71.バミューダトライアングルの謎を突き止めろ!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~~!
「またこの海域かよ!」
指令室に駆け込んだ太助は、モニターパネルのリウルス地図の点滅を見て毒づいた。
難破船の救助要請である。メインパネルには沈みそうな船の水中画像。
ルミテスはモニターパネルの前で頭を抱えていた。
「……たこたこ入道、やりすぎじゃ!」
「……たこたこ入道って何?」
太助の質問にルミテスはほんとイヤそうな顔をする。
「海棲生物の災害監視員です。たこたこ入道くんにこの海域の監視を頼んでます」
ベルが簡単に説明してくれる。
「ああ、それで水中画像なの……」
タコさんも大変である。
「もうちょっと状況詳しく教えてくんない?」
「今たこたこ入道くんが必死に船を沈ませないように下から支えてくれてます」
「苦労が多いな。早く駆け付けてやらないと。船の大きさはどれぐらいだ?」
「全長25メートルの木造帆船。百トン無いですね」
「たこたこ入道よくやってくれてるじゃないか。大したもんだよ」
クラーケンみたいなものだろうか。そんな巨大生物がいるってのが驚きだが。
「自分のせいじゃからの、焦っておるのじゃろ」
「自分のせいって?」
「いいからはよ出動せよ! 詳細は無線で知らせる!」
「はいはい」
太助はすぐに四番コンテナに駆けだす。水中用スキューバー装備だ。
「現場到着まで7分です!」
ベルからの宮内放送が聞こえる。
「ルミテス、なんでこの海域、こんなに事故が多いんだ!?」
ウエットスーツを着ながらほほに張った無線パッチでルミテスと通信する。
「異常気象が発生しやすいのじゃ。暖流と寒流が交わるところでな」
「ほう」
足ひれ、空気呼吸器、水中ナイフ、ウエイト。水深計。
「特殊な雲ができる。その結果、猛烈なダウンバーストが発生するんじゃ」
「なるほど」
ロープ、フックを引っかけるアンカー。水中工具。バルーン式ブイと、ミニボンベが付いた浮き輪を準備。あと、忘れちゃいけない放水くん。
「ニッケル鉱の海底鉱物が豊富にあり、ここだけ地磁気がおかしいしの!」
「羅針盤も狂うと。バミューダトライアングルだねえ」
「なんじゃそのバミューダトライアングルって」
オレンジスライムのスラちゃんを背中のリュックに背負い、既に庭園に伏せているシルバーワイバーンのドラちゃんの鞍に乗り込む。
「現場到着しました! 出場どうぞ!」とベルの声がスピーカーから。
「地球にも、船や飛行機がたくさん行方不明になりやすい海域があってさ。ドラちゃん、GO!」
ドラちゃん、ぶわっさぶわっさと羽ばたいて上昇。宮殿ルーミスの庭園を飛び立ってから急降下に移る。
「地球にもか」
「航行する船や飛行機の数がめちゃめちゃ多いから事故率は別に冬の日本海と大して変わらないよ。ただ乗員が脱出した後の船が結局沈没しなかったから幽霊船になっちゃったケースが数隻あったんで、都市伝説っぽくなったんだけどさ。クラーケンに襲われたとかの伝説もあるわけ」
パレスが到達していた事故海域はアメリゴの西海岸。状況は地球で言うバミューダトライアングルと似たようなものかもしれない。
ドラちゃんの急降下は時速300キロ近い猛スピードだ。太助は水中装備で必死に鞍にしがみつく。
「この海域はダウンバーストがいつ発生するかはわからん危険な地域なのじゃ。船は突然の大波をかぶり激しく上下するし、その『飛行機』と言うやつも飛んでおったらいきなり海面に叩きつけられるじゃろ。だからたこたこ入道の奴に頼んで、船を脅かし、この海域を船乗りたちが避けるようにしむけたのだがの」
