51.四十七士の討ち入りを見届けろ 後編
一打ち、二打ち、三流れ
元辺境部隊長、クラーク・ストーンが掲げるドラムが鳴り響く。
「なんで太鼓叩いてんだよ!」
表門部隊がかけたはしごをこれ幸いと登り、塀の上の屋根を駆けるハッコツ、太助、ジョンの三人。どうせならいい場所取りをして眺めたい。
ベルもぶーんと羽音を鳴らしてついてくる。
「既に騒ぎで回りの貴族屋敷が目を覚ましておりますからな、これは押し込み強盗、火付け、物取りのたぐいではない。戦だってことを周りの貴族屋敷に知らせるためでしょう。さすが辺境騎士隊の隊長、ヤマガー流陣太鼓見事ですぞ」
ハッコツの解説もなかなかである。
各所で斬り合いは続く。
二刀流を振るう男が、池の上に掛けた橋の上で奮戦している。だが多勢に無勢、あえなく斬られて池に叩き落された。なかなかの腕だったようで、ついに浪騎士にも負傷者が出た。幸い防具に守られ軽傷のようだ。
屋敷の中でパンパンパンと銃声が響く。
「銃声……?」
「マスケット銃(先込め単発銃)がありますからな」
「マズくね? 逆転されっぞ?」
いくら完全武装の騎士だって、鉄砲には分が悪い。
「そう思うんなら少し手を貸してやってはどうですかな?」
戸板が蹴破られ、浪騎士たちが庭に逃げ出す。
「構え――――!」
縁側より鉄砲隊が五人並んで浪騎士たちに狙いをつける。
とっさに太助は放水くんのリングをひねって、放水してしまった。
鉄砲隊に水がふりまかれ、たちまち黒色火薬のマスケット銃は無力になる。
「かかれ――――!」と怒声が上がり浪騎士隊たちが一斉に鉄砲隊に斬りかかり、押し返す。
「あーあーあーやっちゃいましたな」
ハッコツがからかう。
「いや鉄砲のせいで火事になるかもしれんし」
「鉄砲ごときで火事にはならんでしょ」とベルが嫌味を言う。
「俺に流れ弾が当たるかもしれんし! それに市街地で発砲はダメでしょ!」
「いいわけー……」
ジョンはちょっと笑って、すぐ真顔に戻った。
浪騎士の一人が駆け寄って、塀の上の太助たちに声をかけた。
「われら、ターク・アスノ辺境伯臣下の者! 隣家のみなさまがたとお見受けいたす! 我ら断じて物取り、強盗のたぐいではありませぬ! 今宵、亡君の仇を奉ぜんと、推参つかまり者! その本懐お汲み取りいただき、今宵の推参、なにとぞお見逃しいただきたい!」
太助は了解とばかりに、手を上げた。
「手出すなってことだよな?」
「決まっておりますがな」
次々に塀の向こうから、高松明が上がり、庭を照らす。
自分たちに声をかけられたと勘違いしたか、「おうっ! アスノ臣下の方々、存分にお働きめされい!」なんて声が隣家から上がる。
「となりの貴族屋敷からも応援されてるじゃねえか。キラース公爵、どんだけ嫌われてんの?」
「いじめや嫌がらせにあってた人は、アスノ辺境伯だけじゃなかったってことなんでしょうねえ……」とベルは淡々としていた。
「おい! お前たち何者だ!」
塀の上にいる太助たちは、隣家の当主さんらしい、立派な服を着た男から声をかけられた。
「火消しです」
「火消し……だと?」
