11.相棒を特訓しろ!
太助と新メンバーになった白骨男を乗せたシルバーワイバーンのドラちゃんは上昇してゆく。
ぐんぐん、上空に浮かぶ天空の宮殿ルーミスが近づいてくる。
「す……すごいですな。こんなところに、その救助隊というやつがあるのですかな!」
「そうだ。驚くだろ」
「そりゃ驚きますがな」
白骨男は顔を右に左に、太助の頭越しにその巨大な建造物を必死に見ようとする。
「なんで一緒に来ようと思った?」
ん-、と後ろの白骨男は考え込む。
「一度は死んだ身。どうせなら、もう少し人の役に立ってから朽ちたいですな」
「なんだ、同じじゃねえか……」
一度、消防士として死んでからこの世界に召喚された太助。なんか似てるかもしれないなと思って苦笑する。
「俺も一度死んで、女神さんとやらに召喚されてこの世界で復活させられた!」
「なんと、ご同輩でしたか!」
「いやそこは一緒にしないで。俺ちゃんと生きてるから。生身の体だから!」
悪口にも聞こえそうな話に白骨男は怒りもせず、ケタケタと笑った。
パレスの庭園で迎えに来ていた女神ルミテスと、妖精のベルはドラちゃんから降りてきた二人を見て絶叫して逃げ出した。
「あーあーあーあー……」
ま、そんなこともこの白骨男は気にしない。
「太助殿のご主人様でございますかな? お初にお目にかかります。名はありませんが、白骨ゾンビの男でございます。人手不足とお見受けいたしましたのでお手伝いに参上しました。これからはぜひお仲間に加えていただければと思います。どうぞよろしく」
なかなかの挨拶だ。こいつ生前はけっこういい身分か、役人でもやっていたのかと太助は思った。
宮殿の柱に隠れ恐る恐る顔を出すルミテス。「おぬしなんちゅうもんを連れてくるんじゃ!」と言って怒る怒る。
「人手不足で手が足りねえって前から言ってあるだろ! 一緒にやってくれるって言うんだから雇ってやれよ!」
太助が言い返すと、ルミテスは柱の陰から出て近寄ってきた。
「手を貸すと? 消火活動と人命救助じゃぞ? おぬしできるのかの?」
「はい。やりがいのある仕事とお見受けします」
「志望動機はそれでよいのか?」
「火を消して被害を抑えるところ、太助殿と一緒にやらせていただきました。いやあ楽しかったですな! 人のお役に立てるというのはなんとも素晴らしい!」
それは太助も同感だった。
キャンプファイヤーで焚火する。そんなことが楽しいことはだれでも覚えがあるだろう。だが、正直に本音を言えばそれと同じぐらい燃え広がった火を消すという作業もまた、同じぐらい楽しいのだ。
幼いころ、ゲームで火を消して、人命救助するというレスキューゲームをやった経験が今の太助の消防士になるという志望動機だった。子供らしい夢と言えばそうだが、太助はその夢をかなえたと言っていい。
もちろん某テレビドラマの「国際救助隊」というやつも何度見たかわからない。あんな最新のSF装備でカッコよくレスキューをするのが太助にとっても夢だった。現実の消防士は、そんなカッコいいものではなく、危険で泥臭い、地道な訓練と消防計画に基づいた少なくない書類仕事と機械や道具の点検整備に明け暮れるのが常だったが。
そんな夢を、まさかこんな異世界で魔法とワイバーンでかなえることができるとは思ってもみなかった。
「火を消していて楽しかったと?」
不審げにルミテスが問いかける。
「はい。あんなにわくわくしたのは久しぶりでしたな」
「ルミテス、俺もこいつが放水しているところを見たが、なかなかの手際だったぞ? 初めてやったにしては上出来だった」
「なに、庭の草花に水を撒くとの大して変わりませんしな」
ふーむ、庭のお手入れねえ。こいつ記憶はないそうだが言葉遣いが立派なものだし、農民とか労働者とかじゃなく、やっぱりどっか格式の高い、いいところで働いていたのだろうと思う。
「私は食事はいりませんし、給料も使うあてもありませんし、経費は一切かかりませんぞ? 酒も女もギャンブルもタバコもやりませんできわめて人畜無害なことはお約束させていただきます。救助活動以外でも小間使いでも用足しでも汚れ仕事でもなんでも働かせていただければ文句言わずやりますゆえ」
「おぬしこれ死ぬこともある危険な仕事だとは思わんのかの?」
「上等でございます。どうせ一度は死んだ身。こうして不死の体になりましたし、よほどのことがない限り死にません。それはそれでこんな危険な仕事では使いどころがあるのでは?」
ルミテスは考え込む。
「……よし、では雇ってやろう。明日より太助と一緒に訓練に参加せよ。もちろん現場出動もあるからそのつもりで。ベル、部屋をやって案内しておけ」
「えーえーえーえー……」
「よろしくお願いいたしますぞ妖精のお嬢様」
妖精のお嬢様、と言われてベルが一瞬照れた。
こいつ、なにげに人に取り入るのがうまいなと太助はため息ついた。
「おぬし、名は?」
「さあ、生前の記憶がありませんで名はまだありませぬ」
ルミテスは若干嫌な顔になりながらも、びしっと白骨男を指さした。
「ではおぬしは今日からハッコツじゃ! ハッコツと名乗るがよい!」
「ははー」
ハッコツは胸に手を当て、立ち去るルミテスに仰々しく頭を下げた。
「……お前、あんな女にそんなすさまじく安易な名前つけられてよく平気だな」
