52.火山の噴火から住民を脱出させよ! 前編
ルミテスとその側近、妖精のベルはここ数日、忙しく指令室で調査を続けているようだった。なにを調査しているのかは知らない。でも、パレスが毎日、イタルア上空を飛ぶコースに重要な事態が進行中であることは太助も薄々は感じていた。
「ベスパオ休火山が噴火する。一か月以内に」
指令室に集まった太助たちはルミテスの一言に驚いた。
「よくそんなことわかるな!」
「前兆はあった。小さい地震が不自然にあるのじゃ。地形を三次元測定するに、休火山が毎日数ミリ隆起しておる。地殻の赤外線スキャンもしてみたが、マグマが地表近くまで接近しており明らかに噴火が近づいておる。シミュレーションの結果予想では来月の24日」
「……そんなことまでわかるのか。すげえよルミテス」
「で、どうするのですかな? 近くに街がありますかな?」
ハッコツも大変な事態であることを理解した。
「フンカってなんだ?」
情報ネットワークも教育も貧弱なこの世界では、噴火と言われてもそれが何かわからない人間のほうが多かった。問いかけたジョンや、マリーとヘレスにはわからないのも仕方がないのかもしれない。グリンおば……お姉様はとっくに知っている顔である。
「噴火と言うのはな、地中の溶岩が地上に噴き出す現象じゃ。この星はの、中身はどろどろの溶岩が渦巻いておる卵みたいなものでの、わちらはその卵の殻の上で生活しておる」
うまい表現だ。卵ならイメージしやすいだろう。
「地中の溶けた岩が、圧力で地上の弱いところから噴き出す。それが火山じゃ。まず毎日地震が起こる。地面が揺れるのじゃ。そして噴火が始まる。最初は山から煙が上がる。そして石や岩が吹き飛ばされ落ちてくる。猛烈な煙と共に山が崩れ、次は溶岩じゃ。熱でドロドロに溶けた岩が流れ出してきて山のすそ野を襲う」
……全員言葉もない。
「裾野には火山灰が降り積もり、なにもかもがうずもれる。大量の有毒ガスを放出して、逃げ遅れた近隣の住民はすべて窒息死じゃ。崩れた山の土砂が山裾まで猛スピードでおしよせてきて火砕流となる。町は完全に埋もれてしまうであろうな。あとは火山灰がいつまでも降り積もり、街は消えてしまう。裾野の住民をすべて、焼き尽くし、あるいは生き埋めにしての」
「……地上最大の災害ですな」
ハッコツは少しは知識があるようだ。大して驚かない。
「これがたった一日、二日の出来事なのじゃ。この火山の噴火で星の生物の大半が絶滅したこともある。まずいことにこのベスパオ山のふもとには交易都市のホンヘイがある。大被害どころか、都市滅亡になるじゃろう」
「ホンヘイの人口は?」
「人口は流動的じゃが一万人いないぐらいかの。ローム共和国にしてみれば観光地、バカンス先といったところか。市民以外の客人も多い土地じゃ」
「一万人……。救出は難しいか……」
今の救助隊の規模では、市民全員を救出するというのは無理としか言いようがない。
「ホンヘイは交易都市と言ったな? だったら港があるだろう。船で脱出ってのは?」
「商人、船乗りたちが財産を積み込んで脱出はできるであろう。でも市民の大半は置き去りじゃ」
「一か月あるんだ。その間になんとか」
「噴火が起こる、その一か月の間に市民たちに信じさせることができるかの?」
「難しいか……。女神様、火山をふさぐってできないの?」
「無理に決まっとるわ!」
さすがにルミテスにもできないことはある。天候を左右する以上に困難にきまっていた。
「水をかけて溶岩を冷やして止める」
「まさに焼け石に水というやつじゃジョン。溶岩はそんなことでは止まらん」
「このパレスを山に落として栓をするのは?」
「無駄じゃマリー。パレスが成層圏まで吹き飛ばされるだけじゃ」
「噴火は人為的に止められねーよ……。逃げの一手。できるのは脱出だけだろ」
噴火を止める線は、太助も早々にあきらめた。最初からそんなこと思いつきさえしないのである。過去の噴火のニュース映像は地球でも報道されている。その恐るべきエネルギーと災害規模は太助もよくわかっていた。
「何か方法はないか……。もし噴火が始まったら今の救助隊じゃ助けられるのはせいぜい十数人がやっとってとこだ」
「ルミテス様のご神託で教会に噴火の予言をなされては?」
マリーがそんなことを言う。
「ホンヘイは人族が文明を起こしたころから続く古い街での、その歴史は千年を超えておる。ギリスァ神を信仰しており、わちの神託など鼻で笑われる土地柄でのう……」
「ルミテス様のご威光が届かぬ街もありますよ。神と言うのは元々人間が勝手に作り出したものですから」
ベルも残念そうに言うが、そんなお国柄でも助けてやりたいのは女神なら当然か。
「皆の者、なにかアイデアを出せ。なんでもよいから被害を最小限に抑える方法をの。期間は一か月ある。やれることがあればやるのじゃ。頼む!」
