初めてのテイム
俺が二階層に足を踏み入れてから二週間、迷宮自体の攻略を開始してからは一ヶ月が経過した事になる。
現在、挑戦者達の多くは四階層まで足を踏み入れているらしく、早い者では五階層や六階層、更に早い者は七階層まで進んでいるそうだ。挑戦者達の迷宮攻略は着実に進んでいると言えるだろう。
ただし、俺はまだ二階層どまりとなるので、比較するとかなり遅れている部類だとしか言えず、正直言うと少し悔しい思いもある。
何せ此方は一ヶ月で二階層なのに対して、他の人達は最低でも三階層には進んでいるのだから、その事実に何も思わない訳がない。
しかし、迷宮探索の進捗具合が遅いのは事実であるが、それでも確かな成長を感じているし、一回一回の戦闘時間が明らかに短くなって一日の総戦闘回数は軽く二百を越えるようになっていた。
そのお陰で沢山のDPを稼げているので、拠点の快適さはこの二週間で更に改善している。
ベッドはダブルサイズ、キッチンはガス式、風呂も生前の一般家庭の風呂と大して変わらない物となっていて、トイレの便器も同様だ。
拠点そのものの規模は全く変わらないが、俺の生活空間は非常に改善されたと言っても過言ではない。
そしてそんな事情によりイケイケの俺のレベルはと言えば、現在20レベルへと到達していた。
「二階層での単独戦闘も慣れたし、そろそろ俺もテイムをする時が来たんじゃねぇかなぁ」
直ぐに三階層へと進んでもいいが、三階層に出現するモンスターは豹であり、とても二階層までに出現するゾンビやスケルトンとは素早さが異なる。
その違いは比べるのが烏滸がましいレベルらしく、ならば単独での三階層進出は危険だと判断せざるを得ず、俺はとうとうテイムをするべく準備を始める事にしたのだ。
それでそのテイムに必要なのは、特殊な魔方陣が施された施設であり、それは10000DPで購入が可能である。
当初は、10000DPという値段が馬鹿高いとしか思えなかった。神様は俺達に買わせる気が無いのではと考えた程には高く感じたのは間違いない。
しかし現在では、10000DPなど少し無茶をすれば一日で稼げてしまう。
「フッフッフッ、俺の財力を舐めるなよ」
テイムに不可欠な施設をドヤ顔でポチった後は、掲示板で得た情報通りに経験値均等化のスキルも一緒にポチった。大盤振る舞いである。
これで準備は万端なのだが、そこで少し変わった商品を見つけ俺の興味が移った。
様々な商品が連なる欄を睨むように見詰めるものの、そこにはやはり迷宮扉移動という商品があり、それには何の意味があるのか分からず首を傾げるしかなかった。
「これは一体全体なんざましょ?」
値段は50000DPで、今の俺であっても結構高い値段設定になっている。
簡単に購入する訳にはいかないが、しかし気になるのが本音。余裕が無い訳じゃなし、買おうと思えば買える値段なのが憎らしい。
俺は暫く悩んだものの、また稼げばいいしと思い直し、迷宮扉移動という商品を購入した。
そしてその商品が何なのかは直ぐに分かり、本当に扉をただ移動するだけの為に存在するって事が分かって少々落胆した。
「いや、まぁ……仕方ないか。また稼げばいいだけだしな。
それはそうともう買っちゃったんだし、折角だから使ってみっか」
パソコンのモニターは拠点の図面へと変わり、俺は拠点に玄関を造って迷宮扉をその造ったばかりの玄関へと移す。
「ふむ。どうせだから拠点内部は土禁にするか?」
土禁にするとなれば、内装をフローリングにするか畳張りにするかした方がいいだろう。と言うか、是非ともそうしたい。
裸足で大理石の上をペタペタ歩くのは好ましくないし、されどスリッパを購入して実際にそれを履きながら過ごすのも自分には合わない。
「でもなぁ、フローリングや畳張りにしたら最後だ。流石にDPが底をつく」
俺は他の挑戦者達とは違って、散財したりはしてない。お菓子類は買わないし、酒類も買わず生活している。
