8.洪水から街を救え!
パレスが急行したのは荒涼とした荒れ地で一部砂漠化している地帯。
だが天候は悪く、大雨が降った後で一面が泥沼化していた。
「この村じゃ」
「うへえ……」
指令室のパネルには、既に大小の建物が増水した河川からの浸水で、半分近く水に浸っている様子が映し出された。
「さ、行け!」
「しゃーねーな! 大したことはできんかもしれんけど、とりあえずわかったよ!!」
全身カッパ、長靴といった防水装備にスコップを背負った太助、シルバーワイバーンのドラちゃんの背中の鞍に乗って空中に飛び出した!
「救助活動にスコップだけって……、ルミテス様あんまりですうううう!」
鞍には要望どおり安全ベルトが増設されていて、それを腰と体に巻き付けてロックする。これでドラちゃんが宙返りしても落ちることはなさそうだ。
「ドラちゃん! ドラちゃんてホバリングできる?!」
猛烈な急降下でただ重力加速度に任せ、垂直に落ちているだけの姿勢はさながらハヤブサのごとく。時速300キロを越えてそうだが、そんな途中でもドラちゃんがちょっと振り返って、ホバリングってなんだという顔をする。
「羽根だけバタバタ羽ばたいて、空中の一点に停止すること!」
目を鋭くして面倒くさい、という顔をするドラちゃん。
「……それができると救助の幅がすげえ広がるんだけどな!」
ものすごいスピードで水難にあっている街が迫る。ドラちゃんは羽根をドバっと広げて急減速。
太助は振り落とされそうになり死に物狂いで鞍に縋りつく。
そしてぶわっさぶわっさと羽ばたいて、緩やかに泥濘地に着地する。
「えええええええ!!」
そりゃあもう驚いた。要救助の街並は、どれも太助より背が低かった。さながら特撮映画のミニチュアセットのようである。一番高い建物でも、太助の腰ぐらいか。まだ黒い雲から小雨が絶え間なく降っていた。
街を見回して、「なんだか俺ってガンダムみたい……」と思いながらも太助は救助活動を開始する。建物は日干しレンガを積んだ、土色のかたまりに見えた。
よく見ると、どの建物の上でも、ネズミがわんさか寄り添って震えていた。
ネズミとは言っても、なぜかちゃんと服を着て身なりも良いし二本足で立っている。ハムスターみたいに色も毛並みもいろいろだ。
「ネズミの村かよ! チュート族ってネズミかよ! そんなもんまであるのかよ異世界!」
一番高い建物の二倍は背の高さがある太助、まず街を隅から隅まで見回す。
横を流れる川が増水している。水位から見て当分水が引くことはなさそうだ。
まず屋根に避難しているネズミたちに手を振り、長靴を脛あたりまで泥水にじゃぶじゃぶやりながら近づこうとしたが、そこに流れる泥水にアップアップしながらネズミが流れて来た。
そっちが先だとばかりにあわててそのネズミをすくい上げる。
びしょ濡れになってぐったりしたネズミ、早く手当てが必要だが、さすがにネズミの救急措置は太助には無理だ。
見ると大きな建物があり、そこの屋上には白衣を着たネズミたちと寝かされた患者たちらしいネズミが右往左往していた。
「医者がいるのか! 病院みたいなもんか? だったらまかせていいか?」
ネズミたちにしてみれば、水害で散々なことになっている街に、いきなり太助という巨大モンスターが現れたようなもので全員、ガクブルと腰を抜かしてへたり込んでいる奴らばかり。
太助は建物を壊さないように、水で増水した街路をじゃぶじゃぶと長靴で水を掻き分けながら小さな町を歩き、ぐったりした要救助者を屋上にそっと置いた。
腰は抜かしていてもやっぱり医者。白衣のネズミがずぶぬれの倒れたネズミに集まってきて必死に蘇生作業を始めた。
それを見て頷いた太助は、他にも溺れているネズミがいないか街中を見回って、十数匹を回収し、救助者をその屋上に連れていった。
次に各建物の水没しそうな家屋の屋根の上に固まって震えているネズミたちを次々に手のひらに載せて、街一番の大きな建物の屋上に移動させる。もちろん今にも沈み、崩れそうな家屋を優先する。日干しレンガの建物は、水にぬれるとまさに泥船のように崩れるわけだ。まだ浸水していない場所に逃がしたほうがいいだろう。
そうしている間もひっきりなしにネズミが水に流されてくるので、それも片っ端からすくって医師のもとに一時避難させた。
集めた建物の上は混み始めてこれ以上の被災者の収容は難しくなってきている。
太助は他に避難民や他の負傷者を集めた別の大きな建物を指さし、数匹の白衣のネズミたちに手を差し伸べた。
一匹の白衣のネズミが頷いて、意を決したように、診療鞄を持って太助の手のひらに乗ってきた。太助が街を襲うモンスターではなく、自分たちの味方であると理解してくれたようだ。
怖くてガクブルなその勇気ある医者のネズミを、そっと慎重に、その大きな建物の上にもっていって、屋上の上に放してやる。
ネズミは太助の手のひらから駆け出して屋上に降り、すぐにそこの要救助者の治療に回る。
「こんなちっさいネズミ族と言えども、ちゃんと社会があって、助け合って生きてるんだなあ……」と太助は胸に来るものがあった。
太助の救助活動は終わらない。
その後も、元気そうなネズミたちについては、まだ水が来ていない丘陵地にどんどん移動させて放してやる。