ルミテスが頭を下げた。
天地異変。いくらなんでも女神の手におえない、最悪の災害が、今、起ころうとしていた。
「ホンヘイの様子を見たい」
会議が終わってから、太助はルミテスに意見具申する。
「地上に降り立って、見てみるのがやっぱり一番だと思う。二~三日調査期間をくれ」
「よいぞ。できるだけのことはしてやってくれ」
すぐにルミテスは許可を出した。他地域の救助活動にはもちろん支障が出るが、それ以上の大問題なことには間違いなかった。
「滞在費が必要なんだけど……」
「金蔵に行けば給料はローム金貨で引き出せるが、調査費は出してやろう。それでどうじゃ?」
「オーケーオーケー、あと、ヘレスちゃんも連れていきたい」
「新婚旅行じゃないのじゃぞ? 遊びじゃないんだからの?」
「わかってるって。平民の観光客を装うためだよ」
ベルに案内されてパレスの金蔵に来た。要するにATMなのだが。
手のひらをパネルに当てると本人確認がされ、太助の今までの報酬の貯金額が表示される。
「……金貨8枚いいいい?」
思ったよりものすげー少なかった。
「うそっ私の年収低すぎ?!」
思わず太助の口から出たのがそれである。もう半年以上ここで働いて金貨8枚。一か月金貨1枚だけ。
「ローム共和国都市国家間で流通しているローム金貨だとそんなもんでしょ。金貨一枚で十分に一か月生活できますよ」
ベルは厳しい。
しかし世界中どの国の通貨でも出すことができるこのATMもすごいのかもしれないが。
「いや、それじゃ俺生活していくだけでもやっとじゃん」
「衣食住は全部うちで提供していますから、まるまる太助さんの手取りになってますが。実際給料の全額を貯金してたってことになりません?」
「……はいはい。そういうことなら……」
がっかりである。初任給20万円とすると、この半年少々で160万円ぐらい稼いだということになる。贅沢言ったら罰があたるか。
「あとこれ、ルミテス様から調査滞在費です」
革袋をくれた。ありがたくいただいておく。中身は銀貨、銅貨など小銭がいっぱい。金貨一枚で給料一か月分じゃ使いにくくてしょうがない。例えば20万円紙幣を一枚渡されても、銀行や大きな店でないと使えるわけがないのと同じである。
「金貨二枚分あります。自由に使っていいそうです」
「ありがと。日本円だと40万円ぐらいってとこか。太っ腹だねえ」
「お土産期待してますからね」
「はいはい」
そういうことだったら、ここで自分の給料を引き出す必要もない。
太助はATMはそのままに、厨房で働くヘレスのもとに向った。
「ヘレスちゃん、お休みもらった。二人でホンヘイの街をめぐってみない? いろいろ調べたいこともあるし」
ヘレスはちょっと戸惑った。
「大丈夫! 俺が付いてるから! いろいろ見て回って、おいしいものでも食べて料理のレパートリーも増やしてくれればみんなも喜ぶしさ! ルミテス様も許可くれたし、ドラちゃんで降りることになるけど、なにも心配いらないよ」
悲惨な未来が待っている街ではあるが、デートみたいなもんだと説得する。
しばらく考えたのち、ヘレスはぺこりとお辞儀をした。OKの合図である。
「よしっ、今夜出発! 準備しておいて!」
慌ててヘレスは数日分の全員の食事の用意を備蓄しなきゃならなくなって、その日は大忙しとなった。太助も野菜の皮むきから煮込みの見張りまで、手伝えることはなんでもがんばる。
夕暮れ、もうすぐ日が落ちる。
そんな時間に、太助とヘレスは庭園で、ドラちゃんを待った。
ルミテスとベル、それになぜかマリーが見送りに来ている。
「頼んだぞ。どんな手段でもよい。できるだけ市民を救うのじゃ」
「了解」
「どうせ灰に埋もれる街です。なにやってもいいんですからね。そう思って、救出方法を考えてください」
「わかったよベル。お前も非情だよなあ……」
「いいなーいいなー。うらやましいですわ」
マリーはずっと嫉妬している感じ。空の孤島に閉じ込められて何の自由もないのだから無理もない。
「お土産期待してますわ!」
「アンタもかいっ!」
ドラちゃんが飛んできて、庭園に身を伏せる。
ヘレスを乗せてやって、安全ベルトをかけてやる。
今日はロングスカート、ワンピースに頭の部分を覆ったフード。
フードで覆ってはいるが、ぺしゃっとつぶれていて頭のないヘッドレスなのが見てまるわかりなのは仕方がない。
太助も、ベルが用意してくれたローム市民の平均的な簡素な市民服に着替えていた。
「じゃ、行ってくる!」
ドラちゃんは大きく羽ばたいて、眼下の交易都市ホンヘイに向って降下した。
ぎゅっとヘレスが太助の背中にしがみつく。
「ドラちゃん! 急降下なし! 今日は急降下なしだから! 優しく頼む!」
ドラちゃんは、ちょっと振り返って、うなずいた。
次回「53.火山の噴火から住民を脱出させよ! 中編」
 




