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37.海洋汚染を防げ! 後編


 驚くべきことに人魚の王女様はルミテスの聖泉水で回復したのである。

 他の具合が悪くなっている小さいほうの人魚たちも、試験管にコルク栓をした神泉を飲んで回復した。ただ、体内から重金属を吸着して排出する、という代物なのでその後の尿意がすごかったらしい。太助は人魚たちの放尿場面なんて、水中だと見ても全くわからなかったのは幸いなのだが。


「助けていただいてありがとうございます」

 王女様をはじめ、人魚一同太助に深々と頭を下げた。

「それで、太助様のお願いとは、なんなのでしょう。私たちにできることならばお手伝いさせていただきますが」

 ほっとした太助はサンプルバッグを探る。

「やってもらいたいことは、この試験管にですね、みなさん一本ずつ持ってもらって、このあたり一帯の海水を詰めてもらいたいのです」

「試験管?」

「はい、海水をサンプル収集します。それで有害物質の含有量を測定し、この海域の安全性を確認します」

 太助はサンプルバッグから試験管を取り出して見せた。バッグにはルミテスから渡された100本近い試験管がある。


「……汚水が原因だとおっしゃっていましたね」

「はい。大変残念なことなのですが、水銀という毒物が海に撒かれている可能性があるのです。もしそうでしたら……」

「そうだったら?」

「みなさん、お引越ししませんか? この海よりももっと豊かで、もっと温かい、南洋のきれいな海に」

「ぜひそうしたいです! でも、私たちはこの住処(すみか)をすぐには離れられません……」

 住処と言うのはどこのことだろうと、太助は周りを見回した。

「住処と言うのは?」

「この沈没船のことで……」

 ああ、そうか。この沈没船がこの人魚たちの家なのかと太助は納得した。


「わかりました。もし結果が悪いものでしたら、私たち異世界救助隊でお引越しのお手伝いをさせていただきます」

「本当ですか!」

「はい!」


 その後、太助はサンプル採取の試験管を人魚たちに一人一人渡して、バラバラの海域でそれぞれ栓を抜いて海水を入れてもらうように頼んだ。

 渡すたびに、人魚たちの生乳(なまちち)が目の前で揺れ、なんとも眼福だった。



 一度パレスに戻り、サンプルの試験管をルミテスに渡すと、調査結果を見てルミテスは肩を落とした。

「この海はもうダメじゃな……」

「そんなにか」

 太助もその汚染の進行の速さに驚くしかなかった。実際人魚の王女様が体調を崩したのだ。疑っても仕方がない結果だった。

「魚たちはまだよい。その一生はもともと短く、死ぬまでに摂取する水銀量などたかが知れておる。だがその魚たちを食べるもの、人魚たちにはいつか致死量となるまで水銀が体に蓄積されてしまうのじゃ」

「じゃ、もう引っ越ししてもらうしか……」

 ルミテスは残念そうにうなずく。


住処(すみか)は沈没船だったというとったな?」

「ああ」

「よし、その沈没船ごと引き上げて湾を出て南洋に移動させてやれ。グリン、手伝ってやるのじゃ」

「いいのー。わっちょに任せるの」

 グリンさんは快く笑顔でその大役を引き受けてくれた。



 長年水中にあった木造の沈没船は痛んでいたが、原形を保っていた。あと百年は漁礁として使えそうである。太助は苦労して水中ジャッキなどを駆使して船体を少しだけ持ち上げ、船底にネットをくぐらせ、その全長40メートルの沈没船を崩れないようにネットで包む。