少し暗くなって、小雨が止んだ。
上空を見上げると、巨大な影が空中に浮いている。
どうやらパレスが町全体を覆う巨大な傘になってくれたようだ。
太助は無線越しにルミテスに「女神さん、こいつらが食えるような食料ある? あと水!」と救援物資の要請をした。
「すぐ届けるでの、しばし待て!」
返事が来て少し一安心だ。
ネズミ族たちの救助が一通り終わって、安全が確認できたところで、太助は川に近づいて水が漏れているところをスコップでどんどん埋め直した。
川の水位が下がってきている。とにかくまずは街に水がこれ以上流入しないように、スコップで土を盛って簡易的な堤防を作る。30メートルも土を盛ると、このミニチュアの町を守れるぐらいの大きさに作ることができた。
「水をどんどん汲みだすポンプが欲しいよ。あと排水ホース」
「うむ、それも今後必要じゃの。考えておかねば」
「それと、要救助者の救命胴衣。溺れないようになにか浮かせるもの」
「そんなちっこいものまで用意できんわ! おぬしががんばれ」
「でもネズミってけっこう下水を泳いでいたりするもんだけどな……。この世界のネズミって泳げないのか?」
「砂漠のネズミにそれを期待するでない」
「はいはい。手桶も持ってきて!」
簡易な堤防を作り終わった太助の元に、ドラちゃんが飛んできた。
背中には救援物資を乗せたドラちゃんと、ベルが乗っている。
「はいー、おやつですよ」
ヒマワリの種が入った20キログラムのクラフト紙の袋、水の瓶、皿が多数、それに太助の昼食の入ったバスケットに、長柄のついたひしゃく。
「……手作業でやるしかないよな。ポンプ欲しい……」
「そんな重機はすぐには用意できませんよ。救助用機材はまだまだ手探りな状態です。これからだんだんそろえていきますからあ!」とベルが文句を言う。
「ポンプが重機かね……。それぐらいすぐ用意しろよ!」
「この子達にしてみれば重機ですって」
「はいはい、今後に期待してますよ」
太助は集めたネズミたちの所に行って、皿を二枚置き、それぞれにヒマワリの種を一掴みずつ盛って、もう一つの皿には瓶から水を流し込んだ。
被災地には保存のきく食料、それに何より調達が難しい清潔な水が必須だ。
ネズミたちがわーっと皿の周りに取り付いて、夢中になって飲み食いしている。
それを配り終わった太助は、泥水に沈んだ街からひしゃくで浸水をすくい上げ、即席の堤防の横に流れる川にどんどん投げ込んだ。
水をすくい上げながら街を回って建物を一つ一つ調べると、食糧の倉庫らしい建物を見つけた。ネズミたちの穀物貯蔵庫らしい。
「よいしょおおお!」
太助はその建物を壊さないように慎重に両手で持ち上げ、すでに水が引いている高い位置の場所まで移動する。早く水から揚げないとこいつらの食糧が腐ってしまう。
それを見たネズミたちがチューチューと街のあちこちを指さすので、その段ボール箱大の建物もみんな移動してやった。倉庫は日干しレンガではなく木造なので、さながら木箱を動かすようなものである。
寒くて震えているネズミたちもいるので、山から小枝を集めてきてあちこちに小さい焚火も作った。ネズミにしてみれば山火事に等しいが、それでも遠くから距離を取ってネズミたちが服を乾かしたり、子供たちを火にあたらせたりと暖を取るのに役立ってはいるようだ。
太助は最終的には自分の昼飯が入っていたバスケットを使って、各建物に集めていたネズミたちを病院の屋上の連中も含めて、全員水の来ない場所まで運んでやった。
これらの一通りの救援活動には丸一日かかった……。
川の水の水位も下がり、一部土手を崩して街の水を川に流して排水する。
残念ながら、水が引くとネズミの水死体を十数匹、見ることになってしまった。
それを丁寧にすくい上げ、丘の上の避難したネズミたちの側に横たわらせてやる。
ネズミの死体に取りすがってチューチューと泣く家族らしいネズミたちの姿が太助の涙を誘った。
「こんな小さい奴らでも、家族がいて、みんな一生懸命生きているんだな……」
最初は「ネズミかよ!」とバカにしてうんざりしたことを反省した。そしてこの異世界で、どんな小さな命でも、どんな生き物たちだろうと、差別なく公平に救助していくことを太助は改めて心に誓うことになった。
まだネズミの街は泥だらけだが、水は完全に引いたし、夕暮れの街にようやく太陽の光が差して、厚い雲が遠くに去っていった。
「そろそろいいじゃろ。救助活動終わりじゃ。戻ってこい」
ルミテスから無線が入り、ドラちゃんが街のはずれに降り立った。
ひしゃくとスコップを担ぎ立ち去ろうとした太助が、チューチュー、キュッキュという鳴き声に振り向くと、街のネズミたちが一斉に手を振っていた。
太助はそれにちょっと手を振り返して笑い、ドラちゃんに跨った。
「異世界言語翻訳能力、どうなってんの?」
さすがにネズミの声までは聞き取れないようなのだが、みんなお礼を言ってくれているのは、太助にも十分伝わって、嬉しくなった。
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次回「9.変わらない命の重さ」