悲劇のヒロイン
充分に肉体的な疲労と精神的な疲労の二つを癒した俺達は、準備を万端に整えてから拠点を出発した。皆の表情が以前までの自分達とは違うのだと言わんばかりで、自信に溢れる足取りでの出発だった。それこそ道中で超越者に遭遇しようとも、逃げも隠れもせずに戦ってやると言いたげな様子で、それは俺も同じである。
そうして出発した俺達の移動速度は、客観的に見れば異常そのもの。目的地のエルフ国まで以前なら一ヶ月と半分を要する道程だったが、今の俺達なら半月の期間で辿り着ける程だ。
その異常な速度を可能とした要因は、勿論個体レベルにある。個体レベルが上昇すれば、当然ながら身体能力もそれに比例して上昇し、今の俺達のスタミナは狼にも勝るだろう。そして全力で地上を駆けた場合、その時はチーターを上回る速度で地上を駆け抜ける事も可能。
正に正真正銘の超越者。そう、俺達も超越者の仲間入りを果たしたと言っても過言ではないのだ。それ程に個体レベルを上げる事に成功したのだから、それ故に自信を溢れさせんばかりに堂々としていられるのである。
これまでの俺達は、超越者の存在にビクビクしながら街道を移動していたが、今やそれ程に臆しながら進む道理など無い。無論、無駄に目立つような事は決してしないが、それでもビクビクとしつつ道の端を進むような惨めな思いはしなくてもいいのだ。
それが何よりも心地いい。世界がこれまでとは違った色合いで見えるようにすら感じる。全能感を感じていると言ってもいいだろう。
若干だけ自惚れているのではと感じる部分もあるが、今だけはこの感覚に酔いしれていたい。そう実感する程には自身の成長を確かに感じていた。
ともあれ、そうやって無事にエルフ国へと辿り着いた俺達は、純潔種制度を保つ為の長老が居る町をミオンに案内され進む。場所はエルフ国に入って一番最初に目にする大きな町であり、その町の名は統治する長老の家名と同じメベル。
だが、この町を統治するメベルさんとやらはマトモな長老であり、純潔種制度を私利私欲に使う事なく維持している者になる。なので当然、メベルさんを襲うつもりなど微塵も無い。
ならば何故そんな町に来たのかと言うと、暫く故郷を離れていたミオンが昔との情報の齟齬があるか無いかを調べる為であり、そうであるが故に町に潜入して町人達の話を盗み聞きしているという訳なのだ。
それで暫く町中を歩き続けた結果、集めた情報を一つに纏めたら意外な事実が判明した。ミオンの事がメベル町で大きな噂となっていたのだ。
「悲劇のヒロインって感じだね」
「その悲劇のヒロインである張本人は、個体レベルと貴重なスキルの数々を得て有頂天になって此処に居るがな」
超越者と呼ばれる程に強い武を身に付けたミオンを、私利私欲で利用しようとする長老達に嫁として強制使命された事を可哀想だとか何だとか噂している人達で溢れていたそうで、その噂の感想を俺が端的に口にしたらヘルが鼻を鳴らしながら言ってのけた。
しかしその言葉通りで、とても今のミオンに悲劇のヒロインという感じは一切しない。嘗ての個体レベルを越え、貴重なスキルの数々を得た彼女はテイム以前の強さを有しており、今やその絶大な暴力に有頂天だったりするのだ。その強さは本当に凄まじく、スキルレベルがまだ俺達の仲では一番低いのに、その状態で既に俺達の中では最強になってしまっている。
これはやはり、これまで身に付けた戦術や数々の苦難によって鍛えられたミオンと俺達の違いであるのは間違いない。戦術に関しての引き出しの多さや、その場その場の単純な判断の違いが圧倒的に違うのだから、日々彼女から学ぶ事が多いので嫌になる程にその辺りは実感している。
「しっかし、私が死んだ事になってるのには心底ムカついたぞ。私が世を儚んで自決するなどと、そんなか弱い存在だと思われていたのが我慢ならないね。世間から超越者と呼ばれる程になった私を何だと思ってんだ」
憤慨するミオンの言葉通りで、どうやらミオンはエルフ国の間では死んだ事になっているらしい。おかしな話だ。
しかし、それにも頷ける理由があったりする。何故なら、ミオンが世の中から姿を消して九ヶ月近くなるからだ。少なくとも、俺がミオンをテイムしてから九ヶ月という意味であり、彼女が自分の意思で地底国に行って武者修行していた期間も考慮するなら、一年を越える長期間を世の中から姿を消していた事になる。
そうである以上、ミオンが純潔種制度を恨みながら自決したという噂が出回っても変な話ではないのだ。いや、かなりあり得る話だと誰もが思うだろう。
だが勿論、ミオンの性格を知っている者からしたら疑問が多く存在する噂にしか過ぎないだろうが、ミオンの事を噂でしか知らない者からしたらあり得る話だと言える訳だ。
「まぁミオンからしたら憤慨ものだろうけどさ、でも好都合じゃない?」
「私が腑抜け扱いされて良かったと? そんな訳ねぇだろ!」
「いやいや、そうじゃなくて、ミオンの噂が真実かどうかを審議する為の会議が開かれる事が好都合って意味だよ。会議が開かれるのは一ヶ月後。しかも、大都市とか王都が会議場所じゃなくて、どっかの寂れた村なんでしょ?」
「あ〜……そういう意味か。いや、でも腹が立つのは同じだぞ。私の名誉はどうなる? このまま腑抜けのミオンって扱いのままなのは変わんねぇじゃねぇか」
