22.空の孤島の日常
◆バイタルストーン
スコップ隊の救助を終えて太助はハッコツと一緒にルミテスに今回の救助の報告をする。
「バルーン方式、うまくいったな。条件が厳しい状態でも使えるいい方法が確立できた。一番すごいのは地味に無重力風呂敷だね。今後もいろんなことに応用できそうだよ」
「うむ」
「パラシュート降下は難しかった。実践投入は初めてだったけど、正直あの方式はもう使いたくないね」
「そうもいかん場合もあるじゃろ。このパレスに何かあった時、脱出方法はそれしかないのだぞ?」
「パレスがねえ……。まあそれはいいや。知ってる? パラシュートって、紐をつけてそれを引っ張りながら操作することで、どこに落ちるか自分で操縦できるようになるんだよ」
「ほう、それは良いアイデアじゃの。そうできるように改良するか」
パラグライダーというやつだ。現代ではメジャーなスカイスポーツの一つである。
「やるんだったら横長で四角いパラシュートね。でもパレスのコントロールもすごかったな。あんな吹雪が吹いている中、ばっちりスコップ隊のすぐそばに着地できたよ」
「風をシミュレートして自動コントロールできるからの。うまくいったということじゃな。今後も使わせてもらうのじゃ」
「あと防寒装備はバッチリだった」
「この星リウルスの最低気温記録が北方のマイナス70度じゃからの。それに対応できるようにはしておかねばの」
「私は寒さもあまり感じませんから、もう少し軽装でもよいですがな。氷漬けにさえならなければ動けますしな」とハッコツは言うが、ルミテスは無視。
「それに何と言っても今後役に立ちそうなのはこのバイタルストーン!」
長年かけて開発したというルミテスはニコニコ。
「このバイタルストーン、画期的な発明だよ。雪に埋まっていても生存者の位置が一発で分かった。たいしたもんだよ」
「そうじゃろうそうじゃろう」とルミテスはドヤ顔に。
「でも一つ欠点があって……」
「なんじゃ?」
不本意だとばかりにちょっとムッとするルミテス。
「これだとハッコツの位置がわからないんだよ。こいつ心臓無いから」
「……」
「……」
「……」
ルミテスは半目で二人を見る。
「知らんがな」
太助は大口開けて愕然とするハッコツってのを、初めて見た。
◆マリー
元公爵令嬢のマリーはジョンが配属されたことに大喜びである。
「もっふもふ! もっふもふですわ!」と見るたびに抱き着いている。
二メートル近い身長のせいでまだ服がなく、洗濯したスコップ隊の下着だけでうろうろしているジョンは、無抵抗。抱き着かれてもポカーンとしている。
あの『東京のヤンキー』みたいな怖い顔に平気なマリーにも驚きだが。
それを見てルミテス、「……おぬし、なんでさっさとマリーに手を出さんかった?」と太助に言う。
「えーえーえー、ルミテス様、そういうつもりでマリー拾ったの?」
「おぬしおなごとイチャイチャもしたいし彼女も欲しいと言っておったではないか。だからおぬしの好みだったら勝手に助けるじゃろと思って任せたのじゃが」
「福利厚生なの?」
太助はがっくり。
「なんかわけでもあるのかの? ああいう女は嫌いだったのかの?」
「未成年――――――――――!」
「未成年だとダメなのかの? この世界十四や十五でもう嫁に行く女など珍しくもないわ。おぬし未成年の定義がおかしくないかの?」
「俺、元公務員――――――! 淫行ダメ! 絶対!」
「難儀なことよの……」
お願いだから同情しないでほしいと思う太助であった。
◆パレスの飯
飯がマズイ――――!
これは太助とマリーに共通の悩みである。
食材がいつもパンとハムとソーセージ、野菜が少し。卵に限られた調味料、たまにお茶。あと材料不明の各種謎ドリンクばかり。パンは焼いてバターを塗る程度。毎日同じ。
なにしろ三食食事をとるのが太助とマリーしかいないのだ。ルミテスもハッコツも食べないし、妖精のベルは花の蜜しか舐めないし、スラちゃんはもう文句ひとつ言わず残飯でもなんっでも食うから誰も隊員の食事に気を使ってくれない。せめて料理をと言っても太助ができるのはハムエッグ。これは太助も焼き方をマリーに教えたが、元公爵令嬢の料理のできなさは絶望的である。せめてカレーライスぐらいは作りたい。
ジョンには肉。骨付きの生肉、がつがつ喜んで食ってる。
「肉!? 肉あるの!? 肉どうやって調達してんの?」
新しいメンバーが増えていつのまにか厨房の冷蔵庫内のバリエーションが増えた。
「今まで疑問だったんだけど、食べ物どうやって調達してんの? ベル」
「ルミテス教会で祭壇に捧げものをしてくれるから、それいただいてます」
「えーえーえー、いちいち取りに行ってるの? 世界中から?」
「いえ自動的に転送されるんですけどね」
いや、仏壇のお供えがいつの間にかなくなってたらかーちゃん怒るけどね。俺、それで何度も怒られたからね、無実の罪だったこと何度もあるよと太助は子供のころの記憶をたどる。
「この世界ではそれが当たり前だと思われていて、誰も不思議に思いません」
「……そうか。じゃ、ルミテス様に頼んで、捧げもの、もうちょっとバリエーション豊かにしてくれない?」
「リクエストしていただければ教会に神託もできますが」
「……いやそれも悪いような……。リクエストとか考えたこともなかった」
