53.火山の噴火から住民を脱出させよ! 中編
「ドラちゃん、どっか目立たないところに着陸して!」
もう暗くなった街の上を、太助とヘレスを乗せてドラちゃんは旋回する。
神殿らしい大きな建物の屋根にそっと降り立ち、身を伏せてくれた。
先に降り、ヘレスの体をかかえて降ろしてやった太助は、降りられる場所を探す。
神殿には鐘突き堂があり、そこかららせん階段で地上に降りられるようだ。
「ありがと。また連絡するから」
ドラちゃんは静かに羽ばたいて、夜の空に消えていった。
神殿の庭に降り、見上げる。
「立派な神殿だねえ……、ギリシャ式ってやつに近いか。大理石の支柱で屋根を支える、ロールスロイスのラジエターみたいな……」
ちょっとした観光気分だ。ヘレスも喜んでいるのがわかる。
「さ、繁華街に行ってみよう。レストランで食事して、宿も取って、まずは一休み」
にぎやかな都市だ。人通りも多い。
古代都市から連綿と続く歴史ある街。行き交う人たちも、地球で言う古代ローマのような、トゥニカと呼ばれる布を巻き付けたようなもの、貫頭着、地中海風の装束に、交易都市らしくアラブ系の商人たちのような服装もいて多種多様だ。
太助もベルが用意してくれた同じような服装をしてきた。それでも目立つかと思ったが、明らかにヘッドレスのヘレスに誰も注目したりしない。
人間だけでなく、獣人、亜人の人間たちも多数いて、この街では多少おかしな種族、服装をしていてもそれが日常の風景なのだとわかる。
商店の看板はすべて絵看板。文字が読めなくても誰にでもわかるようにできていた。町に書かれた案内文字はローム文字。アルファベットだ。
レストランはすぐにわかった。居酒屋という感じで食事も酒も出すところで、仕事帰りの職人、商人たちでごった返す。
「地中海風ドリア、パスタ、スープ……、よくわからんけどこんなんでいい?」
出された食事はうまかった。地中海中の食材や調味料、香辛料を集め、太助が前世で食べていたイタリア料理と遜色なかった。
ヘレスはいつもの通り食事に手は付けるが、いつの間にか消えているという謎な食事方法。太助も遠慮なく食べる。
「おいしい?」
ヘレスはちょっと手をほほがあるはずの場所ににぺちぺちと当てるようなしぐさをして、おいしいと返事。
太助はヘレスとの付き合いで、だんだんヘレスの手話を理解していた。
太助はレストランの客の様子や会話を横目で、よく観察した。
ウェイトレスさんとのチップのやり取りなんかもちゃんと見ておく。
食事を終え、ウェイトレスさんにチップを渡して聞いてみる。
「この辺でいい宿ある?」
「そうですねー。この時間だったら神殿通りにまだチェックインできるお宿がありますよ。お二人で泊まるんですよね?」
「そう」
「だったら、この店を出て通りを二十キュピトぐらい行けば、そこの裏通りにありますよ」
「ありがと!」
ち〇こだ! ち〇こが描いてある!
街路の石畳にどうみても竿とタマタマの浮彫がされている。
「えーえーえーえー……」
でも紹介してもらったのはその辺である。
恐る恐る裏通りに顔を出す。
なんともいかがわし気な通りであった。
要するにそこは風俗街。売春宿が立ち並んでいた。スケスケのきわどい衣装に身を包んだ女たちに微笑みかけられ、それがわかった。中には獣人の娼婦もいた。人種も亜人種も様々だ。
ち〇このレリーフが向いた先は、売春宿への案内だったのだ。
「あったあったあった! 宿屋! 宿屋!」
まるで売春宿に売られに来た娼婦みたいに震えていたヘレスを、太助は優しく案内して宿屋の門をくぐる。
店員の顔が見えないようにしきいがされた宿。「部屋はありますか?」と聞いてみる。
顔が見えないカウンターの男、「どのお部屋がご所望ですかな?」と聞いてくる。
「一番いい部屋」
「じゃあ、泊まり銀貨六枚、休息なら銀貨二枚ね」
泊まりを払って、鍵を渡され、最上階の部屋に二人で向かう。
ラブホだ。ラブホテルだ。連れ込み宿だ。そーゆーことですかウェイトレスさん。
どう見てもそう見えましたか俺たち。
気を利かせすぎですウェイトレスさん。
もう金も払ってしまった太助は、ヘレスを連れて部屋に入った。
ど真ん中にでっかいベッド。ピンクのガラス燭台。豪華で大きな二人が一緒に入れるお風呂。どこからどう見てもラブホである。
「その……ごめん。こんな宿で」
気まずそうな太助を、ヘレスはそっと抱きしめる。
いっぱい可愛がってくださいの合図。ベッドに腰掛けた太助の顔にヘレスの胸がふにゅってなる。
こうなったらもう遠慮なし。二人はホンヘイ最初の夜を、たっぷりと楽しんだ。
朝になってから明るい部屋をよく見ると、いかがわしさ満載。太助はラブホなんて入ったことないのだが、まったくなんのお宿なんだか、誰でも考えることは一緒だねえとあきれる。
レストランを探し、朝食を取り、街を歩く。
「ようこそいらっしゃいませホンヘイへ! 旅のご案内はぜひ当店に!」
