6.消防士をやり直せ!
「さてすぐに今回の報告と、今後の課題、改善点の検討をしたいのだが?」
「……さすがにちょっと。休ませてくださいよルミテス様……」
ドラちゃんの背中の鞍につかまって、ぐったりとしている太助である。
「ま、ようやった。今日は寝かせてやるとするかの」
ルミテスが特大の無重力風呂敷を空中に浮かべると、ドラちゃんが背中を傾けて太助をぼふんと風呂敷の上に落とした。そのまま風呂敷で太助を縛り、それを空中に浮かせたまま引っ張って寝室に運ぶルミテスであった。
「さて、物事は後始末のほうが大変じゃ。報告をもらおうかの」
翌朝、朝食のテーブルにルミテスがやってきて太助に聞く。
「報告とは言っても、今回は火を消してきただけだしなあ……」
「思いついたことはなんでも言っていいのじゃぞ。渡した器具はどうだったかの?」
「ふむ」
太助は考え込む。
「まず『放水くん』、ありゃたいしたもんだ。人間一人でやれる消火作業のアイテムとしては最高だね」
「うむ」
「防火服、靴も最高だ。作業中一度も熱いと思わなかった。バーベキューが焼けるような炭の上を歩いても平気だった。いったい何からできているのやら」
「よし」
「空気呼吸器も問題なしだ。アレ何時間使えるのかね」
「一日中じゃな」
「そりゃすごい……」
「で?」
「え」
「わちが聞きたいのは誉め言葉ではない。聞きたいのは問題点なのじゃよ」
「……せっかく褒めてやってるのに」
「女神などほめられて当たり前じゃ。毎日世界中どこの教会でも祈りを捧げてもらっておるわ。いまさらじゃの」
「いいご身分だこと。じゃあ遠慮なく言わせてもらうが圧倒的に人手が足りないな。消防ってのはチームの仕事だ。一人でできる事なんていくら道具が良くてもたかが知れてるよ」
それを聞いてルミテスが難しい顔をする。
「……一番やっかいなところからつっこんできたのう。ま、それは何とかしてやりたいが、すぐにはどうにもならんことの筆頭じゃの。それを一番に挙げるおぬしの資質はなかなかじゃと認めるわ。普通は手柄を一人占めしたがるものじゃ」
「消防士の仕事は手柄じゃねーよ」
「そう考える者もこの世界じゃもう少なくてのう……」
荒んでるねえこの世界、と太助は思う。
「無い物ねだりをするでない。もう少し今からできそうなもので頼みたいのう。他はどうじゃ?」
「飯がマズい」
「知らんがな」
ルミテスは冷たかった。不思議となんでもいつの間にか補充されているあの冷蔵庫の物だけで当分……、いや、一生我慢しなきゃいけないのかと太助は涙がでそうになるほど辛かった。
「食事待遇についてはベルに言え。ま、それは置いといて、何でもいいのだぞ? たぶん無理だ、と思うことでもよい。将来的には実現できるかもしれんからの」
「……」
太助はしばらく考え込んだ。
「個人装備には不満はないよ。どれも俺が日本で使ってたやつから見たらケタ違いに高性能だ。言うことないね。ただ、大規模な山火事では大型ヘリコプターで水を撒いたりする。もちろんそんなことができるヘリコプターはどの国でも大量に所有できないから、焼け石に水なんだが」
日本でも各県に数台しかない消防用ヘリコプターだけで山火事を消火できるかというと、難しいが。
「要するに物量じゃの。今はまだ難しいのう」
「……やっぱり欲しいのは人手だ。消防士ってのはチームの仕事なんだ。昨日だって俺が二人いれば半分の時間で消せたかもしれない。燃えた範囲だって半分だったかもしれないだろ? 消火は時間との勝負。消防の仕事ってのは仲間同士カバーし合ってやるもんなんだ。切実にほしいのは仲間だね」
「そう都合よく死んだ消防士がいるわけじゃないからのう」
「待って待って待って。他の消防士を連れてくるのやめて。こんな目に合うのもう俺だけでいいからさ。これ以上消防士犠牲にしないで」
慌てて物騒なことを言うルミテスを止める。
「別に殺して連れてくるわけじゃないわ。しかしそうすると現地のものに頼むかのう。どんなやつがいいかの?」
「どんなやつって言われても、今まで会ったのは猫耳の連中と、それと……アレだ、山火事消したときの農家は遠目に見てなんかの動物だったな」
思い出してみる。たしかに遠くに避難しようとしていた村人の姿が見えたが、アレはヤギ人間かウサギ人間だったと太助は思う。
「この世界ネコ人間以外にも、いろんな種族がいるのか?」
「ああ、おぬしも見た獣人族、人間、それに魔族、妖精族、竜族、エルフにドワーフ、人外の種族が一通りなんでもおるわい」
思っていたよりずっとファンタジーな世界である。
「す、すごいなそれ」
「まあそのせいで種族間のいざこざも絶えん。今は人間が一番数が多く、エネルギーの利用を覚えたぶん武力も産業も規模が拡大し一番威張り腐っておるところじゃの。その分事故も火災もやらかすのは人間が一番多い。貨幣の流通も支配しておるから経済的にも人間がこの世界のトップじゃ」
「……戦争とか、してないよね?」
「それもやめさせたいところじゃの」
戦争怖い。世界でもトップクラスに安全な日本という国から来た太助には縁がない言葉だった。
「俺そんなのにまで関われないからね? 自衛隊のPKOじゃないんだからさ」
いくら災害があっても、戦火の中に飛び込むのは職種が違う。
「命がけで人の命を救うのが消防士というものではないのかの?」
「……よく勘違いされてるけど、消防士ってのは命がけの仕事じゃないの。安全第一なの。命がけってのは一番やっちゃいけないことなの。現場で死ぬってのは消防士として失格なの。これからたくさん助けられるはずの人の命を、見捨てたも同じなんだよ……」
「それをやっちゃって死んだのがおぬしじゃないのかのう」
「ぐっ」
それを言われたら太助は何も言い返せない。
「……だから、生きて帰れなかった俺には消防士をやる資格がない……」
太助はぐったりと頭を下げる。今でもそれが後悔なのだ。正直泣きたくなる。
「そんなことはこの世界で挽回すればよい。思い出せ、忘れるな。おぬしはもうすでにこの世界で何人もの命と財産を救っておるのだぞ? それは無駄なことであったか? もう少し、この世界で、命を救ってみる気はないか? おぬしはそれができるのだぞ?」
太助はまじまじとルミテスの顔を見る。
「チャンスをくれるってことか」
「これをチャンスと見るかどうかはおぬし次第じゃの」
ここまで言われて太助の腹も決まった。
「わかった。もう一回死ぬまでやってみるよ」
「よし」
次回「7.異世界救助隊秘密基地」