46.ピザの斜塔の崩壊を防げ! 前編
「ピザの斜塔が倒壊しそうなんじゃ」
「……それ今までで一番どうでもいい話」
パネルに映った5度ほど傾いた石造りの円筒の塔に、太助は全く興味がわかなかった。
「そんなの欠陥建築だろ。地盤沈下してんだよ。安全のために直ちに解体工事して更地にしてから建て直せ」
もっともである。
「無理言うな。これが建てられたのは五百年も前じゃ」
「手抜き工事かよ。地盤調査虚偽報告、監督不届き、許認可した役所の贈収賄疑惑も追加だな」
太助は冷たい。
「イタルア国内でも有名な歴史的建造物なんじゃ。建てている途中でもう傾きだしたんじゃが、当時の石職人たちが頑張って手直ししながら完成させたのじゃぞ!」
「施工不良、建築法違反、資材の横流しや横領、収賄も疑ってみるべきだなそれ。訴訟ものだろ」
「中断しながらも完成まで二百年もかかっておる! 傾きながらも建設を続けたんじゃ。職人たちの苦労をわかってやらんか!」
「傾いてるのになんで建築続けたんだよ! 危ないだろ!」
「最後までやりとげる職人魂じゃ!」
「危険な建造物をなんで最後まで建てちゃうんだ! 職人魂が斜め上すぎるわ! ルミテス様の責任でなんとかしろよ。いっそ爆破してやればあきらめもつくだろ」
「なんでそうなるんじゃ! うわああああああああ!」
ルミテスがうわーんと泣き出した。見た目通りの十数歳の子供のように。
さすがにこれには太助もまいった。いつもと様子が違い過ぎる。
「いいかルミテス、救助隊の目的は人命救助だ」
「わかっとるわ! えぐ、えぐ、ぐっすん」
「実際に人命にかかわる仕事ならやるし、そうなる前に止めることも必要な仕事だよ。でもこれは違うだろ――――!」
「わかっとるって言っとるわ! うわあああああ――――」
「危険なのが分かってるなら立ち入り禁止にして自然倒壊を待てって。そうすりゃ人的被害も無いだろ。っていうか関係者はとっくにそうしてるじゃねえか」
太助が指さしたモニターパネルでは、塔の周りには柵が打たれ、立ち入り禁止と掲示板が立ててあった。
「なんなんですかな?」
さすがにハッコツも疑問である。
「これはピザ市にあるピザ大聖堂の鐘突き堂なんですの」
イタルア出身の元公爵令嬢、マリーがルミテスを後ろから抱きしめてなだめてやる。
「マリーの地元かい」
「ええ、これはかの自然科学の名士、カリレオ・カリレイ様が落下運動の実験を行って『落下物の投速度は重量に関係なく一定である』証明をしたことでも知られている歴史的建造物なんですのよ」
「それこそ俺は『知らんがな』って言いたい」
「もともとは大聖堂の場所がすぐわかるようにって、目印の役目もあったんです。過去何度も倒壊を防ぐために地盤工事がやり直されたんですけど、そのたびに失敗してしまって傾きはさらに大きくなってしまって」
地元にとっては大切なランドマークと言うことだろうか。
「新しい塔建てろよ。五百年もなにやってたんだよ……」
「五百年も、傾いたままそれでも倒れずにいるこの塔が、頑張っているみたいに見えて、地元の人たちにも長く愛されてきたのですわ」
「それを五百年も放っておいた連中に言われてもなあ。そう思うなら直してやれよ!」
太助が言うと、むきになってルミテスが言い返す。
「やってもやっても傾きが大きくなるんじゃ!」
「間抜けすぎるだろ! 工事責任者の首を切れ!」
「工事責任者はローム法王ですが……」とマリーが答える。
「法王様なにやってんすか……」
これには太助もあきれてしまった。
「なあルミテス、なんでお前この塔にそんな思い入れがあるわけ?」
「先々代女神様を称えて大聖堂と一緒に建てられた塔なんじゃ……」
「女神様って代々引き継ぐものなんだ」
さっきから話を聞いていたベルが太助の疑問に答えてくれる。
「初代ルミテス様がこの世界に着任されたのは一万年前ですね。神界では知的生命体が最初の文明を起こした星に女神を派遣して着任させ、その発展の様子を観察、時には管理もするんです」
「ルミテス様一万才?」
「そんなわけないわの!」
ルミテス激怒。もう駄々泣きである。
「ルミテス様、確か神界の派遣女神様でしたっけ」
「はい、当代ルミテス様が着任されてからまだ百年経っておりません」
「先々代の女神様とはどういう関係?」
「ルミテス様のおばあさまに当たります」
「あー、なるほど。そのおばあさまの思い出の塔ってわけだ」
「そうですね。ナーロッパが諸国連合として成立し、戦争が無かった時期があるんですが、その時に先々代ルミテス様の祝福がありまして、それを記念して建てられたそうで」
別にその辺の事情聴いてもしょうがない。うーんうーんうーん。考えてみればルミテスもまだ子供である。そう考えてみれば気持ちもわかる。
「女神様が代替わりしてるってことを教会は知ってるの?」
「知らないと思いますわ。わたくしもここにきて初耳でしたし」
マリーがそんなことを言う。
「ルミテス、そのばあちゃんは? ご健在なの?」
「……もう亡くなった。その時わちは『塔を頼む』と言われての」
なんで最優先が塔なんだよ……。他に引き継ぐべきことがたくさんあるだろと太助は思ったが、ま、個人的な頼みだったんだろうとあきらめた。建設中から傾いていたんじゃ、心配で心残りにもなるもんだ。
「ベル、いままでやった対策工事ってやつを教えてよ」
「地盤に地下水が通らないようにセメントを注入しようとしましたが、これが地下水のせいで固まらずに崩れたのでさらに傾斜が大きくなり」
「なにやってんだか……」
「浮き上がっている側に重りを置いたのですが、さらに沈下が進み」
「荷重を増やしてどうする」
「人口が増えて地下水のくみ上げをやるようになってからさらに傾斜し」
「水道インフラ整えろって……」
「もうどうしたらいいかわからない状況のようで……」
ベルもため息である。
「俺も泣きたくなってきた。なんでそんな地盤弱いところに建てたわけ……。基礎工事は地下何メートル?」
「3メートルです」
「すくなっ! この塔高さどれぐらいだ!」
「56メートル」
「よく建設許可出たな! 誰だよその許可出したやつ!」
「ローム法王です」
「もう法王様クビにして……」
「五百年前の法王様ですから、もう死んでますって」
歴代法王様に恨みも募る。
「石材は合計何トン?」
「推定ですけど一万五千トン」
「グリンさんでもどうしようもないなあ」
「そうなんですよね――……」
「教会の連中に動きは?」
「今、隣接する大聖堂で女神ルミテス様への祈祷をやってますよ。どうか塔をお守りくださいって。それが毎晩うるさくてルミテス様も寝不足なんです」
「なんという神頼み……頼む相手を完全に間違ってる」
これはさすがにルミテスににらまれた。
仕方がないので、その後、ルミテスを交えてメンバー全員で復旧のアイデアを出し合った。
いろんなアイデアが出るたびに没にされ、結局通ったのは太助の案であった。
次回「47.ピザの斜塔の崩壊を防げ! 後編」
 