「ご安心ください。万一屋敷で火事になるようなことになれば、すぐに消火をさせていただきます」
「……わかった。隣家への配慮痛み入る。さすがはアスノ辺境伯殿の忠臣だ。かくありたいものよ」
なんか勘違いされたかもしれない。
男が声を張り上げる。
「当家に逃げ出すものあれば誰であろうと斬る! 左様、心得い!」
隣家の貴族屋敷の庭にもかがり火(照明)が焚かれ、家人たちがそれぞれ武器を携えて、陣張りをはじめだした。
「みーんな、アスノ辺境伯の味方じゃん……」
「これでもうキラース公爵は、屋敷から逃げられませんな」
戦闘で行燈が倒れて燃え上がったときは火事になるかとヒヤッとしたが、周りにいた浪騎士たちが大慌てでその火を消した。もう火事場装束の木綿の衣を脱いでばっさばっさと覆いかぶせて戦闘よりそっち優先とばかりに。さすがは火消し名人と言われた辺境伯の部下たちだと太助は感心してしまった。
四人は塀の瓦の上で座って庭を眺める。もう一時間は経っただろうか。怒声、悲鳴は少なくなって、女や丸腰の平民使用人らは屋敷奥の部屋に押し込められ、鎹が打たれる。戦闘に関係ない者には被害が及ばぬよう気を使っているようだ。
「キラース公爵、まだ見つかってないみたいですねえ」
「逃げたか?」
「公爵邸、秘密の抜け道ぐらいちゃんと用意しておくでしょ。あるいはどっかに隠れてるか」
ベルは、失敗か……という顔になる。
「探せ―! 居る、必ず居る! 探すのだ! 絶対に取り逃がすな!」
さすがの元辺境騎士隊長、クラーク・ストーンの声にも焦りが見える。
「もし失敗したら?」
「この騒ぎですからね、夜明けには国軍の衛兵隊がおしかけて全員逮捕。縛り首ですよ。亡君アスノ辺境伯にしてみれば配下の仇討ち失敗。恥の上塗りですね……」
さすがにベルの顔も気の毒そうだ。
「首が取れなきゃ、単なる集団テロだもんな……」
太助はバイタルストーンを取り出す。被災地で生物の心臓の動きを感知して生存者を探すマジックアイテムだ。今までもさんざん救助に使ってきた異世界救助隊の標準装備である。
「ちょっ、太助殿、それ卑怯」
ハッコツがとがめるが、「ちょっと。ちょっとだけ」と言って見たバイタルストーンには、早い鼓動でどっくん、どっくんと光る点があった。それは、屋敷裏角部屋。煙突のある厨房らしき場所を示していた。
血眼になって駆けまわり、キラース公爵を探す浪騎士隊たち。
塀の屋根の上で傍観する三人は目立つのか、浪騎士隊も太助たちを見上げるが、太助たちの防火服を見て、隣家の火消しの者と見たか、すぐに立ち去ってしまう。
槍を構えた男が走ってきて、太助たちに気づき、ぎょっとしてこちらを見た。
目が合ってしまった。
思わず太助は、ちょいちょいと角部屋を指さしてしまった。その指をぱしっとハッコツが叩き、手を下げさせる。
その仕草がかえって男の不信感を募らせたか、手近にいた男を手招きして、三人、突入した。怒声がして、刃が打ち鳴らされる音がする。バイタルストーンの点滅が消えた……。
バタバタした騒ぎが終わると、浪騎士が一人飛び出して、笛を吹いた。
ピィイイイイイイイイイイイイイイ――――!
