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30.王都の大火を消火せよ! 前編


 スランフ王、ルイス16世は、日記に今日も、「何もなし」と書いてペンを置いた。

 退屈を紛らわせるために、享楽とろくでもないパーティーの続く毎日。

 面倒で、何もかもどうでもよかった。


 この国がどうなっているかもよく知らない。(まつりごと)は大臣たちが勝手にやっている。もう二年もルイスは宮殿から出たこともなかった。

 王妃である妻は、王が子を作れないからと早々に愛想をつかし、愛人を作りやりたい放題。夫婦愛など最初からかけらもなかった。

 毎日、おべんちゃらを言い、機嫌を取ってくる貴族どもにも飽き飽きしていた。

 孤独だったのかもしれない。だが王はそのことにさえ、全く気が付いていなかった。


 その日は妙に部屋の外が騒がしく、眠れない夜となった。

 豪華なベッドから一人、起き上がって窓の外を見る。

 何かが燃えていた。

「火事か……」

 どうでもよかった。

 王は、再び、ベッドにもぐりこみ、眠ろうとした。

 カンカンカンカン………………。

 さっきからひっきりなしに鳴っている鐘が、うるさかった。




「……とうとう革命が始まったのう」

 パネルを見ていたルミテスは無感情に、炎上するバスチール監獄を指さした。

「……で、女神ルミテス様はこれをどうするんだ?」

 冷静に太助が問う。指令室にはもうメンバーが全員集結していた。


「勝手にすればよい。この世界全ての生き物の(まつりごと)にも、戦争にも、救助隊は不干渉が大原則じゃ。誰の味方もせぬ。愚かさの手助けはせぬ」

 ルミテスの返事は冷たかった。


「太助、おぬし戦争をどう思う?」

「最高にバカ臭いと思うね」

「ほう」

 太助のセリフにはルミテスもちょっと感心したようである。


「こっちは人ひとり助けるだけでも命懸けだよ。なのにどうでもいい争いで何百人も何千人もバタバタ片っ端から死ぬんだぞ。やってらんねーよ」

「でも多くの市民も犠牲になりますわ。これは戦争ではなくて、市民革命ですのよ!」

 元貴族のマリーは何とかしたいと手に汗握る。


「愚かであるからこそ、人は学ばねばならぬ。多くの血と、涙があってこそ人はその行いを(かえり)みる。放っておかねば人は歴史から学ぶ機会を失うのじゃぞ」

「ここの王はこうなるまで、なにやっておったの……」とグリンもあきれる。

「何もやっておらぬからこうなる。怠惰も罪なのじゃ。身をもって償うことになろうな」

「だからって……」

 マリーは悔し気に手を握る。


「マリー、おぬし、貴族であろう。これ、どうなればよいと思う? どうすれば解決する? 歴史にどう書き残す?」

「……」

「救助隊は誰を救助すればよいと思う? 誰の味方をするのじゃ?」

「……みんな。王も、貴族も、兵も、市民も。助けられる人は誰でも助けてあげたいですわ」

「誰の味方をしても、誰かの敵になるのじゃぞ。それが戦争じゃ」

「でも……」

 でも、でも、だって。よくある感情論を納得させるのは難しい。


 しょうがないというように太助は語る。

「俺は等しく人間の……、いや、異種族もだな。命あるものすべての味方だよ。誰の敵にもなりたくないね」

「ではどうする?」

「無関係な市民ぐらいは、助けてやってもいいんじゃねえの? 少なくともこれ、大火になるのを食い止めるぐらいなら」


 ルミテスは考え込む。長い沈黙が続く。


「……ではおぬしたちは好きにするとよいぞ。この現場は任せる」

「はいよ」

 太助は立ち上がった。

「みんなにゃ悪いけど出動だ! いいか! 王だろうが浮浪者だろうが、とにかく目についた奴は片っ端から救助。王宮だろうと掘っ立て小屋だろうと、火事は消火だ! 行くぞ!」


