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34.雪中行軍隊を救助せよ! 前編


 ナホン帝国、アーモリー第七師団駐屯地では、今期より新しい雪中訓練を行うことに決めた。

「来るべきロスナ国との冬季戦線を想定した雪中行軍訓練だ。かつてのナポラオン将軍でさえ冬のロスナは攻めあぐねた。われらには訓練を通して、その経験をぜひ積んでおく必要がある」

「はい」

「うむ、師団より歩兵第五連隊二百名を出し、まずはこのハッコーマウンテンを20キロメートル踏破し、冬季雪中露営をし、一泊二日で往復する。どうだ?」

「20キロですか……」


 この訓練を命じられたカンナン大尉は考えた。この厳冬ではあるが、天候を選び、装備をある程度絞り、二百名もの人員がいれば最低限必要な物資はそりで運搬できる。一見容易に見えた。

「まずは20キロ、たかが20キロだ。できるな? カンナン」

「はい、連隊長殿!」

「では二週間後に」

「二週間後ですか!?」

「今回はそりを多くする。どれぐらいの物資が運搬可能かというテストを兼ねておる。まあ200名もいれば20キロの踏破は容易い。早速準備にかかれ」

 短い。あまりにも準備期間が短いのではないか。

 カンナン大尉は嫌な予感に不安を感じ、窓から見える真っ白なハッコーマウンテンを見上げた……。




「太助、おぬし前に戦争をどう思うかと聞いたとき、何と言っておったかな?」

「『最高にバカ臭いと思うね』って言ったけど?」

 いつもの夕食、みんなで食堂に集まって、ヘレスがせっせと配膳する暖かい料理を食べながら、ルミテスに今日の活動報告をしていた時のことである。

「そりゃそうじゃの。あと、山の遭難事故の原因は何だと思う?」

「話変わりすぎ! あー、そりゃあ、山を舐めてるの一言に尽きると思うね」

 太助は当り前だろうというふうに返事する。

「遭難する奴ってのは、だいたい天気予報を当てにして、天気がいい状況での山登りしか想定しない。晴れが続くとか簡単に信じちまう。天気予報なんて、街や都市の予報しか出てないのに、山でも晴れが続くと勝手に思う」

 前に先輩消防士から聞いた愚痴をそのまんま言う。

「……天気予報など当てにならぬであろう」


「俺のいたとこじゃ天気予報は結構正確で、めったに外れないんだ。でも山は違う。地上の天気予報と全く違う天候になる。それに対応できる装備も持たずに山に登っちゃうから、遭難しちゃうんだよ」

「まあそうじゃの」

「どんな天気になっても大丈夫なように、装備を整えて山に登るなら話はわかる。でも、担ぐ荷物を減らしたい、楽したいから、天気のいい日を選んで、お気楽な装備で山に登る。だから遭難が起きる。万全の準備で重い荷物を背負える体力がないんだったら山に登るべきじゃないって言いたいね、俺は」


 わざわざ自分から危険な道を選んで、しなくてもいい救助をさせられるということを何度も経験してきて、最大迷惑をかけられるに決まっている側である救助隊の太助。簡単に多くの人を死なせる戦争も、ろくな装備も持たず楽しもうとする不注意な登山者も、当然ながらどうにも好きになれなかった。


「今、そのバカをやっておる救いようのない連中が、遭難寸前なんじゃ」

「えーえーえーえー……」

 嫌な予感は当たるもの。また嫌な仕事を見つけてきたのかとうんざりしてルミテスを見る。

「食ったら指令室に集合じゃ」


 指令室のパネルには、雪に埋もれ、雪に倒れ、悲惨なことになっている軍隊の列が映し出されていた。

「……これ、誰からの映像?」

「ハッコーマウンテンに住んでおる月の輪熊太郎からの映像じゃ。こっそり行軍についていかせた」

「熊太郎冬眠中だろう……。無理な仕事おしつけんなよ。かわいそうに」

 ルミテスはそれは無視して、「このままでは明日には全滅じゃ。数十年ぶりの異常気象でもある。同情する余地などないが、運が悪かったと言えないこともない。救助するぞ」と決断した。