その音は、夜明けが近いエドラスの街に鳴り響いた。
既に死体になっている、絹の夜具を着たキラース公爵が角部屋の物置から庭に引きずり出される。キラース公爵、でっぷり太った白髪の老人であった。
白い寝巻が黒く汚れていたところを見るに、炭の俵にでも隠れていたか。
「えええ! あんなジジイを斬るためにこんなことをやったのかよ!」
太助は驚いたが、その口をハッコツが押さえる。
集まった浪騎士隊は、全員、ひざまずいて泣いていた。
一番槍、さっき太助が指をさしてやった男に、元辺境騎士隊長クラーク・ストーンが剣を渡す。
「当主様の佩刀だ」
男は「くぅおおおおおお――――!」と絶叫を上げてその剣で、キラース公爵の首を斬り落とす。
さすがに目を背ける太助。
「これが首を取る……ってやつか」
「本懐を遂げましたな」
「こんなことのためにって、気もするよ俺は」
「いまさらですな」
「終わりましたよ……ルミテス様」
ベルも最後の通信をパレスに送る。
キラース公爵の首は、布で包まれ、槍の穂先に掲げられた。
「勝ち名乗り!」
隊長クラーク・ストーンが泣き崩れる隊員たちを引き立たせ、怒鳴る。
「えい、えい、お――――!」
「えい、えい、お――――!」
隊員がみんな復唱する。
なぜか隊員たちはその後、屋敷を見て回って、使った燭台などの火の始末をしっかりやってから、死体や身動きしない重傷者たちを置いて、隊列をなし、正門から出て行った。
「やっぱり火消しですねえ……」
ベルがつぶやいた。
屋敷を出てゆくとき、さっき怪しい場所を教えてやってしまった男が、こちらを向いて、深々と頭を下げて行った……。
首を斬られたキラース公爵の死体が無残に残されていた。太助はなんとなくヘレスのことを思い出し、早く会いたくなった。
ドラちゃんに回収され、パレスに帰還した太助たちをルミテスが出迎える。
「ご苦労じゃった」
「いやなにも。俺たち見てただけだし」
「それでもじゃ」
屋敷では死亡十六人、二十三人が重軽傷を負ったこの討ち入りにかかった時間は約二時間。浪騎士は軽傷四名。完勝と言ってよかった。
「騎士の本懐でござるな」
「ござるってなんだよハッコツ……」
無言のルミテス。
「いや、俺にもわかったよ」
太助は装備を脱ぎながら、ルミテスに言う。
「あいつら、泣いていた。恥も外聞もなく男泣きしてたよ。ターク・アスノ辺境伯、慕われていたんだ。よい当主様だったってのが俺にも伝わった……。もう俺から言うことは何にもないね」
「だったらよい」
ルミテスもちょっと笑って、うなずいた。
驚くことにあの短気と言われた国王イヌクボーは、浪騎士たちをすぐには死刑にしなかった。だらだらと評決を引き延ばした。
主君に忠義を尽くした名士たちに贔屓がわいたのかもしれなかった。
既に市民たちの間では彼らは英雄として大評判だったのだ。処罰すれば王の沽券は地に落ちる。だが無罪解放してやれば、あの時の主君の処罰は間違っていたことを認めることになる。なによりあんなくだらない喧嘩でこんな騒ぎを毎回エドラスで起こされてはたまらない。テロはテロだ。
結局一か月の詮議を終えて、浪騎士たちはマスケット銃で、銃殺された。
銃で撃たれることは戦場での死を意味する。国王は浪騎士たちを、軍人として葬ったのだ。罪人としてなら、縛り首になっていたはずである。名誉の死と言ってよかった。
死に際に暴れた男は一人もいなかった。最初から、こうなることはとっくにわかっていたのだ。全員最初から命を捨てていたのだろう。
当主の名誉回復、現王の間違いを問い正すこと。結局それが彼らの目的だったのだろう。国民からの国王の評判はガタ落ちだ。してやったり、というところか。
「結局喧嘩の理由はわからずじまいか。すっきりしねえな」
太助は心にもやもやしたものが残るのを、否定できなかった。
「もって瞑すべし、と、言うべきじゃろうな」
「なんだそれ」
「思い残すことなく、満足して死ぬってことじゃ」
……ルミテスの言うこと、今なら太助にもわかる。
「俺もそうありたいね」
「消防士として、かの?」
「いや、人として」
太助は誰に言うというわけでもなく、一人でうなずいていた。
次回「52.火山の噴火から住民を脱出させよ! 前編」
 