人にものを頼むのは苦手な太助。この食事については我慢が続きそうだ。
「ジョン、それ何の肉?」
「羊」
ファンタジーの世界で問題解決されていないのはいつもこのメニューの肉だ。
いろんな動物が擬人化されて言葉を話してメンバーになっている世界では「それ何の肉?」は聞いちゃいけないタブーのことが多い。牛人間や豚人間が出てくると、ほんっとみんなが食べてるその肉何の肉? と聞きたくなるが、たいてい作中で完全にスルーされている。羊は昔からいろいろと生贄にされてきた。そう考えると複雑である。
「次に仲間にするならコックがいいんじゃないですか?」
「ベル……。どっかの海賊団じゃないんだからさ……」
コックか。コックが災害現場で倒れてるなんてこと、今後あるかなあ……。
厨房は火事になりやすい現場だし、望みはあるか。
でも腕のいいコックがこんなところで働いてくれるわけもないし……。
なんてことを考えて頭を振る太助だった。
◆ジョン問題
狼の大男、ジョンにも制服ができた。オレンジのツナギである。
訓練の前に確かめておかなければならないこともある。
まずドラちゃん。太助、ハッコツ、ジョン……の三人は、ドラちゃんにプンされてしまった。乗せるまでもないらしい。重すぎるのだ。
太助とハッコツの二人乗りはOKなのだから、ジョンの一人乗りはまあできた。
ジョン、怖がってしがみ付いていたが、慣れてもらうしかない。
慣れと言えば骨男のハッコツにもジョンは慣れた。
最初は悲鳴を上げたり、骨にハアハアしたりしていたが、匂いをかいで顔をしかめてそれっきりだ。
「ジョン、匂いでハッコツを捜索できそうだな。バイタルストーンが反応しなくてお前のこと、どうしようとか思ってたけど、今後はお前が行方不明になってもジョンに鼻で探してもらえそうだ」
「……私がどんな匂いがするのか一度聞いてみたいですな」
「おーい!」
必死にロープワークを練習しているジョンに声をかける。
「ジョン、ハッコツってどんな匂いがするんだ?」
それに対してジョンは無表情に「腐った匂い」と真顔で言う。
ゾンビだからしょうがない。洗っても落ちない匂いと言うやつはある。
「……本当に聞かなくてもいいじゃないですかな」とハッコツはがっくり。
「ワンコは重いからドラちゃんには一人乗り、と。三人出動するにはドラちゃんはパレスとの往復になるのう……」と指令室でルミテスが言う。
「ドラちゃん急降下はめっちゃ速いけど、帰還は上昇だからそれなりに時間もかかるのはしょうがないもんな」
「うーむ……」
「それに現場道具もこれからもどんどん増えるだろ。ドラちゃんには荷が重いよ」
「わかっておるではないか」
「放水くんには水が転送できるだろ?」
「そうじゃの」
ここで太助は前から考えてたアイデアを言う。
「俺たちを現場に転送するってできないの?」
ルミテスは、わかっとらんなという顔をする。
「水は単分子だから転送しても水のままじゃ。だがおぬしを転送すると、水と炭素とリンとカルシウムになって転送されるのじゃが、それでもよいかの?」
「いえ、お断りします」
そんな便利なものがあるわけなかった。太助もがっくりである。
「妖精さんのベルは転移魔法使うだろ? 現場に直接ぱっと現れたり消えたりしてたし」
「あの魔法おぬしが使えるなら使ってよい」
「無理です……」
やっぱりがっくりの太助。
でも考えてみれば発進シーンがない国際救助隊なんて想像もしたくないのは事実である。
「災害現場に真っ先に駆け付けるって役目があるんだから、やっぱ別に二号が欲しい」
「二号ってなんじゃ?」
太助はテレビで見た某国際救助隊を説明する。
「巨大な輸送飛行機だよ。ずんぐりしていて作業機を満載したコンテナを積んで現場に垂直離着陸できる」
「す、すごいところから来たのだのうおぬし……」
「いや、まあそれ想像上の乗り物だから。俺らの世界でもまだ実現できてない」
できているのはせいぜい消防ヘリコプター。
近いのはオスプレイか。でもあれも乗れるのは最大24名で積めるのはバギーサイズの軽車両。劇中の二号は、ボーイング747とほぼ同サイズ。胴の太さのケタが違うが。
「ふーむ……。どうせいずれは必要になろうのう……。いい加減考えねばならぬことか。あんまり無理ばかり言うておるとドラちゃんにも逃げられるし、ドラちゃんもまだ子供だしのう」
「子供だったんだドラちゃん……。逃げられたらめっちゃ困るな。事実上救助活動ができなくなる。主人公にしてもいいぐらいのメンバーの最重要人物だよ」
「もう一人目星はつけておる。まあしばらく現状で我慢するのじゃ」
「うん、楽しみにしてるよ」
某国際救助隊で不動の一番人気を誇る二号。太助はなにが登場するのか、わくわくした。
「でもやっぱり、ジョンには早く現場を踏ませてやりたいよ」
「無重力風呂敷があるじゃろ」
「あったね」
その布で包むと、なんでも無重力になり重いものでも運べるレスキューグッズだ。
「当面はあれでジョンを包んで、ロープで縛ってドラちゃんに括り付けるのじゃ」
「それひどくね!?」
「あいつはそれぐらい平気じゃろ」
「いや、登場がカッコよくないっていうか、なんていうか」
ルミテスはあきれて太助を見返した。
「知らんがな」
そんなこんなで、小さい火事に訓練で、しばらく大災害もなく太助の日常は過ぎるのだった。
次回「23.新人消防士を教育せよ!」




