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60.勉強会「救助できなかった事故」


「いつも勉強会に付き合ってくれてありがとう。今日は、『助けられなかった事故』の話だ……。苦しい選択もある。覚えておいてほしい」


「助けられない事故があるのは仕方ないじゃろ。わちらが着いたときにはもう死んでおるなんてことは普通じゃ」

「そうじゃない。助けられなかった事故は、『防げなかった事故』とも言える。前回のピラミッドの閉じ込め事故もそうだ。つらい決断を迫られることもある。そんな例を今回は一つ、上げておきたい。そして、みんなで、どうすればよかったかを考えておきたいんだ」

 そして、太助は説明を始めた。


「さて、俺がこの世界で一番懸念している、いつか絶対に起こる事故。それは炭鉱事故だ。石炭が機械を使うことなく、まだ人力で掘り出している今、前にも言った『露天掘り』なんて安全な採掘方法は取れない。石炭はみんな炭鉱に坑道を掘って採掘しているこの世界の主流エネルギーだ。これに携わる人はどんどん増えてゆく。今みたいな人力のまま」


「おぬしが言っておった『露天掘り』というのは、山そのものを削って炭鉱層をむき出しにして掘るやり方だったかの?」


「そう、太陽の下で安全に、だ。でもそれをやるにはとんでもなく大きな機械と、ものすごいエネルギー源が必要だ。石油や電気がじゃんじゃん使えるからそんなことができる。機械化して万全な安全対策をやれば坑道式でも安全な採掘は可能だ。でも今はこの世界は機械化が進んでなくて、せいぜい地下水の汲み出しに蒸気機関が使われている程度。まだまだ安全な作業とはいいがたい。俺がいた国でも、この炭鉱事故で通算二千人以上が亡くなっている……。石炭の需要は当分続く。これから蒸気機関車が発明され、蒸気船が発明され、火力発電所がこの世界でも作られるだろう。石油や、自然エネルギー、原子力にとってかわられるまで」


「でも製鉄や他の産業でも、石炭は使われ続けるであろうの?」

「そう。バカでかい機械を使って露天掘りが行われるようになる。でもそれは人々の生活が豊かになって、誰も安い賃金でそんな炭鉱で手掘りするような仕事をする奴がいなくならないとな」

 太助は手をひらひらさせた。


「炭鉱事故は救助できない。それはなぜかというと、『二次災害』が起こる可能性が非常に高いからだ。『二次災害』ってのは、救助に向かった人員が事故に巻き込まれてさらに死傷者が増えること」

「悲惨じゃの」

「代表的なのが炭鉱火災。炭鉱で一度火事になると、坑道は全部石炭なんだから燃料に限りが無い。坑道の酸素が無くなるまで火事は続く。これはもう救助隊は溶鉱炉の中に突っ込んでいくようなもので、救助は無理。当然、現場作業員も全員とっくに焼死している」

「……助けようがないですな」

 ハッコツもそのへんは容易に想像つくようだ。


「ガス爆発もそうだ。炭鉱を掘ると天然の発火性ガスが石炭から揮発し、爆発が起こる。メタンガスの場合も多い。この爆発は大変多い炭鉱事故の一つで、一度爆発が起こった坑道は、またいつ爆発するかわからないし、ガスを吸えば窒息死か中毒死。救助隊が踏み込めない理由の一つだ」

「火元がなければ、爆発はしないのではないかの?」

「坑道のあらゆる場所で鉄が使われている。それはトロッコのレールと車輪だったり、ハンマーだったりつるはしだったり、服の静電気だったり、着火の原因はいくらでもある。照明を電気や火に頼っていたらなおさらだ。そんな状況下で爆薬で発破をかけたりするやつもいるし、危険は多い」

「……十分に換気をして作業しなければならないわけだの」


「そこだ。生産性第一で安全を軽視し、十分な換気が行われないまま、無理に奥へ、奥へと採掘を続けるとそんな事故が起きる。元々石炭は炭素であり、それを砕いて採掘するのだから石炭の粉じんも大量に発生する。それが原因の粉じん爆発も起こる」

「爆発コワい……」

 今まで爆薬を使った仕事がけっこういっぱいあった。ジョンもその恐ろしさはちゃんと身をもってわかっている。


「発生するのはメタンガスが多い。メタンガスが爆発する濃度にまで上がる前に作業場から避難するべきなんだが、今の世界にはまだこのメタンガス濃度計ってやつは無いんだよな?」

「無いのう。ガスとかで死にやすいカナリアとかを鳥籠に入れて一緒に連れて行ったりしておる所もあるようじゃ」

「原始的すぎるな……。とにかくこのガスや粉じんは、突発的に噴き出すから予測ができない。逃げきれない場合もある」

「実はこのリウルスでももう炭鉱事故で百人以上が死んでおる」


「……そんなこったろうと思ったよ。だが、炭鉱は金になる。儲けもデカい。炭鉱夫の給料もそれなりに高い。他の産業の給料がまだまだ安いってことでもある。だが、現場の安全に注意する経営者ってのは、まだこの世界には少ない……。人を使い捨てにするほうが安上がりだから」