別に質素倹約に励んでいる訳ではないが、それでも無駄遣いはしないようにしていたのだ。
しかし、既に大盤振る舞いしている現在を考えると、今日ぐらいは好きにしてもいい気がする。
「ぅん〜……買っちまうか!」
散々悩んだ挙げ句、俺は内装を一新する事に決めてマウスをクリック。拠点の内装は一気に様変わりした。
板張りにした部分もあるし、畳張りにした部分もあって、快適空間が更なる快適さを現実にしている。
「おぉ、畳の香りが!」
まるで花の蜜に誘われる蝶の如く、俺は畳の上に寝転がった。畳の感触や香りは実に久し振りで、心がホッとする。
「あ〜……このまま寝てしまいたい」
悪魔的だ。抗う気持ちがなくなってしまいそうになる程だが、DPが文字通り底をついてしまっているので稼がなきゃならないし、それに何よりテイムをしなけりゃならない。
だからこそ強く自分に言い聞かせて立ち上がると、造ったばかりの玄関に行って扉を開き、その先へと足を進める。
ただし今日は二階層に進むつもりはない。二階層のモンスターは一階層と変わらないし、一階層は単独で行動するモンスターばかりなのでテイムするには一階層が最適だからだ。
そして勿論、テイムするのは臭くないスケルトン一択である。臭くてグロいゾンビなどテイムする訳が無い。
それだと言うのにも関わらず、何故か今日に限ってゾンビばかりが目立ち、しかしDPが底をついている現状では無視する事が出来ずに渋々ゾンビを始末しながら進んだ。
そうしてゾンビを20体は始末した時、漸く見慣れた骸骨が視界に映った。いつもの通りに錆びた銅の剣を持って徘徊している。
「やっとのお出ましだ」
決して殺してはならない。スケルトンは打たれ弱いので、テイムする為に弱らせるのには頭部を剣で攻撃したり脊椎を両断したら駄目だ。
故に、攻撃するなら手や足を狙って剣を打ち込むべきで、そうやって弱らせてからテイムのスキルを発動させなきゃならない。
この一ヶ月間で、スケルトンは4000体ぐらいは倒している。手加減しながら戦うなど余裕のよっちゃんだ。
「さぁ、掛かって来いよ」
敢えてゆっくりとした足並みでスケルトンへと接近し、此方に気付いたスケルトンに先制攻撃をさせる。
スケルトンは上段からの振り下ろしを選択したようだが、俺はそれを察して剣で受け止めると、その状態のままで足払いを放つ。
ゾンビは腐っていても肉があるので、その肉体は重い。しかし、スケルトンは肉が皆無なので非常に身体が軽い。
スケルトンのその短所故に、俺の足払いは素人のものであっても非常に効果的で、簡単に地面へと転がす事に成功した。
「よし!」
安全に手足を狙って攻撃するには最適の条件を確保すると、俺はスケルトンの足を狙って剣を振り下ろし、両足の膝関節から両断する。
次いで、立てなくなったスケルトンはそのまま剣を振り回す事を経験上知っているので、油断無く剣を持つ腕を破壊した。
これで準備完了だ。スケルトンは何も出来やしない。
「よっしゃ! 捕縛!!」
コイツを仲間にするんだと強く念じながら、俺はスケルトンに触れつつテイムスキルを発動させるキーワードを叫んだ。
すると突如スケルトンの身体全体が発光し、しかしそうかと思えば次の瞬間には消え去ってしまった。
その現象に戸惑いながら、周囲を見回してみるもののやはりスケルトンの姿は無い。
「成功したの、これ?」
イマイチ成否が分かりづらいが、仮に成功したとするなら拠点の魔方陣がある部屋に転移している筈だ。少し疑わしいが、これは戻って確かめるしかない。
「達成感が感じられないな。何かこう……感覚的に分かるもんだと思ってたんだが」
何も実感が得られない事で、俺は終始首を傾げながら拠点へと戻った。
すると魔方陣の真ん中で『いかにも魔王の僕です』とでも表現すべきスケルトンが偉そうに鎮座していた。