24.夜の街に出動せよ! 前編
やっと一日の仕事を終えて、ルミテスへの報告を終え、疲れた体で寝る前の入浴に大浴場にやってきた太助。風呂場にもう先客がいることに気が付いた。
薄暗いし湯気も立っているので誰かははっきりわからない。
まあかまわない。どうせメンバーの誰かだろうとかまわず洗い場で今日も煤けた体を洗う。ちょっとだけ、「マリーだったらどうしよう」と気まずくなるのはしょうがない。そろそろ男湯と女湯に分けてくれねーかなと思う。
「裸の付き合いがチームメイトの結束を固めるのじゃ」とルミテスは妙に頑固なのだが。
「失礼!」
湯に入って太助は驚いた。
女だ!
「ん」
首まで浸かっていた女がこっち見た!
オバサンだ。いや、三十は過ぎている感じだが、おばさんは失礼か。
首まで浸かっていてプロポーションはうかがい知れない。
緑だ。
髪の毛が緑だった。濃緑色。そんなの初めて見た。長い髪を頭の上にくるくると巻いて留めてある。女の人は湯に髪を浸すのを嫌う。風呂に入るときにこうして髪をまとめているのはよくある。タオルを巻いている人も多いと思うがあれは色気がないのでやめてほしい……と太助は思う。いや、どうでもいいが。
「あ、あの……どちらさまで?」
見たことない女。え、新しいメンバー? コック? ルミテスが呼んだのか?
「お前太助とかいうやつかの?」
「はい……そうですが。もしかしてルミテス様のお知り合い……?」
「そうだの。前から頼まれておって、いい加減相手するのも面倒くさくなって引き受けることにしたの。まあ何かあったら呼んでもらうということでの」
新メンバーだったのかよ! えーえーえーえーこのオバサン、いや、オバサマに何やってもらうつもりなのルミテス様、と太助はびっくりした。
「……あの、何をやってたお方ですか?」
「んーいろいろだの」
ここにいるってことはルミテスの関係者だと太助は思うのだが。
「前は勇者のパーティーメンバーをしておった。共に魔王を倒した仲だの」
えーえーえー。太助は驚いた。ってことは剣士? 魔法使い? どっちにしても多くの現場を踏んだ、何かの大先輩に違いない。これは敬意をもって接しねばと思う。
こうしてみると美人さんだし、歳なりの色っぽさもある。温泉ホテルで湯上りの人妻さんが妙に綺麗に見えてムラムラした経験なら太助もある。今ちょうどそんな感じ。
「ゆ、勇者パーティーってすごいですね、魔王とかいたんですねこの世界」
「昔の話じゃ。わっちょはとっくに引退しとるがの」
一人称「わっちょ」ですか。そんな一人称聞いたこともない。いったいどこの田舎ですか。しかしこの世界魔王も勇者もいるんだと思って驚いた。そのうち勇者の救出任務とかできて俺も魔王と戦えとか言われないだろうなと不安になる太助。
「現役だったのはもう百年も昔の話だの。まあそれもルミテス様に頼まれてわっちょが勇者パーティーの面倒みとったのようなもんだがの」
「はい……」
おいくつですかオバサマ。魔王退治も仕事のうちでしたかルミテス様。ってことはこの人めちゃめちゃ強い? どういう役割だったのだろうと不思議に思う。
「ふう……」
太助のことを色っぽい流し目で見てくる。
「……なんだおぬし、童貞かの?」
「あっいえっいやっそのっ」
慌てて股間をタオルで隠す。
「湯船にタオルを浸けるでないの!」
「はいっ!」
不覚にもギンギンに起立したものを見られっぱなしという辱めを受ける羽目になった。だってお湯越しにも、その、大変立派な、たわわなものが見えてしまうのだから。
「勇者はわっちょが男にした!」
えっなになになになに、なんか自分語り始まった――――!
色っぽい笑顔でこっちを見る。
「こんなわっちょでも毎晩抱いてくれてのう、嬉しかったのう」
「はあ」
「だが若いのがメンバーに入るとやっぱりの、だんだん這いにこなくなっての」
「……英雄色を好むといいますし」
「ま、別にがっかりすることでもないの。異種族同士じゃ子供ができるかどうかもわからんし、わっちょから見て勇者はまだまだ子供だったということだの」
大人だ。大人な女性だ。ジョンとマリーがあんなことになった今、射程範囲にいれてもいいってことなんだと太助は今なら思う。
あの二人の組み合わせに違和感みたいなものが最初から全然沸かなかったのはアニメのせいかもしれない。日本のアニメも罪深い。
しかしこのオバ……お姉さんも異種族ってことになんのか。それと、異種族同士じゃ子供ができない場合もあるという事実も知った。そこはアニメと違うのか。ジョンとマリー、いつまで続くか太助は心配になってきた。
「まあそれでも結局勇者のほうが年を取るのが早いから、わっちょはそいつの最後を看取る羽目になったのう」
「そうですか……。人生いろいろなんですね」
「なに、わっちょら長生きする種族じゃとそんなことは普通だの。あっという間のことだの。エルフとかの連中だっておんなじだと思っとるだろうのう」
「悲しいことかもしれませんね。逆に幸せだったのかもしれませんし……」
うん俺このオバサマに気に入られたいと思ってる、ってことを太助は否定できなくなってきたのでなんかいい感じに返事する。太助のギンギンは嘘をつけない。
「太助。そのうちまた会うことになる。その時はの……」
湯船に手を伸ばして、そっと太助のギンギンを包む。
うわーダイレクトお誘いキタ――――! と太助は内心大喚起!
