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27.ダムの決壊を防げ! 前編


「俺、ヘレスちゃんと付き合うことになったから。よろしく」

「……」

 翌朝、朝食で宣言した太助へのメンバーの目は厳しかった。


「……おぬし、結局体だけが目的だったのかの」

 ジト目のルミテス。

「言い方。その言い方はやめて。確かにヘレスちゃんは体しかないけど。体しかないけど、惚れたのはそこじゃないし」


「ヘレスちゃんはみんなのものです! 独り占めは許しませんよ!」

「嘘つけベル。いい様にヘレスをこき使っておいて仕事サボってばっかりだろ」


「……わたくしのことは、ただの遊びだったのですね……よよよ」

「誤解を招く言い方やめてマリー。君ジョンの愛人だよね。いやジョンがマリーの愛人か」


「どういう骨格をしてるのかちょっと興味あったんですがな。ケタケタケタ」

「何する気だったハッコツ? お前ヘレスちゃんに何する気だった?」


 ぽふぽふぽふ。肉球付きの手で拍手するジョン。肩の荷が下りてほっとした顔をしている。狼では、メスを取り合って争う。勝ち取ったメスは男の勲章。それを太助相手にやっちまったという後ろめたさがあったのか。そういうことかと思う。


 スラちゃん、食事中。全く興味なしのようだ。


「先を越されたの……。つまらんのう……」

 誰?

「いや誰ですかな?」

「誰ですの? このおば……お姉さま?」

 全員の視線が一人に集まる。

 あーあーあーあー。今、食卓に片頬ついてがっかりなため息している、緑の髪を長く垂らした、えらく色っぽくけだるげなオバサン。太助はそういえば前に風呂で会ったことある。すっかり忘れていた。いや、気にはなっていたが。


「紹介するのが遅れたのう。先日より救助隊に参加してもらうことになったグリンじゃ。昔からのわちの友人じゃの。部屋で寝てばっかりおったから知らんかったやつも多いだろうがの」

「わっちょはグリン。まあ大きな仕事があるときは手伝わせてもらうの。たいして当てにしてもらっても困るがの、一応よろしくの」

 へーへーへー。

 みんな何の役に立つのか興味津々である。

 それにしてもこのオバサン、むっちりしていてはみ出しそうな紐ビキニという最低限の装備で露出がすごい。水着という感じで違和感は全然ないのが不思議だが。

 河童さんだし、水棲なのかな? だから水着なのかな? でも頭に皿ないな。新メンバーに変なことばかり考える太助。


 当のヘレスは、みんなに朝食を配膳しながらも、てれってれなのか恥ずかしそうにしている。可愛い。

「ヘレス、本当にその男でよいのかの? おぬし、十分働いてくれておる。そんな男に媚び売らんでも、わちがちゃんとここに置いてやるわの。無理しておらんか?」

 ぶんぶんヘレスはルミテスに向って手を横に振る。可愛い。

「ヘレスちゃん元は娼婦ですよねえ。いいの太助さん?」

 ベル毒舌が過ぎる。

「どーでもいいわ! 羽むしるぞ?!」

 娼婦をやってたからって、そりゃいろんなやむにやまれぬ事情があってそうなってたに決まっている。売り買いされて娼館に来たことはあのマダムのセリフでわかる。太助はそんな事情は聞きたくなかった。童貞卒業して太助は、受け入れられる男に成長していた。


「……料理が上手できれい好きで文句ひとつ言わない働き者で床上手(とこじょうず)。男ってほんっと都合いい女が好きですよねー……。太助さんもちょろすぎます」

「ほんっとーに羽むしるぞ」

 やけにつっかかるベル。まあヘレスにだいぶ仕事取られて面白くないのはわかる。だがベルは元々けっこう面倒くさがりなやつのはずである。時々出てきていたベルお手製料理に夜食を見ればわかるってものだ。手抜きが凄かったしいつも同じものだった。今はパレスのコントロールに集中できて、ちゃんと専門の仕事を分けられるからいいんじゃないかと太助は思うのだが。


