82.隕石を爆破せよ! 最終回「しばしのお別れ」
船は最高速度で、明るい穏やかな海を順調に進んでいた。
意外なことに狼男のジョンが船に詳しく、帆を張る作業をやってくれたのである。
「南極行くとき覚えた」と言う。そういえば極地探検隊は南極沿岸までは帆船で航行していた。召使いでなんでもやっていたジョンは、船員としても経験が豊かだった。
通常の帆船の航行速度は風にもよるが、10ノット程度。
放水推進器を備えた「ヒューストン号」は、放水と帆を合わせて、20ノット(37キロメートル毎時)を出していた。
今、操舵輪を握っているのはジョン。二十四時間航行をしているが、交代で、操舵手のマリーは一休みといったところである。
「で、ルミテス様はこれからどうなさるのですか?」
甲板では、ルミテスとマリー、ハッコツがテーブルでお茶していた。
「救助隊の仕事は当分なしじゃ。今救助隊基地はこの『ヒューストン』だが、これでは世界中どこにでも駆け付けるというわけにはいかん。せいぜい通りがかった難破船の救助がやっとじゃろ」
「お休みなさるのですかな?」
なぜかこの席にハッコツはお茶を嗜むわけでも菓子を嗜むわけでもないのだが、ルミテスにしてみればベルを除いて、一番話が通じる常識人ということになるだろうか。真面目な話をするときは呼ばれることがたまにあった。
「せっかくこんな大きな船を買ったのじゃ、海運業でもやろうかと思っている」
「船便ですか!」
「そうじゃ、荷物を運んだり、客を運んだりな。それぐらいの大きさは十分あるし、おかげさまで他の船とは性能が段違いじゃ。とりあえず当面の金は稼げるじゃろ。おぬしらも養わねばなるまいし、今できる金儲けはそれぐらいじゃ」
「はー……。そういうことでしたら、協力いたしますがな」
ハッコツは本当になんでもやる。太助以上かもしれない。
「やっぱり、パレスが無いとなんにもできませんのね……」
「そうじゃの。だから一仕事済んだら、神界に事の詳細を報告して、新しいパレスをもらえるように申請しようと思うのじゃ!」
「新しいパレスですの!」
ルミテス、にやり。
「ありあわせの装備で、星を滅ぼしかねない隕石を叩き落した。これは天界にとっても大ニュースじゃ。一番の話題になるじゃろ。そうすれば、案外申請も簡単に通るかもしれん」
「そりゃいいニュースですな。太助殿も喜ぶでしょうし」
ハッコツがケタケタ笑う。
「あのパレスももう築千年。改装を重ねてきたが、いいかげん老朽化しとったし、ここらが潮時じゃろう。もう十分元は取ったはずじゃ」
「減価償却というやつですな」
「わけのわからんことを知っておるのおハッコツは。ま、それにしてもじゃ、申請が通っても一年……。二年ぐらいはかかるかもしれん。パレスの新造にはそれなりに時間がかかるしの」
「どうせなら最新の装備があるやつにしたいですな!」
「ほう、どんなのじゃ?」
「太助殿がいつも言っておったんです。その、まず世界中どこにでも一時間以内に駆け付けられる超高速飛行機が一号!」
「ドラちゃんでなんの不満があるのじゃあの男は」
「どんな重い救助機材も抱えて世界中どこにでも運んでいける超大型輸送機の二号!」
「……グリンでいいじゃろ。怪しくなってきたのう」
「太陽系の中だったらどこにだって飛んでいける宇宙船の三号……」
「それは無理じゃろ」
「どんな深い海にも潜れる水中作業用潜水艦の四号」
「潜水服で十分じゃ。贅沢言うでない」
「世界中どこからでも災害を探し出してキャッチする五号!」
「それをやっておるのがパレスじゃ!」
「……太助さんもイメージが貧困ですのね」
マリーがあきれたように言う。
「そういえば太助は脱出ポッドに勝手に『三号』と名付けておったな」
紅茶を飲みほしたルミテスのカップに、ハッコツがポットのお茶を注ぐ。
なんでもそつなくこなせるハッコツである。
「みんなどうしたい? わちは新しいパレスが手に入ったら、またみんなには戻ってきて働いてほしい。一年後か、二年後か……。その時は連絡する。また救助家業をやりたいのじゃ。わちらの活動は神界でも注目されている。神が民へできる新しいご加護の形じゃとな」
「ぜひっ、呼んでください! いえ! おそばにいたいです。このまま船で働かせてくださいませ!」
「私も、このままこの船で働きたいですな。一年でも、二年でも」
「ありがとう。ジョンもそう言ってくれたわ。ベルも、グリンもな。グリンは飽きるまでじゃが」
「ふふっ」
「ケタケタケタ!」
ぽよんぽよんぽよん。スラちゃんも寄ってきた。
「スラちゃんもここにおるかの?」
ぽよん。スラちゃんが飛び跳ねた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~~~~!
