78.隕石を爆破せよ! 第二話「新しい秘密基地」
「よいかの? 救助活動はすべて休止。救助隊の全力をこの作戦に集中させる」
指令室に再び全員が招集された。ルミテスの表情は打って変わって、やる気に満ちている。ぼさぼさだった髪は、ちゃんとヘレスが櫛をかけて今は綺麗だ。
「三か月ある。やることは救助隊本部の引っ越し、パレスの改造、物資の調達、忙しくなる。全員キリキリ働くのじゃ!」
「対策ができたってことですかな?」
ハッコツもびっくりだ。
「そうじゃ。救助隊最大の作戦となる。全員人類、生物を救うために全力を尽くせ。では説明する」
メインパネルに現在の状況が映し出される。
「現在接近しているこの隕石……。ガリエルと名付けることにした」
「ガリエルってどういう意味?」
「わちの上司」
「そんなもんの名前にされて、後の報告書にまでそんなこと書かれたら不名誉極まるでしょうに。どんだけ恨みがあるんですかその上司に」
思わず太助はその上司のことが気の毒になった。
「距離は現在百五十五万キロメートル。これが秒速10キロメートルでリウルスの軌道上に向っておる。やがてリウルスの引力に引かれてコースを変え、速度も上げて衝突軌道に入る。推定衝突時期は三か月後。これがリウルスにぶつかる前に、爆破する」
「そんなことできるのですかな!?」
驚きのハッコツ。
「できる。方法はこうじゃ。まず救助隊本部を地上に移動、機材の引っ越しを行う。地上から管制してパレスを誘導できるようにな。その後、パレスの操舵のために真空の宇宙内でも気密が保てるよう改造、密閉する。この指令室、管制センターの一区画だけでよい」
パレスの構造図が映し出される。
「このパレスの上層部は宮殿の居住区になっておるが、中層は上下水施設、その下は風力エネルギー貯蔵施設になっていることは既に知っておるじゃろ」
「ああ」
「このエネルギーはパレスの航行に消費されておる。だが、このパレスそのものを浮かせているのは、パレス中央に詰め込まれた500トンのグラビ鉱石じゃ」
「……飛行石キター……」
「通常でも浮力があり低軌道を回っておるが、加熱すると膨張して比重が軽くなり、揚力が発生する。これをコントロールしてパレスを成層圏より上に上げ、まず静止衛星軌道に乗せるのじゃ。高度三万六千キロメートルじゃの」
この意味が分かるのはもう太助とベルだけ。他のメンバーは既についてこれていない。
「その後、引力遮断するとパレスはリウルスの静止衛星周回軌道速度そのままに秒速3キロメートルでリウルスを離脱する。このタイミングが肝要じゃ。正確にやってガリエルへの衝突軌道に乗せるのじゃ!」
「室伏か!」
「……ムロフシってなんじゃ?」
「いや、俺の世界にいた有名なハンマー投げの選手で……」
「まあ間違いではない。ハンマー投げの要領そのまんまじゃな。ここで引力遮断するのはおぬしらもよく使っておった無重力風呂敷と同じ理屈じゃ。それならわかるじゃろ」
「よーくわかる」
「あとの軌道修正はパレスの貯蔵風力を使う。パレスは巨大じゃが、それに見合う風力は噴射できる。もともとパレスはそれで移動しておったのじゃからな。風力エネルギー貯蔵庫に設置されているコントロールノズルから噴き出す。エネルギーは十分余裕があるしいくらでも使ってよい。最終的には空にする」
「あんなにケチケチ使ってたのに……」
「パレスはもう爆破するのじゃ。気にするな」
「うん、それがいいね」
もうルミテスと太助の一問一答になっている。他のメンバーは沈黙するしかない。
「ここでエネルギー貯蔵庫を空にするのは意味がある。ただぶつけただけではいかにパレスと言えども表面で砕けるだけじゃ。ガリエル内部で爆発させなければガリエルは粉々にはならん」