 都合いい女。

 言われてみれば全くその通りでまったく弁解できない。意地悪言っているようでベルは的確にそのことを指摘してきた。

 太助はへレスを受け取るとき、とっさに「この子もらっていいか?」とマダムに聞いた。こんなところに置いておけないと思って出た言葉だったが、へレスの意志なんて聞いてなかった。都合いい女にとっくにしてしまっていたのである。

 こんな空の牢獄のような宮殿で、文句ひとつ言わず喜んで毎日働いてくれる。自分のような何のとりえもない男にも尽くしてくれる。今までどれだけこの子は不憫だったのだろう。幸せにしてやりたい。本気でそう思う。

 童貞の俺ちょろ過ぎ。太助はその通りなんだろうと思った。

 ヘレスは単に太助にお礼したかったのかもしれない。もう帰る場所がなくて太助にすがってきたかもしれない。だいたい一回ヤッただけで彼氏顔はイタすぎる。いや、あの後何回もおねだりしちゃったけど、しちゃったけど、しちゃった以上、責任は取る!

 昨日卒業したばかりの童貞脳はその忠告を心に刻み、ヘレスを都合いい女扱いすることが無いように、覚悟を決めた。


「さて、まあめでたいことはめでたい。太助が溜まり溜まってこのパレスで暴れたら面倒だったからの。よい福利厚生じゃ。ヘレス、太助が調子に乗って泣かすようなことがあったらすぐわちに言うのじゃぞ。では、一つ大仕事がある。食べ終わったら指令室に集合じゃ」

 俺そんな目で見られてたの? そんなに女を見る目がやらしかった? とルミテスの評価に太助はがっかりだ。

 そしてルミテスはお茶だけ飲んで立ち去った。食べないんだっけこの人。もったいないなあと太助は、ヘレスが用意したテーブルに並んだおいしそうな朝食に、さっそく手を付けるのであった。



「チョルミンのダムが老朽化している上に、長雨が続いての、このままだと決壊するのが間違いないのじゃ」

 指令室のメインパネルには雨が降り続くダムの映像。満水に近いのが一目でわかる。

「……この世界ダムあるんだ。まだ電気も通ってないのに」

 太助には意外だった。ダムと言えば水力発電。電気もないのにダムなんか必要ない気がした。

「あののうー、ダムなんてのは旧ローム帝国時代からあるわ。貯水池をわざわざ掘るぐらいなら谷川をせき止めるほうが楽でよいと誰でも考えるじゃろ。ダムも水道橋もこのリウルスには千年以上前からとっくにあるわ」

 日本にだって江戸時代から今でも使われている水道橋があったはずで、その点は納得できた。


「使用目的は主に治水じゃ。要するに水門じゃな。水門と言えばダムよりイメージしやすいであろう」

「ああ……なるほど。水門もダムのうちってこと」

「管理の者は今水門を全開して放水しておる。だが、放水量より流入量のほうが上回っており、このままではダムを超えて水があふれる。そうするとダムが次々に壊れていき、しまいには決壊して大量の鉄砲水が下流の町を襲うことになるじゃろう。間違いない」

「下流の人口は?」

「二万人以上じゃな。それらの多くが水没し、流され、大量の死亡者が出る」

「……俺たちじゃまだ全員避難させることも救助することもできないな」

「そうじゃ、だからこのダムの決壊を防ぐことを第一に考える。どうじゃ、なにかアイデアはないか?」


「雨を止ませる……」

「女神を何だと思っておる。そんなことができたらこんな救助隊など作らんわ」

「放水量をもっと増やす」

「とっくに連中はやっておるわ。今のが限界じゃの」

 なるほどパネルでは大量に水門から噴き出している。下流民には悪いが壮観ではある。下流の川はすでに堤防ぎりぎりにまで上がっており、一部ではもう水が流れ込んでいる地域もある。これ以上放水量を増やすのは無理だろう。

「ダムを高くする」

「地形的に無理じゃ。ダム湖の周りを全部覆う堤防を作ることになる。そんな工事はやってられん」


「前もってダムを空にしておくのは、難しかったか……」

「今の気象観測技術では無理に決まっておる。長雨が降るからダムを空にしておく、干ばつになるからダムを満水にしておく、年単位の予測じゃ。そんなことは神に占いを立てても不可能なのじゃ」

 気象観測衛星を飛ばしてスーパーコンピューターで計算させ、アジア全域の気象情報を提供している世界有数の観測技術を持つ日本でもできていないことである。この世界でできないのは当然だった。十分に余裕がある巨大ダムなら受け止められることも、この世界にあるまだ中途半端な大きさのダムでは事故になる。


「二百年も前からある水門をいまだに使っておるのだからの。老朽化のせいもある。けちけちして建て直さないからこうなるのじゃ!」

 ルミテスが切れた!


