57.空の孤島の日常2
◆マリーのお土産
ジョンとマリーがデートから帰ってきたお土産は、さすがに公爵令嬢らしく気が利いたものだった。ゴールドカードを使ったわけではない。これは自分がもらっている給料から出さなければとマリーは思った。そんなに高いものではなかったが、そこは元公爵令嬢のセンスが光る一品ばかりであった。
まずお土産を一番楽しみにしていたベル。
「ベル様にはハチミツの瓶詰、産地ごとに五種類ですわ」
「うわ――――!」
狂喜乱舞するベル。
「あと、それから花の種! 庭園でみんなで一緒に育てて、お花いっぱいにいたしましょう」
これにはベルも喜んだ。直接花から蜜を吸える。妖精のベルには嬉しくてしょうがない。災害監視管制官の大先輩へのお土産として、マリーが一番よく考えて気を利かせたアイテムだったのだろう。
「ルミテス様にはこれ! 紅茶セットです! ジャムも数種類用意できましてよ」
「おおっ、これは嬉しいのじゃ!」
「ヘレスさんにはこれ! 植物油と調味料詰め合わせ」
喜んでいるのが分かる。厨房のコックとしてこれは嬉しいだろう。
「それに……、カレー粉ですわ! 太助様が喜ばれるでしょう!」
「うおおおおおおお!」
これには太助が大歓喜。もう涙も流さんばかりの喜び方である。
「へ、ヘレスちゃん! あとで一緒に作ろう!」
カレーだったら太助も作れるのであった。でもルーじゃないからそこは小麦粉を炒めるところからと苦労しそうだが。
「グリンさんにはこれをどうぞ! 枕ですわ」
「お――――! これはよく眠れそうだの!」
「ふっかふかの羽毛枕ですのよ」
寝てばっかりいるグリンには最高のプレゼントだろう。
「太助様には、作務衣ですわ。東洋の普段着ですのよ。太助様これ見覚えがあるでしょう?」
「……嬉しいよマリー。俺が日本にいたときに休日ごろごろするときよく着てた。なんでこの世界にも作務衣があるんだろうな……」
「だって太助様、面倒な時はパジャマ代わりによく『検診衣』を着て寝てるじゃないですか」
「うん、この前開きなところが作務衣とよく似てたから」
「誰でも考えることは一緒なんですわきっと」
「なるほど」
「ハッコツ様、ハッコツ様は一番悩みましたわ」
「なにが出てくるんですかな?」
珍しくハッコツがワクワクしている。
「ハッコツ様、何も食べないし、何も飲みませんし、いつもオレンジの制服着っぱなしですし」
「私は汗をかかないし垢も出ませんから、あんまり着替える必要がなくてですな……。言われてみれば確かに寝るときも着ておりますな」
どうやらハッコツの「腐った匂い」というやつがわかるのは、狼男のジョンだけのようである。
「でも、紅茶の香りは良いと言ってくださったことがありますでしょう」
「はいな」
「だから、アロマ用品を一セット買ってきました! いかがです!」
ハッコツは嬉しそうな顔をした。普段なかなか表情が読めないハッコツだが、この頃にはみんな喜怒哀楽ぐらいはわかるようになっていた。
「お香ですな! これは風流ですな!」
以外にもハッコツはこれをけっこう喜んだ。すぐに箱を開けて驚く。
「……白檀、安息香、伽羅、香木、竜涎香! よく手に入りましたな!」
なぜハッコツがそんな知識があるのか太助には意味が分からないが。
「さすがに本物は無理でしたわ。腕の良い調香師がブレンドしたレプリカですけど」
「それでも嬉しいですぞ」
「へー、お香ってやつか」
「どんな匂いがするのじゃ?」
みんな興味津々。
「やってみましょうかな」
ハッコツは不思議と慣れた手つきで、セットの香炉に炭のかけらを入れ、火をつけて白檀を焚いて見せた。
穏やかな煙と共に何とも言えない香りが漂う。
「うーん……」
みんなリラックス効果があるようで、穏やかな顔になって喜ぶ。
「風流じゃのう……」
ルミテスも気に入ったようだ。
「でもなハッコツ」
「なんですかな?」
太助の一言にハッコツは振り向いた。
「お前がそれやると、なんだか葬式みたいだよ……」
「……」
太助には線香の匂いとしか思えなかったらしい。
ぺしっとヘレスに叩かれた。
