4.新装備を使いこなせ!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!!
鳴り響く非常ベルの音に飛び起きた太助は、そこが見慣れた消防署の宿直室でないことに気付く。
……夢じゃなかったのかよと思う。
ベルに案内された太助の自室だ。大きなふかふかのベッドと、ライティングデスクと、なにもない戸棚、私物が一切ない部屋だ。
結構広くて入居したばかりのマンションのワンルームという感じである。窓も照明も無し。天井全体がぼんやりと発光している。
鳴り響いた非常ベルは十秒ほどで鳴りやんだ。
パンツ一丁だった太助は戸棚を開く。着替えが入っている。
誰が入れてくれたのかはわからないが、替えの下着、靴下、シャツとパンツの上下、それにオレンジのツナギと頑丈そうなブーツ。それだけだ。
「どこかで見たようなオレンジ服だよ……。特別救助隊そのまんまだね」
他に着る服も無い。文句を言わずに大急ぎでそれを着る。
ドアを開けると、ベルが飛んでいた。全長二十センチの妖精。
「おはようございます太助さん。良く似合いますよ!」
「あの、この服、俺が良く知ってるレスキューの制服に似てるんだけど、こっちにもそんなのあんの?」
「いいえ、太助さんの記憶を少……地球のことを調べまして、太助さんにはそういうデザインがいいんだろうと思いまして昨日のうちに作っておきました」
記憶見てるの! 俺の記憶調べてるの! いつの間に!
太助は愕然である。記憶だの考えてることだのが全部お見通しだったらこれは怖い。いくら神様でもそんなプライベートなことまで把握されたらイヤすぎる。
「さっき鳴ったベル、なんなんだ!」
「起床ベルです」
「ああ、びっくりしたよ。飛び起きたね」
「今後、事故が発生し出場がある時はアレが鳴ります。すぐに現場に急行することになりますのでよろしくお願いします。太助さんが指令室に到着するまで鳴りやみませんよ」
「起床訓練だったのかよ……。俺はまだやるって決めたわけじゃ……」
「朝ごはんはいらないんですか?」
……ベルの一言に太助は敗北を認めた。
「やるよ、やりますってば……」
その後、厨房に行って、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出してベーコンエッグを焼いた。主食はパンだ。
「ごはんが食べたい。米が焚きたい……。炊飯器が欲しいよ」
「ああ、そうですね。太助さん日本人ですもんね。考えておきます」
「そんなもん用意できるのこの世界で? いったいどうやって?」
「それは秘密です」
一緒に小さな瓶に顔を突っ込むようにしてハチミツを舐める妖精のベル。
うん、可愛い。正直、かなり可愛いと思えてくる。
「食事が終わったら、昨日の庭園まで来てください。ルミテス様がお待ちです」
「はいはい」
回廊を歩いて、ルミテスが待つ空中庭園? に来た。草花が咲き乱れているわけでもないから庭園と言うわけじゃないか。ただの広場である。石が敷き詰められていて、百メートル四方無いぐらいはあるか。
「ほう、それを着るとそれなりの者に見えるのう。ひよっこのくせに」
「……ひよっこなのもハンパなのも認めるよ。いろいろ着替えが欲しいとこだけど」
「贅沢言うでない。着たかったのはそれじゃろう? これから一生着る服じゃぞ」
「一生かよ!」
二十四時間このかっこ?
「昨日のホースレス放水ノズルを覚えておるかの?」
「もちろん。アレはすげえよ。世界中の消防士に配りたいね」
「すこし改良した。テストしてもらいたいのう」
「いいよ! それなら俺も協力したいし、消防士は訓練をさぼっちゃダメだしな」
「このリングは水量調節じゃ。こちらのリングは圧力調節。持ちやすいようにグリップもつけたのじゃ」
「うん悪くない」
「では放水開始」
「……え、ここから放水していいの?」
「ここは高高度じゃから、雨になる前に霧散してしまうじゃろ。まずは好きなだけやっていいぞ」
走って庭園の端まで行く。柵で覆われているが、その向こうには空しか見えない。下を見ると雲の隙間から大地が見える。まるで飛行機から見る景色のようだ。
下は緑の森林地帯。なにもない。人が住んでるところからかなり離れているようだ。地面が動いている。このパレスそのものが飛んで移動しているということである。
「ちょ……。これ高さいくらあるの!」
「高度四千メートルじゃ」
「富士山より高いじゃん……。それにしてはそう寒くもないしどうなってんの? 下から見上げられて見つからない?」
「そこはカモフラージュしてあるし、結界も張ってある。暑くも無く寒くも無く、気圧が薄いわけでもなく快適じゃろう?」
「ああ、それはまあ……。しかし本当に空の孤島だな」
「逃げられんぞ」
「……よーくわかりました。じゃ、放水開始!」
ノズルというより先の細いバズーガ砲みたいになっている。重さは3~4キログラムぐらいか。それを腰だめにしてグリップを握り、ノズルの手前にあるリングを回す。
ドッドドドドドド!
