43.時限爆弾を止めろ! 前編
「なんだか変だなあ……。ハッコツ、これどう思う?」
「どう見ても爆発ですなあ」
「そう思うよな」
ロスナの首都モスクグラートのとある館の火災。
太助、ハッコツ、ジョンの三人でなんとか消し止めた。
政府の役所らしく、古風な作りのレンガ建造物だったが、壁が一面吹き飛んでいた。かろうじて建物はその形を保っていたが、延焼していれば崩れたかもしれない。
死傷者は十五名。大被害と言っていい。幸い爆発が及ばなかった範囲にいた人については早急に救助できた。大男で力持ちのジョンが活躍してくれて、要救助者を二人ずつ運んでくれたんだから凄い。首都だったので、駆け付けた人員も豊富で、街の消防を兼ねている衛兵団の衛兵団長が声をかけてくる。
「いやー助かりました。見事なお手並み。いったいどちらの方で?」
「異世界救助隊の者です。世界中の災害に出動して人命救助のお手伝いをさせてもらっていますよ。これからも何かあればお手伝いいたしますので、お見知りおきください。料金はかかりません」
「そんな組織があったとは……どちらのお国の方で?」
「それは秘密にさせてください。どのお国の味方もしない中立組織ですので」
「もしや永世中立国のスイサの……、いや、あのがめつい利己主義な傭兵軍団がそんなことやるわけありませんな、いやまったく……」
どんな世界でも永世中立国ってやつは嫌われるんだなあ……と太助は思った。
太助の世界でも、日本ではなぜか平和国家と勘違いされている永世中立国があるが、その実態はものすごい強力な軍事力で周辺国を威圧し同盟を拒否し、傭兵で金を稼いでいて、中立であることを利用してただひたすらに金もうけをするだけの最悪の国だということを太助はミリオタ先輩から聞かされて驚いたものである。
ここナーロッパでもそんな国があるんだなあと思った。ま、そんな国際事情は今回の話とは関係ないが。
「これどう見ても爆弾で爆破されましたよね? 爆弾が仕掛けられていてそれが爆発した、と言うことにはなりませんか?」
ここまでいろんな物を爆破してきた経験もある太助は爆発現場というやつがよくわかっていた。火災ではありえない、瓦礫がふっとんで散乱するという現場だったからである。向かいの建物の窓ガラスも割れていた。
これが工場や倉庫、なんらかの産業に関連した施設ならわかる。爆発物を貯蔵していて、出火からそれに引火することもあるだろう。だがここはそんなものがあるわけない普通のオフィスビルだから、どう考えても爆発が起こる現場とは思えない。
「共産主義の奴らですよ。予告がありましたし、犯行声明も出ています」
「共産主義?」
「共産主義革命軍、『ロスナの春』を名乗っております。テロ組織ですな」
「ああ、そういうことね……」
テロ組織と言うやつはご丁寧にもいちいち犯行声明を出す。
主義主張を訴えるためなのだから、「やったのは自分たちだ」と大っぴらに罪を認めなければやる意味が無い。そうでなければ脅しにも、人民の支持も得られない。
「テロですか」
「そうです」
「なんでこの建物が目標になったんです?」
「外務館です。政府の要職の一つですな。諸国との外交を妨害し、まず我が国を孤立させるところから始めたいってところだと思われますな」
「なるほどね……」
「予告がありました。なので周囲の警戒をしていたところですが、前もって爆弾が設置されていたとはさすがに思いませんで……」
「時限爆弾?」
「そのようです」
ふーん、太助は少し考え込む。
「少し現場を検証させていただきたいです。よろしいですか?」
「はい、消火と救助にご協力いただけましたし、それぐらいは。私が立ち会います」
本来救助隊は、内政、戦争、犯罪には不干渉である。中立を保つため誰かの味方になるということはルミテスによって厳禁されていた。その点では、救助隊は永世中立国と大して変わらないのかもしれない。ちょっとした皮肉だな、と太助は苦笑いする。そんな救助隊だが、テロとなれば話は別だ。
