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39.橋の崩落を止めろ!


 一日の仕事が終わり、太助が大浴場に行くと、先客がいた。

 ルミテスが風呂に浸かっている。

 浴場にはスラちゃんもぷかぷかと……。


 今までにもあった光景なので、特に気にせず、太助も洗い場で体を洗って、風呂に浸かった。

「こんばんは、ルミテス」

「太助か」

 太助を見てルミテスはふーとため息する。

「なに、俺と風呂入るの嫌?」

「別に。おぬしロリコンではないからの。わちをやらしー目で見ておったことはなかったからそれはどーでもよい」

 はーそーですかと思う。ヘレスとラブラブな今の太助はなおさらで、確かにどーでもよかった。


「ちょっと水面に波を立ててみよ」

 おかしなことを言うルミテス。

「こう?」

 水面に当てた手のひらを上下させてぽちゃぽちゃぽちゃ。風呂に小さな波が立つ。

 やべえヘレスちゃんとお風呂でヤッちゃったのバレてる? 監視カメラって風呂にあるの?

 そんなことを太助が思うと、「続けるのじゃ」とルミテスが言う。

 ぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃ……。


 ルミテスも手のひらを水面に伏せて、ぽちゃぽちゃやりだした。太助のぽちゃぽちゃとリズムが異なる。

「波が重なっても、その波の間隔が異なると波が交差するだけじゃ」

「はあ」

「だがな、このリズムを合わせるとじゃ」

 ルミテスは太助とぽちゃぽちゃのリズムを合わせてきた。

 ぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃ……。

 太助が立てる波と、ルミテスが立てる波が合わさって、同じリズムとなり、風呂場の水面の波がだんだん大きくなってきた。

 一緒に続けていると、ざっぷんざっぷん、ばしゃっばしゃっと、湯船から湯があふれそうな波になる。

 波にもまれてぷかぷか浮いてるスラちゃんが慌てだした。


「このように同じ周波数の波が加わると波は増幅されどんどん大きくなってしまう。これを共振と言う」

「きょうしん?」

「そうじゃ。ブランコを漕いで小さい力が蓄積され、だんだん大きく揺らせるようになるのも覚えがあるじゃろ。これが原因で事故になることもある。風呂から上がったら指令室に来い」

 そう言い残して、小学生高学年にしか見えないルミテスはスラちゃんを抱き上げて、ざっと風呂から上がって浴場から出て行った。

「俺ロリコンじゃなくてよかった……」

 その時は太助はその程度にしか思っていなかったが……。



「この橋、落ちるぞ」

 ルミテスは指令室のメインパネルに映る橋を指さして恐ろしい予言をした。

 画面では、この時代に似つかわしくない、立派な吊り橋がかかっている。

「吊り橋だね」

「吊り橋じゃ。木を組んで渡したり、石を組んだアーチにしたり、頑丈な骨組みの橋を渡したりするのに比べれば、橋脚の数をずっと少なく、広い間隔で橋を渡せるから船の通りも楽であるし、比較的コストも安い。この世界じゃ最新の工法じゃの。製鉄技術が進んで良質なワイヤーや鉄骨が作れるようになったのでこんな橋も作れるようになった」

「なるほど。でもどうしてこれが落ちるってわかるんだ?」

 そこが太助には不思議だった。


「この橋、スランフの首都リパール、セーナ川にかかっておる」

「前に革命騒ぎがあったところか」

「そうじゃ。スランフでは新政府ができての、議会制の共和国になった」

「へー……。これからはいい国になってくれるといいんだけどな」

「革命軍に同調、あるいは職を失った騎士どもも、新政府に取り立てられて新しく共和国軍として再編成された。いろんなごたごたも収まって、心機一転、国をやり直そうと、今首都は明るい雰囲気になっておる。多くの貴族たちがギロチンで処刑されたがの」

「……お気の毒としか言いよう無いな」


 なんにせよ人が死ぬのは気が重い。新政府が決めた処刑じゃあ救助隊に出る幕はない。助けに行くのも口を出すのも救助隊がやることではないのである。

「新政府ができて、軍もトラブルなく新しい体制が整った。そこでリパールで新軍隊のパレードをして市民にお披露目することになったのじゃ」

「ほう」

「リパール郊外の駐屯地から、市内を抜けて、セーナ川にかかるこの橋を渡り、全焼したベルスイユ宮殿があった庭園まで行進するのじゃ」

 それのどこが悪いのか太助にはさっぱりわからない。


「なにが問題なの?」

「この橋の固有振動数を測定してみた。実際に大型の重い荷物を引いた馬車が通るタイミングを見て、パレスからレーザー測長もして周波数分析もやったのじゃ」

「固有振動数って?」

「個体が持っておる固有の振動数じゃ。木琴の『ド』を叩くと、どう叩いても『ド』の音しか出んじゃろう? どんな物質も、叩くと一定の高さの音になる。この橋も同じで固有振動数を持っておる。吊り橋みたいにワイヤーで吊ってあると、橋は糸で吊られたトライアングルみたいに振動しほうだい。吊り橋の弱点じゃな」