「自作自演かい! 出動10分でバミューダトライアングルの謎、解けちゃったんだけど!」
「今回はやりすぎたようじゃの!」
「もうやめてやれよその威嚇行為!」
余計なお世話が完全に裏目に出ている。
船乗りってのは自分で自分のことを勇敢だと思ってるから立ち悪い。危険な海域だろうと、乗り込んでいくのが海の男だと考えているし、危険だからってわざわざ避けるような航路を取ればバカにされる。太助にしてみれば避けられる危険は避ければよいと思うのだが、クラーケンが出るとなれば、逆にやっつけてやろうと思うやつも出るかもしれない。
眼下に遭難した船が見えてきた。
燃えている。
火がついて船上火災になっていた。
「火事か!」
その帆も燃え上がる全長25メートルの木造帆船には、なにか巨大な触手が絡みついていた。
「たこたこ入道なにやってんの……」
「船が沈まんように支えとるのじゃよ」
「そのありがたいたこたこ入道に剣で斬りかかったり、魔法飛ばしてるやついるんだけど」
なにか大きな剣を振り回して船に絡まる触手を斬りつけている男がいる。三角帽子で魔法の火の玉を手のひらから投げて他の触手にぶつけたりしている女もいる。
なんかよく見る僧服の女も必死に祈っている。
祈ってどうなるのかは知らないが。
「勇者パーティーじゃ。地元の漁師にクラーケン討伐に頼まれたらしいの」
「勇者あ? 勇者いるの? この世界勇者いるんだ!」
「まだ修行中のようじゃがの」
たこたこ入道、勇者に触手を斬られそうである。
「ベル、たこたこ入道にもう大丈夫だから逃げてって言って」
「了解です」
すぐにするすると船から触手が解かれ、海の中に潜っていった。
すると船は急激に傾き、沈みそうになる。
「うっわああああああ!」
「もうダメだ――――!」
乗務員たちからも悲鳴が上がる。
乗務員と勇者パーティー合わせて十人と言ったところか。
「スラちゃん、十人分のゴムボート頼む!」
背中のバッグからオレンジスライムのスラちゃんを投下。海上に落ちたスラちゃんは空気を吸ってすぐに平たいゴムボート状に膨らみ始めた。
「ドラちゃん、背面飛行!」
海面から低空の低速飛行でスラちゃんボートに接近するドラちゃん。
「ワイバーンだ!!」
「うわああああ! この上ワイバーンまで!」
船の連中から悲鳴が上がったところでドラちゃんはくるりと背面飛行。
乗っていた太助は背中からどぶんと海中に落とされる。
そのまま泳いでスラちゃんのゴムボートに乗り上げた。
「なんなんだよあいつら……」
見ると、魔法使いがドラちゃんに向ってファイアボールを撃っていた。
ドラちゃんはそんなものすいすいとかわして何事もないかのように上昇して逃げてゆく。
「見境ないなあいつら……。救助やめようかな……」
ぼやきながらも、太助はスラちゃんのゴムボートの後ろに放水くんを突っ込んで、それを推力に難破船に近づいて行った。
「うっわあああああああ――――!」
たこたこ入道の支えを失った木造船、火災のままついに横倒しになり、全員一斉に海に投げ出される。その船員たちに太助は声をかける。
「あー、お忙しいところすいません」
全員驚いて太助を見る。
「こんにちはみなさん。異世界救助隊の者です。助けに来ましたのでボートに乗ってください」
「い、異世界……救助隊!?」
さすが海の男たち。すぐに溺れるやつはいないようで、全員泳ぎながらボートにたどり着く。それを一人一人引っ張り上げる太助。