「何人だ?」

「二百人」

「いや、いくらなんでもそれは無理だろ! 俺ら全員出動したって搬送もできねえって!」

「現場は猛吹雪。もう軍の連中は前進をあきらめ、ホワイトアウトの中方向もわからず、雪洞を掘っておる。小隊四十人名ごとに固まってどうにか火をおこし、凍り付いた食料をなんとか溶かして食べ、凍傷しないよう、眠らないよう、足踏みして寒さをかろうじてしのいでいるという状況じゃ。予定では温泉地まで片道20キロの往復だったらしいがの、10キロもいかんうちにこのザマじゃ。最悪だのう。おそらくもって明日まで。その後はバタバタ凍死が出るわ」

「連中の装備は?」

「木綿のシャツ、セーター、毛糸の薄い外套を二枚重ね。革靴、靴下二枚。軍手、帽子、それに被り物のフード。どれもろくな防水もなしじゃ」

「雪山舐めすぎ」

「上官はもちっとましな服も着とるようじゃが」

「ひでえ」

 太助はあきれる。


「……でも二百人もどうやって助ける? 運搬手段がない。支援物資だってこのパレスには二百人分は用意できない。防寒着も、食料も、テントも、俺らメンバーの分しかないじゃないか。いくらなんでも無理だよ」


「そうじゃの」

「誰だよこんなバカな訓練思いついたの」

「ま、そのバカに責任を取ってもらおう」

「責任て」

「つまりの、その救援に必要な物資を、このアホな訓練思いついた軍からいただいてくるのじゃ」

 そのルミテスの救出作戦計画を聞いて、太助はあきれた……。


「大丈夫なのその作戦。ドロボーじゃん」

「大丈夫じゃ」

「えーと、グリンさん、大丈夫? 現地大吹雪なんだけど、寒いんじゃない?」

「わっちょはもともと北極海のクジラだの。心配には及ばんの」

「どーなっても知りませんよ?」

「任せておくの」

 笑うグリーンホエールのグリンさんに、太助はほんとかよと疑った。



 夜。ドラちゃんに乗って静かに雪の降る空をすり抜けて駐屯基地内に侵入した太助、ハッコツ、ジョンの三名は、黒いジャンプスーツを着て建物の屋根の上に降り立ってあたりを見回す。

「こいつで間違いなさそうだ」

 三人は建物からロープをかけて降下。軒下からその建物の下にもぐりこむ。

 そこは師団の官舎であった。ルミテスが厳選した宿泊施設で、十分な食料、装備が保管されていることが期待できた。それらの物資を盗んでくるってのが、ルミテスの作戦である。現在遭難中の歩兵第五連隊の宿舎でもあり、都合よく人員は今、空に近かった。


 床下にもぐりこんだ太助たちは、その官舎の基礎部分に粘土(プラスチック)爆弾を次々に仕掛けてゆく。

 それが終わったら、警備見回りの兵が遠ざかったのを確認し、再びロープで屋根にまで上った。雪のせいか見回りの当番兵も少数で、ここまで誰にも気づかれず作業できた。吹雪の中、軍の駐屯地を襲う泥棒など誰も警戒してないってことか。