太助が風流が分からん男として、女性陣の評価が暴落したのは言うまでもない。
◆ カレーの話
マリーがカレー粉を買ってきてくれたので、ヘレスと二人でカレーライスを作ってみることになった太助。
「シチューってどうやって作ってる?」
まずタマネギを刻んでじっくり飴色になるまで炒め……。その間太助はジャガイモ、ニンジン、タマネギの皮をむいて切る。
これはどれぐらいの大きさに切ったらいいかヘレスにはわからないからだが、 それでも、やってみればシチューと同じか小さい程度でいいとわかって安心である。
肉と野菜を加えてコショウや塩でさっと味付けしてさらに炒め、水を入れて煮込み、そしてヘレスはフライパンで小麦粉を炒め始めた。
「それそれ! 市販のカレールー使ってるとそれがわかんないんだよな!」
小麦粉を炒める。なんとなく知っていたことだが、実際にそうやるんだと太助は一つ勉強になった。
「シチュー作るのもカレー作るのもそんなに変わらないはず。チーズと牛乳入れるか、カレー粉入れるかの違いだと思うから」
炒めた小麦粉にカレー粉を少しずつ加えてゆく。
「どれぐらいかな……これぐらいかな……」
味見しながら、結局一缶入れてしまった。炒めることでいい香りが漂う。
肉と野菜を煮込んでいる鍋にその炒めた小麦粉とカレー粉のミックスを少しずつ溶かしていく。とろみがある茶色のカレーらしくなってきた。
その間、太助は米を焚く。
米は手に入ったので、ヘレスは料理してくれたことはあるんだが、リゾット……つまりおかゆだった。煮込む米料理はあるのだが、西洋では「米を炊く」という調理法が無いらしい。
米は炊飯器は無くても、土鍋で上手に炊ける。火加減が難しいが。
キャンプで炊飯器を使わずに米を炊いた経験は太助にもあるので、これはできた。太助はガスストーブでしかやったことがないので、パレスの電熱器コンロはちょっとどう使うか悩んだが。
炊きあがったごはんに、ヘレスはかなり衝撃を受けていた。やっぱり「炊く」というのは知らなかったらしい。
「福神漬け! 福神漬けの代わりが欲しい!」
そう言うと、ヘレスは訳が分からないみたいだったが、棚から自分が漬けていたピクルスの瓶を出してくれた。
「ウマ――――!」
瓶から取り出してポリポリ食べてみたが、それだけでもおいしい!
細かく刻んでみじん切りにした。
二人で小皿に盛って食べてみる。
「!」
親指を立ててからハイタッチした。
「さあ、お披露目だ!」
昼の時間にみんなに……というか、食べるのはマリー、ルミテス、ジョン、グリンの四人だ。以前よりルミテスも食事を取るようになったのは進歩と言えるかも。
ちょっと顔を出したハッコツは「香りはいいですな」と言う。ハチミツしか舐めないベルは全く興味が無いので食堂にそもそも来ない。
「……香りはいいんですけど」
うん、わかる。これを初めて見た人はう〇こやゲ〇に見えちゃう人もいるかもしれない。既に味見している太助とヘレスはけっこう自信作なんだが。
全員、おそるおそる食べてみた。
「……辛い。でも不思議。けっこうおいしい」
「けっこううまいのじゃ!」
「いいのうこれ!」
「……。ごめん、オレ、これは食べられない」
残念。狼男のジョンにはさすがにこれは無理なようだ。
だがそれ以外のメンバーには好評だった。
「わりいジョン。狼男には無理だと思ったよ。別の料理出すから」
ジョンには用意しておいた羊肉のソテーを出した。
「俺の国の船乗りには伝統があってね、金曜日には必ずこれを出すんだ」
「ほう。なんでじゃ?」
「船とか、このパレスでもそうだけど閉じられた空間だと、曜日感覚がなくなるだろ? だから、カレーが出た日は金曜日、週末ってわかると、ああ一週間たったんだなってわかるだろ? 俺のいた国の海上自衛隊とか、南極観測隊とかでもそうしてたんだよ」
「なるほどのう……。よし、ヘレス、次からそうするのじゃ!」
気に入ったらしいルミテスもそう言ってくれた。
「俺としては大賛成なんだけど、この人数分作ったら一缶使っちゃったんだよな。もう無いんだ」
全員、がっくり。
「マリー」
ルミテスがめずらしく機嫌よく言う。
「はい」
