残念な子
四階層に入るなり遭遇したのは、芋虫二体と猪だった。人と同じ大きさの巨大な芋虫と猪である。
ハルちゃんやナっちゃんには悪いが、初めてスケルトンを見た時には心底恐怖した。しかしそれとは比べるべくもない芋虫のフォルムには、恐怖というよりも嫌悪感が強く、正直逃げ出したくなるくらいにはおぞましいと思えた。
だが、そう思って頬を引き攣らせて唖然としていたのは俺だけだったようで、ハルちゃんやナっちゃんは怯んだ素振りも見せず躊躇のない攻撃をしていた。
そしてそんな二人より頼もしかったのが、豹のアキだ。巨大な芋虫を相手にして、実に嬉しそうに噛みついていたのだ。
美味しいのか噛みごたえがあるのかは分からないが、猪を牽制しつつガッツリと噛む姿には頼もしさを感じるが同時にドン引きでもあった。
だが勿論、俺だっていつまでも唖然としていた訳ではない。芋虫が妨害目的で吐く糸を避けつつ、的確に攻撃しながら猪ともしっかりと戦っていたのだ。
それで特に苦戦という苦戦をする事もなく、俺達は四階層での初戦闘を無事に終え、次の標的を求めて歩を進め始めた。
そして新たに遭遇した狼を含めた敵達との戦闘は、狼のスタミナを活かした戦術が鬱陶しかった以外では特にこれと言った苦戦もなく、この戦闘も無事に終える事に成功。それからその後の戦闘も大して変わらず、故に淡々と多くの戦闘をこなし続けた。
俺自身予想外だったが、どうやら四階層での探索は余裕をもって出来るようだ。無論、それはハルちゃん達が居てくれるからだという事は十二分に理解しているので、決して驕り高ぶるつもりなどはない。
しかし現実として、俺達は四階層での探索を楽々とこなしている。それは間違いようのない事実でもあった。
新加入したナっちゃんとアキのレベル上げと戦闘技術の向上を丁寧にしていたお陰か、或いはスキルを付与させた事も関係しているのかもしれないが、俺達は少なくとも四階層の時点では強者の部類に入るようだ。
そう確信した今、俺は嬉しくて堪らなかった。努力が報われた気がして、このまま更に強くなれるよう目一杯に努力しようとすら思える程には気が昂っていたと言えるだろう。
「皆マジでいい感じじゃん!」
「……………」
「……………」
「ミャ」
「ははは、このままじゃんじゃん倒してレベル上げ頑張ろうぜ」
彼女達も未知の敵を相手に余裕をもって倒せた事実に気分を良くしているのか、まだまだヤル気は充分な様子。もっともっと沢山の敵と戦いたくてウズウズしているように見えた。
俺はそれを察して実に頼もしいと思いつつ、新たな標的を探して迷宮の奥へとドンドン足を踏み入れて行く。
そして難なく五階層へと続く階段を発見してしまうが、しかしそこでそのまま五階層へと突入する程に自惚れてはいないので、冷静に判断して引き返す。危険を敢えて自ら招く真似などするつもりはないし、そもそも今日の目的は四階層での戦闘に慣れる事と狼を仲間にする事なのだから、五階層に足を踏み入れる訳がない。
それ故に引き返す俺達は、帰還の最中に遭遇した最も大きかった狼をテイムする事にして、実際にテイムを成功させて無事に帰還を果たした。
因みに、戦闘中にハルちゃんがこの子をテイムしろと強く懇願してきたので、それでテイムしたのが今日戦った中で一番大きな狼だった。
まぁ大きいとは言っても、劇的な程には他の個体と変わらないし、強いて言えば若干大きいと感じるくらいのものだ。
それは兎も角、拠点に戻った俺達は直ぐに魔方陣が設置された部屋へと行くと、狼がお腹を上にして実にふてぶてしい様子で眠っていた。
ちょっとどころかかなり残念な性格の子だと分かるが、それでもハルちゃんとナっちゃんには関係無いらしく、狼の姿を視認するなり直行で撫で始めるのは流石に少し引いた。
しかし新たな仲間には違いないし、これからは俺達と共に迷宮へと入って様々な戦闘を経験して貰うのだから、最初の印象は非常に大事だと思い直して俺もハルちゃんとナっちゃんの輪に加わって狼を撫でる。
そうして暫くした後、俺は新加入した狼の名付けを行った。
★★★★★★★★
level:0
名前:フユ
性別:雌
種族:フォレストウルフ
スキル:無し
頭:無し
胴:無し
腕:無し
足:無し
装飾:無し
★★★★★★★★
今まで仲間に与えた名前は全て季節の名称であった事から、狼であるフォレストウルフの名前はフユと名付けた。名付けが終わってフユと名を呼んでみたら、呼ばれたフユも嬉しそうにしていたので問題はないだろう。
