9.変わらない命の重さ
「どうじゃった、今回の救助活動」
「……物凄く勉強になったと思う」
太助は疲れた体ではあったが、文句ひとつ言わず報告のため女神ルミテスの前で報告をした。
「ま、座れ」
「はい」
真摯に席に着く太助にルミテスはちょっと驚いた。
「妙じゃの? いつもの軽口はどうした」
「……今回、救えず死なせてしまった命が二十、ありました。もう少し救助が早ければと悔やまれます」
「……たかがネズミ、とは思わなんだか?」
「いいえ!」
太助ははっきりと返事した。今なら言える。あれは救助できなかったことを反省すべきだと。
「……よし。この世界ではの、様々な種族が精いっぱい、生きておる。人間だけ助ければ良いと言うわけではない。すべての命を平等に、公平に、優劣なく救うのじゃ。それをこの救助隊の掟と心得る事が出来たであろうの」
「はい」
「うん、いい顔じゃ。これからもその調子で頼む」
そしてルミテスはペンをとりメモに手をのせた。
「意見を聞こう。何でもよいぞ」
「まず今回はネズミが小さかったから俺でも複数同時に救助ができた。だが今後人災があれば人間大の大きさの種族は、やはり一人ずつしか救助できない。やっぱりメンバーは欲しいね」
「うむ……。今一番てこずっているところだの。なにしろ人間より大きい種族もこの世界にはいるからのうー」
「うえ、そんなの俺運べないよ……。困ったな」
「まあしばらくは様子見じゃ。おぬし、使えそうな人間がおればスカウトしてきてもよいのだぞ?」
「ホント! やるやる!」
悩みだった人員不足、それも太助の責任になってしまったが、今はそれでもありがたい。
「で、道具については?」
しばし太助は考える。
「今回必要だと思ったのはポンプ。水を汲みだすポンプとホースかな」
「うむ、おぬしがいつも使っておる『放水くん』を応用してそれは調達できると思うぞ。早速取り掛かろう」
「頼むわ」
次、今日はネズミだったが、あれが人間だったらどうすべきか。
「今回スコップで間に合ったが、水害時には大量の土砂を動かせる重機もあるといい。土手を作ったり、増水で決壊した堤防なんかを埋められるぐらい」
「……注文が厳しいのう。おぬしの世界にはそんなものもあったのかの」
「パワーショベルとかローダーとかなんだかんだ。土木作業員と共同で復旧作業とか普通だよ。一応気が付いたことはなんでも言いたい」
「それは歓迎じゃ。今ここで遠慮されてもしょうがないからのう」
「あと、無い物ねだりかもしれないが、やはり医者が要る。現場で救急治療できるような。消防と救急は1セットだ。どちらも消防署には欠かせない。医者の元にすぐ搬送できる体制でもいい」
「この世界でも医者はおる。だが、おぬしが考えるような医者ではない。一軒一軒家を回って患者を診るような医師が大半じゃ。病院が建っておるなんてのはよほどの大都市に限られる。また、魔法が盛んな国ではそういった仕事をしておるのは治療師だの」
「治療師?」
「ああ、魔法でけがや病気を治すのじゃ」
「……すげえな。ってあんた女神様だよな。そういうのできないの?」
ルミテスはふーっとため息して首を横に振る。
「神様が治すのでは人間の医療が発達しないであろう。今の治療師頼りの世界もわちはいいとは思っておらぬ。恐ろしくいいカネ取るしの。医術は、医術を学んだ人間ならだれでもそれを使えるようにするのが本道であろう。今の魔法の資質がある者だけが治療ができるのでは話にならんのじゃ。ま、これはこの世界の人間の課題だがの」
それアンタがなんとかしてやってよとも太助は思うが、まあ言われてみればその通りである。しかし治療師という人材がいるのならぜひメンバーには欲しい。
今回はネズミの医者ががんばってくれた。
あの救助活動は、なにもかもが人間に水害が起こった場合のミニチュア版、と言っていい。ネズミ相手なら自分一人でできたことも、人間相手なら大規模な集団作業になる。今回の災害、学ぶ点は多かった。
「まあどうにもならぬのであればパレスにまで連れてくるのじゃ。なんとかしてやろうの」
「ホントか!」
そうは言ってもルミテスに任せて大丈夫なのか? いや、一応女神さんだよなと一抹の不安を抱えつつ、それでも太助はルミテスに頼むことも考えておくことにした。
一晩休みをとれたが、それでもパレスはこの地球、リウルスを一日に四周している。全世界の面倒を見るんだから毎日仕事になる。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!!
非常ベルが鳴り響き、太助は飛び起きた! すぐさまオレンジの作業服を着こみ、指令室に飛び込む。
「デスバレーで火事じゃ」
なんだか怪しい地名だ。もちろん異世界言語だから元は違うのだろうが、そこら辺の仕組みは太助にはいまだによくわからない。
「普通に火事か?」
「まあそうじゃが、規模が違う。村全体が火事だのう」
スクリーンに深夜のしょぼい寒村が映し出されるが、既に村の半分を超える家屋に火が移って延焼中だ。この空撮はカラスだろうか。カアカアと不気味な声も聞こえる。
「ひゃああああああ! こりゃ大変だ!」
「あと5分でパレスが上空に到達するのでの。あとはドラちゃんで急行せよ」
「了解だ……しかしどこから手を付ける?」
「外周から順に消火していくしかあるまい」
「手が足りねえよ!」
「地元の連中にも手を借りろ。『放水くん』を五本持たせる」
「わかった。あてになるかねえ……」
急いで防火服、面体、いつものフル装備にホースレス消火ノズルの放水くんを五本ベルトで担ぎ、背負う。
すでに庭園にはシルバーワイバーンのドラちゃんが待機している。それに飛び乗って、安全ベルトを締め、「出動!」と叫ぶ。
ドラちゃんは銀色の翼を大きく羽ばたかせて、上空に舞い上がると、急降下を始めた。
眼下の、なぜか強固な大きな塀に周囲を囲まれたその監獄のような村は、もう半分が火に覆われていた。これは一刻を争う。これから火に覆われるであろう風下に指示をして太助とドラちゃんは舞い降りる。
「うっぎゃあああああああああああああああ!」
いつものように火事場に降り立った太助は絶叫した。
うぐぉおおおううぅぅ……。うぁああぁぁああ……。
見渡す限り、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、白骨、骸骨、ゾンビ、ゾンビ……。
手を前に出して、ふらふらと、太助に向って歩いてくる……。
「ゾンビ村ぁああああああ!?」
それはゲームや映画で見たゾンビたちそのまんまの、地獄のような世界だった。
次回「10.死霊の町を消火せよ!」