世を儚んで自殺する事が腑抜けだと感じるミオンの感性はこの際置いておくとして、長老達が寂れた村に集結するというのは俺達にとって好都合なのだというのは間違いない。襲撃する側からすると、騎士とか冒険者とか戦える人員が多く存在する場所で襲撃を仕掛けるよりも難易度が明らかに違うからだ。
それに、出来るなら被害を小さくしたいと思う俺達にとって、長老をピンポイントに襲撃出来るのならその方が何よりも有り難い。こういう時は尚更思うのだが、姿を見られたり声を聞かれたりしただけで敵認定されるこの呪いにも似たシステムが憎くて仕方がない。俺だって好き好んで善人を殺したくないし、それはパーティーメンバー達も同様の気持ちなのだから、出来るなら悪人だけと戦える状況が好ましいのだ。
「ミオンの名誉は欲に落ちた長老を排除する事で世間が知るところになる訳だから、それで挽回出来るじゃん」
「まぁ、そう言われるとそうだな。襲撃の際に殊更自分の名前を連呼しながら長老をぶっ殺せば、それが噂となって広がるだろうし」
「でしょ? だから問題無いって」
終始不機嫌そうなミオンを言葉巧みに宥め賺し、俺は肝心な会議が開かれる場所が何処なのかを問う。その質問自体に変なところは無かったのだが、しかし問われた側のミオンの表情は渋かった。
それに首を傾げる俺を見て、ミオンは更に表情を渋くする。
「その苦虫を口一杯にしたかのような表情は何? 何か嫌な事でもあるの?」
「……村の名前は、スズ村。青銅を造るのに必要な錫が採取出来る事からそう呼ばれるようになった村だ」
「それで?」
「それでってのは何だ?」
「いや、その渋い表情との関係は?」
「チッ………私の生まれ育った村だ」
苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた理由が理解出来た。襲撃するとなれば、当然戦闘になる訳で、そうなると俺達の容姿を見られる事になる。すると俺達の容姿を見た人達は全員が敵認定してくるのは間違いなく、それはつまりミオンの親族ですらが敵となってしまうという訳だ。
その諸々の未来を想像するなら、確かに表情も渋くなって然るべき。誰が好き好んで親族と殺し合いをしたいなどと思うだろうか。
しかし、そう思う俺の予想とは全く違っていたようで、ミオンは盛大に大きく溜め息を吐くと渋面を浮かべていた理由を説明し始める。
「私の親父が鬱陶しいんだよなぁ、マジで心底しつこいくらいに鬱陶しいんだよ」
「ぅん? もしかしたら敵対関係になっちゃうかもしれないから心苦しいとかじゃなくて?」
「いや、その懸念も確かにあるんだよ。お袋や兄貴とは戦いたくねぇし、そもそも戦うタイプの人達じゃねぇから尚更に戦いたくはない。でもな、親父は戦うタイプの人種で、何より鬱陶しいんだよ。だから村には戻りたくねぇんだ」
「あ〜、つまりミオンのお父さんはそこそこの強者って事? だから敵に回したくはないと?」
「いや、そうじゃない。親父の強さは………そうだな、レベルにするなら100とかじゃねぇかな? まだレベルに関して慣れてねぇからはっきりとは分かんねぇけど、多分そんな感じだと思う。ガキの頃は全く歯が立たなかったが、今なら私の余裕勝ちさ」
「それじゃあ最悪敵対したとしても、怪我させないように手加減して気絶させるくらいの事は余裕で出来るから問題無いんじゃない?」
状況によるかもしれないが、ミオンの知人や親族と敵対したとしても全力で手を抜いてあしらうつもりだ。それは俺だけの考えじゃなくメンバー全員がそうで、それ故に俺の言葉に全員が頷いてみせた。
しかし、ミオンの表情はそれでも晴れない。未だに苦虫を口にしたかのような渋面であった。
「親父以外だったら確かに余裕であしらえると思うんだが………」
「レベルが100相当なら、俺達にとっては余裕じゃん。何をそんなに危惧してんの?」
「いや、危惧してるっつう訳じゃねぇ。ただな、親父は異常に打たれ強いんだよ。それこそ異常な次元で」
「はぁ? それはお父さんのレベルが100じゃなくて、200とか300とかあるからじゃないの?」
「違う違う。身体能力から言って、レベルが100相当だっていうのは恐らく間違ってねぇと思う。だけど、打たれ強さだけは異常なんだよ。鬱陶しいと思えるくらいには倒れねぇんだ。だから村に居た時には親父に勝てなかったんだ。身体能力が明らかに私が上回っていた以前でもな。
そんな訳で、もし親父が敵となったら殺すのは簡単でも手加減してあしらうのが難しいと思うんだ。どんだけ手加減すりゃいいのかとかの匙加減がサッパリな訳」
何だそりゃと言いたくなる理由だが、ミオンの話を聞いていてピンとくるものがあった。それは勿論、スキルだ。確か頑強さを上げるスキルがあった筈で、ミオンの話からすると気絶無効とかって感じの効果がありそうだから、それを考慮すると90000000DPもするスキルが条件に思い当たる。
つまり、超越者のミオンの父親は、その超高級スキルを生まれながらに持つ恵まれた者なのだろう。蛙の子は蛙、とよく言われるが、超越者の親もまさしくそうなのだろうと染々思った。
それは皆が同じで、ミオンを見る目に親が親だから子もこうなるんだなと、そう言いたげな色合いが深くメンバー全員の目に見て取れた。