火災現場、火元……というか、爆心地を太助とハッコツ、ジョンの三人で調査する。レンガの壁が吹き飛んで大穴を開けているし、天井も崩れている。
「ハッコツ、この世界、火縄銃があるんだから、黒色火薬はあるんだよな?」
「マスケット銃ですな太助殿。火薬、銃の所持はこんな国ですから厳しく所持が禁じられていると思いますがの」
「でもやろうと思えばやれるわけか……。衛兵団長、ニトログリセリンって知ってる?」
「ニトロ……? いや知りませんね」
「ニトロ系爆薬はまだなしと。ダイナマイトでもない。でも周りの人間が置かれていても気が付かないような爆発物。小さくても爆発力が強いやつ。うーん、爆発物って言ってもいろいろあるから。さて、どんなものを使ったのやら……。ジョン、なにか匂う?」
「無理」
焦げ臭い現場でくんくんしていたジョンにも、嗅いだことのない匂いはわからない。なにかあればルミテスに言えば、分析ぐらいはしてくれるかも。
時計か……。まだ電力が行きわたっていない世界。太助たちが使っているような電気式時限雷管みたいなものは無いはずだ。機械式かなにか、火縄でも火打石でも時限爆弾の残骸らしいものが無いか見て回る。
「い、異人に白骨ゾンビに狼人……、すごい組織ですな異世界救助隊と言うものは……」
衛兵団長の言葉に、ああ、消火中はホースレス空気呼吸器の面体をつけていたから気付かなかったか、と思う。太助も西洋人から見れば、どこから来たかわからないアジア系だろう。まあ今更気にすることもない。本当は必要ないのだが、一応ハッコツにも消火作業中は面体を装着させている。要救助者が怖がるから。
「これ、なんだと思いますかな?」
「薬缶?」
「銅の薬缶に見えるでしょう?」
ハッコツが拾い上げたぐにゃぐにゃにつぶれた銅板で作られた何か。銅の鍋か薬缶か、一見調理器具。だがそれに空いている穴がおかしかった。
「なんだろう……。なにか、溶けたような」
「溶けておりますな」
「ジョン! これ、匂う?」
手渡されたジョンがくんくんと匂いを嗅ぐ。
「なんか、ツンと来る酸っぱい感じの匂い」と言って顔をしかめる。
「爆発物って、酸が使われてることも多いからな。ルミテスに調べてもらうか……」
太助は、その焼け焦げた銅片を持ち帰ることにした。
「あの」
「はい」
「せめて、お名前を」
衛兵団長に名を聞かれた。そういえば名前を聞かれたのはこれが初めてだったか。
「名乗るほどのものじゃございませんて」
太助は敬礼して、そう答えた。
「銅タンクに濃硫酸。ハロゲン化合物と反応、粘土パラフラムベンゼン。銅タンクに入れた濃硫酸がタンクを溶かし、ポタポタ爆薬に落ちて点火させる時限式……と言うことになるかの」
初めて入ったルミテスの研究室、「ルーミス・ラボ」で女神様はあっさりとその成分を断言した。
「錬金術師の仕業じゃな」
もういろんな分析機器や化学薬品、試験管にメスシリンダーにわけのわからない器具が並んだ部屋を見回して太助も驚いたものだ。
「そうするとルミテス様も錬金術師ってことに……。犯人はルミテス様」
「おぬしわちを何だと思っておるのじゃ?」
「博愛主義の爆弾魔」
「それ矛盾しておらんかのう?」
これぐらいの太助の軽口でルミテスももう怒ったりはしない。それぐらいの付き合いにはなっている。
「おぬし共産主義をどう思う?」
いきなり答えにくい質問来た。ネットならどう答えても炎上必至の難題である。
「俺のいた世界じゃ、成功しないってことになってる。人間には向いてないね」
現代の歴史を習った人間ならだれでも知っていることだ。最初はうまくいった共産主義国も、いずれは破綻し、資本主義同然の経済構造になってしまった。ただ、政府の力が今をもってしても絶対で強力ではあるのだが、政府官僚や一部のコネ持ちが富を独占する構造にどうしてもなってしまう。