そんな呼び込みがあったので、門をくぐると、その目立つところにあった観光案内をしている店は、アルバイトのガイドを頼めるらしい。
初めての国、初めての街、初めての世界なのだ。これは頼んでおいたほうがいいだろう。
「はいーお二人様! ご案内~~!」
出てきたのはちょっと太った女の子。十六~十八歳ぐらいだろうか。名をユリアといった。
「お二人様、どんなところに行きたいですか! おすすめはパンテラン神殿、闘技場、商店街に職人街。市場も活気があって楽しいですし、野外劇場もおすすめです。大浴場は混浴じゃないですしお二人にはお勧めしませんが、このホンヘイはなんでもありますよ!」
「そりゃ楽しみだ。じゃ、この街の歴史がわかるような場所はあるかい?」
「はい! そりゃあもう。でしたら街の大議会場がいいですね!」
大議会場はこの世界で言う市役所。ホンヘイの行政を司る由緒ある建物だ。
大勢の仕事を抱えた市民が出入りしているが、その大回廊にはレリーフ、モザイク画、絵画が多く飾られ、この街の成り立ちから発展してきた歴史が描かれていた。それをユリアが一つ一つ、説明してくれる。
町全体の地図がある。鳥観図と言うやつだ。町の奥に大きな山……、ベスパオ山がある。
「ベスパオ山だね」
「はい! この街の象徴であり守護神。山そのものがご神体なんですよ」
「怒りっぽい神様なんじゃないか?」
「よくご承知で……五百年前に噴火があって、多数の市民が犠牲になりました。山を鎮めるために今でも神殿での祈祷が盛んです」
やはり噴火のことは歴史で語り継がれているか。休火山なのだ。
「ホンヘイって街は、ずいぶん起伏が少ないね」
「ホンヘイは大半が埋立地なんです。古代から少しずつ、干拓をし、土地を広げて、堤防を作り、街を広げてきました」
「ああ、それで郊外には風車がいっぱいあったんだね」
「はい。あの風車は今でも水を汲みだしているんですよ。大きな水路もあり、水門が海に通じています」
「その水門、見てみたいな」
「お客様、水門なんかよりこの街は見どころがいっぱいありますが……」
「いや、せっかく来たんだし、風車も水門も見てみたい。よろしく頼むよ」
「半日かかりますけどねえ。じゃ、おべんと買ってピクニックにしますか!」
三人で堤防のある運河の土手を海に向って歩く。
大きな水門がある。その水門を開け閉めして、貨物船から荷物を運び出すはしけ船を入れている。
ひゅるひゅると風が吹く。風車がぐるぐる回っている。
防波堤の向こうは海。交易都市らしく、ここから見渡せる港には世界中の帆船が集まっているようににぎやかだ。
干拓してできた土地らしく、街の大部分は標高が低い。海面よりも低そうな場所が多く、土地の起伏が全くないのが特徴的だ。オランダみたいなものだろうか。
実際運河も、土手を積み重ねて地面より少しだけ高いところを川が流れているというちょっと不思議な光景だ。
三人で土手に座って、弁当にする。
この街に溶岩が流れ込み、火山灰が積もる。巨大な土石流で埋め尽くされる。
そして、この街は消えてしまうのだ。
太助はやりきれない思いを、なんとか笑顔でごまかした。
「女性へのプレゼントでしたら、こちらの雑貨店などいかがです!?」
「ヘレスちゃん。気に入ったものなんでも買っていいからね! ルミテスからたっぷりお小遣いをもらってるから気にしないで」
ヘレスはウキウキして、雑貨店の中を見て回って、じっくり、慎重に並べられた商品を選んでいる。どこの時代でもどの世界でも、買い物は女の子が一番幸せな時間と決まっていた。
一緒に選んであげるべきか、それとも口を出さずに好きにさせてあげるか、男がデートの時に一番悩むのがこれである。どっちがいい? なんて聞かれた日にはデート初心者の男はもうパニックだ。本当に迷っているのか、それとももう買いたいものは決まっていて男がどう答えるか試されているのか。デート中頭の中は、難易度高いキャラの恋愛シミュレーションをずっとやっているのである。
「……ご主人様、奥様はヘッドレスさんなんですね」
「そうだよ。まだ夫婦ってわけじゃないけど」
「やっぱり珍しいです。どういうご縁ですか?」
「うーん、俺が惚れて口説いたようなもんかなあ……」
そう思う。ヘレスちゃんがパレスで働いているのを見ればいつも目で追って、声をかけた。
好かれたくて、いつも笑顔でいい人ぶった。モテたことが無く振られてばかりだった太助は不器用ながら必死だった。今でもヘレスちゃんが受け入れてくれたことが奇跡みたいに思えてしょうがない。
「そうでしたか。お優しいんですね。見ていてほっこりしちゃいます」
「ヘッドレスって、この街では珍しい?」
「珍しいですよっ! 高値が付き……、あ、失礼しました」
「いや、いいよ」
太助はもうそんなことは気にしていない。
「古代ロームの詩人、アウグスタヌキはこう言った!」
またその話か――――!!!!