 上空から緑色の巨体がゆっくりと降下してきて、グリーンホエールが着水した。そのまま水深30メートルの沈没船の場所まで潜水する。

「空水両用の二号ってすごくない? 本物より高性能じゃん」

 その(たぐい)まれなる重力魔法で巨体を飛行させる緑のクジラだが、やっぱりクジラだけあって本来水中のほうがその移動も作業も得意であった。

 沈下したグリーンホエールにも、大きな網をかけて、網で覆った沈没船とロープをつなぐ。十か所以上になるが、太助はホースレス空気呼吸器で休みなくその作業を続けた。


 太助がOKサインを出すと、グリーンホエールはゆっくりと浮上する。

 沈没船には人魚たちがみんな乗り込んで、大騒ぎだ。

 少しずつ、少しずつ、グリーンホエールは浮上して、やがてその水面に波を立てて全長70メートルの巨体を海面に現した。ぷしゅーと潮を吹いて呼吸する。


 海なのだ。なにも空中を飛ぶ必要はなかった。

 グリーンホエールは沈没船を水中に吊り下げたまま、その巨大な尾びれで水面を叩き、ゆっくり、ゆっくりと、南の海に向って泳ぎだした。

 あとはグリンさんがいい場所を見つけて、良い場所に降ろしてくれるだろう。もう任せていい。

 航海は一週間ほどかかるだろうか。ひさびさの海にグリーンホエールはまるで喜んでいるかのように、力強く尾びれを振って去って行く。

 沈没船に乗り込んだちいさな人魚たち、それに混じって人魚の王女様も、水中で太助に手を振ってくれた。

「元気でな――――! いい海見つけろよ――――!」


 太助はそれに敬礼で応えた。



「さて、もちろんこの排水、そのままにしておくわけにはいかんのじゃ」

 にやりと悪い笑顔で黒く笑うルミテス。

「落とし前をつけてもらおうかの」

「賛成……。しかし、王宮もやるんかい」

「法を司り汚水放出を禁止にできるのはそこしかないであろう」

「わかった、やるよ……」

 デルマークン王国、王都コペンバーゲン。その湾岸にある水銀精錬工場の排水口は既に確認済。


 深夜、太助とジョンの三人は、コペンバーゲン市内の地下水路に忍び込み、どぶに半身を沈めながらその工場の排水口をポータブル放水転送器でふさぐ。見つからないように奥に詰め、カモフラージュも欠かさない。

 妖精のベルが地下水路までわざわざ飛んできて、認識阻害の魔法をかけてその存在を見えなくしてくれた。


 上空ではパレスからロープで吊るされたハッコツが空中作業中。

 ロープで上空500メートルに遠心放水機を設置。装置のチェックしてからロープを解き、無重力空中固定器で上空に留まらせた。もちろんこれも飛んできたベルが人間の目には見えない認識阻害のカモフラージュをかける。


 どぶ川さらいをして全身泥と汚物にまみれた太助とジョンは、しかめっつらのドラちゃんにロープで吊り下げられて、パレスに帰還した。

 浴場の洗い場で、ジョンはなぜか今日は目も合わせてくれなかったマリーを思いながら、一人寂しく汚れて異臭を放つ体を洗う。

 そこから少し離れて、かいがいしくも全裸になって太助の体を洗ってくれるヘレス。ざまあな笑みが太助の口元に浮かんだが、ぺちっとヘレスに叩かれてしまった。



 翌朝、仕事が始まって稼働した水銀精錬工場では大騒ぎ。

 大量の汚水が空から降ってきたのだ!

 もうとめどなく、工場敷地内を土砂降りの汚水が降り注ぐ!

 もちろん工場関係者も従業員もあわてたが、その汚水の雨は、なぜか工場敷地内にしか降らないのだ!

 不思議なことにその汚水の雨は、工場の稼働を止めるとぴたりと止まる。

 工場を稼働すると汚水が降る、止めるとやむ。

 この関連性は馬鹿でもわかった。


 それ以上に大騒ぎになったのは王都のアメリエンブー城である。王宮の城、庭園にも同じように汚水が降り注いだのだ!

 激怒した国王によって立ち上げられた調査委員会による徹底した調査の結果、それは水銀工場に降っている汚水とまったく同じものであることがわかり、その日のうちに工場の操業は停止された。

 汚水を分析してありえない量の水銀が含まれていることが判明したことも水銀工場が原因であることを裏付けた。排水が空から降る原因は全く謎だったが、もうその関連性を否定できない。

 王国議会では直ちに水銀工場の廃業が決定された。


 水銀工場は金山近くに改めて建設され、巨大な浄化槽の併設がされた。

 その翌年には、国法で金の精錬に水銀を使うアマルガム製法は正式に禁止され、新たに水銀を使わない金の精錬技術が取って代わるようになったことは、この世界初の公害防止法として世界史に詳しい。



 いつも湾のはるか沖、岩礁にその姿で船乗りたちを楽しませ、愛されていた人魚たちがいなくなってしまったことは、多くの海の男たちを悲しませた。

 デルマークン国では、人間が海を汚したことに人魚たちが怒り、呪いをかけたといううわさが広がった。海洋汚染防止法が立法された理由の一つともなっていた。


 かつて存在した人魚伝説と共に、コペンバーゲンの海の岩礁には、船乗りたちによって人魚姫の銅像が建てられた。今日も静かに、悲しそうに海を眺めているその美しい人魚像を見るたびに、海の男たちは、綺麗な海を守ってゆくことの大切さを反省と共に、その胸に刻むのだった……。




ポイントが2000になりました! ありがとうございます!


次回「38.勉強会『タイタニック』」

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[一言] 世界三大がっかり!? 次は播磨屋橋?
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