「いくぞ、3、2、1、起爆!」

 太助が遠隔操作の雷管を爆破すると、官舎の床下で次々にポンポンポンと軽い爆発が起こり、官舎は揺れて、少し傾いた。



 その夜、のんきに就寝していた連隊長は連続した爆発音に飛び起きた。

「な、な、な、なんだ!」

 慌ててベッドから降り、窓に駆け寄ろうとして、少し傾いた兵舎の床に転んで倒れる。午前零時。

「何事だ!」

 ロスアの艦砲射撃か! いつのまにアーモリー湾に侵入した!? なんの宣戦布告もされていないではないか! あり得ぬ考えが頭をよぎる。

 官舎はがくがくと揺れ、振動し、今にも倒壊しそうなぐらい柱も壁もきしんでいる。

 窓に取りついた連隊長は愕然とした。

 猛吹雪が舞っている。

 暗い。だが、その光景は異様だった。

「う、浮いている!」

 窓から眼下に見えるはわが駐屯地。兵倉庫、官舎、指令棟、軍馬の厩舎に演習場。

 歩兵の宿舎である第五連隊官舎は、今、空を飛んでいた……。



「やっぱりすげえよグリンさんは!」

 屋根の上で見上げて、太助は感心しきりである。

「見ろよ、こんな建物でも運べるんだからさ」

 グリンさんこと巨大なグリーンホエールは、この官舎をワイヤーで持ち上げていた。

 今官舎の上空では、10メートルほど離れて巨大なクジラが宙に浮いて、雪のハッコーマウンテンに向い上昇しているのであった。


「いったい何トン持ち上げられるんだか……。さ、着替えるぞ! 俺らまで遭難しちまう!」

 太助はあわててマイナス70度にも対応した防寒着を装備するが、ハッコツとジョンは吹雪の中、慌てることもなくゆっくりと準備を始めた。

「お前ら寒さに強くていいよなあ……」

「うらやましいですかな?」

「いやまったく」

 上空もホワイトアウトで真っ白で、何も見えないに等しい。

 パレスからの無線誘導とレーザー方向指示だけが頼りだが、巨大なグリーンホエールはそんな中でも順調に飛行を続けていく。

「さ、始めるぞ」

 ロープを伝わって建物の中に太助たちは侵入した。 



「カンナン大尉! このままでは遭難する。兵士は朝まで持たんぞ!」

 カンナン大尉は苦渋の決断を迫られていた。なぜかこの行軍には、カンナンの上官であるヤムグ少佐が同行してしていたのである。「温泉で風呂と酒が飲める」というくだらない理由だった。それがここに来るまでに雪に阻まれ、吹雪に視界を奪われ、方位磁石は凍り付き、やむなくそりを放棄し、各自が持てる荷物を持てるだけ担いで歩かせることになってしまった。


 しかし、マスケット銃だけは、軍人の魂であるとかなんとか言って、全員に放棄することを許さなかった。銃の放棄は、敵前逃亡とみなされ、処罰の対象だったのだから。

 そして雪を掘って雪洞を作り、ろくに風雪も避けられないまま、テントも失った露営で、マイナス二十度以下の気温の中、全員で凍死を待つばかりという状況にまで追い込まれていた。すでに数名の行方不明者が出ている。


「しかし深夜の行軍は危険です! 天候が収まることを期待して、朝になるまで動かないのが雪山遭難の鉄則であると考えます!」

「そうしている間にも、次々に犠牲者が出るのだぞ! お前の責任であろう!」

「しかし!」

「全員に通達! 訓練の目的は十分果たした! 今すぐ訓練を終了し、アーモリー駐屯地に帰営する!」

「ですが」

「やれ! 命令だ!」


 無理だ。絶対に無理だと思った。吹雪に吹かれ雪は降り積もり足跡は消され、もうカンナン大尉には、帰り道さえわからないのだ。

「放棄したそりもある、倒れた兵もおる! それを目印に帰り道はわかる!」

 ヤマグ少佐はそう怒鳴る。

「では、私がまだ体力のある兵を率いて、斥候になります。まずは帰り道を確実に確認してから全員に帰営命令を出すべきかと!」

「……お前が行くのか?」

「はい」

「ではいけ!」


「三名志願せよ!」

 人がぎゅうぎゅう詰めで、身を寄せて寒さを耐え忍んでいる兵たちからは声が上がらなかった。

「お前、お前、それにお前、ついてこい!」

 命令されて、やっと兵は動き出した。

 雪洞から頭を出すと、猛吹雪が顔面を吹き付けた。

 方位磁石は凍り付いて回らない。もう方向は完全にわからない。

 見回すと歩兵連隊、二百名が四十人ずつ、穴を掘って寄り固まっている雪洞の明かりが五つ見えた。後ろを歩いていた部隊のはず。

 カンナン大尉以下四名は、一つ一つの雪洞を訪れ、「足踏みをやめるな! 凍傷になるぞ!」「眠るな! 凍死するぞ!」と声をかけ、粉雪に腰まで沈み、かき分け、かき分け、絶望的な帰営への道を探すべく、露営地を離れていった。それはまさに「死への彷徨」であった……。




次回「35.雪中行軍隊を救助せよ! 後編」

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