「おぬし月に一度ぐらい下界に降りて買い付けをやるのじゃ」
「はい! その時はジョン様もいっしょに!」
ジョン、ちょっとゲッとした顔になる。基本無表情な男なのだが。
「そりゃいいや。やっぱり月に一度ぐらいは買い出しに行ってくれる人がいると俺も嬉しいよ」
太助がそう言うと、「おぬしはいいのかの?」とルミテスも聞いてくる。
「……実は俺もたまにはヘレスちゃんと休み取りたい」
「そろそろそういう体制も作らないといけないのう。ハッコツもジョンも家屋の火事の消火ぐらいならもう二人だけでもできるであろう」
ハッコツはケタケタ笑いながら、「お任せください。私は休みはいりませんからな」と言う。
「ハッコツ、お前もたまには休め」
太助も気の毒になって休みを勧める。
「けっこう楽しんでおりますぞ」
「なにを楽しんでんだよ」
「それは秘密ですな。ケタケタケタ!」
全員、不気味に鳥肌が立った。
ジョンは一度は避けたカレーを、必死に食っている。
「毎週出るなら俺も食えるようにならないと。げほっげほっ!」
「犬……狼ってタマネギだめじゃなかったか?」
「いや食える。オレ亜人だから体に悪いわけじゃない。味に慣れればいいだけ」
グリンさんは魚が好きだし、ルミテスはお菓子、ジョンは肉。マリーはイタルア料理に太助は実は和食と中華派だ。イグルス出身のヘレスはなぜかイグルス料理? は作らないのが謎なのだが、基本なんでも作るし食べる。全員食事の好みが違いすぎる点はまだまだある。
まとめて大人数分を一気に作れるカレーはヘレスの負担も小さくなる。
これからも一緒に料理して試行錯誤して解決していこうと太助は思った。
◆花壇を作ろう
マリーとベルは庭園で花壇を作り始めた。
植木鉢をいろいろ並べて、二人でキャッキャウフフしながら種を植えた。まあやってるのはもっぱらマリーだが。
水をやってはキャッキャウフフ。芽が生えてきてはキャッキャウフフ、楽しそうだ。
「花か」
「はい!」
ベルは花々の間を飛び回って、蜜を吸えるようになるのをすごく楽しみにしている。
「太助様はどんな花がお好きですか?」
「俺か? 俺は……やっぱり、桜だな」
「桜ですか……」
「やっぱり日本人は桜だよ。パレスの中庭に桜が植えてあったら、春には満開になってみんなで花見! そんなんできたら最高だね!」
マリーが考え込む。
「サクラ……。花が咲く木もいいですわね! 今度買い出しに行ったときにでも苗を探してきましょうか」
「ホント! 頼む! それめっちゃうれしい。あと夏のヒマワリも好き!」
「ヒマワリでしたら種がいっぱいありましてよ。倉庫に保存されていました」
「あー、ネズミ族とかの救助で食料に配ったことあるな」
「それで種がありましたのね。わかりました。植えておきます」
ジョンが花壇にやってきた。
「ジョン様は何のお花がお好きですか?」
「…………タンポポ」
「タンポポ……?」
マリーは意外そうな顔をする。
「春になったらタンポポが咲く。そうしたら、冬が終わって春が来たって感じがする。オレは」
厳しい冬を越していただろう山育ちの狼男らしい好みである。
「……わかりますわ。風流なご趣味です。ぜひ用意させていただきますわ!」
「今から用意するのでも、来年の春になって綿帽子を集めてからでないとダメだよな。そこら中にありすぎて花屋でも取り扱い無いだろ」
空気が読めない太助、思わず現実的なことを言ってしまった。言ってしまってからちょっと反省だ。
「……ですわね。でも来年になれば……」
「ごめんマリー」
先の話過ぎてジョンはなんだか申し訳なさそうだ。
「いえ、この庭がタンポポでいっぱいになれば、私も嬉しいですわ! 世界中を回っているパレスでは四季がありませんし、それぞれの季節に合わせてコスモスも植えましょう!」
元公爵令嬢のマリー。バラとかランとか好きそうだったが、これでなかなか野に咲く花も大好きなのであった。
春になって桜が咲き、タンポポが咲き、夏にはヒマワリが咲いて、秋にはコスモスが咲く。そんな庭園を想像して、みんなの笑顔が咲いた午後になった。
次回「58.ピラミッド調査隊を救出せよ! 前編」
 




