76.魔王城を勇者から守れ! 後編
「見えた!」
険しい山々を越えて、国境を突破し、七人の勇者パーティー軍は魔王城を視野に入れた。
黒くまがまがしくも天にそびえるその城は見た目にも絵本の悪の城にも似て、七人の恐怖をあおった。
「まておかしいと思わないか?」
「なんだスランフ勇者」
「いやドッペル勇者、ここまで何の妨害も無かったんだぞ? 罠を疑うべきだ」
「永世中立国だ。戦うような男がいないんだろうさこの国」
「間違ってるぞアメリゴ勇者。いいか、永世中立ってのはな、強大な軍事力あってこそ……」
「イグルス勇者、お前どう思う」
「私は歓迎してくれているならこのまま行くべきだと思いますねえ」
全員勇者というこの変則勇者パーティーは、もう面倒なのでお互いの出身国名で呼び合うことにしていた。アメリゴ勇者はもちろん以前、バミューダトライアングルで溺れそうになったあの若い未熟な勇者である。血気盛んで威勢が良かった。
「なに難しいこと考えてる。力づくで突っ込めばいいじゃねーか」
「あのですねイタルア勇者、そうして数多くの勇者パーティーが返り討ちにあってきた。魔王城が今も健在なのを甘く見てはいけませんよ」
「俺もそう思う」とギリスァ勇者もうなずく。
「その通りだ。みんな」
ローム教皇国より聖剣を託されたリーダーであるローム勇者は、全員に気合を入れ直す意味でたしなめた。もう中年のベテラン勇者である。
「我々勇者軍はかつて歴史上魔王軍を打ち破ったことは一度もない。戦闘のたびに勇者を倒され、和平を結ばされた。その屈辱の歴史は否定できない」
「そりゃ毎回別々の国の勇者が自分のパーティーで突っ込むからだ。今は各国代表が集まる初の連合勇者軍だぜ。魔王恐るるに足らん。ビビりすぎだ」
「……アメリゴ勇者。君はまだ経験が不十分だ。いいか、今は勇者とはいえ銃や大砲のような火器には勝てん。だが、聖剣によってのみ倒れる魔王という存在があるからこそ、勇者は今も連綿と続いている。その歴史を……」
「魔王が聖剣ごときで倒れるとでも?」
勇者連合軍、はっとしてその声の主を見た。
そこには、頭に角を二本生やした老齢ながらたくましい大男と、やたらグラマーで肉感的な緑の髪のおば……お姉さんが立っていた。
「ま……魔王!」
勇者パーティーは全員、剣を抜いて身構えた。
「わがスイサ魔王国は永世中立である。そのことを承知でまいったか?」
「無論」
「なにが永世中立だ! そんなこと勝手に宣言してそれが通るとでも?!」
勇者たちが魔王の歓迎のあいさつに口々に反論する。
「七十年前の余の宣言、汝らの国は承認したはずである。ナーロッパ共同体の名において」
「そんな宣言、無効だ!」
「やれやれだのう……。当代の勇者も質が悪いの」
グリンはうんざりした顔になる。
「おぬしらの先代か先々代になるかは知らんが、これは勇者も認めたこと。コテンパンにぶん殴られて泣きながら許しを乞うたこと忘れられておるのかのう……」
「負けて戻った勇者がちゃんと報告しているとは思えんですよグリン殿」
魔王も残念そうにグリンに答えた。
「グリン?」
「グリン?」
「グリンって……」
「グリンって、あの……」
「グリーンホエールのグリン……様!」
一同驚愕である。
「そう、わっちょはグリン。最後の勇者パーティー、アレス隊のグリンだの」
「な、な、な、なぜ、勇者パーティーの魔導士が魔王と!」
「魔王と勇者、二人ぶん殴って和平を結ばせたのがわっちょだからだの」
ふふんっ、と、グリンはドヤ顔でふんぞり返る。
「ちょ、グリンさん、勘弁してくださいよ……」
魔王はおもわず顔を赤らめる。
「だとしたら、魔導士グリン! 貴様は人類の裏切り者だ!」
アメリゴ勇者が叫んだ。
「わっちょは最初から誰の味方もしておらぬ。いや、どっちの味方でもあると言うべきかのう。最初から和平を結ばせるために女神ルミテスに勇者の付き人を頼まれたのがわっちょだからの」
「ルミテス様の……」
ルミテス教総本山、ローム教皇庁より直接勅命を受けた勇者隊リーダー、ローム勇者が愕然とした。
「おぬし、ローム教皇より直接、この侵略を命じられたかの?」
「……はい」
「よく思い出してみるの」
「……あ、いえ、そういえば教皇様は終始無言でした。うなずいただけで」
「で、あろうの。それを口に出せばルミテスの大いなる罰が待っておる」
「なんですって……」
ローム勇者は真顔になった。
「のう勇者。五百年も繰り返し魔王城に攻め込んで未だに成功しておらぬのはおぬしらが弱いからだの。だが魔王は最初から人間の支配など望んでおらぬ。そんな面倒なこと誰がやりたいかの?」
「まったくですな」
魔王もこくこくとうなずく。
「ふざけるな! この裏切り者が!」
声を上げてアメリゴ勇者が斬りかかってきた。
「よせっ!」
ローム勇者が声をかけたが一瞬遅くその剣はグリンに振り下ろされた。
グリンは無造作にその剣をかわし、アメリゴ勇者を蹴飛ばす。
「ぐはっ」
アメリゴ勇者は、吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ……。吹っ飛んで、見えなくなった。
「しまった!」
焦ったグリンはアメリゴ勇者が吹っ飛んだ方向に飛び上がった。
重力魔法による重力操作だ。人の身で空を飛ぶことなどグリンには容易であった。
「手加減を間違えたわの!」
