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45.油田火災を消火せよ!


「……とうとうこの世界でも油田が掘り出されることになったのう」

 指令室のモニターパネルを見ながら、ルミテスがしみじみと言う。


「石油か」

 太助のこのセリフの意味が分かった者は、救助隊のメンバーにはいなかっただろう。

 パネルには、振興の独立国アメリゴで、高く組まれたやぐらが写っていた。そのすぐそばではガシュガシュと動き続ける蒸気機関がある。

「世界のエネルギー事情が激変するな」

「そうじゃの。今はみな石炭を掘っておる。高熱で燃え、効率が良い石炭は便利な燃料じゃ。なにより、それまで精錬が難しかった鉄を量産できるようになった」

「で、大きな蒸気機関も発明され、でかい機械とその蒸気パワーで石油が掘り出せるようになりました、と」

「人力では無理なパワーを手に入れたのじゃ。人類はさらなるパワーを求め……」

「石油、原子力、核融合とどんどん発展していくわけだ」

「地球ではそうなっておるそうじゃの」

 太助はうなずく。


「それで、自らをも滅ぼすエネルギーを手に入れちゃったんだけどね」

「まあそれでも地球はまだよくやっておるほうじゃ。破綻が見えとるがの」

「で、どうするんだ? 地球の女神様はそのへんノータッチに見えるけど」

 ルミテスはどさっと椅子に座り込む。


「そこは同じじゃ。わちの管轄外とでもいうかのう……。この流れ止められると思うかの?」

「無理だね」

 社会や歴史に疎い太助でもそう思う。

「人は便利で楽なのがあればどうしてもそっち行っちまうさ。今は誰でも自分で歩くか、馬車に乗るか、そこは平民でも貴族でも差が無くておんなじだ。でも、巨大なエネルギーを手に入れた人間は自家用ジェットでパリのレストランで昼食を取るようになっちまう。金持ちだけだけどね」

「貧富の差は今以上に広がるのう。たとえ貴族であろうとも、今できる贅沢はせいぜい六頭立て馬車じゃ。人が使えるエネルギーには限界がある」

「その限界がどんどん上がる。鉄道が発明され、自動車が発明され、飛行機が発明され、ロケットが発明され……なんて感じで」

「人間の欲には限りが無いのう」


「実は俺、石炭って、好きじゃないんだよね……」

「ほう、なんでじゃ?」

 ルミテスはそんな考えを持つ太助が不思議だった。

「石炭って、人力で掘り出すしかないだろ? だから、とにかく事故が起きやすい。狭くて深い坑道で、爆発事故や崩落事故が起きる。最悪なのは炭鉱火災。そうなるともう絶対に救助できない。中に取り残された人が、生死不明のまま、注水して消火することだってある。中にいた労働者は絶望さ。なあルミテス、そうなったら、なにか救助方法、ある?」

「無いのう……」


 リウルスでも炭鉱事故、炭鉱火災はあった。救助できた事例はない。

 炭鉱をふさいで空気を遮断。自然消火を待つしかない。なにしろ石炭層が全部燃料になるのだ。火災になったら救助方法があるわけなかった。

 閉鎖後、何年も経ってから再発掘が行われ、そこでようやく火災現場に到達でき、事故の全容が判明する。そんなふうに人の命が安かった。


「この世界でも世界中で今石炭を掘り出してる。いつか絶対そんな事故があると俺は今から怖いんだよね」

「実はこの世界でも炭鉱事故はあった……。おぬしの世界ではどうなったんじゃ?」

「全部石油になったおかげで、家で石炭のストーブを焚くなんてことは完全になくなったさ。石油のおかげで石炭しかなかったころに比べたら、比較にならないぐらい人類の生活は豊かになった。石炭の需要は激減し、炭鉱は次々に閉鎖された」

「しかし石炭でないとできん商売もあるじゃろう」

「ああ、だから石炭は製鉄とか火力発電とかでしか今はもう使われていない」

「それだって人力で掘り出すことは何も変わらないのでは」

「もうそんなこと誰もやってないよ。今は露天掘りでね」

「露天掘り?」

 実は太助もその辺の事情はよくわからないのだが。


「山に穴をあけるんじゃなくて、山を削り落として石炭層をむき出しにして掘り出すんだ。空の下でやる仕事だから、安全なもんだよ」

「そんなこと、どうやって実現するんじゃ!」

「ビルよりも船よりもでっかい、まるで工場そのものみたいな巨大な機械でさ。まあ、そんな機械が作れるようになったのも動いてくれるのも、みんな石炭と石油のおかげかもしれないな」

「それは凄いのう。だがの、あと数百年すれば、その地球人類といえども、木をこすって火を起こすような羽目になるかもしれぬぞ?」

「戦争やエネルギー枯渇で人類滅亡しなきゃね。まあそれはわかってるさ……」

 二人、複雑な思いでその画面を眺めていた。



 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~~!

