スケルトンが飲食しないとでも?
とうとう三階層へと足を踏み入れた俺は、スキル二つを与えて強くなったハルちゃんを頼もしく思いながら周辺の様子を見渡した。
一階層から二階層に進んだ時と同じで、三階層も特段変わった変化は見られない。強いて違いを言うならば、獣の匂いが強いという事だけだ。
「獣臭ってヤツか、これ?」
ゾンビの臭さとは明らかに違う匂いに若干戸惑いつつ、俺はハルちゃんへと目配せして先を進み始めた。
この三階層の探索が初めてという事もあって、結構緊張している。勿論、三階層の情報は事前に得ているが、それでも自分自身で経験するのと聞くのとでは大きく違うのは最初の探索で嫌という程に理解しており、それはつまり額を切り裂かれた経験は無駄ではなかったという事だ。
何はともあれ、少しの緊張とそれによる力みを実感しながら進んでいると、チャッチャッチャッという犬がフローリングの上を歩いているような音に気付き、俺とハルちゃんは同時に足を止めた。
音は少しずつだが確かに近づいており、俺達の目前にある曲がり角の向こうからその音が響いているのが察せられた。
「準備はいい?」
「……………」
「これまでとは違って、三階層のモンスターが強いって認識で戦うのを忘れちゃ駄目だからね?」
「……………」
俺の言葉に頷くハルちゃんを見て安心した後、視線を曲がり角へと移す。そして『さぁ来い』と、そう強く思いつつ剣を握り締めた。
その次の瞬間だった。俺の声なのか、それとも匂いに気付いたのかは分からないが、足音が明らかに早くなったかと思えば黒い豹と白い豹の二頭が素早い動きで姿を露にし、その速度そのままに此方へと勢いよく飛び掛かって来たのだ。
いきなりの登場と攻撃に俺は少々面食らって身を強張らせてしまうが、これはスケルトンに額を切り裂かれた時と同じだった事が幸いして、直ぐに我に返って半身になる事で噛みつき攻撃から難を逃れる。そして擦れ違い様にそのまま反撃の一撃を、白い豹の横っ腹へと叩き込む事に成功。
「ギァオ!?」
考えて繰り出した攻撃とは違う咄嗟の攻撃だった為か、それ程には効果がなかったようで白豹は苛立たしげな声を上げるだけに終わった。
だが、その一撃で俺の攻撃が本当に終わった訳ではない。白豹の体勢が整う前にもう一度攻撃を繰り出すべく、俺は無意識に剣の切っ先を突き出していた。
素振りの練習では幾度も行ったが、実践では一度もやった事のない突きだった。しかし、意外にもこの突きが見事に白豹の喉へと突き刺さり、白豹は力無く倒れた。
それを見て死んだと確信した俺は、もう一頭の襲撃者である黒豹へと視線を移す。黒豹はハルちゃんとの戦いで手一杯な様子で、此方へは視線すら向けてこない。
ならばこれ幸いと、俺はハルちゃんへと襲い掛かる黒豹の背後へ回り込み、その無防備な尻に向けて横薙ぎに剣を払う。
「フシャァァ!!」
後ろ足のつけねを切り裂いた事で黒豹が俺へと視線を向けた瞬間、その隙を待ってましたと言わんばかりにハルちゃんが上段から勢いよく剣を振り下ろした。
そしてそれが黒豹の後頭部へと打ち込まれ、それによって地面へと倒れたのを見て更にハルちゃんがトドメとなる一撃を放つ事で仕留めてしまった。
その後は一応警戒をそのまま解かずにいたものの、白豹と黒豹の死体が消えた事でホッと胸を撫で下ろし、そこで漸く警戒を解いた。
「フゥゥ………やっぱり掲示板の情報は聞くのと体感するのとでは大きく違うね」
二階層を余裕で探索出来るのなら三階層は問題無いと誰もが掲示板に書いていたが、とてもじゃないがそうとは思えない。かなり注意していないと危険な相手だ。
「ハルちゃんは怪我しなかった?」
「……………」
「そっか、それは良かった。このまま探索を続けられそう?」
「……………」
「オーケー。そんじゃこのまま探索を続けよう。
ただし、もし苦戦するような事があったら直ぐに撤退するからね?」
「……………」