「ああ、吊り橋が風であおられてぐにゃぐにゃに揺れて落ちた例あるよ」


「そこでさっき言った共振じゃ。パレードに参加する軍隊の連中五千人が、ぷわっぱかぱっぱーと先頭のラッパや太鼓に合わせて足並みそろえて行進して、この橋を渡るとな、橋の固有振動数の倍数と共振して揺れが大きくなり、橋は上下に激しく振動して、ワイヤーが次々に切れ、橋が落ち、多数の犠牲者が出る」

「ほんとか!」

 すぐには信じられない話だった。


「行進をやめさせないと!」

「そこじゃ。悩みどころは……」

 うーんとルミテスは頭を抱えるのだが。


「ここで大事故が起きれば、人間はその原因を調査して、橋の設計に欠陥があったことがわかるじゃろ。それは後の教訓となって、新しく橋を作るときはその点に気を付けるようになるはずじゃ。橋の上は行進禁止という法ができてもよい。わちらは橋が落ちてから救助作業をやればいい話じゃ」

「それすごい手間。五千人でしょ? 俺らの手に余るって!」

「かといって事故を起こさせれば、数百人の死亡者が出るかもしれんのも事実。やめさせれば人間はこの欠陥を知ることはできなくなる。いつかはまた事故が再発する。問題の先延ばしにしかならんのじゃ」

「そりゃあそうかもしれないけどさ……」

 ルミテスが悩んでいるのはそこか、と太助はやっと理解した。


「だいたい、軍隊が行進しただけで橋が落ちると信じてもらえんのか?」

「まず無理じゃの。革命新政府はこの軍のパレードを、新しい政府の樹立を祝う象徴にしたいのじゃ。かつての王国軍も新政府と対立することなく、手に手をとって共に国を支えようとしておる、決して新政府と旧王国軍との内戦などにはならんという市民への大切なアピールじゃ。やめさせるのはまず無理じゃの」


「じゃ、橋が落ちないように細工する?」

「重量が重すぎる。今から橋を落ちないようにする補強もできんし、振動制御装置も、振動キャンセルさせる防振加速度装置も用意できんし、もしあっても大掛かりな装置になるから、おぬしらでも市民にバレないようにこっそり取り付けるなんてことはできん……」

「橋が落ちる前にこっそり爆破して、通れないようにしてやるとか」

「おぬし考えが物騒になってきたのう! なんでも爆破は救助ではないわ! それではなんで橋が落ちたか人間どもにわからぬし、目的を間違えるな!」

「無重力風呂敷で橋を包む」

「よけい振動しやすくなるわ!」

「……どうしよう」

「……だから悩んでおる」



 困った。

 事故も災害も、多数の犠牲が出るから、人間はそのことに備え、法整備し、欠陥を改善することができる。何も起こらなければ、事故が起きるまでそのことは放置される。事故も災害も、人類の進歩のためには必要悪なのだ。それが事実だ。

「保留じゃ! 保留!」

 結局ルミテスはそう怒鳴って、太助を指令室から追い出した。



 パレード当日。信じられないことが起こった。

 軍隊が橋を渡り始めたとき、セーナ川に突然、巨大な緑のクジラが現れ、橋に向って突っ込んできたのだ!

 平和なパレードだったので、空筒で弾も火薬も込めてないマスケット銃しか持っていなかった行進する革命新政府軍の軍隊は、一発も撃つことなく一斉に逃げ出した。たとえ弾込めされていてもあんなもの撃って効くわけがなく、逃げるしかなかったのは仕方がないか。


 さらに信じられないことに、そのクジラは水しぶきを上げて空中に浮き、橋に衝突する寸前で鼻先を上げて空に舞い上がり、橋にすれすれで飛び上がって行った。

 そのまま首都リパールの上空を旋回し、一周してからその巨大な空飛ぶクジラはゆっくりと飛び去った。


 リパール市民の多くは、あの革命の夜、空を巨大なクジラが潮を吹いて飛び回って、火を消してくれたのを覚えていた。

 あの大火を防いでくれたクジラが、今度は新政府樹立の祭典を、祝福しに来てくれたのだと多くの市民が好意的に解釈した。

 緑のクジラは、スランフ軍の軍旗にも描かれるようになり、新政府の象徴となった。


 一方パレードはめちゃめちゃ。足並みもそろわずグダグダで終わったのはもちろんである。



「だからなんでもグリンさんで解決はやめようって言ったじゃん!」

「やかましいわの!」

「問題の先送りだろ!」

「後任に任すわ!」

「どーすんのこれ! クジラ教できちゃうよ! クジラの教会建っちゃうよ! 新興宗教できちゃうだろ!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」


 そんなケンカ声が指令室から聞こえてきても、今日も当のグリンは、飲んで、食って、寝ているのであった。




次回「40.幽霊を救出しろ!」

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