「そうじゃ。ハチやアリなら何も問題なく不平は言わぬ。だが人間には絶対に欲がある。一生懸命に働いても金持ちになれず、生活も向上しない。見下せる者もいない真に平等な社会というやつは人間には我慢できんじゃろ」
「人間ってやつは、全員みんな等しく貧乏なら我慢できるけど、豊かな生活をしている奴を一度でも見ちゃうとなあ……」
共産主義だの社会主義だのいう国は、たいてい他国の情報は遮断している。
そうでないと民衆に不満が募るからである。自分の国の指導者、権力者に富が集中していることさえ知らずに……。
ちなみに太助は、共産主義と社会主義の違いがよくわからない。最終的にはどちらの国も同じ、国民に貧乏を強いる独裁体制になってしまうところを見ると、大して違いはないのかもしれない。
「金持ちにもなれるし、有名にもなる。生活も豊かになり、自分の家族や子孫にもいい思いをさせてやれる。だから人間は頑張れる。そういうものじゃ」
「ルミテス様は共産主義に反対ですか?」
「単に事実を言っておるだけじゃ。共産主義、やりたい奴はやればよい。止めはせぬ」
「今まさに俺たちが共産主義に支配されているんじゃないかと思うんですけど……」
「んー確かに今おぬしらに払っておる給料は一律同じじゃの」
「差、まったくなかったんですか……」
なんかがっくりの太助である。ま、別にそれで不満があるわけじゃない。メンバーのみんなは誰もがよくやってくれていることはわかってる。自分の給料を一番高くしてくれ、と言うわけにもいかないだろう。
「は? 私ももらっておるのですかな?」
たしか無給契約だったハッコツが今更のように驚く。
「あとでどうのこうの言われても困るしの、仕事っぷりもなかなかじゃし、ちゃんと出すことにしておるわ。使うことが無いからたまる一方だろうのう」
「ははー、ありがたき幸せです!」
きれいにお辞儀するハッコツだが、お前なにに金使うの? と疑問もわく太助である。
「それはともかく、このテロ続くと思うんですが」
「そうじゃな」
「内政不干渉、戦争NG、犯罪ノータッチの救助隊としては、ほうっておくんですかね?」
「……そこは悩ましいところじゃの。できるだけたくさんの人を殺そうとしておる一味がいるんじゃ。テロともなれば話は別ということで、まあ邪魔ぐらいはしてもよかろう」
悪い顔でにたりと笑うルミテス。
「そもそもテロとは何を目的にしておるか? 太助」
「……嫌がらせ」
なんだか変な答えだが、太助はどうしてもそう考えるしかできない。テロをやるやつの考えなんていくら考えてもそうとしか思えないのである。
「それは手段じゃ。目的は『主義主張』なんじゃよ。テロは主義主張を無料で世界中にアピールする手段であり、賛同者、支持者を集め、組織を拡大することを目的に行われる。強者を倒し、弱者が自由を手にする、いかにも人間が好みそうなストーリーを提供する。派手であれば派手であるほうがいいし、国民の恨みつらみを集めている政府が敵ならばなおのこと効果的じゃ。それがいつかは国をも倒すと思わせることができればよい」
「ひでえな」
「すでに支持者が一定数いる場合でも、活動実績を積み、信頼をつなぎとめる手段でもある。テロ組織と言えども、信頼され支持される組織たらんとせねばならんのは企業、政府となにもかわらん。スポンサーにちゃんと働いて実績を上げているところを見せねばな」
「それで市民が犠牲になるのは残念過ぎるけどな」
「賛同せぬ市民には、この嫌がらせずっと続くぞと言う脅しになる」
「ルミテス様は異教徒は地獄に落ちるとか布教してませんよね?」
「やっとらんわ!」
「それならいいです」
テロも止める羽目になるのか……。救助隊、やること多すぎ。
そんな気がしてきた太助である。
※登場した爆発物成分は架空のもので実在しません。
次回「44.時限爆弾を止めろ! 後編」
 