「そこどうするんだって思ってたんだよな……。方法あんの?」
「ある。このパレスをぶつける。そうすると隕石とパレスが触れた部分から次々に対消滅して穴が開く。パレスは自身も消滅しながら、どんどん穴を作り隕石にもぐりこんでゆくのじゃ!」
「えええ? それって対消滅の爆発エネルギーはどうすんの?」
「そこでパレスの底部にあるエネルギー貯蔵庫じゃ。」
「ああ、風力を貯蔵する構造で、中に風力エネルギーが攪拌してるやつ」
「そこに発生した対消滅エネルギーを転移させるんじゃ」
「ええええええ!」
「パレスは風力エネルギーを取り込むためにエネルギー転送膜で覆われておる。隕石と触れた表面で発生した対消滅エネルギーを全部エネルギー貯蔵庫に転送させることができるのじゃ。すぐに爆発はせん」
「すげえなパレス」
「もともとどんなエネルギーでも利用できるようになっておるのじゃ。もしリウルスが水の惑星だったら水力、雷の惑星だったら電力で動いておっただろう。なんでもありじゃ」
ふんすかとエルテスがドヤ顔になる。
「隕石にパレスが触れる。触れたところから対消滅で隕石に穴が開く、隕石までの飛行で空になったエネルギー貯蔵庫に対消滅エネルギーを転送し、隕石の中央にパレスがたどり着いたところでエネルギー貯蔵量が限界を超え爆発!」
どーん。
モグラのように反物質隕石、ガリエルに掘り進んだパレスが大爆発を起こして、ガリエルが粉々になるという画像が流れた。
太助はそれでも、疑問は残っている。
「ちょっと待て、対消滅なんだろ? だったら隕石の中央に到達する前にパレスが無くなっちゃうんじゃないのか? パレスは隕石よりずっと小さいだろ」
「そこは大丈夫じゃ。いいか、ビッグバンで宇宙が誕生した時に、物質と同量の反物質もそのとき生まれた」
「ああ」
「しかし今宇宙に残っとるのはほとんどが正物質じゃろ? 対消滅で失われるのは同質量の反物質ではない。正物質と反物質が対消滅する時により多く消費されるのは1対17で反物質のほうが多いのじゃ」
「それで今宇宙に残ってるのは正物質ばっかりで、反物質は見つからないんだ」
「そういうことじゃ。パレスは完全に消滅してしまう前に穴をあけて中を突き進み、隕石の真ん中で大爆発する。リウルスにいくらかは細かく降り注ぐ破片もあるが、大半は大気圏に触れると同時に光りながら消滅する。どうじゃ! いけると思わんか!」
……全員、無言。
「あの」
「なんじゃ?」
「それ、誰が操舵するの?」
「おぬしじゃ」
「やっぱりか――――……」
太助はがっくりと頭を下げた。
「仕方あるまい。今の説明わかったやつは手を挙げよ」
……手を挙げたのは太助だけだった。
「宇宙についてまともな知識があるのは太助だけじゃ。ここに来るまでは全員このリウルスが丸いことさえ知らんかったであろうからの。決まりじゃ」
「あの」
「ん?」
「俺に死ねってこと?」
「このパレス・ルーミスには脱出ポッドがある。一人乗りじゃ。衝突の前にそれに乗って帰ってこい」
「ひでえ。ルミテス様、いざとなったら自分一人で逃げるつもりだったんだ」
「……元々このパレスにはわち一人しか住んでおらんかったからの。一台しかないのは仕方あるまい」
「わかった、わかりました……」
「どうじゃ!」
「すげー……」
ルミテスがパレスを着水させた海上には、真っ白な帆船があった。
全長97メートル、排水量2300トン。三本マストのこの世界でもなかなかの大型船である。
「ほとんど全財産つぎこんだわ」
「そりゃご愁傷様。これに乗ってた人って?」
「船商人には別の船で帰ってもらった。これからはわちらでこの船を操舵する」