反論は無いらしく、俺の言葉にコクコクと頷くハルちゃん。彼女もこの三階層の危険を身に染みて実感しているようだ。
「もうちょっと頑張ってみるかね。
しっかし、豹………あれが豹?」
倒せたし三階層での探索も続けられそうだが、そもそも他の挑戦者達との認識の違いが大きいような気がしてきた。
何故なら、俺が知っている豹よりも明らかに巨大だったからであり、地球上の豹は決して虎のような大きさではなかった筈だからだ。
それなのに俺とハルちゃんが倒した豹は、二頭共に虎と同等レベルに巨大だった。
俺以外の挑戦者達は、あれを素直に豹だと認識している様子だが、いくらステータスに豹と記されていてもそれを素直に鵜呑みにするのはどうだろうかと思わざるを得ない。
1+1=2と教えられて『はい、そうですか』と素直に納得するような者しか挑戦者として選ばれていないのかもしれないが、それにしたって文句の一つくらいは言いたくなる。
「全然豹じゃないから、体格が全く違うから」
探索を続行する前にどうしても突っ込まずにはおられず、それで言葉にすれば少しだけ気持ちが落ち着いた。無論、ほんの少しだけだが。
「さぁ、行こう」
俺は再びハルちゃんと三階層を探索し始め、それからは危なげなく戦闘を無事に消化していく。ただ倒すだけではなく技術の向上も考えての戦闘をこなすのは非常に疲れるが、それでもこの経験が血肉になっていると考えれば心地好い疲労だ。
足さばき、姿勢、回避、防御、そして攻撃と、色々反省したり試したりの試行錯誤をしながら豹との戦いが八十を越えた時、慣れない豹というモンスターとの戦闘で流石にもう限界近いと判断して帰還を選択した。
しかしながら当然、帰還の間もリポップしたモンスターと遭遇する事になるので、迷宮攻略を始めてから一番の戦闘回数となった。
そうして帰還を果たして俺は、いつも通りにハルちゃんを横にしてパソコンと向き合う。
「さてさて、今日の売却額はおいくらですかな?」
少々のワクワクを胸に、テーブルの上へ無造作に置いていく品々をマウスをクリックして次々と売却していく。戦利品の山が出来たらクリック、また戦利品の山が出来たらクリック、とそんな感じだ。
その作業を何度も繰り返していると、とうとう全ての戦利品をDPへと変換していた。
★★★★★★★★
全部で22640DPとなります。
全て売却してしまって本当に宜しいですか?
★★★★★★★★
確認を求める文にイエスの返答を選択しクリックすると、俺はハルちゃんと小躍りした。
何せ史上最高額だったのだ。豹から入手出来る毛皮が高く、それでこの合計金額となっているのだが、正に至福の時である。
惜しむらくは、毛皮の入手率が低い事。だいたい五体倒して毛皮が一枚手に入るかどうかと言った感じで、もしもう少し入手率が高かったら40000DPは稼げていたかもしれない。
そう思うと悔しいが、しかしそれを悔しがってもどうしようもない。恐らくは神様、或いは神様の部下が入手率を決めているのだろうから、ただの人間でしかない俺が願っても仕方のない事だ。
「まぁ史上最高額なのは間違いないし、これを祝って今日はお酒を買おう!」
「……………」
「え、何々? 自分も飲むって?
ははは、やだなぁハルちゃんはスケルトンだから飲めないでしょ。ってか、飲めないだけじゃなくて食べれもしないじゃん」
ハルちゃんも冗談を言うのかと思い笑っていると、ハルちゃんは大きく首を横に振るった。それはもう首がもげるのではと思う程にだ。
「えっ!? まさかとは思うけど、スケルトンって飲食出来んの?!」
「……………」
「ガチでか?!」
「……………」
「ホントに本当?!」
「……………」
「……知らなかったわ。いや、マジで………」
どうやら、スケルトンは飲食出来るらしいです。ハルちゃんが言うんだから事実なんだと思う。
俺は掲示板にも書かれていない情報を知って、その意外過ぎる事実に暫く呆然としていた。