「名を売る必要がもうありませんからな」
そう言ってハッコツはケタケタと不気味に笑うのだった。
「火事ってのはいろんな原因がある。火の不始末、使ってる何かの機械の老朽化、まだこの世界じゃ発明されてないらしいが、電気の漏電……、と、ここまで説明する必要はないな。でもな、俺のいた世界じゃ火事の原因のトップは、実は放火だ」
「ほ、放火ですかな!」
まず太助が相棒になる白骨ゾンビ男、ハッコツにやらんきゃならんと思ったことは、消火訓練の前にまず教育だった。訓練を急ごうとするルミテスを説き伏せて、まずは講義の時間を作った。こうして黒板の前でチョークを手にしてハッコツに勉強してもらう。
俺みたいに消防士になったばかりで死んだひよっこ消防士が、消防士候補に講義をするなんてちゃんちゃらおかしい、と太助は正直恥ずかしかったが、それでも生死を共にする相手に対して、ちゃんとした知識を持ってもらっておかなくてはやっぱり怖くて一緒に行動できないというものだった。
「物が燃える。これは空気中の酸素って物質と結びついている。だから新鮮な空気が入ると燃えやすい。これは焚火やかまどの火をふうふう吹いて燃やしたことが誰でもあるから経験上わかると思う」
「そういえばそうですな。私はもう息ができませんからやってみることはできませんが」
「火事場で怖いのはバックドラフト。閉じ込められた空間でくすぶり続けた可燃物は熱で揮発した可燃性ガスを出す。こんなものがたまっているときにいきなりドアを開けたりすると、空気が一気に流れ込むことによって爆発が起こる。それがバックドラフト。いきなりドアを開けたりしないで、窓を前もって壊しておくなど別のアプローチも必要だ。火事場でドアを開けるときは正面には立たず、ゆっくりだ。閉じられた空間には注意。いいな。ドアを開けたらすぐしゃがめ。吹き飛ばされないようにな」
「なるほど」
「初期消火では室内に踏み込んで直接火元に放水することになる。バケツで水をかけるのと同じでまあご家庭でもできる範囲だ。だが、もし火が天井にまで燃え移ったら、もう室内から消火することは不可能になる。そうなったら室内での消火はあきらめて建物から脱出。外からの消火に切り替えること。窓を打ち破って外から中に放水する。この手順は覚えておけ」
「了解しました!」
「いいか、絶対に無理するな。安全が最優先。消防士が現場で死ぬなんて絶対にあってはならん。俺の教官だってそう言ってた。殉職は消防士にとって最大の恥と知れ。そう考えないと場合によっては現場を捨てることができん。時にはそういう判断も必要なんだ」
「……私は白骨ゾンビだから死ぬことはありませんが?」
「死ぬ体は持ってなくても、骨だって高温にあぶられれば灰になる。亡くなった人の遺体を火葬にしたことはないか? 俺はじーちゃんの葬式で骨を拾ったが、触っただけでぐずぐずに崩れて細かく砕けたぞ? 火事場なめんなよ?」
「それは怖いですな……」
「そうだ、恐怖を持て。いい気になるな、調子に乗るな。独断で先行するな。慎重に、慎重にだ。急いで、慌てず、慎重に」
具体的な消火方法から消防士の心得まで教えなきゃならないことは幅広い。
「太助殿は前世で消防士として死んだんでしたな」
「ぐっ……。それ言われると俺もつらい。でもな、だからこそ俺は現場で死んだり、誰かを死なせたりしたくないんだよ……。死んだらもう誰も助けられない。俺が死ぬと、そのせいでもっと多くの人を死なせることになるんだ。後悔ばっかりだよ。消防士をやっていて、後悔が無い奴なんていないんだ。先輩がそう言ってた。だからお前も気を付けてくれ。頼むよ……」
「肝に銘じさせていただきます」
その朝、いつものようにベルが鳴って、起きて廊下に出た時には驚いた。なにしろ骸骨男が廊下でうろうろしてるんだから太助は絶叫したものだ。
すぐに昨日のことを思い出して、そういや白骨ゾンビを連れてきたんだったとすぐに思い出したが、やっぱり素でばったり会うと今でも怖い。
「まあ、慣れてもらうしかありませんがな」と言ってハッコツはケタケタと笑うのだが……。
「とにかく裸はやめてくれ! 棚に俺が着てるのと同じオレンジのつなぎがあっただろう。あれがここでの制服だ。これから一生着る服だぞ?」
「了解です!」
ハッコツはもともと教養がある人物らしく、太助の拙い講義にもよくついてきてくれた。まあ一気に詰め込みすぎても太助もハッコツも頭が持たない。後半はさっそく、放水訓練となった。
まずは愛機となる「放水くん」を庭園でたっぷり使ってもらう。
頭で考えなくても操作できるように体で覚えてもらうしかない。これはこれからもたっぷりやってもらうつもりだ。
「すごいですなこれは! いやーすごいすごい!」
水を振りまきながら喜ぶ。面白がってくれてなによりだ。
やりがいのある仕事だってことを体で分かってもらえるのが、太助にはやっぱり嬉しい。
「おぬしにはこれも覚えてもらう。今後使うことがあるからの」
「えっなにこれ?」
太助は放水して喜んでるハッコツの後ろで、新しい機械を渡された。なんかノズルと、ボンベと、タンク……。
「火炎放射器。『放火魔くん』と名付けさせてもらったがの」
……。
なんで消防士の俺が火をつけるの?
次回「12.毒草を焼却せよ!」
 




