13.スライムを確保せよ!
100メートルぐらいの街道横で群生していたキノコたちだったが、三時間も作業すればほぼ終了。燃えくすぶるキノコたちの残滓に、ハッコツが水を振りかけて全部火を消してゆく。だいぶ手慣れたようで上手いものだと太助は内心感心した。
穏やかに風も吹いているので森の有毒ガスは吹き飛び、撒いた水も空気の浄化に一役買っているようだ。
それを離れたところから座って休み、一人、早めの夕食にする太助。
ベルから預かった弁当を開いて飲み食いする。
「私は飲み食いいたしませんからな、先に一休みしてください」とケタケタ笑うハッコツに「そうさせてもらうよ」と言って遠慮なく先に飯にさせてもらったのだ。
見てると森の中から、うにょー、ごろごろ、と、スライムたちがやってきた。
「うえっ、スライム! 本当にいるんだ!」と太助はびっくりした。
初めて見る本物のスライムは半透明のジェル状で、真ん丸。空気の抜けたバスケットボールみたいで、地面と触れる部分だけちょっとつぶれて、ゴロゴロと転がってくる。透明な体の中には内蔵や核らしきものはなく、本当に水玉みたいだ。
攻撃性はないとルミテスが言ったように、作業しているハッコツも別に気にする様子もなく、キノコの残滓に覆いかぶさるスライムたちをよけながら作業中だ。
「ほんと怖くないんだなこの世界のスライムって……」
どうやらキノコの残滓を食ってるらしい。ルミテスの言うように森の掃除屋というのは本当のようだ。微生物のバクテリアの巨大な奴、というところか。
スライムというとゲームで一番最初に倒す敵で、人間を見れば襲ってくるもの、飲み込まれて食われると思っていた太助にはそれは意外な光景だった。
スライムは色とりどり。大きさも野球のボールからバスケットボール大までさまざまだ。
「そういやオレンジのやつを一匹、捕まえて来いって言ってたな」
見回したが、青、赤、緑とカラフルなスライムたちの中にオレンジ色のやつはいない。
街道をあちこち歩きまわって探していると、森の奥からころころと、一団に遅れて転がってきたスライムがいて、そいつがオレンジ色だった。
「いた!」
すぐには駆けよらず、しばらくそいつを観察する。
スライム、焼けたうまそうな? キノコを食べようとみんなについてきたのだが、出遅れたためにみんなすでに覆いかぶさって食事中のようで、自分の分がなく、しょぼーん……という感じでへなへなとつぶれていく。なんだ、かわいい奴だなと太助はちょっと思う。
焼けたキノコの周りをぐるぐると回るが、すでに先客がいて手が出せずがっかりなオレンジのスライム。なんだかかわいそうになってきた。
「……食うか?」
太助が弁当のサンドイッチからハムを出してスライムに差し出すと、最初はびっくりしたみたいに身をへこませ、つぎは恐る恐るという感じでゆっくり身を伸ばして転がってきた。ハムにぺたぺたとくっついて、まるで匂いをかいでいるようだ。
オレンジのスライムは意を決したみたいにハムを体の中に潜り込ませた。
スライムの中に入ったハムはたちまち細かく砕かれて水玉の中に消えた。
ぽよん、ぽよん、ぽよん!
スライムはボールみたいに弾んでいる。美味かったらしい。
「これもどうだ?」
今度はサンドイッチをそのまんまスライムの上に乗せた。
それも体に取り込んで消化。これも身をプルプルと振るわせて感激しているようだ。
「もっと食いたいか?」
ぽんぽん、スライムは跳ねる。
「ついてくるか? うちに来ればもっと食わせてやるぞ?」
しばらくぐにょぐにょと変形していたスライムだが、元の真ん丸に戻って転がり、太助の足にぴたっとくっついた。
「仲間になりたそうにこっちを見てるってやつか……。はははは!」
「どうやら見つかりましたな。これがオレンジのスライムですか」
作業が終わったハッコツが歩いてきてケタケタと笑う。
「うまいこと懐かれたようだ。こいつ連れてけばルミテスも文句言わないんじゃねーの?」
「そうですな、オレンジですしな」
「作業終わり?」
「はい、一通り見てもらいたいですな」
「了解」
太助は子猫でも拾うように、そっとスライムを持ち上げた。胸に抱くと、適度に弾力があって水のボールみたいに冷たく、不思議な感じがした。
森と街道を見て回ってもうガスを出すキノコが残ってないことを確認し、残り火がないこともチェックして「作業終了! オレンジのスライムも確保した。迎えを頼む!」とルミテスに通信する。
森のはずれにぶわっさぶわっさと銀色ワイバーンのドラちゃんが降り立って、またまた変なものを連れてきた太助を見て顔をしかめた。
オレンジのスライムを抱えて乗り込もうとする太助とハッコツを見てドラちゃんはプンと顔を背けて後じさりする。
「スライム嫌い? ドラちゃんスライム嫌なの?」
ぷんと顔を背けていやいやする。
「違いますな太助殿。私たち今、キノコの胞子だらけじゃないですか。それですなきっと」
「あっそうか! お前よくわかるなあ……」
いまだにドラちゃんとの意思疎通がままならない太助に比べて、ハッコツはドラちゃんの言いたいことがなぜかよくわかるようである。なんだか太助はそれがちょっと気に入らない。