それとまぁこれは名付けとは無関係なのだが、こうしてフユの毛並みを撫でていると、俺が子供の頃に実家で飼っていた犬を思い出す。人懐っこい馬鹿な犬で、走っている最中によそ見をしてて電柱にぶつかったり、他にも停止している車にぶつかったりする奴だった。アイツは俺が家を出ている間に、両親に看取られながらひっそりと死んでいたが、アイツは幸せだったのだろうかと何故か昔の記憶がふと脳裏を過る。
少し昔の記憶によってしんみりしてしまったが、それを払拭するべく沢山フユを撫で回し、そうして一頻りフユの毛並みを堪能した後はパソコンと向かい合う。
ここから日常の行為であり、戦利品の売却である。
「お、今日は四階層に進んだ事もあって過去最高額を達成したね。やっぱり階層を進めば進む程にDPの稼ぎが増えるんだろなぁ」
全部売り払って34000DPになった。フユのレベル上げや戦闘技術の向上を図っての単独での戦闘を経験して貰った後には、再び四階層に進んでバンバンレベル上げに集中するつもりなので、その時には更に稼げるだろう。
そんな少し先の未来を想像すると笑みが止まらなくなってしまうが、俺の横でパソコンのモニターを覗くハルちゃんが俺の表情を見て少し引いているので自重しよう。
「さて、それはそうと部屋を拡張しようかと考えてるんだけど、どう思う?」
「……………」
「……………」
アキやフユはどうでもいい様子だが、ハルちゃんとナっちゃんは何か考えがあるのか熟考している。俺はそれを邪魔する気はないので、彼女達の考えが纏まるのを黙して待った。
しかし何を考えているのか分からないが、なかなか考えが纏まる気配が無いので此方から話を振る事にして何気なく話し掛ける。
「今までハルちゃんとナっちゃんの部屋は同室だったっしょ? でも、それだとプライバシーが無いから個人で休める部屋が必要だと思うんだよね。それで、その部屋の形状とかで要望があるのなら言ってよ。俺がその要望通りに造るからね」
「……………」
「……………」
「いや、難しく考える必要はないと思うよ。部屋の拡張だけなら安いし、今となっては板張りにするのか畳張りにするのかも高く感じないし。ま、決して安くもないんだけどね。
あ、それから、アキは畳の上が気に入ってたからリビングを部屋代わりにしてたけど、アキ専用の部屋も造るから此処で寝るのは今日までにしてね」
「フシャアアアア!!」
「大丈夫だって。アキの部屋も畳張りにするから」
「ミャ?!」
「いや、嘘じゃないよ。何なら、アキの部屋は全部畳張りにする?」
「ミャン!」
「オーケー。そんじゃ先にアキの部屋から造ろうか」
物凄い悩むハルちゃんとナっちゃんとは違って、アキは畳張りであるのなら何でもいいのか、直ぐに部屋の内装が決まった。
チョロいというか豪快な性格というか、まぁ内装が決まったのだから先に造ってハルちゃんやナっちゃんにそれを見てもらって参考にしてもらうのもいいだろう。
そう思いキャットウォークなどを意識して部屋を造り上げ、楽しく過ごせるし畳によって癒しも期待出来る空間を巧みに造った。まぁアキは虎ほどの体躯なので、キャットウォークは必要無いかもしれないのだが、これは一応造ってみただけだ。
しかしそのキャットウォークが意外にもアキには高評価で、お礼を込めた毛繕いをしてくれる程には感謝してくれた。俺は猫じゃないので毛繕いは嬉しくなかったが、素直に喜んでくれたのは幸いだったと言える。
そしてそんな部屋を目の当たりにしたハルちゃんとナっちゃんから、そこから矢継ぎ早に怒涛のジェスチャーで要望を盛りに盛った部屋を頼まれ、俺はその通りに部屋を作成した。勿論、彼女達も大満足な様子で、不満な点など一つも無かったようでホッとした。
それで最後となったフユの部屋なのだが、まだ仲間になったばかりで人の生活空間というものにそもそも慣れていないのもあるせいか、終始戸惑っていたので結局は部屋を造るのを一旦中断する事になり、人の生活空間に慣れてからという結果に落ち着いた。
こればっかりはしょうがないし、焦る必要も無いので特に問題はない。これからずっと一緒に生活を共にするのだから、ゆっくり慣れてもらえばいいのだ。
それ故、フユは慣れるまではリビングで、或いは俺の寝室で寝るという話に決まった。直ぐに慣れるだろうから、恐らく一緒に寝るのも一週間くらいのものだろう。