「『世界の中心、ロームいち、おまんっぷ」
太助はガイドのユリアの口を押えて、首を絞めた。グリンさんと比べても表現がダイレクトすぎる。
「うーうーうー」
「嫁入り前の娘がそんなこと言っちゃいけません!」
「ぷはあっ……。し、失礼しました」
「ぶん殴っていい?」
「いえいえいえいえやめてやめてやめて! すみませんっ!」
必死に言い訳するユリア。
「ここホンヘイでは、これぐらいのジョーク誰でも喜びますので……」
「お盛んな街ですこと」
「おおらかな街と言ってくれません?」
なんでヘッドレスの娘にそんな逸話があるのか太助にはさっぱりわからない。
町中にち〇このレリーフが堂々と彫ってあるような街なんだからしょうがないかと太助はあきらめるのだが。
太助はへレスが初めての女性だから比べることなんてできないが、亜種族の中でもものすごく都合いい女扱いされているだけなんじゃないかと疑ってしまう。
へレスはいつも従順だ。文句ひとつ言わずなんでも受け入れてしまう。それは子供のころから幸せだったことが一度もなかったからだろうと太助は想像できた。だからこそ本当に大切に愛してやらないといけないと思うのだ。
少しずつだが、へレスは太助に甘えてくることもあればわがままもするようになってきたし、怒ることだってある。それが今の太助にはすごく嬉しかった。
「世界一の奥様ってことですよ。ここホンヘイでは誉め言葉です」
「大きなお世話。外国人の案内をする時は気を付けてね」
「はいっ!」
「だいたい、まだ女房ってわけじゃないし……」
「プロポーズもまだですか」
「ああ」
「ヘタレなご主人ですこと!」
「それこそ大きなお世話」
「お世話ついでに、彼女さんに宝石店でリングを買っていきませんか?」
「それいいな。案内してよ」
太助はちょっと店を出て、よさそうな金のリングを買った。金貨一枚だった。
ヘレスは籠いっぱいに雑貨店で買い物をした。半分はみんなへのお土産らしい。太助は支払いをしてやって、店を出た。
「ヘレスちゃん」
太助は、自分を指さし、ヘレスを指さし、そして右手を握って親指を立て、左手は握った手の小指を立て、その親指と小指を胸の前でそっとくっつけた。
親指は男。小指は女。
手話のプロポーズだった。
……ヘレスは籠を置いて、太助の胸に飛び込んだ。それをそっと抱きしめる。
ちょっと身を離して、ヘレスの指にさっき買ったリングを嵌めてやる。
泣いているのか、ヘレスはまた太助の胸の中で震えた。
「……カッコいいですね旦那様!」
太助はユリアのほうを向いて、お前もうどっか行けよ! という顔をしてやった。
そのままユリアに引っ張られ、神殿に連れていかれて、二人、司祭の前に引き出された。
二人だけの簡単な結婚式だった。
誓いを立て、改めて指輪を贈り、二人の結婚は認められた。
「あとでルミテスが怒りそうだ」
そこはギリスァ教アルテミテス神殿。古代の女神様の神殿だったのだ。
もう無くなって、火山灰の下に埋もれてしまう神殿。そこでの結婚式。
この先何百年も、埋もれたままになるのだろうか。
どうやってこの街を救ってやったらいいんだろうか。
太助にはその秘策が、少しずつ、形になってきていた。
ぐらっぐらぐらっ。
小さな地震が起こった。こんなことは日常茶飯事なのか、司祭もユリアも驚かなかった。
それは、もう残された時間が刻々と無くなっていくことを伝えていた。
次回「54.火山の噴火から住民を脱出させよ! 後編」