「全員いますか?」
「ゆ、勇者様が!」
「勇者様がいません!」
魔法使いと僧侶の女の子二人が焦った声を上げる。
「勇者泳げないの?」
「いや、泳げるんですけど、泳げるんですけど、甲冑とか防具着てるから」
「了解、ここで待機してください」
どぼんっ。太助はすぐにボートから海に飛び込んだ。
水中を潜ってゆくと海に落ちた勇者はすぐわかった。
「イカじゃねーか!」
たこたこ入道っていうからタコだと思ってたが、船を支えていた巨大海棲生物はどこからどう見てもイカであった。
その全長40メートルはありそうな巨大イカが勇者に触手を巻き付けて引き上げている。
「あー、業務ご苦労様です。ルミテスの救助隊だけど、それ、こっちよこしてもらっていい?」
太助が空気呼吸器マスクの下で声をかけると、イカは三角頭をうなずかせて溺れた勇者を差し出した。
太助はその勇者の顔に予備の空気呼吸器のマスクを当て、体に浮き輪を通してガス缶のバルブを開く。
浮き輪はぷく――――っと膨らんで、勇者の体を持ち上げだした。
「いろいろすまんかった、ちょっと待ってて」
イカは触手をひらひらさせて振った。「待ってる」の合図である。
ざぶん。水上に現れた浮き輪を通した勇者、太助はそれを引っ張りながら、すぐに空気呼吸器のバルブを人工呼吸モードに切り替えて、無理やり呼吸をさせる。
空気呼吸器の面体からは、ぷしゅー、ぽー、ぷしゅー、ぽーという人工的な息継ぎ音が聞こえてきた。
溺れた人間は水上に出たら、そこですぐにマウスツーマウスの人工呼吸をするべきなのだが、相手が男なのでさすがに太助はやりたくなかった。
そんなことしなくてもこの空気呼吸器は、勝手に空気を吹き込む機能もある。これも太助のアイデアで採用された新機能だ。
「頼む!」
勇者の体を持ち上げてスラちゃんのボートに乗り上げさせる。
船員たちも勇者パーティーも勇者を引っ張り上げて、すぐに僧侶の娘が面体を外して心のこもったマウスツーマウスで人工呼吸を始めた。魔法使いの娘の顔が怖いんですけど。
「そっちのほうがいいですかね……」
めらめらと炎上する木造帆船。横倒しのままずぶずぶと海に沈み、煙を上げながらマストだけになって、そして木片をそこらじゅうにばらまいて完全に水没した。
「みなさんそのままで待機願います。ちょっと用事」
太助はそのままもう一度海に潜った。
そこには先ほどの巨大イカがまだ漂っていた。
「救助手伝い、すまんかった。ケガはないか?」
イカ、ふるふると触手を振る。あの勇者の攻撃程度、なんともないらしい。
「この海域に船が入ってこないよう脅かす役をやってたんだって?」
イカが頷く。
「ありがと。でも勇者が退治に来るんじゃ大変だよな。もうやめさせるようルミテスに言っとくわ」
イカは目を細めてニッと笑ったように見えた。
「お前、『たこたこ入道』って呼ばれてるぞ」
イカの目が見開かれた。
「いいのそんな呼ばれ方で」
イカがとんでもないとでも言いたげに触手を左右に振る。
「だよなー……。イカとして不本意だよな!」
うんうんとイカがうなずく。
「イカイカ入道にしとくか?」
イカ、不満げに泡を吹く。
「イカ入道」
……。
「イカ大王」
……。
「イカ帝王」
イカ、二本の触手を手前でそろえて、わきに置く動作をする。
「イカはおいといて?」
イカ、うなずく。
「触手の悪魔」
……。
「触手の魔王」
……。
「凌辱の触手鬼」
目が怖い。触手から離れてほしいらしい。
「海の魔王」
……。
「海の帝王」
……。
「オーシャンキング」
……!