「この船が海上を移動できる新しい救助隊基地ってわけか……。たいしたもんだ。でも、帆船を操舵できる奴なんてメンバーにいるのか? 帆の上げ下ろしだって大変だろう?」
「そんなものに頼る気はさらさらないのう。さ、機材を運搬するのじゃ!」
海上に浮かべたパレスから、はしけを渡して船に荷物を運ぶ。
大型機器についてはグリンさんのグリーンホエールにも移動を頼む。
一番大きいのは風力バッテリーとジェネレーター。中央倉庫にどーんと設置した。
ハッコツがマストに登って、アンテナ線を張る。どうやって調達したのか知らないが、パラボラアンテナも船首に設置。
太助は水中に潜って、大型の放水くんを船尾に取りつける。
これがあれば、水中で後ろに放水することで帆を広げなくても風向きに関係なく航行できる。他の船からみたらさぞかし不気味に見えるだろう。
「前進!」
「よーそろー」
「取り舵!」
「とりかじーっ!」
ルミテスの指示で操舵するのはマリーだ。今回出番がなさそうなので、操舵手に立候補してくれた。
「頑張ってねミライさ――ん」
「未来さんって誰ですの太助様……」
「まずはパレスを一周じゃあ――――!」
「よーそろー!」
水中放水くんの放水量を上げた船は、帆を畳んだままゆっくりとパレスの周りを回りだした。
「うんうん、うまいうまい」
甲板からその様子を見ていた太助とジョンも感心した。
「停止!」
「ていし――――……、ブレーキ! ブレーキは!」
「あ―――――――――!」
危うくパレスにぶつかりそうになったが、ぎりぎりかすめて船は300メートルも進んでやっと止まった。
太助が操舵室に上がってくる。
「タイタニックの話した時に言っただろ。船ってのは急には止まれないんだよ」
「うーんうーん。ごめんなさい……」
「放水くん、前にも何本か設置して逆噴射できるようにしてみるか」
「お願いします!」
これはなかなかよかった。前部左側放水くんと後部右側放水くんを同時に放水すると、船がくるりとその場で右回転する。前部右放水と後部右放水をやれば船は左にゆっくりと平行移動する。大型帆船に見合わぬ、細かい動きができるようになった。
「どう? ヘレスちゃん!」
厨房をのぞいてみた。エネルギージェネレーターの供給で、料理は電気コンロだ。電子レンジも冷蔵庫もちゃんと作動する。航海で一番問題になるのは真水の供給だが、これも給水転送装置により五大湖から水が転送されてくるので、ろ過装置でほぼ無限に供給できる。コンパクトな厨房で狭かったが、パレスにいたときと同じで、ヘレスも問題なく使えて喜んでいた。
「太助」
「なに?」
「おぬしこの作戦のパイロットじゃからな、船の名付け親にしてやるのじゃ。さ、この船に名前を付けてやってくれ」
珍しくルミテスもニコニコしている。
「マリーに付けさせてやったら? 操舵手でしょ?」
「『ジョン号』とかぬかしおったわ。却下じゃ」
うーんうーん、太助が真っ先に思いついたのは「ホワイトベース(白い基地)」だったりする。でも、宇宙からここを管制室にして通信するんだと思うと、もう一つ、こっちのほうがいいと思う名前があった。
「ヒューストン。ヒューストン号で頼む」
「ヒューストンか、どういう意味じゃ?」
「俺のいた世界で、ロケット打ち上げの管制室があるところの地名。パイロットは連絡する時、いつも『ハロー、ヒューストン』って呼びかけてたよ」
「ヒューストン……ヒューストン号か。ま、太助がそう呼びたいならそれでよいわ」
「石がひゅーんと落ちていくからヒューストンですかな? ケタケタケタ!」
「シャレにならないからやめてハッコツ。さ、訓練すっぞ!」
ヒューストンでの全員合同での初訓練?
もちろん、「救命ボートの上げ下ろし」からである。
次回79.隕石を爆破せよ! 第三話「訓練開始」