「でっでも俺俺俺そのっ童貞ですし!」
思わず白状してしまう太助。
「異種族同士は同種族より具合が良いぞ……。次に会うのが楽しみじゃの」
そう言って、ざっと湯船から上がって、大浴場を去ってゆくオバサマ。
背が高い。太助よりちょっと高いぐらいだ。すごいプロポーション。マリーを超える。熟女! 熟女! 美魔女である!
えっ背中に緑の筋がある。河童? 河童の人?
でも甲羅がない。河童というわけでもなさそうだ。頭に皿があるのかなとちょっと太助は疑った。今は緑の髪に包まれて見えないが。
すんげえのと会っちゃった……。
河童だけど。
河童のオバサマ。色っぽかった。カッパ黄桜カッパッパ。ネットで見たあの色っぽいCM今じゃもう放送できないだろうなあと思う。
でも童貞を白状した太助には、夜這いをかける勇気もない。
パレスのどの部屋を使ってるのかも知らないし、名前も聞いてない。
派遣、不定期勤務とも言ってたし。
「うわー名前ぐらい聞いておくんだった!」
その一方で、「地雷だ、地雷だ、絶対に地雷だ。童貞の俺が手を出したらぜったいに地雷案件になる!」とも。レスキュー太助のすでに多くの現場を踏んだ危険メーターが降り切れていた。
「保留……」
結局ヘタレな太助であった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!
就寝したとたんに非常ベルが鳴った。出動だ!
ギンギンの処理に時間がかかってまだ起きていた太助は素早く制服のオレンジに着替え、指令室に飛び込む。ハッコツはもう来ていた。こいつはいつもオレンジの服着たまま寝てるらしい。
「出動じゃ!」
指令室のモニターパネルでは市街地、ど真ん中のでっかい建物の屋上が炎上している。スラちゃんもころころ転がってきた。
「今日完成した新しい六階建てホテルの落成式で火災じゃ。近隣にも大きな建物が多く、延焼の危険がある。燃え広がればホテルも崩れ落ちるかもしれん。急ぐぞ」
「屋上が火事って、珍しいな。普通客室とか厨房からなんだけど」
「屋上のボイラーが過熱して火が付いたらしいです。爆発の恐れがあります!」
ベルが屋上の映像をアップにする。どこかのビルにとまった夜鳥の映像だろうか
「了解! 気を付けるよ」
今頃になってマリーとジョンが服のチャックを上げながら飛び込んでくる。
今日もお楽しみでしたか。お盛んなことで。
久々の大規模火災になりそうだ。荷物が多い。道具を満載したバッグをハッコツと二人でドラちゃんの背にかける。すでにジョンは無重力風呂敷の中に入ってドラちゃんにフックをかけている。こんな夜中にも待機してるって、ドラちゃんいったいいつ寝てるの? と太助はちょっと疑問に思いながらも、隊員の様子をチェックし、オレンジスライムのスラちゃんは太助が背負う背中のバッグに入ってもらって、「ドラちゃん、出動!」と叫ぶ。
大きな羽ばたきと共にドラちゃんは舞い上がる。眼下には都市が街灯に照らされて夜景がきれいだ。ガス灯だろうか。今までで一番大きな街だった。
「ベル! この街ってどこの街?」
「王都です。この世界の最大都市、イグルスの首都ランドン!」
そりゃ大変である。異世界救助隊のメンツにかけてなんとしても延焼を食い止めねば。ドラちゃんの鞍に装備したサイレンの向きをひっくり返して、風が当たるようにする。 風を受けて風車が回転し、ウ――――ウ――――ウ――――というサイレンが鳴り響く。やっぱこれがないと出動って感じがしねーよと太助の気分も盛り上がる。
まずドラちゃんに頼んで、火災現場上空を旋回してもらった。ルミテス印の電源不明なサーチライトでホテルを照らす。
「屋上が燃えてる……あのボイラーが火元か」
お湯を沸かすボイラーのタンクが何基もある。こんなにお湯使うホテルってなんか変な感じ。
タンクが炎にあぶられて配管が折れ、蒸気が噴き出している所もある。中には爆発するものもあるだろう。これは早急に対策しないと。
大きい都市だし隣接して同じぐらいの建物が並んでいる。さすが王都。
「よしっ、二手に分かれよう。ハッコツはあっちのビルから放水。火を消し止めろ」
「了解!」
爆発の危険があるのだから、別の建物から分けて安全圏から放水するのがいいだろう。まずハッコツが隣接するビルに装備を抱えて飛び降りる。
転がっていったが、まあ無事そうに起き上がった。
眼下には一応街の消防隊らしい連中が馬車で駆けつけて、消火活動やホテル宿泊客らしい連中を避難誘導している。さすがは王都といったところか。しかし消火器と言っても、水路にホース突っ込んでシーソーになってるポンプを四人がかりでぎったんばったん、人力で漕いで水を吹きだしているようで高さもないし、放水がぜんぜん屋上に届いてなくて焼け石に水だ。
「ドラちゃん、そっちのビルに着陸して!」
太助はハッコツとは反対側のビルに着陸。ジョンの入った無重力風呂敷が転がっていったが、すぐに縛り口を解いてジョンを出してやる。
ド――――ン!
ボイラーの一基が爆発した!
ものすごい水蒸気と共に破片が飛び散る。
「こりゃあボヤボヤしてられねーぞ……」
太助はヘルメットを深くかぶり直して、破片を避けた。
長い夜になりそうだった。
次回「25.夜の街に出動せよ! 後編」
 




