? あぁ、肥満体だから比喩で豚ばっかりって言いたいのね? え、それも違う?」
「……………」
「え、何? ちょっと待って、何を言いたいのかちょっと分かんないんだけど」
「……………」
ジェスチャーの限界なのか、俺はハルちゃんが必死に伝えようとしている事が理解出来なかった。流石にジェスチャーだけでは難しかったのだから仕方ない。
しかしそれがもどかしかったらしいハルちゃんは、苛立たしそうに派手な仕草でドンッドンッと大きく地団駄を踏んだ。
そんなリアクションをハルちゃんが取ったのは初めてで、その意外さに少し可笑しく思うとともに苦笑してしまう。
すると今まで黙って俺達の遣り取りを見ていたナっちゃんがお手上げだとでも言いたげに、手の平を上に上げつつ肩を竦めた。
まるで外国人がするようなリアクションだったので、これも可笑しくて思わずブフッと笑いが漏れてしまった。
そんな俺に気付いたのか、ハルちゃんは少し怒ったらしく俺が被っているチタン製の兜を無理矢理に剥ぎ取ると、俺の額に向けて抜き手で強烈に何度も小突いてきた。
その威力は凄まじく、額に穴が空いたのではと錯覚する程だった。
「アタタタタタッ………! 痛いよハルちゃん」
「……………」
額を押さえて悶絶していると剥ぎ取られた兜が返却され、俺はそれを受け取って痛む額を擦りつつ被り直す。
そしてその後、笑って悪かったと謝りながら視線を再びハルちゃんへと向けてみれば、彼女は何やら地面に文字を書いていた。
「ん? アイツらは………人じゃなくて………オーク? あ、オークっていうモンスターなのね?」
「……………」
「へぇ〜、ハルちゃんて物知りじゃん」
俺が感心して誉めたからか、ハルちゃんは後頭部を指先で掻くような仕草で照れを誤魔化していた。実に微笑ましい光景だ。
が、今はそれどころじゃない。オークがどうとかそれもどうでも宜しい。
「いやいやいやいや! ビックリし過ぎてスルーしちゃったけど、ハルちゃんって日本語理解するだけじゃなくて文字も書けるんだね」
「……………」
「いや、何を当たり前の事を聞いてんのって感じで小首を傾げるのはやめて? その仕草は確かに可愛いけど、それでも今は決して許されない状況なんだよ」
可愛いと言われたからか、イヤンイヤンと頬に両手を添えて腰をくねらせるハルちゃん。その仕草も確かに可愛いが、今はそれに構ってる余裕はない。
何が俺をここまでビックリさせているのかと言うと、ハルちゃんが日本語を駆使した事が問題なのだ。日本人でもなく、地球人でもないハルちゃんが日本語を駆使して文字を書いたのは本来あり得ない事実なのだ。
テイムスキル機能のお陰でハルちゃんが此方の言語を理解出来ていたのは間違いないが、言葉を理解する事と文字を読む事が出来るだけで日本語を話せないし書けない筈。それが最初にされた神様(?)からのテイムスキルについての説明だった。
だから向こうがパソコンを見て日本語が理解出来ても不思議に思わなかったが、まさか日本語を駆使して文字で意思を伝えてくるとは全くの予想外だった。
この迷宮探索にあたって一番初めに神様なのかその部下なのか分からない存在からされた説明とは矛盾する現状には、酷く混乱させられる。
「もしかしてあのテイムスキルに関しての説明文は、チュートリアル迷宮をクリアしてから俺が辿り着く異世界での仕様説明なのかな?
そうなると、もしかしたら?」
そう、もしかしたらチュートリアル迷宮内でヒューマンとかエルフとかをテイムした場合に限っては、日本言語を用いての相互の意志疎通が出来る可能性が高い。
「ハルちゃんがその根拠だと言えるし、サービスされてるかもってのは間違いないんじゃ?」
これは非常に有り難い事実だ。意志疎通が問題無いのなら、テイムしさえすれば簡単に会話で情報を得る事が可能となるだろう。
少し自分自身の都合が良いように考え過ぎかもしれないが、しかしそうだとしか思えない現実にワクワクが止まらなくなった。
次の階層についての情報が直ぐに入手出来るとは思わないが、それでもこの周辺の地理などについての情報が入手出来る事は間違いないと確信してのワクワクである。
俺は高まる期待を意識して抑え込みながら、二つの軍勢へと標的を睨み付けるかのようにして見詰めた。
片方はハルちゃんが言うのだからオークと呼ばれるモンスターなのだろう事は間違いないとして、もう片方は恐らく人間なのだろう。
オークの方はテイムしたとしても、オークが人語を操るとは思えないので、テイムしてもハルちゃんとナっちゃんの二人と変わらないジェスチャーでの意志疎通となる筈だ。
それは御免被りたいので、もう片方の人間と思われるモンスターをテイムした方が何よりも良いだろう。
だが問題として、敵が大勢で居る事と個体の強さが全く分からないので安易に手は出せない。せめて単独で行動している個体を発見するまでは待つべきだ。
「ふむ。このまま待って両雄が激突した後に、単独、または少数での行動を始めたヒューマンをテイムしようと思うんだけど、皆はどう思う?」
俺が提案すると、皆がオークの軍勢とヒューマンの軍勢へと交互に視線を向け、軈て大きく頷いた。どうやらリスク計算したらしく、俺の提案を受け入れてくれたようだ。
ならばと、それからは両陣営が動くのを今か今かと待つ事になった。
そしてそれから暫くして、何やらヒューマン側の男性と思わしき者が一人軍勢の一番前に立つと、大きな声で俺の理解出来ない言語で何かを叫ぶ。
するとそれが合図だったのか、ヒューマン側の陣営が勢い良く動き始め、オークの陣営目掛けて隊列をそのまま維持しつつ一気に駆け出した。
吶喊と言って差し支えないその叫びとともに駆け出すヒューマン側の姿には、正直言って鳥肌が立つ。恐怖も確かに感じるが、それだけでの感覚ではなく、それ以上のある種の感動もあったから鳥肌が立ったのだろう。
まるで戦国時代の合戦を間近にしたかのような錯覚を覚え、俺はその光景に圧巻されたのだと思う。
「スゲェ………!」
ヒューマン側の突撃も凄いが、しかしオーク側も呼応して猪や豚を彷彿とさせる叫び声を一斉に上げる様は凄まじく、その圧巻の叫び声のままに両雄が激突した。
その瞬間、まるで地震でも起きたのかと錯覚する程の音を耳にして、俺は思わず身を竦めてしまう。
そしてその音が地震などではないのだと理解して、再び合戦の凄さを身に染みて感じ鳥肌が立った。
「大勢が一度にぶつかり合うのがこんなに凄いとは……」
呆気に取られるとは良く言うが、これが正にその言葉に相応しいリアクションなのだろう。
どこか冷静な部分がそう脳内で呟く間も、両雄は激しく戦い続ける。
そしてその戦いは、凄絶で凄惨な光景を戦場に作る程となり、軈て一際大きなオークが倒れ伏すと一気にヒューマン側が優勢となってオーク側は散り散りに撤退して行った。