「そう来ると思ってましたな」

「やるよ」

 ハッコツとジョンも立ち上がった。スラちゃんはポンポン跳ねている。


「今から向かっても現場到着まで一時間二十五分です」

 ベルがパレスの航路をスランフに向ける。

「了解。ありったけ準備するぞ!」

 三人と一匹は指令室から駆け出した。


「……グリン、おぬしはどうする?」

「若いっていいのう」

「感心しとる場合か」

「はいはい」

 グリンも夕食の残りを大口を開けて飲み込んで、立ち上がった。

 マリーとヘレスは、不安そうにモニターパネルを見上げるしかなかった。



 革命の火の手は、スランフの首都リパールの各地に上がっていた。国軍の混乱を狙い、あちこちで放火が行われているようだ。

 各所の貴族屋敷が襲われるだけではない。火の粉が飛んで町は暴徒にあふれ、逃げ惑う市民たちで大混乱。革命の街は殺気立っていた。太助たちを乗せたドラちゃんはリパール上空を旋回する。

「ハッコツ! まずあの監獄の牢壁を爆破すんぞ! 入り口が一か所しかねえのに兵が集まってきてて誰も逃げられないでいる。中にいるやつが全員焼け死んじまうよ!」

「まず囚人から助けるのですかな?」

「そうだ! こんな国もうつぶれちまったって気にすんな!」

「そりゃ痛快ですな!」


 ぶわっさぶわっさと一つしかない正門の反対側の敷地に降り立ったドラちゃん。無重力風呂敷が転がっていき、そこから飛び出したジョンが間髪入れずに燃え上がる牢獄に放水を始める。強力な放水で火を消そうとしていることは一目瞭然で、驚いていた人たちも離れる。こういうときに体のデカい狼男の東京ヤンキーな怖い顔は便利だった。


 混乱する囚人、突入してきた市民たちは今は正門に集まって、兵士たちと戦闘中で、その反対側になる太助たちがいた場所は人が少なかった。それでも驚いて声をかけるやつもいる。

「な、なんだアンタたち!」

「助けに来た! 今から牢壁をぶち壊すからそこから外に逃げろ。みんなを呼んで来い!」

「わ、わかった!」


 太助とハッコツは牢壁に粘土(プラスチック)爆弾を次々に設置する。雷管を差し込んで有線で起爆準備完了。

「離れろ!」

 集まってきていた囚人、市民たちを追い払い、ハッコツと共に身を伏せる。

 ド――――ン!

 牢壁がガラガラと崩れた。大穴を開けて脱出口ができる。

 大歓声が上がり、監獄に取り残されていた囚人、市民たちが新しくできた監獄の出口に殺到する。

 市民たち、手に手に銃を持っていた。マスケット銃だ。先込め式の鉄砲。

「なんで鉄砲があるんだ!」

「詰め所に武器が保管してあったようですな、ほれ、あそこ」

 ハッコツが指さす。衛兵たちと殺し合いになりながらも、市民たちが塀の上の見張り小屋や砲台から銃を投げ落としていた。それを受け取って走り出す革命市民たちを衛兵が追う。

「やべーぞそれ、火薬庫があるんじゃねーか?」

 ドッガア――――ン!