 後日、いわんこっちゃないというか、非常ベルが鳴って集まったメンバーの前で、パネルには炎上して炎を噴き上げる油田の悲惨な現状が映し出されていた。


「やらかしおったわロックフェローの奴!」

 ルミテスは忌々しそうに毒づく。

「ロックフェローって?」

「石油開発の山師じゃ。詐欺同様の宣伝で金を集め、資金を調達し、世界初の油田採掘を始めた男じゃの」

「実際に石油が出たんだから詐欺師ってわけじゃないでしょ……。それ、財団かなんかのやつ?」

 どこかで聞いたような名前だった。


「知らんがな。財団ってなんじゃ?」

「若いころがめつい商売で、生きてる間には使いきれないほど金儲けしまくったやつが年取ってから地獄に落ちるのが怖くなって、墓に持っていけない金で慈善事業をやって善人のふりをするために作る偽善団体」

「おぬしの説明はいつも雑じゃのう……。まあ、そんなことをやってももう遅いと思うがの。ま、今のロックフェローはただの山師じゃ。そんな財団作るほどの大人物ではない」

「それ真面目に鉱山開発してる山師の人に失礼」

「おぬしも相当、真面目に慈善事業しておる団体の方に失礼じゃが、まあそれは今は良い。とにかく、こんな火事迷惑に決まっておる」

「世界初の油田採掘で世界初の油田火災か……。大気汚染、原油流出、エネルギーの浪費、惑星リウルスに対する犯罪行為だね。なんで火事になった?」


「石炭を利用した蒸気機関を使ってのボーリング作業。先端のドリルが岩盤に穴を開ける際に摩擦で高温になる。引き抜くときもただ引っ張り上げるだけでは持ち上がらんから回しながら引っこ抜いたせいで高温のまま抜いたから、空気に触れたとたんにそこから着火したんじゃ。そこまで考えておらんかったわけで、採掘技術が、まだまだ幼稚でお粗末と言うわけじゃの」

「あーあーあー……。最初は天然ガスがまず噴き出すもんな」


「消すぞ」

「それはいいがどうやって? 噴き出す石油だって止めなきゃいかんだろ」

「こんなに炎が噴き出しておっては誰も接近できん。採掘場の石油バルブも溶解してもう役立たずじゃ。噴き出す石油を止められん。ただ消すだけでは終わらん。ここらへん一帯の土壌が全部原油で汚染されるしのう」

「じゃあどうする?」


「爆弾を使うしかないのう」

「また爆弾で解決ですか……ルミテス様」

「なに、今回はおぬしらの出番はそう多くない。では作戦を説明する」

 ルミテス、にやり。



 ルミテスは炎上する油田に、風上から宮殿(パレス)ルーミスを接近させる。

 パレスの庭園では、あの、『超電導磁場発生装置』が、液体窒素を注入されて冷却され、白煙を吹いていた。砲身を向けるハンドルをルミテスが握っている。

「ベル、照準じゃ!」

 無線で指令室のベルから連絡が来る。

「発射一分前にレーザーリンクさせて照準設定します。そこにぶち込んでください! 現在距離2480メートル、仰角マイナス32度2分45秒。方角、N312度25分12秒! パレス空中固定します!」

「了解じゃ。太助! 準備できたか!」

「も、もうちょっと」


 太助たちは油田近くのサダンダス渓谷で、岩を選定し爆薬を仕掛けていた。

「グリンさんが到着したよ。今からワイヤーかける」

「はよせいや!」

「落ち着いてよ女神様……」

 黒煙を上げて激しく燃え上がる油田。

 バイタルチェックでは既に採掘作業員が全員逃げ出した後で、死傷者はない。

 思う存分やれるというものである。



 ルミテスが立てた作戦と言うのはこうだ。

「この『超電導磁場発生装置』はの、大砲としても使えるのじゃ!」

 そう説明されたとき、太助はあきれたものである。

「こんなこともあろうかと思っていたわけですねわかりますルミテス様」

「……も、もちろんそうじゃ」

 ホントかどうかは怪しいが。


「とにかく、この地場発生装置は、磁場を高速で移動させることにより物質を超高速で撃ち出すこともできるわけじゃ。キャッチするのと反対の使い方じゃの」

「秒速17キロメートルで突っ込んでくる探査機もキャッチできるんですからね。逆に使えれば撃ちだすこともできるわけですねルミテス様」

「ま、今回撃ちだすのは爆弾じゃからの、秒速1キロメートルもあれば十分じゃろ。爆風で火災を一気に消火するのじゃ」

「そういうのを俺のいた世界じゃ、『レールガン』って呼んでましたよルミテス様」

「おぬし妙なことに詳しいのう……」

「友人がオタクだったのでルミテス様」

「オタクってなんじゃ」

「妄想の世界で生きている人ですルミテス様」

「……それどうやって生活していくのじゃ」

「二次と三次の区別はちゃんとついている方たちなのでご心配には及びません」

「知らんがな」



 太助たちは下降してくる巨大なグリーンホエール、二号ことグリンさんにワイヤーを接続する。太助、ハッコツ、ジョンの三人はそのワイヤーコネクターの上にぶら下がって、フックをかけて安全確保した。