放水くんの水を弱めにしてお互いの体を洗った後、防護服を脱ぎ捨てて放火魔くんで焼却し、周囲をよく焼いてからこれも消し止めたあとようやくドラちゃんは二人を乗せてくれた。
パレスに降り立った二人をルミテスとベルが庭園で待っていた。
いきなり二人に向けておかしなノズルを突き出し、ぶしゅーとなんかへんな霧を吹きかける。
「ごほっげほっ! いきなりなにすんだ!」
抗議する太助にルミテスは「汚物は消毒じゃ! パレスを毒キノコだらけにする気かの!」と言って怒鳴る。
「防護服は脱いできたし、その前に体もちゃんと洗ってきたって」
「つべこべ言うでない! すぐに風呂に入ってこい! 風呂に入る前によく体を洗うのじゃぞ!」
「はいはい」
「ちょっと待っておれ」
こちらに背中を向けて羽を広げるドラちゃんにもルミテスはその消毒液を振りまいて、気が済んだところでドラちゃんも舞い上がって空に消えた。
庭園からパレスに入る二人をルミテスは追いかけてきて、その歩いた後を消毒液を撒きながらついてくるという念の入れように太助は苦笑するしかなかった。
空中宮殿ルーミスには大浴場がある。忙しい太助は個室でシャワーで済ますことが多かったが、時間があるときにはこの浴場を使うこともあった。
「やっぱり風呂に入れないと日本人は死んじゃうもんな……」と、まずは洗い場で全身を洗う。
ハッコツも入ってきた。もちろん全裸だが、ようするに動く骨格標本なのでギョッとする。いつまで経っても慣れるわけがねえよと内心思う。
「これはこれは、大した浴場ですなあ!」
「大浴場のルール! いきなりつかるの禁止! 体を洗ってから入ること! 手ぬぐいは湯船に入れないこと!」
「ほほう、お国のルールですかな?」
「ああ、外国人は風呂にはあんまり入らないらしいからそのへん常識無いからな」
素直にハッコツは太助に並んで洗い場に座り、石鹸を泡立てて、全身をこすりだした。200本以上ある骨を一本一本洗うんだから隅々までやると人間の何倍も時間がかかる。付き合ってられないのでお湯を洗面器で頭から何度もかぶって石鹸を流した太助は先に湯船につかる……。
「はー……極楽極楽。やっぱり日本人は温泉だよ……」
温泉かどうかは知らないが、よく見ると本物の温泉みたいに効用が書いてあった。
「えーと、疲労回復、ねえ……」
まだ書いてある。
「打ち身、捻挫、やけど、神経痛、関節痛、リウマチか」
まあこの程度だったらどこの温泉にも書いてある。
「術後によし。皮膚病、とびひ、あせも、乾癬、水虫」
まだある。
「骨折、血栓、敗血症、不整脈、心不全?」
死体でも生き返りそうだ……。
「……動脈瘤、硬膜下血腫、くも膜下出血、脳血栓、腎不全、肝硬変、血糖値降下、コレステロール低減……っておい、成人病対策もばっちりかよ」
本当かよこれって思う。
「肺結核、緑膿菌、チフス、ペスト、日本脳炎、コレラ、天然痘、はしか、ノロウィルス、コロナウイルス感染症肺炎、バンコマイシン耐性腸球菌……おいおい!」
伝染病にも効くって、おかしくねえ!?
がらっ。
女神ルミテス様がタオルを巻き、胸にオレンジのスライムを抱いて浴場に入ってきた。
「おいっ女神さん! これおかしくねえ!?」
「おかしいも何も元々ここはわちの浴場じゃ。最初から混浴じゃぞ? 気にするな」
「そうじゃねえ!」
太助は大浴場の効能表を指さして怒鳴る。
「なんだよこれ! すごすぎるじゃん! 医者いらねーじゃん!」
「ああそれか」
ルミテスはタオルを取って洗い場で背中を向けて、スライムを洗い出した。
ペットの犬猫の世話をしているようで、にこにこと楽しそうではある。
太助は久々に見る女の裸の後ろ姿に多少どきりとはしたが、まあ相手は中学生にもならないぐらいの見た目の幼女である。ロリコン趣味のない太助には別に欲情するような相手にはならなかった。だいたい少し薄暗い浴場では白いルミテスの体は凹凸がよくわからない。
「女神の宮殿にある浴場じゃぞ? 神泉に決まっておろう。それなりの効用はあるわ」
洗い終わったスライムを抱えて、洗った髪を上にまとめ、ためらいなく湯船につかってタオルを頭の上に乗せる。
スライムはぷかーっと湯船に浮いて、くるんくるんマリモのように入浴を楽しんでいるようだ。嫌がって暴れたりするそぶりはない。気に入ってもらえて何よりだ。
「そうなのか? でもそれなら、救急患者を連れてきてここに放り込むとかやれるんじゃね?」
「いくら何でも死人を蘇らせるわけでも、手足が生えてくるわけでもないわ」
「それなら私も安心して入れますな!」
骨を洗い終えたハッコツも湯につかってきた。
いや、安心って、お前今のままのほうがいいの? 人間に戻りたくねえの?
でもまあ骨が湯船に入った途端、いきなり肉がついて皮膚ができてゾンビが治って人間に戻ったらそれも怖いと太助は思う。
「おぬしにはこれからも長生きして元気に働いてもらわねばならんのでの。厚生施設じゃ。これからも時間があれば入りたいときに入ってよいぞ」
「ほー、ということは、これからもメンバーが増えるたびに、各自ここを利用していいということで?」
「当然じゃ」
次回「14.本音で語ろう」




