7.異世界救助隊秘密基地
「消防の仕事は消火だけじゃない」
「ほう」
その日の朝食を取りながら太助はルミテスと話し合う。朝食は相変わらず冷蔵庫にあったものを適当に焼いたりするだけの粗末なものだ。
「あんたは食べないのかよ」
「わちは女神じゃからの。飲み食いはせぬ」
「したらどうなる?」
「わちが飲み食いすると便所に行かなくてはならなくなる。それは面倒じゃ」
「面倒な体してるなあ……。そんなことじゃいつまでたっても大きくなれないぞ?」
「余計なお世話じゃ」
話がそれた。太助が話題にしたいのはそこじゃない。
「消防の一番の仕事は火事を出さないこと、災害を防ぐこと。そっちのほうが実は消火や救助活動より大切なんだ。そのための見回り点検、指導改善が消防の日常業務なんだよ。今回の山火事の原因は何だ?」
「自然火じゃの。乾燥が続いておったから風で木々がこすれあうだけでも火になる。予測や予防はほぼ不可能じゃ」
「……アメリカやオーストラリアも似たようなことになってるよ。相手が自然じゃどうしようもないか……。この世界温暖化とか進んでないよね?」
「まあそこまでは行っておらぬ」
「他にはどんな装備があるんだ? この城」
「今のところおぬしと放水くんとドラちゃんだけじゃ」
「うわっ頼りねえ!」
一瞬、某国際救助隊みたいな未来装備を期待した太助がアホだった。
「おぬしの世界の消防ではどんな装備があったのじゃ?」
「まず各所に消火栓」
「放水くんがあればいらないのう」
「ポンプ車、消火栓のないところではタンク車も」
「それも放水くんがあればいらないのう」
「これらの車両でサイレン鳴らして出動してすぐに駆け付けられるように」
「このパレスが上空に向かい、ドラちゃんに乗って降りれば問題あるまい」
いわれてみればルミテスの言う通り放水くんだけで消防に必要な機器の大半がカバーできることに太助は内心舌を巻く。とんでもない大発明だということがこのことからわかる。消防のキモはだいたいが給水をどうするかなのである。
「……消火はそれでいいとして、高い建物に取り残された人の救助のためのはしご車」
「この世界にはそんなものが必要になるほど高い建物はよほどの都市にしかないわ」
「でもいずれは必要になるぞ」
ネコミミ村や山村の家々を見る限り全部平屋で、二階建ての建物は見当たらなかった。だが、蒸気機関が登場して人間の大きな都市があるという以上、そういう数階建ての建物だって絶対にこの世界にはすでにあるはずなのだ。
「ふむ……高いところか。おぬし飛んでみるつもりはないかの?」
「やめてやめてやめて」
「おぬし高所恐怖症かの?」
「いやそんなことないけど、地に足つけてやらないと自分が危ない。っていうかと飛べるの俺? そんな装備あるの?」
「天使になってもらおうかのう?」
「できれば人間のままでお願いします……」
下手なことを言うと本当に天使の羽などつけられかねない。太助もそろそろ常識を疑ってかからないと女神様と対等に話はできないことを理解しはじめていた。
「まずこの世界をよく見て回りたいな……。都市ってもんがあるのなら視察したい。そうすれば問題点もわかるし、どんな装備が必要かも思いつくことができるだろ?」
「まあいつかはの。今は現場でそれを見ておくのじゃ」
それともう一つ。太助には知っておかなければならないことがある。
「あとこの世界はどれぐらい広いかだ。この城、空に浮いてるわけだよね?」
「そうじゃ」
「どこに浮いてるの? どれぐらいの管轄担当してるの?」
「この星を周回しておる。全世界が範囲じゃ」
「うわっひろっ!!」
やってることだけは某国際救助隊並みである!