放水が始まった! 昨日のような毎分200リットルを超えるような放水量だが、不思議と反動は感じない。いや、ものすごく軽減されてる。
「反動を相殺するように非重力のマスカウンターを後ろに設置したのじゃ。反動は昨日の二十分の一になっているはずじゃぞ」
「すげえ! すげえよこれ!」
「リングを回せば水量が調節できる」
ウォーターカッターのような勢いのある細い水流から、人間が吹き飛びそうなぐらい太い放水、植木の水やりのような噴霧までリングを回して自由自在である。
「その後ろのリングで圧力調節もできるのじゃ」
回してみると、水の勢いも自由に調節できる。銃撃のように真っすぐに飛ばす水から、高く吹き上げて弓なりに落とす水、バケツをひっくり返したみたいに勢いがなく水量だけが多くて周りを水浸しにするような放水までなんでもできる。
「……ものすごい発明だよ。しかもホースも繋がってないのにさ。これが噴き出してる水ってどこから来てるの?」
「この世界の五大陸のそれぞれ五か所にある湖に沈めた給水転送器から送り込んでおる。水が無くなる心配はせんでいいぞ」
「魔法みたいだよ……」
「魔法の力はかなり借りておるが、このパレスから風水エネルギーを使ってその水圧で吹き出す仕掛けじゃの。まあそのへんはおぬしが心配することではない」
どんどん口径を広げ、圧力も最大にまで上げてみる。
150メートル以上届くのにも関わらず、反動はきわめて軽微である。
「反動はどうじゃ?」
「軽い。むしろ手ごたえがなさ過ぎて気持ち悪いぐらい」
「そこが大事だろうと思うてな。反動をゼロにしてしまうと放水しているという感覚が狂ってしまう。少し残しているのだがの」
「うん、使いやすいよ。慣れればたぶんいい具合だ!」
ドドドドドドドド……。
空中庭園から空に向かって放水する。正直、これはかなり気持ちいい。
「気に入ったか?」
「おう、最高だこれは! ホースレス何とか」
「言い方がホームレスみたいじゃのう……。とりあえず『放水くん』とでも名付けようかの?」
こんな大発明をそんな呼び名で……。太助はちょっと悲しくなった。
「センスねえな」
「やかましいわ。訓練はこれぐらいでいいかのう。では出場と行こうかの」
「え……」
「まず防火服じゃ。おぬしが着ておったやつと見た目は同じに作ったが、耐火性能はアップさせたぞ。三千度までは大丈夫じゃ」
「おおおお……」
手押し車の上に載っているアラミドの地味な色の炭素繊維。いや、どう見ても消防の防火服だが。着てみるととても軽い。
「長靴もな。防水もバッチリじゃ」
「おう」
「ヘルメット、矢や石弓も跳ね返し、たいていの爆発にも耐えられる」
消防でおなじみの、首後ろ周りから顔以外を防火布で覆ったヘルメットだ。ヘルメットはグラスファイバーを難燃性プラスティックで含侵した普通の消防士ヘルメットと材質がちょっと違うような感じがする……。なんだかセラミック? な感じで軽いのにものすごく丈夫そうだ。本物の防火服は全部装備するとそれだけで7キログラムはあるはずだが、ずっと軽快だ。
「すご……って、俺そんな現場出んの?」
「当たり前じゃ。それに空気呼吸器。おぬしが持っておった装備を参考に同じ物を作らせた。これもホースレスじゃ。顔にあててみい」
なんでもホースが繋がってないことに驚く。つまりボンベを背負う必要が無いってことだ。顔に当ててベルトを頭の後ろにまわして締めるだけでいい。
ちゃんと呼吸ができる。マジかと思う。
ボンベを含めたフル装備した消防士の装備は二十キロを超える。それをわずか五キロぐらいに納めている。しかも動きを制限するホースなどは一切なしだ。
「要救助者用に、サブマスクが要るんだけど」
「おお、そうじゃの。まあその時はもう一つ持っていけばよいわ。たいしてかさばらんじゃろ。とりあえず今日はいらん」
「今日はって……」
「それとこれ。無線パッチじゃ」
「無線パッチ?」
丸いステッカーみたいなものを頬にピタリと貼り付けられる。
「だから無線じゃよ。それを貼り付けておればわちといつでも通信できる」
「……指示通りに動けってことかい」
「そうじゃ。ここではわちが指令官じゃからの」
「はいはい……」
「下を見よ」
広いテラスから柵に駆け寄って下を見る。
「え、どっか燃えてんのか!!」
「そうじゃよ」
「なんでほっといた!」
「山火事じゃ。見えるかの?」
次回「5.山火事を消火せよ!」