「グリン殿! あれじゃいくら勇者でも死んでしまいますぞ!」
魔王も顔を青くしてすぐグリンを追って駆けだす。
六名の勇者連合軍もなりゆきでそれを追って駆けだした。
アメリゴ勇者は森の木に引っかかって死にそうだった。木が何本か折れている。
「よっと」
グリンは木に引っかかっている勇者を持ち上げ、下に落とした。
それを下にたどり着いた魔王ががしっと受け止める。
「すぐに治療しますが……」
「すまん、すまんのう」
魔王が手をかざして勇者の損傷した内臓に治療魔法をかける。
それを呆然と見守る各国勇者。
「がふっ、げほっ」
アメリゴ勇者が気が付いた。
「アルデラン、そのくらいでよかろうの。完全に治してやると後が面倒だの」
「……それもそうですね」
魔王は立ち上がって各国勇者に振り向いた。
「まだやるかな?」
ぶんぶんぶん、各国勇者はあまりにも違い過ぎる実力を見せつけられて、首を左右に振ってあきらめた。
「では国境まで送ろう」
魔王は転移魔法を展開し、あっという間にスイサの国境に全員を移動させた。
勇者連合のパーティー。大けがしたがかろうじて命は拾ったアメリゴ勇者を木の枝を削って作った担架で持ち上げ、スイサ国境を後にした……。
「ふう……。ずるいですぞグリン殿」
「なにがかのう?」
「私が全然楽しめませんでした」
「お楽しみはこれからじゃろう?」
「まあ、そうですが」
二人、顔を見合わせて笑った。
この事件の後、ナーロッパの中央小国、永世中立国にあるスイサ銀行から全世界に発表があった。
「ローム教皇庁の資産をむこう五十年間凍結する」
全世界が爆笑に包まれたと言ってよい。
教皇庁がスイサ銀行に借金などしているわけがない。また、逆に貯金もあるわけないのである。聖職者たるローム教皇以下、魔王国であるスイサに資産をあずけるなどありえなかった。建前は。
だがあったとしたら、それはそれで爆笑なのである。聖職者とか言いながら、裏ではこっそり資産を隠し、不正蓄財をごまかしているということになるからだ。事実だったらローム教皇国の権威は地に落ちる。
「ばかばかしい。このような発表、我々になんの痛みになるというのです!」
教皇の御前会議、若い司教が笑い飛ばした。
「清貧潔白な我ら聖職者にこのような脅し、なんの意味もありませぬ! そうでありましょうみなさん!」
だが、居並ぶ大司教たちの幾人には、顔を青くしだらだらと汗をかく者が少なくなかった。
むこう五十年凍結。つまり、生きている間にもうその金を引き出すことができなくなった。自分の子や孫にその資産を渡すこともできない。生きているうちに現金が引き出せないのであれば、証書という形で親族に譲ることも聖職者である限り不可能だからだ。あったとしたら不正蓄財であることは明白すぎる。それは子、孫が聖職者として後を継ぐことができなくなったのと同じである。
そして、このことで訴えたり、スイサを批判したりすることはできないのである。不正に蓄財を重ねていた幾人かの聖職者たちは絶望した。
完全に泣き寝入り案件である。
「まさか魔王がそこまでやるとは……」
本来ならスイサ銀行の信用が一気に落ちる愚行である。各国からスイサ銀行の取り付け騒ぎが起きるに決まっているからそこまでやるはずがなかった。だが、そんな動きは全くない。
あわよくばスイサの銀行を手に入れたい。スイサの暗部を暴きたいと思っていたパウルス七世にとっては、逆に大きなダメージとなってしまった。
「これが罰か」
パウルス七世はがっくりとうなだれた。
「それって、ローム金貨が暴落するんじゃね? ナーロッパ全体に大打撃になるだろ。スイサだって大損だ。スイサの銀行としての信用がガタ落ちだよ。好きな時に好きなように凍結できるんじゃ、今後誰がスイサ銀行に金を預ける?」
経済のことはよくわからない太助であったが、ナーロッパに広く流通しているはずであるロームの貨幣価値を心配した。
「それは預けたのが紙幣や証書でしたら、ですわ」
こともなげにマリーが答える。
「紙幣や証書は信用ですわ。国がその価値を保証するから資産として流通できるんです。でもローム金貨は金そのものとして価値がありますから、貨幣価値はいささかも下落しませんわ。外金貨保有量が豊富なスイサではローム教皇国の取引停止ぐらいなんのダメージにもなりません。だってそんなもの最初からあるわけないってことになっているんですもの。どこの預金者の信用が無くなるのですってお話ですわ」
「そういうものかねえ」
「スイサに手を出したものは破産するって脅しにもなります。だからスイサ銀行は安泰。教皇国でさえ手出しできないとなればかえって信用度は上がりますし、損したのは不正蓄財していたローム教皇国の聖職者だけという笑い話にしかなりませんわ」
ちょっと「ざまあ」という顔になる元公爵令嬢のマリー。
「うまいことやるねえ魔王様」
太助のいた世界は紙幣が流通していた。ただ紙に印刷されただけの紙幣というものは、本来価値などないのである。だから大暴落やインフレが起きる。電子データーである仮想通貨もそうだろう。
金貨っていうものが、まだ経済が未発達で不安定なこの世界ではまだまだ国際通貨として頼りにされている理由が、ほんの少し、わかったような気がする太助であった。
次回、最後の救助作戦となります。
「77.隕石を爆破せよ! 第一話「絶望の未来と希望」




