3.異世界を守れ!
「ほれ、見えてきたぞ」
空中に巨大な……。巨大な島というかなんというか、とにかく城というか宮殿というか、要塞みたいなものすごいものが浮いている。直径数百メートルはありそうだ。
太助の知識で言うと、某龍玉マンガの神様の家みたいな、いや、ラピュタみたいな、あれよりでかい空中の城である。
ぶわっさぶわっさ。
銀色のワイバーンが、その空中の城の庭園に着地する。
「すげえなここ……。ここが神様の宮殿ってこと?」
「宮殿ルーミスじゃ。ま、パレスでよい。いや、今日から『救助隊基地』かのう」
「神様っているんだな……。なんかマンガみたいだよ」
「おぬし無神論者かの?」
「いやそんなわけじゃないけどさ。日本人は漠然と神様ってもんは認めてるが、特定の宗教に縛られてないだけで無宗教ってのもちょっと違う。無神論者ってわけじゃないんだよ。どの神様も差別なく受け入れてるってのが日本人かもしれないな」
神様仏様を信じていないわけじゃない。太助だって初詣には行くし、じいちゃんの葬式にはちゃんと念仏上げて、消防士の国家公務員試験の時は神社に神頼みもした。もし彼女ができて結婚式は教会でって言われたら反対する理由なんてあるわけない。日本人とはそういうものなのである。
「変わっておるのう日本人ってのは……。まあいいわ」
ぶわっさぶわっさ。
二人を降ろしたさっきの銀色のワイバーンが羽ばたいて、飛んでいき、庭園の下に降りて視界から消える。
「あのワイバーン凄いな」
「シルバーワイバーンのドラちゃんじゃ。わちの使いの一人じゃの」
「ワイバーンなのにドラゴンのドラちゃんなのか。もうちょっとマシな名前を付けてやれよ……」
「本人が自分はドラゴンだと思っておったらしくての。もう一人おる。ベル!」
「はーい!」
ぶーんって羽音立てて、虫……いや、トンボ? いや、少女が飛んできた。
全長二十センチ! 小さい。小さいけど少女である。いや、少女ってのは幼い女ってことなんだけどこれは小さい女。簡素な服を着ている。
「妖精のベルじゃ。わちの側近をしておる」
「ベルと申します。日乃本太助さん、ようこそ異世界へ!」
「異世界……」
「まだ納得いかんかの?」
「いや、納得した……。ここまで見せられてむしろ納得いかないほうがヘンだ。病院のベッドで夢見てるわけでもない。俺にはこんな発想自体無理だし……。アニメやゲームでもこんな世界見たことないし」
「そうかの。ま、とにかくついてまいれ」
「あの、俺、腹が減って、喉もカラカラで、その……」
「そうか、では飯にするかの」
「あの、その前に装備、もう脱いでいい?」
太助はあのカーキ色の防火服フル装備を着たままであった。
回廊をカツカツ歩いて、一つの部屋のドアを開く。
「厨房じゃ。今日から好きに使ってよいぞ」
……でっかい冷蔵庫、食料庫、食器棚、食器の数々、おなじみの物から見たことの無い調理器具、水道にシンク、電子レンジに湯沸かしポットにコンロに、一通りなんでもある……。
ルミテスが食器棚からコップを一つ出し、シンクの水道をひねって水を入れ、太助に出す。
「水かよ……」
「最初だけじゃぞ。あとはセルフサービスじゃ」
今更だが、煙も吸ってたんで喉がいがらっぽい。ガラガラと遠慮なくうがいもさせてもらう。水道で水を継ぎ足してさらに飲む。合計四杯も。
「ふ――、落ち着いた……」
「現状把握はできたかの?」
「いやあ全然。あんたたちも何か飲まないの?」
遠慮なく冷蔵庫を開けさせてもらう。様々な食材、卵、肉、野菜、瓶入りの得体のしれないジュースとかが入ってる。ソーセージもある。それを取り出してそのままかぶりつく。不思議な味だがかなり美味い。