「グリンさん、行くよ――――!」

 無線で連絡すると、上空のグリーンホエールが前ひれをひらひら振った。OKのサインである。

「5、4、3、2、1、起爆!」

 遠隔操作の起爆スイッチを押す。

 パンパンパンパンドドンズンズン!

 岩の下で爆薬が起爆し、岩の底面が断層部分で割れる。

「グリンさんリフトアップ!」

 ワイヤーを何本もかけられた巨大な100トンをも超える岩は、渓谷の岩山から切り離されて、ゆっくりと上昇を始めた。



 油田に近づいてくる、巨岩をぶらさげたグリーンホエールをパレス庭園から確認したルミテスは、「もうよいか!」と声を上げた。

「はよやれや!」

 太助から無線で返事が来る。

「……それ逆に言われるとけっこう腹が立つのう」

「わかってくれてありがとう。グリンさんもさすがにきつそうなんだよ! 急いでくれ!」

 確かに。さすがのグリーンホエールも斜めに傾いている。


「準備OKですルミテス様! レーザーの照準に合わせて油田火元を狙ってください。弾道修正はすでにやってあります!」

「了解じゃベル! 撃つぞ! 3、2、1、発射!」


 ぼひゅん。

 意外と目視できそうなスピードで発射された砲弾が、どんどん加速度を上げて油田に突っ込んでゆく。1.7秒後、物凄い光を発した砲弾は、爆風を巻き上げて盛大なキノコ雲を作った。煙が風で流されると、消火されて油だけが噴き出している。爆発で一瞬空気を奪うことで油田を消火したのだった。爆破というのは油田火災ではよくやるポピュラーな消火方法の一つである。


「グリンさん! 前進して――――!」

 爆発で炎が消えて原油が噴き出す採掘孔。溶け落ちたやぐらの鉄骨が歪んでいる。その上になんだか嫌そうにグリーンホエールが近寄ってゆく。原油が噴き出しているのだから当然だが……。

 ベルから無線。

「あと20メートル、15メートル、2メートル右です。7メートル前。3メートル、1メートル、投下お願いします!」

「投下!」


 ワイヤーコネクターが分断され、巨石が採掘口に落ちていった。荷重が無くなったグリーンホエールはワイヤーにつり下がった太助たちをぶら下げたまま、上昇を始める。

 ずど――――――――ん!


 巨石は上空150メートルから、この世の物とは思われない衝撃と音を発して、油田の上に落下した。

「これにて一件落着だな!」

「なんじゃそれ……」

 ワイヤーにぶら下がったままハッコツやジョンとハイタッチする太助に、ルミテスから気の抜けた返事が来た。


 原油まみれになって帰還した太助、ハッコツ、ジョン、グリンの四名。

 大浴場の使用をルミテスに禁止され、庭園の隅っこで、放水くんが吹き上げるシャワーで仕方なく大量の石鹸で体を洗う羽目になってしまった。

 ちなみに二日間、ヘレスは太助の部屋に来なかった……。



 現場を取り仕切っていたロックフェローは、石油の採掘に成功して狂喜乱舞していたが、それに火がついて油田火災になったことに愕然とした。

 しかも、どこからか砲弾が飛んできて採掘施設ごと全部木っ端みじんに吹き飛ばされた上に巨大な岩まで落ちてきてせっかくの油田を塞がれ、岩を除去することも、再採掘する目途も立たずに激怒した。


「訴えてやる」と鼻息荒く犯人を捜したが、これが誰がやったのかさっぱり見当もつかない。その上、政府機関には油田火災を起こしたことの責任問題を追及され、油田をふさいだ犯人のことは「どう見ても火事を消してくれたではないか。有難く思ったらどうだ」とまったく相手にもされず、莫大な借金を抱えて石油の採掘権も売却、ロックフェローは破産することになってしまった。


 新興の独立国アメリゴ政府の人間には、これが「異世界救助隊の連中だな」と思った奴が何人かいたかもしれない。彼らの存在は、世界各国でも極秘裏に噂になっていた。

 だが、その活動を咎める者など、いるわけなかった。



「石油採掘は、これで十数年遅れることになるかのう」

「ルミテス、そのにやにや笑いはやめてくれませんかね」


 まだ石油臭いかな。

 太助はくんくんと、自分の腕の匂いを嗅いでみた。




次回「46.ピザの斜塔の崩壊を防げ! 前編」

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