「もしかしてカタカナがいい?」
こくこく。
「じゃ、キングスクイド」
ちょっと頭を横に倒す。スクイドは英語でイカのこと。
「オーシャンエンペラースクイド二世」
二世ってなに? って顔だ。
「オーシャンエンペラー・スクイドジャイアント」
触手を左右に伸ばしてからばしっと叩く動作。長すぎるらしい。
「ジャイアントスクイド」
墨をぶほっと吹く。
「ジャイアントダークスクイド」
イカが目を細めて触手で頭の上に丸を作った。
「よし、ジャイアントダークスクイドな。ルミテスに言っとくわ」
イカは触手で敬礼した。
「三年生になってから後悔すんなよ?」
そのまま深海に消えて行くダイオウイカを、太助は敬礼して見送った。
うんざりすることにスラちゃんのボートの上では意識を取り戻した勇者が暴れていた。
「勇者たるものがスライムなんぞに助けられてたまるか!」
そう言ってボート型になってるスラちゃんに短剣を突き立てようとするのである。それを勇者のパーティーメンバーや船員たちが止めていた。
「おい、それやるとお前ら全員溺れるけどな?」
ウエットスーツとスキューバ装備の太助はあきれて水面から上がり、声をかけた。
「貴様何者だ!」
「異世界救助隊の者です。世界中どこでも災害があればかけつけて人命救助をしています。ご承知ありません?」
「貴様……貴様らが」
「……なにかご不満で?」
「あったり前だ!」
勇者は短剣を振り上げて怒鳴る。
「勇者の仕事を取りやがって!」
「はあ?」
勇者が短剣を振り下げてきたので、太助は勇者の腕を取ってそのまま海に突き落とした。
あっぷあっぷする勇者にロープをつないだ浮き輪を投げてやる。
なんとかそれにつかまる勇者。
太助は放水くんでスラちゃんのボートを進めた。ロープで引きずられて浮き輪の勇者が波を立てながらついてくる。
あっぷあっぷして「ギャー、止めろ!」「止めろって言ってるだろ!」とか叫んでいるのを無視する太助。
「なんで『異世界救助隊』、勇者様に敵視されてんですかねえ?」
太助はボートの上のメンバーに聞いてみた。
背後から勇者のファイアボールが飛んできて太助の背中にボンボン当たるが、ルミテス印のウエットスーツはそんなもの普通に跳ね返してしまうので太助は気にもしない。
「その、勇者様がやるような仕事を、『救助隊』と名乗る人たちが現れて先回りして解決してしまうものですから、勇者様への依頼が減っていまして」
僧侶の娘さんが残念そうに言う。
「業種かぶりますかね? 私たちがやってるのは消防と人命救助ですよ? やってることが真逆だと思いますけど。そもそも報酬は取らずにタダでやってますし」
「そこも勇者様の気に入らないところでして」
魔法使いの娘もあきらめたように勇者のことを見る。
「どう考えても俺らが仕事奪ってるとは思えないんですけど。魔物退治とか魔王討伐とかが勇者様の仕事では?」
「そんな仕事百年前に無くなりましたし」
「勇者様の今の仕事って?」
「要するになんでも屋です」
僧侶の子は真面目に答えてくれる。
「あー、そういうことならかぶるかもしれませんね……」
太助は肩をすくめた。
なんでも地元漁業組合の依頼で、クラーケン退治に乗り出したが、船の前に立ちはだかったクラーケンに飛ばしたファイアボールがなぜか帆を誤爆しあっというまに火事になったとか。自業自得もいいところじゃないかと思う。
「勇者って誰が認定してるんですか?」
「冒険者ギルドです」
「そんな組織があるんですねえ……」
「冒険者制度を廃止した国も多いですから、だんだん減っていますよ」
「鉄砲や大砲が発達してくると、不要になりますよねそんな業種」
「そうなんです……」
僧侶の子も、魔法使いの子も、肩を落とす。
デジカメが普通になって写真屋が廃業したり、ダウンロード販売が普通になってCDショップがつぶれたり、スマホのゲームが普通になってゲーム店のテナントが無くなったり、コンビニができて小売店がシャッターを降ろしたり、まあどこにでもよくある話だ。
お気の毒ではあるが、それも時代の流れである。
「この海域で海難事故が多いのは突発的な異常気象が多いからです。クラーケンのせいじゃないんですよ。ダウンバーストって言って、局所低気圧での大気の吹きおろしがあるから帆船だと横転しやすいんです。この海域の漁業はお控えください。そう漁連に通達していただけると幸いです」
「わかりました」
船員たちが頷いてくれた。
二時間もボートを飛ばすと、砂浜が見えてきた。浮き輪の勇者は完全にグロッキーである。
「まあがんばれ勇者。魔王復活するまでの辛抱だからさ」
そんなことがこの先あるかどうかは知らないが、後でルミテスにたっぷり説明してもらおうと思った太助であった。
次回「72.北洋航路探検隊を救助せよ! 前編」
 