「わちは女神じゃ。飲み食いはせん」
「私も花の蜜だけ舐めてればそれでいいので」とぶんぶん飛んでるベルが言う。
「ほう、では女神様はトイレにも行かないと?」
「……下品な男じゃの」
女神ルミテスが顔をしかめる。
「ここ、どんなところなんだ?」
「この世界はリウルスという。ここ数十年の間に、石炭が採掘されるようになっての、これから機械化が進み、工業が発達し、経済はうなぎのぼりとなるじゃろう。その一方で、貧富の格差は拡大し、王権は腐り、貴族や豪商が威張り、騎士や衛兵が傲慢を極め、貧しき者、人間以外の種族が救われぬ歪んだ世界が続く」
「へー……」
「科学、工業、錬金術、魔法も発達しておるのに対し、政治、経済は旧態依然じゃ。まだまだ人の命が安い。そのため大規模な事故、災害、汚染、自然破壊が続いておる」
「どこでも同じだな」
「このままではいかん。今までのように女神の奇跡程度では追いつかん。そこでわちは消防救助隊を作ることにしたのじゃ。おぬしはそのメンバー1号じゃの」
「俺がかよ!」
「そうじゃ。わちの元で働いてもらいたいのじゃよ」
「特別救助隊か……。いくらなんでもそれは」
「衣食住を保証する。給料も出す。それでどうじゃ?」
「いや、元の世界に戻してほしいんだけど」
「それは無理じゃの。おぬしはもう死んでおるからの」
……そうなのか。
その一点だけは、太助は否定できなかった。
消防士が現場で死ぬなんて、最悪のヘマをしちまったと思う。
いまさら先輩、仲間、消防関係者の前に顔を出せるか? 恥ずかしすぎる。
「……ダメか……。俺には資格がないな」
「そうかのう」
「俺だっていつかはレスキュー隊員に、なんてあこがれてたさ。でも初出場の現場でいきなり死んでみんなの足を引っ張るなんて消防士失格だ。これ以上ない大失敗さ……。俺には向いてなかったんだよ」
「しかし今日、猫族の子供を一人助けたではないかの?」
「あれは……運が良かっただけだと思うぞ?」
「おぬし、煙に巻かれ火に包まれ、真っ先に考えたことはなんじゃ。自分だけ生き残って逃げることかの? あの少女を助けようとしたのではないのかの?」
「そりゃああの状況ならやるにきまってるだろ!」
「今はそんなこと考える人間も、この世界にはおらんのじゃ」
消防ないのか! この世界消防ないのか! 太助には驚きである。
江戸時代にだって火消しはあった。いや、世界中にそんな組織が無いところなどあるはずもない。大きな都市ならどこだって火事ぐらいには備えたはずだ。
「この世界消防無いのか?」
「大都市にはある。たいてい街の衛兵団が兼任しておる。だが専門家ではない上に、そもそも軍人じゃし、平民の命を軽んじておるきらいはある。延焼を防ぐために平民の家を問答無用に次々に打ち壊す。消火ポンプは手漕ぎぐらいしかないしやりたがらぬ。貴族屋敷の消火を優先するから平民はいつも後回しじゃ。そんな世界なんじゃよ」
「それ、悲惨だな……」
消防と言う組織がまだ確立されていない。平民を守ってくれる体制がまだ整っていない世界なのだ。
「引き受けてもらえないならおぬしは用なしじゃ。ここから突き落とすのもなんじゃし、右も左もわからぬこの世界に裸で放り出して、一からやり直してもらおうかのう」
「いや、それは……」
「まあしばらくここにおれ。気が変わったらそのあと聞こうぞ」
そう言って、ルミテスは席を立った。
「わちはこれからあの『ホースレス放水ノズル』を改良する。明日から訓練じゃ。付き合ってもらうぞ。ではな。寝る場所はベルに聞け」
次回「4.新装備を使いこなせ!」