「そうじゃの……。わちが懸念しておるのもそこなのじゃ」


「炭鉱火災が起こると、もうほぼ絶望なわけなんだよ。生き残ってるやつはいるわけない。だからって、もしかしたらってこともある。なのに、消火方法は注水しかない。もし生きている奴がいたとしても溺れちまうだろ? 坑道を塞いで空気を遮断するのでも、やっぱり中にいるやつは死ぬ。俺がいた国では、最後の炭鉱が、作業員59名の家族が見ている前で『生存の可能性なし』として注水して消し止め、炭鉱は閉鎖されたよ……。家族全員に苦渋の決断を迫り、許可を取り付けてな。その後炭鉱会社は多額の賠償金を抱えて倒産さ。炭鉱のあった町も寂れてしまって人もいなくなり、未だに借金を返している」

「悲劇じゃの……」


「安全を無視して生産性を優先しても、犠牲者が出るとそれまでの儲けなんか簡単に吹っ飛んじまう。安全は何より優先される。それは人命を優先するって建前だけの話じゃない。企業経営者にとっても、安全に金をかけるほうが結果的にはずっとお得になるはずなんだ。それがこの世界ではまだまだ分かってもらえない。人の命が安いからだ」


 誰も反論できなかった。人権っていうものが確立されていない、近世の世界だったと言える。


「炭鉱の地盤、岩盤ってのは弱い。石炭は石よりずっと柔らかいから。崩落も起こる。でも崩落だけなら救助できる場合もある。掘り進めばいいんだからさ。生きていてくれれば、時間はかかるが救助できる可能性もあるんだ」

「人力だけでは困難じゃろうのう」

「俺の世界じゃ、『ジェットモール』っていう、バカでっかい先にドリルが付いた機械が地面を掘っていって、閉じ込められた作業員を助け出す、なんてお話も作られた。実際にはまだそんな機械は実現できてないんだけどさ」

「モグラかの?」

「そう。人気のメカだったよ。なあルミテス、銀龍(ドラちゃん)がいるんだからさ、この世界。炭鉱に穴開けられるぐらいでっかい土竜(もぐら)の魔物とかいないの?」

「いるわけないわの」

「だよな――……」

「いたとしても、そのためだけに飼っておくのも大変じゃし」

「ですよね――……」


「坑道で掘り出すっていうのは、なにも石炭だけじゃありませんわ。ダイヤモンドも、金も、銀や銅、ありとあらゆる鉱物が坑道で掘られているはずですわ。そんな装備、もしあれば炭鉱以外でも役に立ちますわよルミテス様!」

 マリーがそんなことを言う。


「そっちは少なくとも爆発したり火災になったりはしない。炭鉱よりは安全なんだ。心配するのは地下水を掘り当てちまって水浸しになって出られなくなるか、崩れ落ちる崩落だけ。根気よく水を汲みだしたり、掘り進められれば救助は可能な場合も多いだろうな。実際、現場でそんな事故が起これば鉱夫たちが総がかりで救助をやるだろうし、俺らよりずっと専門家だから俺らの出番もない」

「ふーむ……。だがポンプがあるから水については何とかなりそうじゃの」


「水に閉じ込められた事例はある。鍾乳洞……自然にできた洞窟だな。そこを探検していた先生と子供たちが雨季の浸水が流れ込んで出られなくなった例だ」

「それどうやって救助したんじゃ?」

「ダイバーが潜水して子供たちに食料や水や酸素を届けた。必死に水のポンプ汲み出しもやったんだが、とても間に合わない。最終的には十三人の子供たちの人数分だけダイバー装備を届けて、ダイバーと一緒に潜ってもらって救助した。結果、全員救出まで一か月もかかったな。救助を手伝ってくれていたダイバーも一人死んじゃったよ」

「そんなことがのう……」

「最新の装備も技術もあっても、最後にものを言うのはやっぱり人間力。根性なんだよなって思わせられる事件だったよ」


「今の隊員で、泳げるのは太助一人かの?」

 メンバーを見回すが、手を上げた者は太助意外いなかった。


「今俺が言えるのは、『危ないことはやらんでくれ』ってことなんだが、それでも人間ってやつは実際に痛い目に合うまで反省しない。いくつもの事故と犠牲を積み重ねて、やっと安全は確立される。事故が起こってから助けに行くっていう俺たちの活動は、実はそれほど安全の確立には役に立っていないんだよな」

「……そこがわちもつらいところなんじゃ」


「俺たちは馬鹿だ。失敗からしか学べない。うまくやれるほど頭が良くないんだ。それはルミテスも、俺も、現場の人間も会社の経営者も同じなんだよ。そのことは絶対に忘れたらだめなのに、俺たちはすぐそんなことを忘れちまう。自分の失敗で大勢の人がバタバタ死ぬ。そんなことはいつか必ず起こるのにさ」

「……」

「今すぐでなくていい。こんな場合、どうやって救助するか。その方法を、少しずつでもいいから、考えて行こうぜ。な、ルミテス」

「わかっとるわ!」


 この後いろんなアイデアが出たはいいが、どれも実現にはまだまだ難しそうなものばかりだった。

 炭鉱事故、待ったなしだ。太助は不安を抱えながらも、毎日の救助作業に励むのであった。




次回「61.時計塔の崩壊を救え!」

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[一言] 何処の炭鉱だったっけ  夕張?
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