船の非常ベルが鳴った。
「ビーコンをキャッチしました! ビーコンをキャッチしました! 全員、救出準備お願いします!」
ベルの船内放送が響く。
「見つかったか!」
全員、船首に集合する。ぐるぐる回っていたパラボラアンテナが南南西を向いて止まっている。
「ドラちゃん、これからも、ずっと手伝ってくれるかの?」
甲板で待機していたドラちゃんが振り向く。
「捜索じゃ! ドラちゃん!」
ドラちゃんはちょっとうなずいて、大きく翼を羽ばたかせ、南南西の空に舞い上がった。
マリーが操舵室に駆け上がり、ジョンとバトンタッチする。
「南南西に航路を取ってください! 推定距離20キロメートル!」
「無線は入ったのかの?」
眠そうなグリンさんも操舵室に上がってきてベルに聞いた。
「まだ雑音がひどくて……音声は……」
空を見上げると、今も明るい昼間なのに流星が降り続け、強烈な電波障害が発生していた。この世界電波を使っているのはまだヒューストンだけだったから、そのことを知っていた人類は他にはいなかったが。
「誰かヘレスを起こしてこい! いつまで寝とるんじゃ!」
ハッコツが、心配のあまり倒れて船内ベッドで泣き寝入りしていたヘレスを甲板まで連れてきた。
一度は甲板にへたり込んだヘレスだが、自分の足で立って、舳先へ歩き出す。
船は南南西に向って全速前進。
「見えますかな?」
ハッコツは、双眼鏡を渡そうとして……やめた。
ヘッドレスのヘレスには目が無い。感覚で回りを見ている。
そのヘレスが、手すりから身を乗り出して、海の上を指さした。
ハッコツもその方向を見る。
操舵室のルミテスもその指の先の海を見た。
マリーはそのヘレスが指さす先に、操舵輪を回してヒューストンの舳先を向けた。
ジョンはマストに登って、停止に備え、帆を畳みだす。
ハッコツもマストに登って、帆を畳むのを手伝おうとしていた。
グリンはデッキに駆け下りて、そのまま海に飛び込んだ。
「見えましたわ!」
マリーが叫ぶ。
その先には、バルーンに包まれて、赤い脱出ポッドが海の上に浮かんでいた。
波に揺られ、海面がキラキラと光で反射する中、ポッドのハッチが開いて、立ち上がった男がシルエットになって手を振っていた。
ヘレスも手を振り返す。ヒューストンの舳先で。
その上空では、ドラちゃんが銀色の体を輝かせて、旋回していた。
海面では、尾びれを振り下ろして水しぶきを上げ、巨大な緑のクジラがお先に! とばかりに泳いでゆく。
「やっぱりな。あいつが死ぬわけないからのう」
ルミテスはにやり、笑った。
「太助様、また一緒にやってくれるかしら?」
マリーも笑う。
「これで懲りたりしないじゃろ……。あいつだったらの」
ヒューストンは、ゆっくりと速度を落として、脱出ポッドに近づいて行った。
――――こちら異世界救助隊! END――――
最後まで読んでくれてありがとうございました。
久々の長期連載となりました。1~2話読み切りエピソードの連載、という形をとり、思いつくたびにエピソードを書き加えるという形で最初のアイデアから完成まで三年もかかった作品でした。
冒頭部分十数話と最終回が先にできて、間にエピソードをどんどん加えてゆくやりかたで、本当にネタがなくなって書けなくなるまでやりましたね。
PV数が全く上下せず、最初から読んでくれていた人たちがそのまま読み続けてくれたことが嬉しくもあり、また非常に読者層を選ぶ作品だったことがよく分かった気がします。
最後まで読んで面白かったなら、ぜひポイントでご評価をお願いしたいと思います。またひとつ無事に作品を完結させることができてお礼を申し上げます。
 