「指令室に来い。見せてやろう」
そうして案内された指令室、空中に浮かんだ巨大なパネルを何枚も妖精のベルが監視していた。
「うわっすげえ……」
明らかに地球とは違う世界地図。その上に大きな弧を描いて四重に軌道が描かれていた。
「このように宮殿ルーミスはこの星、リウルスを少しずつ軌道をずらしながら一日に四周しておる。これが基本のパトロールコースじゃの」
「この城、いや、島か? どうやって浮いてるの?」
「重力操作じゃ。魔法技術の一種じゃの。空中固定エネルギーを浮力にしておる」
「エネルギー源は?」
「風力じゃ」
そりゃまたずいぶんエコなことでと太助は思う。
「千年分の風力エネルギーを取り込んで蓄積しておる。おぬしこの城の周りを飛んで、城の下を見たであろう?」
「ああ、あの島の直径と同じぐらいあるでっかい円筒部分?」
「あそこが風力バッテリーじゃ。あの中を超高速で風力エネルギーが回転しておる」
電力で言う超伝導コイルか磁気浮上フライホイールみたいなエネルギー備蓄システムと言っていいものかも知れない。
「すごいなそれ。地上を監視する人工衛星だよ……。でもそれだと一日二十四時間で四周としてこの星を四等分か。一周六時間。星の裏側まで三時間……。この世界って一日二十四時間?」
「そうじゃ。一秒はおぬしがおった世界の一秒と少しは長さが違うと思うがの、まあ大差はない」
「軌道は変えられないのか?」
「災害があればコースを変えて急行する。そこは対応可能じゃ。だから基本世界中のどこにでも行けるが、たまたま近くで災害があった場合はともかく、たとえば事故があったのがリウルスの裏側だったりしたらおぬしの言うとおり最長三時間はかかることになるのう。それがわちらの活動の限界になろうの」
「三時間か……」
人命救助は状況によるが、この時間を過ぎると救助できる人間は急激に減少するという時間は確実に存在する。一分一秒が惜しいのだ。通常の火事で三時間あれば民家倉庫など簡単に全焼する。大けがした人間の生存限界は1時間無い。
ちなみに消防士の活動限界は空気ボンベの容量より15分から30分。
災害で飲み食いできなくなった人間の生存限界は72時間。
「そうだ、通報! 通報はどうなってんの?! 要救助者や被災者から俺たちに連絡する手段ってあるの?!」
某国際救助隊は確か電波だったらどの周波数でも要請すれば、宇宙ステーションのコンピューターが自動的にSOSを検出して報告してくれるシステムになっていた。
「世界中に敷いた監視システムが日々報告をくれるからのう」
「どんなシステム?」
「都市はハト、カラス、トンビ、スズメ、ネズミ、野山はクマにタヌキにウサギやキツネまでなんでもじゃ。総勢三百万の使い魔がその目でモニターの役目をしてくれておる」
うわっいきなりのファンタジーである。
「す、すげえなそれ」
ベルが操作パネルの上に浮いている水晶玉を手でくるくると回すと、パネルの映像がぎゅるんぎゅるんとカメラ方向を変えていく。ハト目線かトンビ目線か知らないが航空映像も多い。そんな映像がくるくると切り替わる。
「……しかし全世界となるとこれでもぜんぜん足りないかも」
「その通りじゃ。通信網など未だに手紙に郵便、早くて伝書鳩じゃよこの世界」
火事だ事故だと119番に連絡がくる。サイレンを鳴らせば誰もが道を譲ってくれる。すぐに消火活動にかかれる。市民にそういうルールがよく知られているから消防士は活動できる。
だが、この世界そんなことが周知されているだろうか?
「火事場や事故現場に勝手に押し掛けて、『消火させろ』、『救助させろ』って言ってこの世界で通用するか?」
「それは無理じゃ。だから、世界中どこの場所にも顔を出して、まずは我らの活動を知ってもらわなければならぬ。最初は実績を上げて怪しまれない組織になり、次に邪魔をされないようにし、そして協力してもらえるように、呼んでもらえるように……とな。先は長いぞ?」
うえええええ。それ、途方もないなと太助は思う。とても一人でやれる気がしない。
ピーピーピーピー。
何やら警告音が監視パネルから流れてくる。
「警報じゃな」
ベルが指令室のパネルを切り替える。
「フラガヘントの低気圧が異常値を示していますね。三百年ぶりの大雨になりますよ」
「ふむ……。河川の決壊で洪水になるな。水難被災者が出る。ベル、すぐにパレスを向かわせよ」
「はいっ!」
ベルがぶーんと飛んで行って、パレスのコントロールパネルを操作する。
「……この指令室も人員増やしたほうがいいんじゃね?」
「それも今後の課題じゃ。おぬしも水難救助の準備をせよ」
「いやそれも一人でできる仕事と思えんし……」
「なに、今回は一人でも大丈夫じゃ」
「……ホントかね?」
「とにかくチュート族のピンチじゃ。真面目に救助活動せいっ!」
怒鳴られて、なぜかスコップを渡された。
次回「8.洪水から街を救え!」