 既に火がちろちろしていた小屋が大爆発。破片が降り注ぐ。


「ジョン! ここはもういい! 燃やしておけ。どうせ人っ子一人いなくなる。次だ!」

 太助とハッコツとジョンは市民たちと一緒に崩した牢壁から外に逃げ出す。

 立ち上る煙から風下を見る。民家が多い。貧民街と言うわけでもなく、漆喰の土壁に瓦屋根(かわらやね)。すぐに延焼するわけでもなさそうだ。後回しにする。

 街路では既に衛兵隊と革命市民の銃撃戦が始まっている所もある。

 火をつけられた貴族屋敷。石造りの外壁の中で火が荒れ狂う。

 屋根が落ち、崩れ、火の粉が飛ぶ。

「あの屋敷はもうダメだ。それより延焼するぞ! 放水して周りの家を濡らしとけ!」


 太助たちは周囲を駆けまわり、火が舐めている家々に放水で大雨を降らせた。

「おいっ! お前たち! 水をかける場所が違うだろ!」

 太助たちを見た甲冑の男どもが駆け寄ってきた。

「ジョン! 舐めてる火を抑えとけ! おいあんたこっちに火が回ってもいいってのか!」

「マクファーレン様のお屋敷が優先だ!」

「その屋敷はもうダメだよ、あきらめろ」

「貴様ああああああ! 言うことを聞け!」

 面倒になった太助、放水を甲冑の連中に向けた! 強力な放水くんの水撃を受けて吹き飛ぶ甲冑の男たち。

「があああ! 撃てぇええええ!」

 何人かの兵士が太助に銃を向ける!

 三丁の銃が火を噴いて、それを受けた太助は倒れた!

「太助殿!」

 さすがに焦ったハッコツが放水を兵士たちに向け、吹き飛ばした。

「太助殿! 大丈夫ですか!」


「いてててて……なにしやがる」

 起き上がる太助。ルミテス印の防火服は防弾性能もバッチリだった。

 防弾チョッキのような分厚い防御ではなく、服自体になにか防御魔法のようなものがかかっているらしいのだが。

「邪魔すんな!」

 もう十分だ、太助たちは兵たちに放水しながら逃げ出した。

 銃弾はそれ以上襲ってこなかった。この世界のマスケット銃、放水で濡らされたら、もう発砲はできなかった……。


 逃げ惑う市民たちに逆らって炎上している場所に向かう。

 高いアパートメントが炎上している。窓から顔を出して助けを求めている人もいる。

 太助は無線で、「ドラちゃん! スラちゃん投下してくれ!」と指示。煙を撒いているアパートメント上空からスラちゃんが落ちてきた。それをガシッと受け取る。

「スラちゃんエアバッグ展開!」

 見る見るうちにスラちゃんは窓の下に膨張して大きくなる。

「飛び降りろー!」

 そうは言われても、スラちゃんがなんだかわからない人たちには、すぐに飛び降りられるわけもない。太助は炎上するアパートメントに放水を振りまきながら突入して階段を駆け上がる。

 火を飛び越えて、人がいた窓際に駆け寄る。四人家族がいた。


「お嬢ちゃん、大丈夫だから、俺を信じろ」

 面頬を取って笑ってやる。泣いている女の子、それを掴んで、窓から出す。

「おいっなにする!」

 一家の主人は騒ぎ、奥さんは泣く。

「見てろ!」

 放った女の子は悲鳴を上げて落ちていったが、エアバッグに落ちて無事。

「わかったな! さああんたたちも飛び降りろ!」

 主人はうなずいて、もう一人の娘を窓から放り出し、自分は嫌がって抵抗する奥さんを抱え飛び出した。


 バイタルストーンでチェック。屋上にまだ二人。

 そのまま駆け上がる。

 貧しそうな屋根裏部屋の住人、兄弟らしい男の子と女の子が抱き合って震えていた。

「下に火が回ってるんだ、助けに来た。避難するぞ」

 屋根裏部屋の屋根の窓をたたき割り、女の子と男の子を屋根の上に押し上げた。

「ドラちゃん屋根の上の男の子と女の子、救助頼む!」

 そして太助は下の階に戻って、ベランダからその身を投げた。

「うぉおおおおおおおおお――――!」

 ぼふん。スラちゃんの上に着地した。先ほど落とした家族はジョンとハッコツが回収済。早く逃げろと指示していた。


 上空ではドラちゃんが幼い兄弟を優しく足でつかみ上げて、降下してくる。

 やればできるんじゃないかドラちゃん。俺の時はいつも鷲掴みだよね痛いよねと太助は少し心に風が吹く。

「みんな火がないところに向って逃げろ! よし次! スラちゃんもういいよ!」

 スラちゃんはブシューと空気を吹いて縮む。

「ドラちゃん、スラちゃん拾い上げて上空待機頼む!」

 三人はまた次の火元めざして駆けだした。




次回「31.王都の大火を消火せよ! 後編」

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