「水を汲みだすのは?」

「どこに排水する? どのみち水は低いところに流れる。どう流しても結局は下流の川に合流する。下流が洪水になるのは同じなのじゃ」

「上流や下流の谷を爆破とかで崩して川をせき止める」

 確かスーパーマンが映画でそんなことやってたような気がする。

「そのせき止めもすぐにあふれる。そうなったら同じことじゃ。時間稼ぎにしかならん。この長雨はあと一週間続く。治水管理できないダムが途中にできてしまったら後々の被害のほうが大きくなるわ」

「……打つ手なしか。スーパーマン使えねえ……」

 太助もがっかりだ。


「このダムの貯水量は」

「40万トン」

「最大放水量は?」

「毎秒20トン」

「……最低でも毎秒20トンを上回る水をどこかに放水しないとあふれるわけか」


 考えろ。考えろ考えろ。放水、放水、放水。太助の頭はめまぐるしく回る。

 放水だったら火事の時いつもやってる。その応用ができないか。


「……ルミテス、たしか『放水くん』って、湖に沈めた転送器から空間転移でつないでるんだったよな」

「そうじゃ」

「湖に沈めてある……」

「深いところにな。水圧も利用しておる。これも一種の自然エネルギー利用じゃの」

「放水くんの放水量は? 毎分300か400リットルだったような。

「放水くんの最大放水量は毎分700リットルじゃ」

「消防署の一番強力な放水機が毎分900リットルだった。それと比べても放水くんは凄いな。手持ちでこれだけの放水量……。でも700リットルで毎秒にするとたったの10リットルちょい。20トンには桁が足りないな……」

「放水くんが2000本以上じゃの、だいたい放水転送器が……ん、待てよ?」


 ルミテスが頭の中で計算する。

「転送器は世界の五大湖に一基ずつ沈めてある。大陸ごとに分けておるから火事の時に使っておるのはいつも一基だけじゃ。五基集めれば五倍の排水が可能……」

「転送器の転送量は?」

「わちはこの異世界救助隊を世界的な組織に成長させようと思っとったこともある。最大転送量は毎秒5トンじゃ。一基で放水くん300本以上カバーできるようにな。一つ一つの大陸で300以上の放水をいっせいにできる」

「毎秒5トン! 五基集めれば毎秒25トンだよ! ダムの最大放水量を上回る放水ができる!」

「……放水くんが2143本要りますけどね……」

 指令室のコンソールで計算してたベルの冷たい声に全員がっくり。


「……いや、この宮殿(パレス)ルーミスの地下水路にも転送できるようになっておるぞ。日常生活水にも使っておっての、そこに排水可能じゃ」

「ルーミスの横っ腹に穴をあけることになりますが?」

 ベルはいくらなんでもそれは、という顔をする。パレス・ルーミスの最下層はあの風力のエネルギー保管庫。その上部に給水、下水施設があるので、大量の水を排水できるのは宮殿下の中層スペースからということになる。

「よい、やるぞ! 水路外壁を爆破して穴をあける!」

「そんな無茶な! それやったって、流入量が上回れば結局決壊するんですよ!」

 ベルが悲鳴を上げる。


「……やるしかないか。やってもだめならあきらめもつくさ。そうなったら地道に救助活動やるよ」

「そうじゃ。やってから困ればよい。まず、世界の五大湖から、転送機の引き上げじゃがの」


 異世界救助隊、最大の作戦になりそうだった。




次回「28.ダムの決壊を防げ! 後編」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国際救助隊っぽい
[一言] おおっ、雷鳥っぽくなってきましたね!
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